11 生き恥のドク

 どのくらい沈黙が続いたか。


 皆、口を開かず各々考えていた。

 ヒースは重い事実を確認したくて再び同じ質問を投げかける。


「な、なぁ俺達、人殺し……してたのか?」


 ミツヤも同じことがずっと気になっていた。居ても立っても居られなくなっていたのがアラミスにも伝わった。

「お前ら、そう言うと思ったよ。まぁ、俺もだがな」

 アラミスが大げさに両手を広げて、呆れたような口ぶりだ。


「いいか。まず、殺してはいないだろうな。これは勿論推測の域を出ないが、異形獣まものは恐ろしく生命力が強い。俺達がいくら倒しても数時間すればすぐに起き上がってたぜ? だから後始末を護衛隊に任せるしかなかっただろ」


 その言葉に対して、今まで多くの異形獣まものを見て来たドクがうなずいた。


「我々護衛隊ですら、一部の者しか異形獣まものは人間が変化したものだとは知らない。僕もそれを知ったのはつい最近だ。自警団よりむしろ我々の方が異形獣まものを始末しないといけない事態は多かったはずだ。通報のあった地域に駆け付けて、手に負えない場合はその場で完全に息の根を止めてから馬車で運ぶこともしばしばあったからね」


「よくよく考えたら、リシュー宰相から異形獣まもの討伐で殺すなという法令が出たのは、これらの実験の為だったんだろうな。それを守ってきた俺達は誰一人として人殺しにはなっていないし、万一思いもよらず仮に死んだ異形獣まものがいたとしよう、だがな」

 アラミスはその場の全員を順に一人ずつ目を合わせた。


「お前らも俺も、ここにいる仲間とこの国の街や村人全員を代表して言わせてもらうがヒース、ミッチー、お前らがいたから皆、今ここに居られるんだろ」


(ああ、そうだ……そうだよな……)


「さっきお前がミッチーに言ってたことと同じだろ、これ以上言わせるなよ。アホ」

 ヒースはミツヤと目を合わせ、二人そろって大きく息をついた。


「……そうか、だから銀の枷が異形獣まものだけでなくイントルーダーにも効力を発揮するんだな」

「そうだな……因果な話だ」

 そう言ったのはドクだ。

 彼が直接異形獣まものの研究に携わっていた訳ではないが、他の隊員よりは事情に触れることが多かった為、銀が異形獣まものとイントルーダー両方に影響があるのは気付いていたのだ。


 ここで、ヒースが椅子から立ち上がると、改まった顔をして全員に聞いた。

「なぁ、皆に提案あるんだが……このドクを仲間にしたいと思うんだ。どうかな?」


 ミツヤ、ルエンド、ジェシカも立ち上がって前のめりで賛成した。

「先に言われたか、くそ」

 アラミスは口元の両端を上げ、親指を上に向けて意思表示する。


 皆が当然のように賛成していた。しかし、ここからが問題だった。

 彼らがドクを仲間に引き入れるのに、少し時間がかかることになる。なぜなら、ドクは長い間、深い悩みと苦しみを抱えていたからだ。

 彼の脳裏には、今でも約60年前のベトナム戦争の情景が浮かんでいるのだ。


「なぁドク、俺達じゃぁ不安か? 確かにここに変態はいるけど」

 ヒースに指を差されてアラミスがピクリと反応する。

「やはりアホのリーダーには付いて行けないと?」

 今度はヒースのこめかみに筋が出来た。ミツヤが慌てて切り出す。

「その……こんな二人はいるけど、こいつら結構頼れる仲間なんだ、えっと……」

 すると、ドクはようやく口を開いた。


「僕はアメリカ海兵隊の衛生兵だった」


 ドクはゆっくりと、当時の話を始めた――。


 ◇ ◇ ◇


 1965年の三月だった。

 スタンリーは仲間の海兵隊と一緒にベトナムのダナンに上陸していた。


 ベトナム戦争は、当時南北に分断されたベトナムへそれぞれアメリカと旧ソ連が介入した代理戦争だった。


 当時、南ベトナム解放戦線のゲリラ兵はアメリカの海兵隊を精神的にも追い詰めていた。

 敵は村人の格好をして襲ってくるのだ。

 向こうはこちらが見えているのに、こちらからは見えない。

 村を助けようと中に入っていくと子供が爆弾を抱えて走ってくることもあった。

 もう誰が誰か見分けはつかない。

 敵も村人も着るものは同じだった。皆同じに見えていたのだ。

 そうなると海兵隊にとって周囲は敵だらけであり、誰がいつどこから攻撃してくるのか分からなかった。

 誰が敵で誰が味方か判らない戦闘は、村一つを焼き払うことを彼らに繰り返しさせた。


 新兵が戦地に降りて一週間も生きられないと言われる程の地獄のような状況が続く中、スタンリーと同期の友人ニックは運も味方し、二年が過ぎていた。


 ある日、蒸し暑いやぶの中をスタンリーとニックを含む25人の一個小隊が神経をすり減らせ、息を潜めて目的地まで進んでいた。

 すると、最後尾にいたスタンリーのすぐ右横で嫌な気配がした。

 突然、傍の泥の中から顔を出した敵が自動小銃で撃ってきたのだ。

 隊はパニックになった。


 スタンリーは尻をついて泥を被り運よく倒木の影で敵からの目を逸れたが、仲間の兵が次々と銃弾を浴びる中、目の前で同期のニックが撃たれてしまった。

 すぐニックに走り寄り、安全を確保できる場所まで移動して大急ぎで手当をする。

「衛生兵――ッ!」

 スタンリーを呼ぶ声があちらこちらで飛び交う。

 だがもう間に合わなかった。

 既にこの小隊は精神的にも肉体的にも憔悴しょうすいしきっていたのだ。


 あっという間にたった一人のベトナム兵に全員が犠牲になった。

 気付くと自分の周りは血と泥にまみれた仲間の死体だらけだった。

 そして敵が最後の一人になったスタンリーを発見してしまう。

 しかしその時、まだ息のあったニックはそれに気付き、最後の力を振り絞って銃を取ったのだ。

 銃声が聞こえたが、どうなったか分からない。

 そこで気付いた時にはもうこの世界に来ていた。

 ドクは皆の犠牲の上に自分が助かったのだと言う――。



「――こんな話、誰にもしたことないよ」

 ドクはひと粒の涙も流さなかった。

 涙すら枯れ果てていたようだ。

 異世界へ来て以来今まで、この悲しく苦しいことには向き合えなかった。


「僕はあの時、あそこで皆と死んでいなければならなかった……僕は、誰一人……助けることが出来なかったんだ」


「あんたの世界も相当な地獄だな」

 ヒースは眉間にしわを寄せた。

「僕はよく知らないけど、実は今も自分達のいた世界ではあちこちで戦争中だよ。僕の国は今は平和だけど、六さんも家族が太平洋戦争で亡くなったって言ってたしな」

 ミツヤの話に、戦争という地獄を経験したドクだけが頷いていた。


「ところでドク、この世界に来たの60年前って言ったか? なら今、何歳なんだ?」


 ヒースの言葉で全員がハッとする。

 ドクは19歳で志願兵となったが、この異世界へ来てから60年が過ぎている。となると80年近く生きている事になる。


「……僕のドナムのチカラは不死身だ。だからあれから歳をとっていないし、これからもずっと変わらない」

「だから20代に見えるのか。しかもずっとだろ? それ、すごい良くないか?」

 ヒースは励ますつもりで言った。


 するとルエンドは組んだ足の膝に肘を置いて頬杖をつき、柔らかい目をしてヒースの顔を横からのぞく。


「ヒース、今は言葉を選んだ方がいいわよ。多分、彼はそれを苦にしているの」

 ルエンドの言葉でヒースはハッとし、口を閉じる。


「皆が次々と寿命で死んでいくのを、自分は年を取らずに見送りながら生き残ってしまう寂しさは俺達には分からないだろうな」

 そう言ったアラミスは前髪を片手でくしゃっと掴んだ。

 その実、ドクの時間はあの戦争で止まったままだった。


「さっきは悪かった。けどよ、皆といっしょに死ぬべきだとか言うなよ」

 ヒースはニッコリ笑って言い直した。


「その……ニック達、仲間全員が繋いだ命なんだろ!?」


 途端、スタンリーの中に疾風が吹き抜けていった――。


「……そうだ……。ああ、そうだな……」

 ひとりひとりの戦友たちの顔が、まだ記憶に残っている。それが今、彼らの苦しい顔ではなく、ふいに笑顔が蘇った。戦地でいっしょに淹れた不味いコーヒー、ヘルメットに入れた水の中でジャブジャブ洗ってやった野良の子犬、そして仲間とポーカーで潰した時間――。

 彼の表情が少し、穏やかになっていった……。



「……僕のもう一つのドナムは、手をかざすだけで他人の怪我を治療できることだ。もっとも、失った部位については簡単にでも、まず手術で縫合でもしてからでないと時間が掛かるようなんだが。だが戦闘要員としてはどうだろう。僕は剣を握ったことないし銃も今となっては……」


「武器はいいからドク! 仲間になってくれよ! こんなすごい事が出来るんだ、あんたが入ったら俺達、最強のチームになる!」


 ヒースが言うと、ジェシカがテーブルに両手をついてヒースに物申した。

「ヒース、あんたって大怪我しても治してくれる人がいるからって、ドクありきで更に無謀な戦い方するつもりでしょ!」

「あー、それそれ。ヒースなら考え兼ねんな」

 ミツヤがヒースを横目で見つつ頷く。するとアラミスはヒースの代わりに援護射撃をする。


「なぁドク。俺らはあんたのトラウマや辛い気持ち全ては分かり得ないかもしれん。だが今度はこっちの世界で、また前とは違う仲間でやり直してみないか? 前を向いていた頃に戻れるように」

 アラミスはグラスの水を飲み干した。


撃鉄げきてつだって一度起こしてしまっても、また元に戻せるだろ?」

(ま、そうーっとやんないといけないがな)


 皆が意味が分からず微妙な表情をした。

「だから、どんなことでもやり直しがきくってことさ」

「一般人に判るように例え話しろよ」

 と、ヒース。

「そうだった、アホ剣士には判りにくかったな!」

 意地の悪そうな目をしてアラミスが言うと、ミツヤが数日振りに間に割って入った。

「またそこ! こんな時までめんなよー」


「ね、ジェシー。今ちょっとドク笑わなかった?」

 ルエンドが小声でジェシカの耳元に右手を添えて確認してみた。


 こうして皆の励ましにより、スタンリーは快諾かいだくとはいかないまでも助けてくれた礼として、まずは次の活動に同行することとなったのだ。



 気付けばアジトの窓から見る空はすっかり夜が明けて明るくなっていた。

 ヒースは顔を洗うと外へ出て空を見ていた。

 大きく深呼吸する。

 夏の終わりの、少しひんやりとした空気が体に入る。

 程なくしてミツヤがやって来るとヒースの右隣に立った。


 ヒースとミツヤ。二人はお互い何も言葉を交わすことなく、ただ静かに立って空を見ていた。だがその静寂の中で、どこか互いの気持ちが通じ合っているように感じていた。

 思い返せば、出会ってから怒涛どとうの日々が過ぎていた。

 お互いの気持ちなど、いちいち伝えることもなかったが、お互い本音をぶつけたことでより結束が出来ていたことには気付いていないだろう。


 ミツヤの右隣にいつの間にかジェシカが立っていた。

「おは。どうしたの? 二人とも黙りこくっちゃって」


 すると、更にその右隣にルエンドがやって来てジェシカの隣に立った。

「ちょっとー、ここで何してんの? もう朝六時よ、皆んな寝てないじゃん? シャワーしてちょっと休まない?」


 アラミスが両手を空に突き出し、欠伸あくびをしながら歩いて来てルエンドの右隣に立った。

「なんだなんだ? 何か面白いもの見えんのか?」


 そしてドクが、目をこすりながらやって来るとヒースの左隣に立った。

 ドクはミツヤの悩みを何となく判ったような気がしていたのか、穴について補足説明をし始めた。


「僕は実は穴を見せてもらってはいないんだ。トージは僕を絶対離さないだろうからね。けど穴は消失せずに、ずっとこれからも同じ場所にあるんだろう。僕が言いたいのは……今はトージの管理下だが、もしこの先戻りたい者が現われた場合そこへ行けばいつでも戻れるんじゃないのか?」

「……だな」

 頷いたヒースは見ているこの空が、どこか新しく生まれ変わったようだと感じていた。

 ドクの言葉を聞くと、ミツヤは皆の顔を順に見た。

「……ドク、ありがとう。ヒースにも心配かけた。でもいいんだ、もう決めた。僕はここで生きていく……!」



 「青い疾風ブルーゲイル」の皆の胸に、晩夏の風が吹いていた。


 言葉は交わさなくても、皆の考えていることは伝わっていた。六人の気持ちは今や完全に繋がっていたのだ。


 さて、そんな「青い疾風ブルーゲイル」のメンバーの耳に、ブルタニーの国境付近で見たことのない能力を使う異形獣まものが出没しているという噂が入ってくることになる――。

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