11 俺達は人殺しをしてきたのか?

 アバロンのアジトに戻ってきたのはもう夜明け前だった。空はまだ薄暗く、静寂が瓦礫だらけの廃墟を包んでいる。霧が漂う中、異形獣の爪でひび割れてしまった石畳を行く馬車の車輪の音だけが響いていた。


「いいのか? 護衛隊員の僕をアジトに案内して……」


 道中ずっと沈黙していたドクが、不意に口を開く。到着するまで彼が何を考えていたのか、誰も知ることはできなかったが、その言葉には一抹の不安が見え隠れしていた。


 ヒースはドクの問いに目を細め、わざと軽い調子で応じる。

「今更なーに言ってやがんだ。あんたに俺達をめる気があったら、ミッチーの治療や火中の栗を拾ってまでこいつを助けたりしないだろ?」

 と、調子よく眉を上下させ、アラミスにチラリと視線を送った。


「『火中の栗』だと? てめぇ、おれを無策なアホ扱いしたか!? したよな! お前が自分で火ぃ付けといてボーっとしてやがったからだろうが! ミッチーが火だるまになるとこだったぜ、ったく」


 間髪入れずアラミスがヒースにくってかかる。


「そ、それは……ホントに悪かった!」


 ヒースの素直な態度にジェシカがクスッと笑う。いつものメンバーの雰囲気が戻ってきた。ドクも護衛隊に追われる身となったことや仲間の命の恩人だということもあり、色々情報を聞く為にもドクをアジトに連れて来たのだ。馬車をレンガ造りのアジトの前に停めるとヒースはドクを中へ案内した。


 アラミスは、アジトのリビングに入るといきなりヒースに気がかりな点をたずねてくる。


「ヒース、お前のドナムカラー、真っ赤だったぞ? なんだあれ?」

「俺も覚えてないんだ。でもあの時は気が動転してるというか……」


 ヒースはキッチンから椅子をもう一つ運んで来る。そしていつもの男子部屋へ置くと、丸テーブルに皆を集めた。


「ドク、まぁ座れよ」


 皆の雰囲気に気持ちがほぐれたのか、ドナムカラーについてドクが反応した。


「僕も全貌は知らないが基本的には白だ。しかしドナムの力が強い者はカラードと呼ばれて、大きく2パターンに分かれる。戦闘系のドナムが赤などの暖色系で、技術系が青や緑などの寒色系みたいだよ。中には第四隊のニールのように、紫という中間色のような者もいるが。まだ詳しい事は分かってない。あとは放出エネルギーに比例して濃くなると考えてるよ……」


 ヒースの場合は、興奮状態にあったため、一時的に深紅にまで変化したのではないかとドクは言う。それを聞いたミツヤは、視線を天井に向け、一人何やら考えていた。


(てことは、僕はまだ伸びしろがあるかも……?)


 まだ何となく話がしっくり来ていないヒースは暫く口をへの字に曲げていたが、気を取り直して早速ジェシカと二人で檻の中に見たものを伝え始めた。



「ああ、確かに護衛隊のマントやらブーツもあった。血まみれで千切れてたがな」

 その話にドクはすぐに反応し、動揺を見せる。


「な、なんだって……まだそんなことを続けてたのか!? 僕は総隊長に何度も止めるよう言ったんだ、その引き換えに檻の存在を口外しないという約束で……以前にも護衛隊お抱えのガンスミスだった男がそれを見てしまい、口封じに殺されたって聞いたことがある。僕は」


 言いかけたドクの言葉をさえぎるようにアラミスがテーブルに手をつき、身を乗り出す。


「それは、その男は俺のオヤジだ……!」


 一瞬でその場の空気が凍りつき、数秒沈黙が続いた。


「そうだったのか、君がコンラートさんの息子だったのか」

 ドクは暫くうつむいていたが、アラミスに何があったか説明を始めた。


「何年前だったか、総隊長と護衛隊員が人間を連れて来て異形獣まものの檻に入れている場面をコンラートさんが目撃したんだろう、檻の鍵を盗み出して助けたそうだよ。だが、翌日それが発覚してしまい、国外に脱出しようとしたところを見つかって……殺害されたと聞いたよ」


 アラミスは暫く言葉が出なかった。


 額に手を当ててうつむいたままどれくらい経ったか、アラミスは一言「ありがとう」と漏らしたあと、椅子に座り直しゆっくりと話し始めた。


「俺はずっとオヤジがなぜ殺されなければならなかったのか、ずっと知りたかったんだ。あれから一人で何度か駐屯所内に潜入もしたが、何も掴めずにいた……オヤジはやはり、何も恥じることはしていなかったんだ」


 ミツヤが「それどころか、勇気あるオヤジさんだな」と言うと、アラミスは目を閉じたまま僅かに頷いた。


「アラミス、お前の目的のひとつは完了だろうが、ここで終了じゃねぇよな? やるだろ、トージのヤツを……!」

 ずっと黙って聞いていたヒースは、奥歯を噛みしめているアラミスを見て切り出す。


「……ったく、分かり切ったことを。 当然だ!」



 自警団としての「青い疾風ブルーゲイル」ではなく、ヒース達の護衛隊への強い憤りを知ったドクは、これまでの経緯、知っていることを全てヒース達にゆっくりと伝えた始めた。


「では僕が知ってることを話そう――」


 ドクが知っていること、ミツヤがトージから直接聞いたこと、ヒースがハンスから聞いたこと、更にアラミスの推測などを交え仮説も含めて次のことを共有した。


 1、トージは二年程前に誰かが穴から出る

   ところを偶然発見した。

 2、その穴から出て来た人間に聞き取りを

   することで、やって来る人間は所謂いわゆる

   イントルーダーと呼ばれる、他の世界

   からやって来た人間だと知った。

 3、穴はずっと同じ場所に存在することが

   確認できた為、トージは穴から出入り

   する人間を秘密裏に管理しようと

   「石造りの小屋」を建てて遮断した。

 4、トージはこの異世界に来てしまった男

   が元の世界に帰る瞬間を見ており、

   その男が再び戻ってきたところにも

   立ち会っていた。

   ――入って数分後、彼は異形獣まもの

   となった。

 5、トージは異形獣まものが人間の変化した

   ものであることを立証するべく、

   国内のイントルーダーを捕虜にした。

   そして彼らを使ってこの世界に戻った

   者が異形獣まもの化するのを確認していた。

 6、トージは次に、ドナム系イントルーダー

   を異世界と繋がる穴に入れる為、現在

   ドナムを有するイントルーダーに絞り、

   理由なくバスティールへ連行している。


 それらの話をまとめ終わると皆お互い顔を見合わせて沈黙が続いたが、暫くしてヒースは自分が見た異形獣まものの檻の情報を基に、更に次の仮説をたてた。


「なぁ、俺は今日、檻の中にハンスっていうイントルの知ってる奴を見たんだ。しかもそいつ、半分人間になりかけの異形獣まものの姿だったんだよ」


 ヒースのその話が出た時、ドクの眉の端がピクリと動いたようだったが、何も言わずヒースの言葉を待っているようだ。


「それで俺は思ったんだが、あいつらイントルーダーは異形獣まものに変化してしまっても、何かの条件で人間に戻れるんじゃないか?」


「なんだって!?」

 ドクを除き、驚いて全員立ち上がってしまった。


 しかしドクは落ち着き払い、伏目ふせめがちにヒースの問の答え合わせを始めた。


「彼らが調査を続けてきたところによると……異形獣まものは人間を喰うが、檻の中の実験でひと月何も食べさせないでいると人間に戻った者がいたようだ。ここから先はまだ仮定の話だが……異形獣まものは恐らく人間に戻れると思う」


「な、なぁ。じゃぁあの檻に入ってる異形獣まものは皆、元イントルーダーでなんとかすれば人間に戻せると……?」


「まだ確実には断言出来ないが、僕はそう考えている」

 ドクは更にこう続けた。


「今まで気付けなかった理由は当初、彼らを集団で一つの檻に入れていたからだ。同じ檻の中、ひと月かけて人間に戻った者が現れたにもかかわらず、誰にも気付かれることもなくすぐに他の異形獣まものに喰われていたんだろう。管理していた者は彼らの数が減ったことしか気付かなかったんだ」


 ドクの話では、異形獣まものは基本的に人間を喰らうが人間がいない場合は共喰いになるという。

 そこでヒースとミツヤは、ある同じことを考え、自分のしてきた事にゾッとし始めていた。


「なぁ、俺ら……人殺しをしてきたのか……?」

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