10 無用の長物

「ブランデルへ異形獣まものを放った? まさか、狙いは銀鉱山……!?」

 問い詰めるクロードの顔からは血の気が引いていく。

 

「うーん、さすがはクロード隊長。この先のブランデル領、国境付近に銀山がある。まだ我々の間でも一部の者しかこの事は知らないが、今のうちに銀鉱山を一手に入手すれば、今後も増え続けるイントルーダーの管理と異形獣まものへの対策も安泰あんたいだ」


「じ、じゃぁ……銀山欲しさに大教皇をダシに、異形獣まものをゲネベに渡したというのか……!?」

 ヴァレリーも、初めて聞くトージの信じがたい言動に全身が震えるようだった。

 

「まぁそのとおりだ。ブランデルとゲネベは我が国とそれぞれ同盟を結んでいる。こちらからブランデルへ戦争を仕掛けるより、対異形獣まもの戦と称し、我が国の護衛隊が出動をかけてやる方が戦力的にも資金的にも楽ではないか?」


 それを聞いたクロードのこめかみがピクリと動いた。怒りが滲み出る。

「では……ブランデルに現れた大量の異形獣まものを我々が片付ける見返りで銀山を……?」


 縛られているにも拘わらず、トージはまるで勝利者であるかのように話した。

「やっと判ったかね。この国の為だよ? まぁ、なかなか回りくどい作戦だが、大教皇を敵に回さず、近隣の国々とも上手くやりながら銀山を手に入れる。上出来だとは思わんかね?」


「国の為じゃない、自分の為でしょう!? じゃあ、どうして父上を殺したのよ!」

 ルエンドは、怒りを爆発させながらトージに詰め寄る。


「銀山の件で見解が合わなくてね。去年だったか? ブランデルからレオンハルト王を呼び出し一対一で会った時、素直に渡してくれれば殺さずに済んだんだがね。まぁ、君の兄のサイラス王子に姿を変えて近づくのは簡単だったよ。フハハハハ」

 トージは狂気じみた笑い声を響かせた。

「あんたなんか、地獄に落ちればいい!」

 ルエンドはいつの間にか剣を抜いていた。

 

「おお、怖いねぇ。だが考えてもみたまえ。銀山さえ独占できれば、異世界からの穴を使って異形獣まものをいくらでも量産した後、どこの国にでも喧嘩を売れるんだよ」

 剣を向けるルエンドに、トージは後ろへ身を反らしながら薄ら笑いをする。

 ルエンドの剣を握る手に、クロードはそっと手で制し、ゆっくり首を左右に振った。しかしその反対の手で握った拳は怒りで静かに震えていた。


「銀山を手中に収めた後はブランデルもゲネベも、もう用済みだ。いずれは二国とも潰し、私が頂くことになっている。そして……いずれはバチケーネも……おっと、言い過ぎたかな。まあ、国も人も、そのためにどうなろうが知ったことではない」


「何を……」


「そもそも大教皇からの直々じきじきの依頼だよ。もっとも、セレスティア教のブランデルとゲネベを潰す良い方法があると提案したのは、だがね。フフフフ」


あきれた、まるで悪魔だ……!」

 ヴァレリーもトージの胸倉を掴んで顔にタガーナックルを向ける。


「なんと言われようが、我々の国取り合戦に横やりを入れてきた君たちは、もはや全世界を敵に回したも同然だ!」

 

 知らなかったこととはいえ、クロードとヴァレリーは今まで、トージのこれ程の勝手な思惑に従っていた自分自身すら許せなくなってきていた。


「ただし、今ここで私を自由にして各護衛隊がブランデルとの国境で速やかに六百体の異形獣まもの殲滅せんめつするというのであれば、特別に今日のこの事件はしてやっても構わないがね」

 そこにいる全員の目が憤怒ふんぬの色に変わった。

 

「さぁ、ジャック君。もういいだろう、早くこの銀のかせを外してくれないか」

 トージは最後までジャックを信じていた。


「分かってるよ、さっきはああ言っていたが、入念に皆をあざく為だろう?」


 何を言おうと何をしようと、最後はジャックがなんとかしてくれると。


「ジャック……?」

 それ程に彼は今までトージの計画を黙って遂行してきたのだ。

 ジャックは立ち上がり、後ろ手に枷を付けられたトージの腕を掴むと皆に言った。


「俺は今からこの総隊長を《転送トランスポート》で連れ帰る、目を離すと危ないからな。当然、銀枷つけたままバスティールだ、追って沙汰があるだろう。だが《転送トランスポート》のチカラを使い過ぎた、今日はこの往復が最後になる」

 途端、トージの顔が青ざめていく――。


「な、なんだジャック、どうしたんだ? そうやって呑気のんきにタバコ吹かしてるのはいつもの演技なんだろう? 早く」

 このに及んで助かろうと足掻あがくトージをよそに、ジャックは皆に提案するかのように声をかけた。

 

「ルエンドを含む自警団のみんな、それにそこの異形獣まもの化を余儀よぎなくされた水の使い手の君、他にもコイツを殺したい者も大勢いるだろうが、処分は俺に任せてくれないか」

「ジャック、どうすんだ?」

 ヒースが真っ先に確認する。

 当然ミツヤも、アラミスも殺したいほど憎んでいた。勿論ルエンドもだ。


「まぁ、監獄で寿命尽きるまでコイツを生かしとくと税金の浪費だ、国民にも申し訳ない。正直、面倒なんでここで殺した方が早いんだが……」

(こいつマジでやりかねん!)

 そこにいる全員が一斉に同じことを頭の中で呟いた。


「ジャック、何を言い出すんだ!」

 今まで肩書で「総隊長殿」と呼んでいたジャックから「コイツ」と呼ばれた。いよいよ冗談ではないと気付いたトージの顔が恐怖で歪み始める。


「ジャック、貴様、リシューが何と言うかな? あの赤タヌキとてオレが必要な筈だ、側近も誰もオレの仕業だと信じるわけがないだろう!?」


 するとジャックはポケットからスマートフォン程のサイズの黒い装置を取り出した。

「そ、それは……!?」

 トージも、これ程コンパクトな物ではないがそれを知っている。ボイスレコーダーだった。

 驚くトージの目前でボタン操作をすると、トージの声が再生され始めたのだ。

 

『この国のルイ王を大教皇に歯向かう逆賊に仕立て上げて幽閉したのも、ブランデル国のレオンハルト王、つまりその女の父親も消したのもこの私だよ……』


 少し前からのトージとの会話が録音されたものだった。

 トージは勿論のこと、その場の全員がざわつき始める。

 それもそのはず、この世界にそんな物など存在しないし誰も見たことはないだろう。

 これはジャックがこの世界に転移してくる際に持ち込んでしまったアイテムなのだった。

 

「ま、この音声でまずリシュー自身の存在が危ぶまれるだろう。だがあの男のことだ、あんたにだまされた、とでも言って自分の釈明をすればそれで幕引きだろうな」

 その落ち着き払ったジャックの言葉でトージも言葉を詰まらせた。


「そいつ、何だよ?」

 と、ヒースから全員を代表しての問いかけに対し、ジャックはボイスレコーダーに視線を落とした後、彼らに更なる疑問を残すような事を言う。

 

「イントルーダーってのは、要らないものを持ち込んではこの世界をき回す。単四電池が二個、恐らくあと二、三回も再生すれば無用の長物ちょうぶつだ。えてアナログを持ち歩くようにしていたのが功をそうした」

(未練がましく残しておいたアイツの声もトージの声で上書きされたわけだ。ハハッ、笑えるな……)

 一瞬、ジャックの目にかげりが映ったが、恐らく誰も気づかなかっただろう。


「では投獄ののち、すぐ戻る」


 皆が唖然とする中、ジャックはそれだけ言うとトージの肩の止血もせず、今まで上官だった彼を連れてその場から瞬時に消えた。


「……クロード隊長、護衛隊にあんな奇抜な奴、いていいのか?」

 ヒースはまだジャックが今ひとつ信用しきれていない。

 

 すると、クロードはジャックがこの世界へやって来た頃の話を簡単にした。


「彼は二年前、総隊長によって石の建造物で囲われていた異世界の穴から突如現れ、右も左も分からないところを総隊長に保護されてね。前職の内容とイントルーダーとしてのドナムを確認されるとすぐに護衛隊の隊長格に任命されそうですよ」


「そ、それじゃぁトージの計画の為にもってこいの人材が現れたわけだな。一歩間違えればとんでもない二人がタッグを組んでたかも、ってことだろ? 場合によっちゃぁこえぇ話だ」

「まぁ、ある意味トージ総隊長は人を見る目があったのか……まぁどうでしょうね」

 

 その時だ。既に魔の手はすぐそこまで来ていた。

 大型の有翼種の異形獣まものが飛来し、拘束されたウォーカーの頭上をかすめたのだ。

 しかし、もうその場の全員が半死半生だった。ここで更に六百体の異形獣まものを討伐する体力は誰も残っていない。


 暫く黙って考えていたウォーカーが、身をよじりながらクロードに謝罪した。


「クロード、認めよう。俺が間違っていた。この後の事は君に任せるが、今は何とかこの異形獣まもの殲滅せんめつしないことには!」

 すると、クロードはその言葉が彼の口から出ることが分かっていたかのように、すぐに反応した。


「ウォーカー、ありがとう! では君の隊員にも手伝ってもらっていいですか?」

 そう言って、その返答を待たずにクロードは第一隊の隊員達の鎖を外していったのだ。


「ヒース君、その体ですが、まだ動けますか?」

 クロードはその答えも初めから分かっていて、敢えて問う。


「俺が諦めると思ったか? まだこれからだろう……!?」

 肩で息をしてはいるが、ヒースは目の前へ飛来して来た二体目の異形獣まものの翼を平然と切り落とす。

「やるしかねぇだろ。けどクロード隊長。六百体てぇの、さすがに何か方法ないのか……ですか?」


「おいヒース! 立ち話してる場合じゃないぜ、どんどんこっち来てる!」

 アラミスは再びマスケット銃に持ち替え、まだ遠距離にいる異形獣まものを狙い撃ちしていた。しかしその腕も異形獣まものの爪に割かれた箇所が目立っていた。

 第一隊の隊員達もまた、10体、20体と一気に増え始めた異形獣まものを手早く倒していく。しかしあまりの大群に対処しきれない。

 案の定、第一隊の隊員達まで弱音を吐き始めた。


「どーすんだ? この国に異形獣まものを入れるって俺達聞いてなかった。皆、もう既にボロボロだ、こんなになってまだ異形獣まものを六百だと!?」

 トージの指示で、ウォーカー隊長とゲネべへ届けた第一隊の隊員達は命令に従ったとはいえ、自分の行った過ちの大きさにさいなまれることになったのだ。


「――もう無理だ……」

 護衛隊員ですら、もうその数を相手にする体力は残っていない。そもそも人数も全く足りていなかった。


 そんな中――。


「おい、あ、あいつら本気でまだやる気なのか……?」

 第一隊の隊員の一人が指をさした。

 その先に、「青い疾風ブルーゲイル」のメンバー全員が数十体の異形獣まものの群れに真正面から対峙しようとして武器を構えている。

 それを目の当たりにしたその隊員は驚嘆きょうたんの声を上げた。

「な、なんて奴らだ! この状況で全然諦める気ないのか……!!」

 彼らの目に映ったのは、満身創痍まんしんそういの自警団がたった六人で異形獣まもの大群に立ち向かおうとする姿だった。


 ヒースが仲間に声をかけたわけでもない。各自の意思は何も言わずとも繋がっていたのだ。

 炎斬刀を構えるヒース、両手に雷のエネルギーを走らせているミツヤ、クロスボウを構えるジェシカ、ブロードソードを握ってマージの前に立つルエンド、マスケット銃の弾で狙いをつけるアラミス、ハンドガンに弾を装填するドク――。


 ヴァレリーはニヤリとする。

(ああ……いいチームだ)


 そしてクロードは後ろで戦意を失いつつある、護衛隊隊員達に発破はっぱをかける。

「見なさい。まだ闘う気力を失っていない者達がいます。君達、護衛隊員はの彼らを前に、ここで引き下がれるというのですか?」


 ヒース達6人が構える姿を前に、一度は戦意を失いかけた隊員も、立ち上がり始めた。そこにクロードは意味深な言葉を吐き出す。


「そろそろ来る頃なんですが」

 クロードは後ろを振り返り、何かを待っている様子だ。

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