12 最終決戦!

 場所は移ってここはバスティール地下三階、最深部の牢内――。


 灯りといえばわずか二か所のブラケットに蝋燭ろうそくが設置されているだけで窓はなし、冷たいレンガの床に木の寝台、角にむき出しの便器のみ。


「ジャック、君だけはこちら側の者だと思っていたが……非常に残念だよ」


 トージはヒースの炎に貫かれた肩の痛みと身内みうちに裏切られた悔しさから顔を歪ませ険しい表情だ。


 ジャックは《転送トランスポート》のドナムで連れて来たトージに、銀の枷を手首だけでなく、首と足首にも取り付けた。入念過ぎるほどだ。

 これほど銀を付けていると恐らく食事も喉を通りづらいだろう。

 トージが今まで多くの人にしてきた数々の残虐な行いを考えると、ジャックはそれでも足りないと感じていたのだった。


「総隊長殿」


 ジャックは言いかけてしばらく黙り込んだ。


(俺は一度死んだはずだった。何もかも失ったはずが、まだ命があった。暫くはここでも生きる目的が見出せない中、面白ければそれでいいと、大抵のことには目をつぶってきたが……)


「……さすがにちょっと、はしゃぎ過ぎましたね」


 ジャックはギリギリまでトージ側の人間であると信用させるために、誰にも打ち明けることなく、たった一人であらゆる犠牲を払ってきた。

 信用できる人間がいると分かると、尚のこと巻き込みたくなかったのだ。

 ヴァレリーとクロードにトージの計画を話したのはつい最近だった。

 全てはトージの口から悪事を引き出す為――。

 時にはトージの異形獣まものを使った謀略を自分で実行しておきながら、トージの耳に入らないよう密かに自ら人命救助に乗り出したこともあった。


 トージはどす黒い目でジャックを睨む。


「リシューは何というかな? そもそもそのボイスレコーダーを信用するかどうかも怪しい」


「どうとでもしますよ。ご安心を。それに、今時スマートフォンを持ち込んでバッテリーの持つ限り、後生ごしょう大事に写真や動画を見ているイントルーダーがいることは彼も知っている。今更こんなものに然程さほど衝撃もないのでは?」


 すると、いよいよ逃げ場を失ったと気付いたトージは思いのたけを吐き出した。


「ジャック! オレは何も特別なことをしてきたわけではない。皆が動き易いよう裏から手を回しただけで、実際に動いたのは各々の考えではないか。人類の歴史は殺りくだろ? どんな綺麗ごとを言っても結局、人間は殺し合いを止められないぞ!」


 しかし、鉄格子のドアが閉まる金属音でトージの最後の言葉がかき消された。


(トージ君。それは俺だって百も承知だよ。それが判っていても足掻あがく……それが人間だろう?)


 ◇ ◇ ◇


 さて、再び国境沿いの森の中。


 国境付近に放たれた六百体もの異形獣まもののうち、十数体が一団となって向かって来ていたが、「青い疾風ブルーゲイル」メンバーは傷ついた体で立ち向かい、なんとか切り抜けていた。


「皆、手分けして広がろう。既に異形獣まものは広範囲に散らばっているぞ、第一隊の諸君、俺に続け!」


 ウォーカーは大急ぎで隊員達を連れて国境付近に向かった。


「マズいな。こんな事になると思わず弾丸が」


 アラミスが残りの弾数に不安の色をあらわにした時だ。

 ジャックが突如、その場に現れた。


「うわ! ビ、ビビった」

 ヒースはすぐそばに現れたジャックに驚き、数歩下がる。


「あんたか、はえーな。まさかったのか?」

「プッ……。君、面白いね」


 ジャックは一つ大きな仕事を終えたからか、少し表情に余裕が見える。ヒースの言葉に吹き出したほどだ。


「ああこれ、君のとこの狙撃担当に渡してやってくれ。銀の弾丸だ」


 そう言って、ヒースの前に両手一杯程の大きさの、麻袋に入った弾丸を差し出した。


「あ、ありがとう、助かるよ」

(なんかやりずれぇな)


 ヒースはあれ程敵視してきたジャックを、急に味方として対応することにまだ戸惑っているようだ。


「あと、助っ人を呼んでおいた。そろそろ来る頃なんだが」

「どういうことだ?」


 遠くから、ジャックが言った「助っ人」の声が、そのタイミングで聞こえてくる。ヒースも聞き覚えのある声だ。


「お――い! ヒース――! いるんだろ――っ!?」


「ん?」


 どこかで聞いたような声がしたと、ミツヤがヒースに走り寄って来る。


「誰? ヒース、知り合い呼んだ?」

 

「んなわけないだろ、こんな事になるなんて知らんし、知り合いなんて他に……」


 20名程のイントルーダーを束ねて走って現れたのはジェイク率いるストーム一味のメンバーだった。


「お、お前、確かジェイクだろ?」


 ヒースはストームを倒した後、ジェイクとはどことなく悪い気がしていなかったが、彼らを見たジェシカの顔は怒りでくしゃくしゃになった。


「あんた達、なんでここに居るのよ!」


 思ったとおりの物凄い剣幕だ。


「ひーッ! キュートな顔してこえーな相変わらず。そこの旦那がこの仕事を引き受けたら赦免しゃめんにしてやるって、今日バスチールから出してくれたんだよ」


 と、ジェイクはジャックを指さして嬉しそうに言った。


「えええ!?」


 あの、苦労して仕留めた「ストーム」一味の見覚えある面々が後ろにいた。


 ヒース、ミツヤ、ジェシカの三人はこのストーム一味と戦って倒すのは簡単ではなかった為、ヒースはすぐに懐疑心かいぎしんをジャックにぶつける。


「お前、これも罠じゃないだろうな?」


「そう来ると思った。異形獣まものが六百体だぞ、いくら我々が精鋭とはいえこの人数で何日かかると思うんだ? 前もって取引しておいただけだよ」


 ジャックはこんな時でも落ち着いている、平然と言ってのけた。

 それに対しヴァレリーは呆れつつも称賛の目で、彼女より20センチも身長の高いジャックを見上げる。


「あんたって、なんて機動性の高いヤツなんだ……」


 更にジャックは各方面への応援を呼んだことを伝えた。


「ハハッ。おめに預かり。ああ、あとクロードの第三隊の隊員と、第四隊、それにヴァレリー、君のとこの第六隊の隊員も呼んでおいたから、そろそろ到着するはずだ。代わりに第七と第八には王宮と各所を守ってもらうよう伝えておいた」


「なんだと? 気が利くなぁ!」


 と、ヴァレリーはジャックの背をバンッと叩いて喜んだ。


「おおーっと、俺に触ってくれるのは嬉しいが、そのタガーナックル外してから頼むよ」


 ヴァレリーが慌ててジャックのマントに目をやると、既にマントだけでなく、制服内部まで切れていた。


「すまん!」


 ヴァレリーは頬を赤く染めて頭を下げたが、ジャックは歯を見せて笑っている。その実、背中の肉まで若干裂けていたにもかかわらず、黙ってこの表情だった。


「そういや、ジャックのとこの隊員は?」

「ああ、うちのヘタレは全員置いてきた」

「あぁ、あんたはどこまでも一匹狼だな」


 ジャックの第二隊の隊員は、もともと戦闘向きではない。


 ジャックは自分が一人動けば、部下に危険を負わせずに済むと考えていた。特に隊員にトージの悪事の肩代わりは極力させたくなかった為、腕の立つ隊員は全て他の隊へ入隊させていたのだ。


 そう言っている間に第四隊隊長のサバランが自分の隊員30名と、クロード、ヴァレリーの隊員をそれぞれ30名引き連れて到着する。

 サバランは先の異形獣まもの討伐合同作戦で指揮をとった隊長だ。ジャックを見つけて一言挨拶をすると、すぐに自分の隊員に指示を出した。


「ジャーック、いつも生意気な野郎だ。だが話は分かった、今回は仕方ねぇ」


 サバラン隊長は両手の指関節を鳴らし、後ろに控えている自分の隊員へ振り返る。


「いいかお前ら、第四隊の底力を見せてやれ!」


「あいつだ、ミッチー! てことはあの、他人のドナムを吸い取るイントル隊員もいるはずだ」


 ヒースとミツヤに緊張が走る。自然とヒースの手が刀のつかに伸びた。


「出たな、異形獣まもの討伐合同作戦の!」


 そこですぐにサバラン隊長が殺気立ったヒースを見つける。

 当然のことのようにヒースとミツヤ、それにアラミスは反射的に身構えた。ところがサバランは意外にも羽帽子を脱いですぐに頭を下げてきたのだ。


「ジャックから聞いた。全てトージ総隊長の悪事の一環だった。知らぬこととはいえ、あの時はすまないことをした、このニールと共にお詫びする。それとそこの狙撃手の君、天晴あっぱれだったよ」


 意外な対応にヒース、ミツヤ、アラミスが三人とも唖然としていると、後ろにいたニールも顔を出して謝罪してきた。

 思わずヒースは肩の力を抜いてつかから手を離す。


「ニール、あんたのドナムには参った。正直、もう二度と会いたくないと思ったぜ」


 この突然降ってきた危機に淡々と対応しているジャックの様子を見ていたルエンドも、驚いて思わず本人に問いかけた。


「ジャック隊長、このお膳立てを一人で全部?」 


「二日前からクロードとヴァレリーも作戦に入ってくれたが、仲間に協力を得ることで同時にリスクが何倍にもなる。俺一人で動いた方が確実だと思ってね」


「トージの話、どこまで知ってたんですか?」


 ルエンドは更に詰め寄った。


「まぁ、ほぼ全部さ。大教皇の話は直接聞いてはいないが、こっちの筋で勝手に調査させてもらってたんでね。二度とやらないと誓った筈の潜入捜査がガッツリ体に染みついていて自分でも嫌になる」

 

「おい、そこにいるのは、まさかマージか!?」


 程なく、重力使いのモリーが重傷のマージを発見した。体半分が消滅した状態のマージを見つけ、あごが外れるほど驚いている。ドクのドナムのチカラもあり、マージは到底生きているとは思えない状態にもかかわらず意識はちゃんとあった。


「やぁ、こんな姿は見られたくなかったが……トージにめられてね。だが、元に戻れるって言うんだ。俺は動けないが頼む、ここにいる皆と切り抜けてくれ」


「なんか詳しいことはわかんねぇが、ヒース、あんた達がいるんならやることは間違ってねぇはずだ。皆、さっさとこの異形獣まもの倒して自由になろうぜ!」


 マージの言葉を聞いて安心したジェイクは、そう仲間に声をかけ、先頭に立って異形獣まものの群れへと突っ込んでいった。

 ジェイク達の様子を見届けたジャックは、自分が準備してきた要員が全て持ち場についたことでニヤリと満足気に笑みをこぼし、大剣を背から抜いた。


「さて、『青い疾風ブルーゲイル』の諸君。これからが君たちの腕の見せ所ではないか? ここを乗り切れば国王直々の恩賞が待っているはずだ」

 

「マジか? 信用していいんだな?」


 ヒースの懐疑心かいぎしんを和らげようと、クロードはヒースの肩にポンと手を置いて言った。


「ヒース君。今度は本当にジャックの言うことを信用出来そうですよ。我々護衛隊もまだまだ戦えます」


 すると、ジャックがヒースに対して効果的にあおってくる。


「それとも何か? 俺には敵わないと?」

 

「てめぇ! 言ったな。どっちが多く倒すか勝負だ」


 この広範囲で討伐数などカウント出来るわけもないが、ヒースの性格上、つい勝負に出るのが悪い癖だった。しかしジャックはそこは突っ込まずに敢えて乗ることにした。

 そして、たった数回の対峙でヒースの性格を熟知したのか、ジャックは更に条件までつける。


「ほぅ。では、俺が勝ったら君のチーム全員で一か月、空きが出来たままの第五隊に入って仕事してもらうぞ」


「なんだ、そんな事でいいんだな? じゃぁ、俺が勝ったら、ルエンドの国の銀鉱山を奪わないよう約束だぜ!」


「ヒース……!」

 ルエンドの顔にパッと笑顔が戻った。


「了解した。そういうことだ、クロード、ヴァレリー! 頼んだぞ」

(そんな事、端からそのつもりだったがね)


 そう呟きながらニヤリとするジャックの言葉に全員頷く。

 

「ああ、一つ頼みがある」

 ヒースは飛び出そうとしたヴァレリーを止める。


「ドクや他のイントルから聞いた。もう知ってるかもだが、このマージを見たら判るように、異形獣まものは元は人間なんだ。しかもひと月でもとに戻せることが判明してる」


 マージがそんなヒースをじっと見つめている。

 その表情にはもうヒース達への怒りや違和感は微塵みじんも感じさせなかった。

 

「ああ、私達も最近知ったことだが、ここにいる全員わかってるよ。ありがとう、殺さないで捕獲だ。とはいえ、なかなかあいつら死なないがね」


 そう言って、クロードはジャックに振り向き一言、確認する。


「あのイントルーダー軍団にも言ってあるんですよね、ジャック」

「当然だ。安心しろ、色々言って脅しておいた」


 それを聞いた全員が体を硬直させる。


(こえーっ! 何を言って脅したかは聞かないけど)


「オーケーィ! じゃぁ我々第六隊、全員暴れるぜ!」


 一番先に威勢よく飛び出したのはヴァレリーだ。彼女に続き、隊員達が走って行った。

 どんどん森の奥に入って行ったが、そこから聞こえてきたのは異形獣まものの断末魔の声だ。

 クロードも第三隊の隊員達に忠告する。


「さすがだな。では我々も行くぞ。自警団のみんな、もう判ってると思うが、異形獣まものは人間だ。殺さず倒してくれ!」


 クロードは隊員達を引き連れて国境方面の異形獣まものの群れに突っ込んでいった。


「遅れをとったか? ヒース」


 ミツヤはウズウズし始めていた。実はアラミスのアドバイスで試したい技もあるのだ。


「なーに言ってんだ。これくらいハンデやらねぇと俺達とあいつらじゃ勝負にならんぜ?」


 ヒースはニヤリ、ミツヤと視線を交わす。


「ルエンドは万一、俺達が取りこぼした異形獣まものがここへ現われた場合の為に二人を護っててくれ」


 ヒースは動けないマージと、彼を診ているドクを見て、ルエンドに護衛を頼んだ。それに対してドクとルエンドは快く頷いた。


「じゃあ、俺は後方から狙撃一本でいく。ブルタニーには元気な異形獣まものは一体たりとも入国させないぜ」


 アラミスがヒースから受け取ったマスケット銃専用の銀の弾丸を確認し、ほくそ笑んだ。


(あいつ、カネに物言わせて結構な量持って来やがったな)


「ジェシー、矢は大丈夫か?」


 アラミスが心配そうに確認する。


「今のところ、使った矢を回収してるから大丈夫、でも」


 アラミスとジェシカは同時に言った。


「一発必中!!」


 そんな遠距離攻撃枠の二人に、状況判断のできるミツヤがフォローする。


「アラミスもジェシーも、矢や弾が尽きそうになったら早めに申告してルエンドの元に戻っててくれ」


「了解!」


 そんなミツヤがいることで、ヒースは思い切り動けるのだ。


「じゃあ、いくぜ? ミッチー!」

「先に行ってるぞ! 電光石火ライトニング・フラッシュ!」

「はいはい、行ってらっしゃい」

 ヒースはひとつ息を軽く吐くとミツヤを追うように瞬時にその場から消えた。


 六百体もの異形獣まものを相手に最後の総力戦が今、始まった……!

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