8 リミッターを外せ!

 ――時間をさかのぼり、日本刀を求めてアビニオの町を訪れていた時のこと。

 ヒースは以前から気になっていた腕輪について、六三郎ろくさぶろうに尋ねていた――。


『ジジィ。そういや、じっちゃんが息を引き取る直前に、この腕輪がどうとか言いかけてたんだよ。何も肝心なことは聞き取れなかったんだが何か知ってるか?』

『……ちょっと、見せてみろ。けど〝ジジィ″はめい』

 六三郎はヒースの右手首の銀製の腕輪をよく見てみた。

 装飾は龍をかたどったような細かい細工がほどこしてあり、手首に巻き付くようなデザインだった。


『これ、俺がちっちゃい頃からずっとつけてたんだが、じっちゃんはお守りだから絶対外すなって言ってた。まぁドラゴンのモチーフ好きだったから、そのまま着けっぱにしてたんだけど、じっちゃん何を言おうとしたんだろうな』


『ヒースや。兆楽ちょうらくの奴、とんでもないじゃで?』


 そういうと六三郎はニヤリとして、ことの成り行きを話し始めた。


 兆楽ちょうらく――つまりじっちゃんはヒースが元居た世界から来た者と知ると、六三郎が幼いヒースを発見した時のように、いつか炎のドナムが発動するだろうと懸念けねんしていた。

 折しもその頃、世間ではイントルーダーに対してドナムを持っていようが持っていまいが、厄介な外敵として見るようになっていたのだった。

 じっちゃんはヒースを世間の目から、また変わりゆく護衛隊の権威から守る為ひっそりと二人だけで僻地へきちへと引っ越したのだ。

 ヒースのドナムも出来れば目覚めて欲しくなかったのだろうと、六三郎は語った。


『この腕輪は銀で出来ておる。どういう事かはまだよく判明しとらんが、銀はイントルーダーに対してドナムの発揮を抑制するようなんじゃ。もう20年も前に、兆楽が王の謁見えっけんの際に銀と接触する機会があり、体の不調から偶然知ったことじゃ。ドナム系でない兆楽も、気持ち悪いと言っとったぞ』


 銀製の容器に入れた水が腐りにくいことは数世紀前のこの世界の各地では周知されていた。

 ブルタニーでは浄水のような機能を果たすとし、銀が井戸や一部の富裕層に配備された水路に使用されている。

 そんな銀に未知の力を感じていたこの世界の人々の中には、実在しないオカルト的な対象にも精神的に依存する者すらいた。だからこそ「銀の弾丸」という発想も生まれたのだった。

 しかしながら、異形獣まものやイントルーダーと銀との関連性はまだはっきりとは分かっていない――。


『じゃぁ、何? 『異形獣まもの除け』っていう口実で、じっちゃんがわざわざ俺のドナムを封印しようとしてえて着けさせてたってことなのか?』

『それもあるが、兆楽を食わせ者と言ったのはそれだけではない。これだけは言っておくぞ、いいかヒース』

 六三郎はこの事がヒースに誤解を与えてはいけないと、慎重に言った。


『兆楽はお前を本当の自分の子のように思っておったはずじゃ。それは間違いない。お前に出会う少し前に妻子を異形獣まものに襲われて一人になってしまったあいつにとって、お前はやっと現れた生き甲斐じゃったろう。お前は覚えておらんじゃろうが、もっと幼かった頃はよくここへ連れてきてはお前を自慢しておったぞ』

『じっちゃん……』


『だから、嫌がらせで装備させたわけではない。ドナムの抑制も目的であったかもしれん。だが奴のアグレッシブな性格からして、このリミッターを装着したまま成長していくことで、お前のチカラを強くすることが本来の目的じゃったと信じとる』

『……判ったよ、ジジィ』

『〝ジジィ″はめーいと言うとるじゃろうが』


『じゃ、早速これ今すぐ外して……』

 ヒースが腕輪を外そうとしたが、なかなか外れない。

『おお、おい、待て待て』

 六三郎が慌てて止めた。


『なんだよ。取っちまった方が俺、もっと強くなるんじゃないのか?」

『そうじゃの、ビフォー・アフターにどのくらい違いがあるかは今は想像も出来ん。何故かというと銀の腕輪で封印しとったはずのお前が結局今、どうにかこうにか炎のドナムをちゃんと使いよるじゃろ。まぁ最も、この程度のでドナムの抑制が充分かどうかは、本人の力量次第なんじゃろうが』


 六三郎はヒースの両肩に手を置き、しっかりとヒースの視線を捉えて続けた。

『いいか、ヒース。兆楽の思いはもう充分お前が受け取ったはずじゃ。じゃからもういつでも外せばええ。じゃが、あとは』

 そして、六三郎はヒースの目を見て微笑む。


『タイミングじゃ』

『なに? タイミング?』


『もしもこの先、本当に危ない時が来た時に、そこで初めて試してみんか? ずっと極限まで制限されてきたドナムのチカラが一気に解き放たれたらどうなるかの?』

『おい……ジジィ……』

『ジジィ言うな!』


『それ、すっげーイカしてんじゃねぇか!!』


 ヒースは腕輪から視線を外し、窓の外を見て、ニヤリとした。

『ジジィ。言いたい事、よく判ったぜ!!』


 その時、そばにいたミツヤも神妙な面持ちでその話を聞いていた。

(ヒースの奴、最後まで〝ジジィ″と言うのをやめなかったな)

 ミツヤは、ヒースは危ない時ほど忘れてるだろうと確信があったので気に留めていたのだ――。



 ――そして再び、ヒースとジャックの一騎打ちに戻る――。


「ミッチー! ナイスフォローだ! 忘れてたぜ!」

 ヒースは声を振り絞り叫んだ。

「はははっ! だと思ったよ!」

(てか、さっきトージの野郎に見せびらかしてたじゃないか)


 ミツヤは遠くからその声を聞き取り、護衛隊に電撃を放つ手を止めて、笑みを浮かべている。

 一方、ヒースは素早く右手のブレスレットに目をやり、自らの刀でそれを破壊した。長年、彼の手首に着けていたが、ついに外されたのだ。

 するとどうだ、想像を遥かに超える力が体中にみなぎるのを感じた。止めどなくあふれ出すその力は、かつてないほど強大だった。


「今更、何をしようという……」


 ジャックは、ヒースの変わった様子に気づき、その異様な雰囲気を察して数歩後退した。緊張の色がその顔に浮かんでいる。


 ヒースがドナムを溜め込むと、炎が刀の周りにチラチラと揺れ始めた。

 次の瞬間、炎は一気に刀身を包み、まるで解き放たれた龍が空へと舞い上がるかのように、激しく燃え上がる。

 長年抑制されてきたイントルーダーのドナムはヒースの体の中で暴れ回り、今か今かと解放を待ちびているようだった。

 そしてついに、それが解き放たれたのだ。これまでの数倍もの高温と激しい火力を伴って、炎は空へと立ち昇る……!


 ヒースは、炎に包まれた炎斬刀えんざんとうを振り上げ、息を吐きながら力強く一気に振り下ろした。

 するとそれは爆音を上げて周囲の木々は燃やし尽くし、さらには岩さえも溶かしてしまう勢いだ。

 ジャックのいる場所からはわずかに外れてしまったが、目の前には幅10メートル、長さ50メートル、深さ10メートルを超える巨大な溝が作り出されていた。

 溝の両端には、まだ炎がちらちらと上がっている――。


(な、なんだその炎は……!)


 ジャックは目の前のヒースと炎斬刀の威力に、今まで感じたことのない焦りにも似た感覚を覚え、再び後ずさりをした。


(ジジィ、てめぇの思惑どおりタイミングはドンピシャだ!)

 そこへミツヤが一番乗りでやって来た。

「ヒース、どうしたんだ、その炎……この辺り一帯の地形が……!」


 どうやら、アラミス、ジェシカ、ルエンドとヴァレリーも、どうにか第一隊の精鋭を片付けたようだ。


「ヒース! 援護に来たぜ……って熱ッ! おい、なんだよこれ!?」

 アラミスが駆け寄って来ると、その周囲の熱にあごが外れんばかりの驚き様だ。思わず手を顔の前にかざす。


 ミツヤが得意そうにアラミスに状況を伝える。

「大丈夫だ、援護はもう要らない! あいつ、今さっき子供の頃からずっと着けてた、ドナムを封印するリミッターを外したんだ!」

「おいおい冗談だろ? 今までリミッター付いた状態でドナム発動させてたって言うのか? なんて野郎だ!」

 アラミスはミツヤに唖然とした顔を見せた。


「体かるっ! たった今、絶好調になったぜ!」

 ヒースはコンディションを確認するかのように、頭を数回左右に振り、肩を上下に動かした。

(じっちゃん……! 俺を守ってくれていたんだな。けどもう大丈夫だ、俺はこのチカラをちゃんと受け入れるよ)

「それに、仲間もいる!」

 ヒースは再び炎斬刀を構える。

「初めてなんで、さっきはコントロールミスった。皆、ちょっと離れててくれ!」


「……これはマズいな……」

 ジャックは赤い光を一気に身にまとい、大剣を胸の前にかざした。

 

 アラミスはヒースの炎の影響を考慮し、仲間に注意喚起かんきする。

「あんにゃろ、散々心配させた挙句に離れてろだとよ! 充分に距離を取れ!」

 ジャックと一騎打ちのヒースに何が起きたのかと皆、不安を抱えつつも、急いでヒースの後方へ回った。

 溜めは必要だったが数秒で炎がチラチラ見え始め、刀から炎が一気に上がる。

 今までの炎より更に火力も上がっていた。


「……野郎、これで終わりだ! 火焔爆裂ブレイズブラスター――ッ!」


 剣を地面に突き刺しドナムのチカラを混入することで炎の爆発を連続して発生させ、周囲の敵を一気に殲滅せんめつする技だが、リミッターを外した今回は威力が数段も上がっていたのだ。

 ジャックを圧倒したその爆発の勢いは凄まじく、初めの時より広範囲で周囲の木や岩までをも消滅させながらジャックに迫る……!


「くそっ、これは剣で受けてはいけないヤツだ……!」


 《瞬間移動ブリンク・ジャンプ》がギリギリ間に合ったジャックは、どうにか回避することが出来た。しかしその目は、自分の足元数センチ前まで届いた、深くえぐり取られている地面の裂け目に釘付けにされてしまっている。

(……冗談だろ……? こんなパワーのドナムを今まで隠していやがったっていうのか……!?)

 その脅威を前に、しかし口元は笑っている。

 ジャックは絶望的危機の中にあって尚、自らをふるい立たせる習慣を身につけていた。元いた世界では、そうでもしなければ超えられない、常に危険と隣り合わせの日々を送ってきたのだ。


 そしてヒースの技は、息を殺して木の陰に潜んでいたトージの目を震撼しんかんさせていた――。


「ヒース……なんだよそれ……」


 ミツヤも見たことのない光景に唖然としていた。

「お、俺も分かんね……」

 ヒース自身も目の前で何が起きたのか整理つかない程、自分でも驚いていた。


「なんて野郎だ。自分で理解できてないのにここまでやったというのか……!?」

 ジャックの額から一しずく、汗が流れる。


「ちっきしょう! やっぱりそれかよ」

 《瞬間移動ブリンク・ジャンプ》で無事だったジャックを見て、ヒースは再度刀を構えた。その時――。


「ジャーック!」


 ヴァレリーの叫び声が響き渡る。

「あんたもいい加減、剣を収めな! 大人げない。もう終わりだ」


 全員ヴァレリーに注目した。

「え……?」

 一同は意味が分からず固まった。


「フフ。はははは!」

 するとどういう訳かジャックが笑い始める。


「な、なんだよ、降参か……?」

 ヒースの言葉も無視し、ジャックは大剣を背に収めた後、マントを後ろにはね上げてこちらに歩いてくる。

 このに及んで更に堂々と振る舞う相手に、ヒースは目をまん丸にしてつい、後退あとずさりしてしまった。

「……お、お!?」


 全員に緊張感が走る中、ジャックはヒースをまっすぐ見て言った。


「……久しぶりに本気出すつもりだったが」


 ジャックのその言葉はヴァレリーの表情を強張こわばらせた。

「そこまでマジになってどうすんだ。大人げないぞ、ジャック」


 ヴァレリーはヒースの前に歩み寄るとナックル装備の手でジャックを指さした。

「いつも何考えてんのか解んないだろ? こいつトージの指示に従ってるように見せておいて、いろいろ探ってたようだぜ?」


「何、どういう事だよ。じゃあ、最初から敵も仲間もあざむいてたってのか?」

 ヒースは困惑している。


「そうだよ、今に始まったこっちゃないけどジャックには結構振り回された」

 といってヴァレリーは細い眉を歪めた。

「え、だって」


 ヒースが何か言おうとした時だ、そこに意外にもトージが再びニヤリ、余裕の笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってきたのだ。


「今の話は一体どういうことかな、ジャック君……?」

「……」

 ジャックは無表情のまま声の方へ振り返ったが、その時には既にヒースが対峙たいじしていた。


「どこにいやがったか知らねぇが、俺が相手になってやる、剣を抜けよ!」

 と、言ったヒースの言葉に、トージがマントを脱ぎ捨てる。


 その下にはヒースと同じ服が現れたのだ。

 そして皆が注目する中、トージの顔が徐々に変化していく――。


「お前、そ、その姿……!」

 しかもトージはどこで調達したのか、赤い柄の日本刀を構えた。


「まぁいい、まずこの小賢こざかしい少年を始末してから事情を聞かせてもらおうじゃないか」

 と、トージはジャックを一瞥いちべつした。


「……さて、ヒース君。見せてもらったよ君の技……私のドナムはもう知っているとは思うが、姿を変えるだけだと思っているのだろう?」

 ヒースの姿に変化したトージは、こともあろうに刀に炎をわせたのだ!


「なんだと!? お、おいちょっと待てよ、まさかそんな事……!」

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