7 第一隊隊長「解体屋ウォーカー」

 ウォーカーの指示が飛ぶと、ヒース達の目の前に、静寂を引き裂くようにジャックがゆっくりと現れる。彼の目は鋭く光り、両手の指関節をバキバキッと音を立てて鳴らした。


「やはりこうなるか。まぁいい、もう少し付き合うとするか……」

 ジャックは誰に聞かせるでもなくそう言うと、背に装備した大剣のグリップに左手をかけた。

青い疾風ブルーゲイル」メンバー全員の背筋が凍りつく。


「出たな。こいつは俺がやる! みんな、後を頼む!」


 ヒースは決意を固め、一人でジャックに立ち向かうことを選んだ。仲間を巻き込むことのないよう、彼は静かに離れた場所へと歩みを進める。ジャックに意図を悟られないよう、ヒースはその視線を鋭く向け続け、密かに木々の開けた場所へと誘導していく。

 ヒースの後を追うジャックに、ウォーカーはいぶかし気に眉をピクリと動かし、声をかける。


「戻ってきたかジャック、お前がすんなり敵の言いなりとは珍しいな。そいつ強いのか?」


 ニヤリとしてジャックはウォーカーへ視線を流す。

「……さぁ、どうかな? まぁ、すぐそっちへ加勢に行く。俺が必要ならな」


「抜かしやがったな、小僧……!」

 ウォーカーは不敵な笑みを浮かべると、大斧を振り上げて隊員達に指示を出した。


「クロードはこの俺が仕留める。お前ら、第一隊の名に恥じない仕事をしろ! 総員掛かれ!」

 ウォーカーの合図で後ろに控えていた護衛隊の第一隊隊員総勢が剣を抜き、ミツヤ達五人に向かって一斉に走り出す。


「アラミス、あの前列にいる紺色アーマーの五人、僕が行く。ジェシカとルエンドと三人で残り全員を頼む!」

 ミツヤは腹を括っていた。ジャックを相手に出来るのは、今はヒースしかいないだろう。

 そうなるとドナム系はもう自分だけだ、ここで自分がアーマー五人組を止めなければ……と。


「ミッチー、無理するなよ!」

 アラミスは接近戦になる為、マージの側についているドクのハンドガンと自分が持っていたマスケット銃を交換していた。

「ドク、マスケット銃使えるか?」

「ああ、随分旧式だがね」


 ミツヤは既に五メートルの上空にいた。柔軟な体をらせ、攻撃スパイクの構えだ。

「広がっても無駄だ! 雷霆爆弾サンダースパイク!」


 渾身こんしん電撃玉でんげきだまアーマー五人組のど真ん中に入った。五人の体を稲光いなびかりが走る。

 しかし彼らは一瞬動きを止めたものの、どういう訳か数秒で起き上がり始めたのだ。


「こ、こいつらバケモノかよ……《雷霆爆弾サンダースパイク》食らって動けるって、どんな体の構造してんだ」


 アラミスたち三人は、ドクとマージを守るためにその周りを囲むように配置についていた。

 そこへ20人以上の隊員達が一斉に襲いかかってくる。

 ジェシカはすぐに目の前の三人に向けて矢を放ったが、隊員達はそれを剣であっさりと弾き飛ばした。

 矢を次ぐ間はルエンドが剣で援護に入る。

 アラミスは両手にハンドガンを両手持ちの連射で迎え撃つ。銃声が響き渡ると、その卓越した腕前に一瞬、周囲は騒然となる。

 しかし、それでも半数の隊員は剣で弾き飛ばしてきたのだ。


「こいつら……今まで見て来た護衛隊員じゃねぇ」

 アラミスのこめかみに汗がにじむ。


 第一隊の隊員達はおくさず、ヴァレリーにも斬りかかってくる。

 

「このあたしを相手にすんのか? いい度胸してんじゃねぇか! あたしに剣を向けた以上、お前ら覚悟しろよ!」


 そう言うと、ヴァレリーはタガーナックルを両手に自慢の脚力で高く飛び、木の幹を踏み台にして跳躍。空中で一回転し、隊員達のふところまで飛び込んだ。

 その身体能力の高さは護衛隊の中でも群を抜いている。

 護衛隊は本来、剣を使うのが仕来しきたりだ。

 しかしトージが総隊長に就任してから良くも悪くも古来の慣習が消えつつあり、彼女は特別に剣以外の武器の所持を許されていたのだった。


 切り裂かれた隊員達は次々と血飛沫ちしぶきを上げて脱落していく。

 だがこの隊員達は個々の腕がきたえ抜かれていたようだ。

 ヴァレリーのタガーを巧みにかわした隊員が、彼女の背後から忍び寄る……! だが、その瞬間をアラミスがいち早く察知した。

 銃声が響き渡ると、背後から迫っていた隊員は剣を落として倒れ込む。

 彼女に襲いかかる一瞬の危機は、アラミスの正確な一撃で打ち砕かれた。


「お前、やるじゃないか」

 ヴァレリーが琥珀こはく色の瞳でアラミスを捉え、彼女の笑顔はアラミスの胸を撃ち抜いた。


「俺もう今日死んでもいい――!」

「ダメよッ!」

 ピシャッと言い放ち、ジェシカのビンタが飛ぶ。

 ますます嬉しそうなアラミスの顔にはジェシカの手形がピンクに色づいた。

「変態ッ!」




 一方クロードは、皆とは少し離れた場所でひとり、ウォーカーに立ちはだかっていた。

 ウォーカーの目つきがガラリと変わる。

「まさかこんな形でお前と剣を交えることになろうとはな。残念だよ、クロード」

 初めてその目を見る者はその迫力で立ちすくんでしまうだろう。


「……全くです」

 クロードの返事を待たずにウォーカーはクロードの胸を狙って斧を左から右へ一文字に振った。

 クロードは一瞬早く高く飛び上がり木の枝に乗ったが、その木は斧の斬撃で幹の中心から両断された為、すぐに飛び降りる羽目はめになる。

 そこをウォーカーは更に空中でとらえ、その重量のある斧の矛先をピタリと止めてUターンしてきたのだ。


 ウォーカーの斧は鎧や盾だけでなく兜をも頭蓋骨ごと粉砕する凄まじい破壊力を持つ。

 それは単に斧の形状が工夫されているといった理由だけではなく、彼の常軌を逸した筋力によるものだ。

 クロードが辛うじてその一撃をかわした先から、背後の木々が次々と斬り倒され、周囲の景色が一変していく。

 圧倒的な力を前に、戦場は一気に開けて視界が広がっていったのだ。


 「相変わらずちょこまかとよく動く奴だ!」

 ウォーカーは斧のグリップの先端についている鎖を握ると、そのバカでかい斧を軽々と振り回し始める。

 クロードはこの大男の斧に悪戦苦闘を強いられていた。


 ウォーカーは巨体でありながら、小回りのきくクロードによくついて来ていた。

 それどころか、動きの速度は尋常ではなかった。

(イントルーダーでもないのに強過ぎだ。あの斧の動きをさばくのが精一杯でこちらからの大業おおわざが出せない……)


「クロード。沈着冷静かつ至誠しせいで堅実……。そのお前が一体どうしてクーデターなぞ。付き合いの長い者同士ではないか、今からでも考え直さないか?」

「ウォーカー、その言葉はあなたを表現する為に使う言葉ではありませんか。全く同じことを言うつもりでしたよ」

 クロードの目の色が変わった。

(唯一違うのは、あなたの方が『頑固』であるという面くらいでしょうか)


 クロードの両足が左右に大きく開く。

「どうあっても耳を傾けてもらえないとあれば」

 そして右手に握った剣を左脇に、剣先は後ろにして構える。


「致し方ありません、鎌鼬かまいたち!」


 クロードがその場から消え、今いた地面には土煙だけが立ち昇る。と、その刹那、彼はウォーカーの背後にいた……!

 気付いた時にはウォーカーの左腕と左膝が深く斬られ、鮮血が吹き出していた。

 クロードがウォーカーの横を、目視が効かない程の速度で通り過ぎつつ斬りつけていたのだった。

 振り向いて数メートル先のクロードを見たウォーカーの左頬から一筋の血が流れる。

 しかし口に入った血を舌でペロリと舐めたウォーカーの表情はどこか嬉しそうだ。


「ハハッ、とんでもない男を敵に回した。ではもう遠慮はしないぞ……」

 ウォーカーは広い足場を確保し、大斧のグリップを握る手に力を入れた。

 腕に筋肉の筋が盛り上がる。


月牙破クラッシャー!」


 力を溜めてから大斧を地面にたたきつけ、地面を割って衝撃波を発生させる技だ。

 地を走る衝撃波がクロードの足元へ届くと数メートル上空まで突き上げた……!

 クロードは間一髪でひらりと斜め後方へ跳び、正面からの直撃はまぬがれたが、かわしきれず近くの岩に叩きつけられてしまう。

 頭から血を流すクロードはゆっくりと起き上がって一言、絞り出した。


「……めちゃくちゃですね」


 クロードがふらついて剣を胸の前で構えた時、すでにウォーカーは目の前にいた。

 ガツン!

 剣と大斧が二人の中心でぶつかり合い、ウォーカーが受けた左腕と左膝の傷口から血が噴き出す。

 力が拮抗きっこうして動かない二人は苦しい表情のまま、日頃の考えをぶつけた。


「クロード、こんな事態になるまで自分の部下を放置していたのは上官としてどうなのだ」


「それはルエンドのことでしょうか? あなたのやり方とは少々違うかもしれませんね。私は彼らがいつでも自分を信じてその意思で動けるよう、指示は最低限に控えます。ですので、その上で彼らが起こした問題は勿論、上官が責任を取る。私はそれでいいと常々考えて教育していますよ」

 

「生意気な! では今、その責任を取れ!」

 剣と斧がクロスしたまま押し出した状態の二人だったが、ウォーカーは斧を引き、一旦外すと下から上に振り上げた。


「しまっ……!」

 斧はまるで何の抵抗も無いかのように、クロードの右肘から先を切断した。

 剣を握ったままのクロードの腕が空を舞う……!




 一方、ヒースとジャック、二人だけの決戦の場では、圧倒的な威圧感を放つジャックの大剣に、ヒースは防御するすべを失っていた。

 巨剣がうなりを上げて振り下ろされる度、ヒースはギリギリでかわしつつも攻める余裕を完全に奪われていた。

 刻一刻と追い詰められていく状況に、ヒースの心拍は上がり続ける。

(なんて強さだ。こんなデカい両手剣を片手で軽々と振り回しやがって……! くっそう。今の俺じゃぁ、炎のドナム全開でいかないとこの男と対等に戦えない……!)


 ヒースの胸中を読んだジャックはヒースの刀を弾くと少し下がって間合いを取り、余裕の声色こわいろで挑発する。


「遠慮は要らない。発動すればいい」


(……ちきしょう。クロードのやつ、ジャックの剣技はそうでもないみたいな言い方だったぜ)

 ヒースの頭にクロードの剣の特訓を受けた日のことがよぎった。


 ――ジャックが強いのは剣技というより、むしろあの妙なドナムでしょうね――


(しゃぁねぇな! どっちも通用しねぇなら、いっそお前のドナム使わせてやる!)

 ヒースは炎全開で炎斬刀えんざんとうを地中深く入れた。


爆炎奔流ファイアバースト!」

 地面を走るように炎は燃え上がり、一瞬でジャックの目前まで迫った。

 ジャックの髪とマントが巻き上がる熱風で踊る。

 が、案の定ジャックは大剣を地面に刺して炎をガードしてしまった。


「この技は以前見せてもらったが?」


 彼は不敵な笑みを浮かべ、「炎の技は通用しない」という余裕の表情を見せた。その無言の挑発が、じわじわとヒースの心をむしばんでいく。焦りと苛立いらだち、そして心理的な圧迫感がヒースを徐々に追い詰めていく――冷酷な笑みが、ヒースの敗北を暗示しているかのように。


 その時だ。ヒースの耳に、ミツヤの声が遠くから響き渡った……!


「ヒース! ブレスレットを壊せ――ッ!!」

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