4 柳田 東司
「しゅ、しゅくいんの関係……!?」
ヒースは意味は分からないが、何か不気味なことが明らかになろうとしていることは雰囲気で伝わった。
他の皆は、トージがいきなり何を言い始めたのかと皆、武器を掴む手が
「な、何だと……どういう意味だ!?」
ヒースの眉間
一同にも明らかに動揺が見て取れる。
ミツヤもまたトージの得意とする、人を
「トージ、逃げ場が無くなったからと今更、意味の分からないことを言って惑わせる作戦か?」
ヒースはイライラする気持ちを抑えられず、
「おお、ちょっと待て。君の話だよ、話の先をちゃんと聞いた方がいいと思うがね?」
トージは異世界への穴を発見したことにより、そこから次々と現れるイントルーダーを一人ずつ聞き取りをしては管理していた。
今まで穴を発見してから二年とちょっと、数十人のイントルーダーの経緯などを聞き出し、リシュー
だが驚くべき事実は、トージがヒースの経緯について詳しく知っていた理由が、「揺らぎの穴」の管理によって判明したからではなかったことだ。
「私はね、君の両親を知っているのだよ」
「何を言い出すかと思えば。適当なことを言って惑わせるな」
「いいかね、異世界への穴は君達も聞いたことがあるだろう。私は二年前からそこを通る者の共通点を独自に調査してきたのだ」
皆は、トージが何を言い出すかと、
「解ったことはイントルーダーの共通点だ。ふたつの条件が
トージの話に一同は引き込まれてしまった。もちろん
「ひとつ目はここへ来る直前に不慮の事故や大きな災害、戦争や自分の意図しないところで起きた事件に巻き込まれるなどの、死に直面するほどの危機的な状況だ」
それについてはミツヤとドクは自分の身に起きた事と照らし合わせ、
「そして、もうひとつは、聞き取り調査だけで推測だが……元いた世界での生きる意味を失った者や無気力な者が対象だと考えている。我々の元いた世界でいう西暦二千年以降、特にここ最近は急激に増えてきているよ」
それを聞いてミツヤは人知れずドキッとした。
ミツヤも今まで会ったイントルーダー達の話を聞き、自分達との共通点から同様の結論に達していたからだ。
トージの話によると、特にドナム系のイントルーダーについては元の世界では皆、自分の置かれた状況から逃げ場を求めた者ばかりだったという。
「どうやら、元いた世界で生きる意味を失った者や逃げ場を探している者が穴を作り出し、転移を引き起こすことが多いと考えている。それが引き金になるかどうかは不確定要素だがね」
トージの解説を聞いたミツヤとドクは、ここへ転移してくる前の状況を思い出して心の奥の方でどこか納得していた。
「そう、あれは15年程前のこんな季節だ。私はまだ18で、大学のオンラインのゲーム仲間と山間部でバーベキューをしていた。すぐ近くでは赤ん坊を連れた若い夫婦が隣でキャンプをしていたようだ。そして私達の食事の最中だった。その家族の旦那の方がね、火の扱いのマナーだとか不始末がどうとかで、それはそれは
ヒースはそこまでの話を聞き、心音が上がるのを感じていた。呼吸すら止まるかと思う程だった。
「夜中になって寝静まった頃を見計らって、一人こっそりとその家族のテントにガソリン
当初、何を言い出すかと戸惑っていた一同だったが皆、言葉を失ってしまった。
トージは高笑いをし始める。
その家族の父親に反感を持ち、トージがテントに火をつけたことで、家族は火災に巻き込まれたというのだ。
「もう気付いてくれたかね? ヒース君。これが引き金となり君が
「……嘘だ。そ、そんなこと簡単に……そんなこと分かるもんか!」
ヒースはすっかり混乱していた。ミツヤやジェシカもだ。
するとトージは、澄ました顔をして自分の話を始めた。
「私は運が味方したのか、放火の足も付かず、その四年後には無事大手製造業の企業に就職した。しかしあの頃の私も彼ら同様、逃げ場を探していた。クソみたいな社会からね。その後は営業として肩身の狭い職場で働く
トージはその後、口を固く結んで暫く黙っていたが、彼の脳裏には元いた世界での日々が浮かんでいた――。
◇ ◇ ◇
東司は武器が好きだった。
初めはオンラインのサバイバルゲームで銃の機能美に取りつかれた。
入社後は職場の同僚に誘われ、リアルタイプの
それは、実際に野山や広い会場を借りて同じ日時に多数のメンバーが参加する、体験型の五感を使うRPGだ。
各自が作成した武器や鎧などで武装し、衣装・大道具や小道具も全て製作、仲間と同じ目的へ向かい、決められたシナリオに沿ってストーリーを進めていく没入感も得られるゲームだ。
会場には複数配置されたゲームマスターが参加者に状況説明や次の行動を指示し、参加者はプレイヤーとなって大きくシナリオを変えてしまうことさえなければ行動制限も少なく、自由度の高い行動が魅力のひとつでもあった。
色々な武器を試した結果、刀剣の魅力に
それは東司が26歳の夏、あるイベント会場でのことだった。
その日は許可を得て使用されなくなった工事現場を利用していたが、彼は立ち入り禁止の現場に無断で入って気心の知れた友人だけで好き勝手な振る舞いをしていた。
東司は得意の変装技術を生かし参加プレイヤーを
騙して相手を倒したと各自で判定した瞬間だった。
工事現場の足場の倒壊に巻き込まれ、気付けばこの異世界にいた――。
「以前はどこにでもいる20代半ばの会社員だった。その私も今やこの世界では、まだこの国だけではあるがナンバー2にまで上り詰めることが出来た。これは私の才能に他ならない」
「お前の話はどうでもいいが、なんで俺がキャンプ場の家族と一緒にいたと分かる!?」
トージはヒースの
「異世界への穴を発見してから、イントルーダー達を独自に調査し、ひとつの仮説にたどり着いたんだよ」
トージの話によると、本人の身が生死の境界に直面した際、何らかの偶然で現れたその穴は、偶然でありながら必然もあり得るという。
彼は穴を発生させた者の共通点について語った。
それは極度の悲しみ、恐怖、怒り、憎しみなどの様々な負の感情を飽和状態にまで膨らませていた者の前に、突如発生していると言うのだ。
世界の各所で起こる災難に伴い開いたそれぞれの穴は全て、この世界のブルタニーの王都近くの穴へと繋がると――。
「私が君達家族を死に直面させるきっかけは作った。しかしキャンプ場の空間に穴を開けたのは君の母親だね」
「何だと!?」
「私はキャンプ場で何度か君の父親が君に手をあげている場面を見ていたよ。その度に母親は君を
そう言いながら、トージは自分の幼少の頃から15になるまで受けてきた父親の暴力にまみれた時代を思い出し、苦い目つきを見せた。
ヒースにはよく理解できていないが、ミツヤとドクはなんとなくトージの言ってることが完全なつくり話ではない気がしていた。
「私の仮説が正しければ、君がこの穴を開けられる要素がない。生後一歳の赤ん坊に負の感情が飽和状態になるには、経験値が足りないからね」
トージの話は、得意の嘘かもしれない。皆、そう思いたかった。
「なんでお前が俺の家族のことまで知ってる、そんな証拠もねぇし、信用できねぇぜ」
ヒースの問いかけに、トージは
「これに見覚えはあるだろう? ヒース君。いや
それは、ヒースがミツヤと出会った頃に無くした着火ライターだった。
「そ、それ……! 俺の! 何でお前が持ってんだ!」
「君が我々の倉庫へ侵入した時に置き土産として落としていったんだろう? ハッハッハ! ここにネームシールがあるよ、『
ヒースも他の皆も既に黙ったまま、言葉が続かない。
「何週間か前にこれを倉庫の片隅で目にした時には君の
ヒースはどういうことなのか考えるだけで精一杯だ。しかしそれはもう、トージのペースだった。ただ、これまで話した経緯には幾つか
「じ、じゃあ……お前は、じっちゃんだけじゃなく、俺の本当の両親も殺したっていうのか!?」
ヒースの声が震えた。彼は両親の顔を知らない。だが、本当の両親がいたことは六三郎から聞かされていた。そして今、目の前のトージがその両親を殺したという。どれだけ身内を奪われれば気が済むのか……絶望と憎しみがヒースの心を襲った。
「まぁ、そういう事になるな。だが言い訳するつもりはない。お前と母親は間違いなくクズの父親からDVを受けていた。私は……助けてやったのだよ。フフフ……ハッハッハ!」
(…………言ってる意味が……分かんねぇ……)
トージは狂気じみた笑いを響かせ、まるでそれが正義であるかのように言い放つ。直接的に身体へのダメージを受けるより
その言葉に誘導されるように、
――――
全身の力が抜け、地面に崩れ落ちる。これもトージの作戦なのだろうか? 心が重く沈み、体が言うことをきかない。
「ヒース!」
ミツヤは驚いて駆け寄り、膝をついたヒースを必死に支えた。ミツヤは「石造りの建造物」から救出された時のヒースの言葉を思い出していたのだ。
『
(あの言葉で僕は救われた。今度は僕が助ける番だ……!)
ミツヤはヒースの腕を取り、何とか立ち上がらせようとする。その記憶の片隅に、アビニオの町を出発する日の、六三郎の言葉が
『いいか、これだけは覚えておきんさい。今までお前が生きてきた中で積み重ねた経験は、必ずこれから自分の
(ああ、六さん。こんな僕でも誰かを支えることが出来るってことか……!)
――ミツヤは元いた世界で、他人には理解できない心理的に辛い日常を送ってきた。ヒースの顔を覗き込み、思いの丈を吐き出す。
「ヒース、しっかりしろ! 弱音ならあとでいくらでも聞いてやる、今は……立ってくれ! 僕も、僕だってお前が必要なんだよ!!」
(このままじゃ、ヤツのペースだ……!)
「ミッチー……」
地面に膝をついているヒースは、自分の腕を掴むミツヤの顔を見上げた。そこには、童顔で生意気で、ちょっとルールにうるさい、けれど確かに頼れる存在になった親友の顔があった。
ジェシカも、今まで見たことのないヒースの
「らしくないでしょ、ヒース! ここまで来てヘタレるの!? いっそ、『お前らにもこの重圧、分けてやるぜ』くらい言ってみなさいよ! 仲間でしょ――!!」
「ジェシー……」
ヒースの胸に暖かい風が流れ込んでくる……。
こんな時にアラミスはというと、目をしょぼしょぼにして胸に手を当てていた。
「ジェシーちゃん――。俺にも今度、同じこと言ってくれぇ」
「はいはい」
「ほお……仲間ねぇ」
トージは不気味に薄笑いをする。
「あの炎の中、本来であれば君の母親が穴を通るところを、何かを感じとったのか、子供を投げ込んだのだろうね。もう助からないとなれば、何にでも
ヒースは呼吸すら苦しくなってきていたが、ようやく無理矢理ひとつ、大きく息を吐き出した。
「それが真実なら、尚更お前を放っておけないわけだ……!」
精一杯の抵抗を言葉にした。
そうだ、ここで負けるわけにはいかない。仲間もいるのだ。
ヒースはミツヤやジェシカの言葉を噛み締め、自分を奮い立たせた。
(そうだったな、じっちゃん。仲間を大切にするって、自分にも誓ったはずだったじゃねぇか。どうかしてたぜ)
「ありがとう、ミッチー、ジェシー。情けない姿見せたな」
ヒースの目に再び光が灯り始める。
「てめぇ――それが本当だとしたら、いや、そうでなくてもだ。たった一人で現れて、もうごめんなさいでは通用しないぜ……!」
ようやくいつものヒースに戻ったと思われた時、トージはニヤリ、またも余裕の笑みを浮かべた。
「……アビニオの町の近くには、春になると桜で満開になる美しい谷があるらしいね」
「お、お前、今何て……!?」
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