5 掴まれたアキレス

「なんであの町のことを! どこで知った! てめぇ何かしてねぇだろうな!」


 ヒースはトージの前まで瞬時に移動し、胸ぐらを掴んだ。

 ミツヤの顔にも不安と恐怖が表れていた。


 それもそのはず、あの町は15年以上前に異形獣まものによって壊滅したエリアを、六三郎が密かに手塩にかけてようやく現在の姿にしたのだ。

 あの地域はまだ国の管理下に置かれていないはずだった。

 この国の最南端に位置し、丘の下にひっそりと周囲から隠れるように存在しており、護衛隊も足を運んだ形跡はないのだ。

 アビニオ周辺の者ならともかく、北部エリアの者は恐らく誰も見たことはないはずだった。


「ハ――ッハハハハハッ!」

 トージは楽しくて仕方がないといった風に高笑いする。


「君達、最後まで私の思いどおりの反応をしてくれるんだね。実に愉快」


 彼は元来、冷徹で利己的な一面を持っていたが、元いた世界で叶わなかった自らの利益の追求をこの異世界で実現しようとしていたのかもしれない。


「ハハハ、すまない。笑い過ぎだね。そこにいるんだろ? ジャック・ランカスター、君の調査は完璧だよ」

 パキッ。

 小枝を踏む音の方向に視線を移すと、前方10メートル先の木の陰から見えたのはジャックだった。


「第二隊、ジャック隊長……!」

 ルエンドの顔が強張る。


「出たな」

 ヒースは全身に緊張が走るのを感じた。

「ヒース、あいつか?」

 言うと同時にアラミスとドクは銃口をジャックへと向ける。


「ああ。俺の体におかしなドナム使ってバカでかい剣で穴を開けた挙句、ミッチーをさらって行った奴だ」

 ヒースの心拍数は爆上がりする。

「お前ら離れてろ、こいつ強いぞ!!」

 ヒースはすぐに刀をジャックに向け、構えた。


「隊長! なぜ、何の為に今そこにいるの?」

 ルエンドは目に悲しそうな光を浮かべてジャックに叫んだ。

 時折彼女に見せていた噂とは対極の言動から、どこかで彼を信じていたのかもしれない。

 それを裏切る辛辣しんらつな言葉がトージの口から飛び出す。


「彼はね、兼ねてから私の指示で君達の『アキレス』を探してくれていたんだよ」


 ジャックは無表情のまま、ゆっくりこちらへと歩いて来る。護衛隊の紺色のマントが揺れる。

 ジャックはルエンドを見て、種明かしをするかのように話し始めた。


「以前、ムーランという町に異形獣まものを放った際、君が使った網が我々第二隊の隊員を捕らえた事があったね。その素材がこの世界では手に入らないカーボンファイバーを使った加工品だとすぐに分かった。後はどこで加工されたかを突き止めるため、悪いが君を尾行させてもらったよ」


 彼女は衝撃と驚愕から両手を口元に当てたまま言葉を失い、後悔の念で押しつぶされそうになる。自分の不注意でチームを危険にさらしたのだと。

 そんなルエンドを無表情のまま見つめた後、ジャックはヒースに視線を移す。

 そして少し眉を上げると、更にヒース達のメンタルを追い込むべく、アビニオの町奥深くまで足を踏み込んだ者しか知らないことまで明かした。


「とても美しい町だ。まるで昔の日本のようだな。ああ、それからソード・スミス18という表札の民家に、恐ろしく強い爺さんがいたよ」


「18って何だ? 18禁か?」

 こんな状況下で、アラミスはヒースと同じ反応を示す。

「この非常時に意味わかんない。けど取り敢えずこうよ」

 と、ジェシカの平手打ちがスパーンとアラミスの後頭部を直撃した。


 アラミスとジェシカのやり取りで一瞬緊張が抜けたヒースだったが、恐れていた六三郎の話が出たのだ。やはり忍耐の限界はすぐに超えた。

 次の瞬間、ヒースは刀を握る手に力を入れて飛び出してしまった。

「てめぇ! ロクじぃに何をした!?」


「まて、ヒース!」

 ミツヤが止めたがもうヒースは聞いていない。

 ジャックは既に全身に赤い光をまとっていた。左手で背から大剣を抜き、目がキラリと鋭い光を放つ。


 ヒースはあの時の妙な術に捕まらないよう近くの木の幹を駆け上がり、隣の木へと飛び移るという方法で接近していき、どうにかジャックの目の前に立った。

 の、はずだった。

 ところが一瞬でジャックは消え、ヒースの10メートル後方にいたのだ。


「ま、まさか瞬間移動……!?」

 振り返ったヒースの目に、やはり無表情のジャックが映る。


「ふふ、驚いたかね。彼のドナムは攻撃をかわすだけでなく空間を操作し、物体や自身の位置を瞬時に変更することが出来る。瞬間移動して背後に回るのは造作もない。ハハハハッ」

「トージ! なんでてめぇが自慢すんだ」

 そう言ったヒースに全員頷く。


「一体どんな恐ろしい目に遭えば、そんなドナムを持つことになるっていうんだ……?」

 と、畏怖いふにも似た思いを口にしたミツヤだったが、彼の脳裏にそんな疑問がよぎったのも不思議ではない。

 イントルーダーのドナムは、死に直面した際の自分の身に起きた状況と深く繋がっていることは、既に皆も判ってきていたからだ。


「ジャック! もう同じ手は効かないぜ」

 ヒースが握る手に力が入り、炎斬刀えんざんとうつかがギリリッと鳴る。


「果たしてそうかな? だがまぁ、ハンデをやろう」

 そう言ったジャックは赤い光を体の奥に収めたようで、スーッと光が消えていく。

 ヒースを前にしてドナムを発動しないつもりなのだ。


「なんだと!? 舐めた真似しやがって!」

 ヒースは炎を噴き出す炎斬刀を左下に構えるとダッシュでジャックのふところに入った瞬間、右上に振り上げた。

 しかしジャックは大剣を下ろしたまま、頭を後ろに引いて難なくかわす。その顔にはニヤリと、余裕の笑みすら浮かべていた。


 そして、前髪がチリリと焼かれたが全く動じることなく、すぐに大剣を構えた。

 そのため、上方からUターンで迫るヒースの刀は正面で止められてしまう。

 途端、二つの剣の交わる凄まじい衝撃が風圧となって押し寄せると、二人の髪や衣服は荒れ、周囲の木を揺らして草や葉は飛び散る……!

 その剣の重みでヒースは少しずつ後ろへ押し返された。


(くそぉ……なんて力だ!)

 剣を交えた体制から、ジャックは右足でヒースを蹴り飛ばす。

 その勢いでヒースは近くの木の幹に激しく叩きつけられてしまった。

 木が大きく揺さ振られ、根元でうずくまるヒースの腹からは血がにじみ出す。

「ぐッ……ううう――、痛ってぇ……!」


 ヒースは口角端から一筋流れた血を手の甲でこすり取った。


 それでもヒースはすぐに体制と整えると木の幹をかけ上がり、上空から一回転してジャックに飛び掛かる。

 激しい衝撃音がした後、ジャックは頭上でいとも簡単にヒースを弾き飛ばして今度は地面に叩きつけた。


「なるほど、身が軽いな」


 一言呟くと、ジャックは大剣の剣先が下になるようグリップを持ち替える。

 頭から血を流しつつも、なんとか起き上がるヒースを前に、右下に構えたその刹那、視界から忽然こつぜんと消えた……!


 と、気付いた時にはヒースの目前にジャックが現れ、下から斜め上へとその巨大なブレードを振り上げてきた。

 ドナムを発動したのではなく、それだけジャックの動きが早いのだ。

(チッ、やはりか。こいつの剣技、どうなってんだ!?)

 目の前に現れることが想定済みのヒースは咄嗟とっさに身をかわしたが、それでもギリギリだった。


 ヒースの首筋にヒヤリとした空気がう。

 ゴクッと、生唾を飲み込んだ時、そこにトージが再び割って入った。


「ジャック君、遊びはそろそろ終わりにしてくれ」

 トージの声でジャックは大剣を背に納めた為、ヒースも後ろを振り向く。


「なんだよ、どうした」

 ヒースは眉を寄せ、肩で息をしている。マージの爪でやられた腹の傷もまだ完全に塞がっておらず、血がしたたっていた。


「フフ。昨日アビニオの町を異形獣まものに襲わせるよう手配している。そうだな、そろそろ現地に到着するのではないかな……?」

 トージはそう言うと、意味あり気にジャックへ視線を移した。


「なんだと!?」

「今、投降すれば、このジャックがドナムを使ってアビニオへ行き、攻撃を解除しよう。分かったら全員武器を置け」

 トージは既に勝ち誇った顔だ。


「そういう訳でヒース君、残念だがここまでだ。武器をこちらに渡せ」

 と、ジャックは静かに、しかし抑圧的な声で言う。

 トージはなかなか武器を置かないヒース達を急かした。


「ジャック、本当に君は有能だ。さあヒース君、刀を渡してミツヤ君と二人、この銀の手枷を着けて我々と研究施設に来るんだ。抵抗すればあの町は異形獣まものの餌食になってしまうよ?」


「クソ野郎!」

 ヒースとミツヤの頭には、六三郎やその町民達と楽しく過ごした花見の夜が蘇ってくる。つかを握る手が震えた。


 どのくらい経ったか、苦渋の決断で無抵抗のまま捕まる決意をしたヒースとミツヤは目を合わせ、一旦指示に従うしかないと悟った。


 ヒースは刀をさやに納めた後、鞘ごと装備を外して地面に置き、他の仲間にも手を出さないよう念を押した。

 ヒースとミツヤは黙って腕を差し出すが、お互い目で何やら訴えているようだ。

(俺はまだ諦めちゃいねぇからな!)

(そうくるだろうと思ってた。何か策を考えるぞ)


 ジャックがヒースとミツヤの両手首に銀の枷を取り付けている僅かの間、ミツヤとジャックは顔を歪ませたというのに、ヒースだけが平然としていた。しかしそれには、この時ジャック以外誰も気付いてはいなかった。

(どういう訳だ? この少年……ピリつきを感じないのか? 今触れている俺でも不快極まりないというのに。しかしまぁ、これでドナムは発動できないだろう)


「では、総隊長。これからアビニオに移動し指示を伝えた後、すぐに戻ります」

 ジャックがマントをひるがえし、目を閉じた。

「アクセス、《転送トランスポート》!」


 周囲にもやがかかったようになり、ジャックは忽然こつぜんとその場から姿を消した。

 そして後方で控えていた第一隊の隊員達の指示でアラミスとドクも銃を地面に置き、ルエンドとジェシカも武器を渡してしまった。

 全員が後ろ手で枷によって拘束されたのだ。


 ルエンドは護衛隊の隊員に囲まれる中、その場にへたり込んでしまう。

 彼女は自分を責めていた。


「あたしが……迂闊うかつにあの町へ行ったりしたから……」

「ルエンドちゃん、あんたのせいじゃない」

 と、アラミスが状況を悟って、すぐに彼女をかばう。

「そうだよ、必要だから行っただけだろ?」

 そう言ったミツヤも銀の枷による息苦しさから地面に座り込んだ。


「果たしてそうかな?」

 トージはゆっくり、しゃがみ込んだルエンドの傍まで近づいてくる。

「どういう意味だ」

 ヒースのこめかみがピリリとうずいた。


「知らないだろうから教えてやろう、この女は隣国のスパイだよ」

「なんだと!?」

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