3 「なんちゃってブルーゲイル」

 大声を聞いて奥から店主らしき男がこん棒を持って店内へ出て来た。

「その髪とその出で立ち、お前『青い疾風ブルーゲイル』の剣士だな。この街まで襲うつもりか? 出て行かないなら護衛隊を呼びに行くぞ!」


 店主は凄い剣幕だ。

「ち、ちょっと待ってくれ」

(何だよ、街を襲うって)

 ヒースは意味も分からず、慌てて店から出るしかなかった。


(さっきの噴水の周りに集まった連中は歓迎ムードだったのに、どういう事だ……)


 そこに八神やがみと別れたミツヤが挙動不審のヒースを店先で見つけた。どうやら珍しく取り乱しているようだ。


「ヒース! よかった。みんなと集合だ!」

「なんだ、もう友達はいいのか?」

「ああ、彼は国外からわざわざブルタニーのイベントの為に一時的に来てただけで。チームの仲間の怪我が回復したからもう帰国するって言ってた」

「国外へもイントルーダーが流出してんだな。そうだミッチー、なぁ俺、考えたんだけど……」

 ヒースはミツヤをこのまま、このチームで縛っていいかまで考え始めていたところだった。


「ヒース、それどころじゃないんだ、僕らのニセモノが現れた!」

「は!?」

 その時、羽音も立てずポチが猛スピードで飛来してヒースの頭に止まった。

「うわぁ! ま、また来た!」

 またしてもポチの鋭い爪が頭皮に刺さり、ヒースの額から細く長く血が流れる。

「俺、いつかハゲるかも」

「どうしたんだろう、ポチを寄越すなんて」

 ミツヤが慌てず騒がず、ポチの足首に取り付けられた筒から手紙を取り出し、その場で読んだ。


「ジェシーからだ。なになに、この間依頼を受けて異形獣まものを倒したばかりのビルヌーブで、また別の異形獣まものが人を襲ってるって。何だって――? しかも『青い疾風ブルーゲイル』という自警団が村に入り……何? 異形獣まものが村人を襲っている間に白昼堂々と火事場泥棒の真似をしてるって!」


 その内容を聞いたヒースは驚きながらも、さっきの店主の怒号とも符合が一致すると、顎に手を当てて遠く空を見つめた。次の行動をどうすべきか、すぐに思考を巡らせ始める。


「さっき会ってた八神やがみさんからも聞いたんだ。なんでも昨日、僕たちのメンバーが富裕層エリアで異形獣まもの討伐を引き受けておきながら、村に入って住人を襲って金品を奪っていったらしいんだよ!」

 ミツヤは血相を変えて八神からの噂話をヒースに聞かせた。


「なんだそりゃ! どこのどいつだ、そんなバカげたこと言ってるやつは!」

「勿論、八神さんは噂を聞いた時点で何かの間違いだろうって思ったらしくて、今日僕と会って再確認出来たって言ってくれたけど……。とにかく今から急いでビルヌーブに行くぞ!」


「……へぇ? お前やっぱ最近変わったか? 今までなら『またヒースの悪い癖が出た――』とか、『様子見て行動しろ』とか言ってたけど」


 今回も渋るミツヤを急かしてどう行動すべきか思案していたところを、ミツヤから言われ、ちょっと驚いた顔をした。

 ミツヤは少し顔を赤らめて、視線を通りすがりの人へ移した。

「僕だって、やらんといけん時は……すぐ動くよ。てか、ヒースお前、この短い時間に何があったんだよ。その包帯からすると結構な怪我だぞ?」


「さっきちょっとな、まぁ気にすんな。しかし、またなんであの村なんだろ? まぁ、その村ならすぐそこだ。どこのどいつが俺達をかたってやがるか、すぐにこの目で確かめてやろうぜ」

「ああ。悪いが先に行ってるぞ!」

「へーい、あれね。〝ライ・フラ″ね。俺は普通に走るけどね!」


 ◇ ◇ ◇


 やはりミツヤが一番乗りだった。

 いつもの《電光石火ライトニング・フラッシュ》で二分の場所だ。

 ミツヤが村に到着すると、辺りは視界に入るだけで五体の異形獣まものに襲われていた。


 うち三体は体長五メートル程で、地面をうようにして移動しているコモドオオトカゲのような形態だ。あとの二体は体長三メートル程で一見すると蜘蛛のようだった。足が何本も胴体から生えており、しかし首が長く頭部の大きな口から突出した長い牙が見る者の恐怖をあおっていた。


「爬虫類系タイプ2と……昆虫系タイプ4だな」

 と、すぐにどこからか悲鳴が上がり、その声で振り向く。

 爬虫類系タイプ2が鋭い牙をいて村人に迫っていた。

 彼は地面に尻をつけたまま後ずさりしていたが距離を詰められ後がない……!

 ミツヤは《電光石火ライトニング・フラッシュ》で村の男の前に立つと黄色の光を帯びた拳で爬虫類系タイプ2に一撃を与えた。


「怪我は? こいつが動かなくなってる今のうちに早く非難しましょう。立てますか?」

 ミツヤが肩を貸そうと男を起こした時だ。


「た、助けてくれ、命だけは。カネならあるだけ持っていけばいいだろ!」

 ミツヤは初め、誰に言ってるのかと怪訝けげんな顔をしたがすぐに察知する。


(ああ……僕達は既にこの村では異形獣まものと同様、住人に危害を与える存在なんだ……!)

 今まで感じたことのない寒気が、ミツヤの背筋に走った。


「どにかく、避難してください、どこか……」

 ミツヤは気持ちを切り替え、入れる建物を探して周囲を見渡すと、それはすぐに目に入った。

 オレンジ色の髪をした剣士が二軒先の民家のドアを内側から蹴り壊す。そして中から住民を剣で脅して出て来たのだ。


「だからオレ達『青い疾風ブルーゲイル』だっつってんだろ! ゴタゴタ抜かしてねぇで命欲しかったらさっさとカネ目の物をよこしやがれ!」

「キャ――――ッ!」

 住民の女の悲鳴が耳をつんざく。

 その剣士は、既にどこかの民家からかすめた物が入ってるであろう袋を肩に担いでいた。


(一瞬バグった……!)

 その男の顔は、ヒースとはまるで別人のそれだった。

 ミツヤは先程この偽ヒースの仲間だと思われたのだろう。悲鳴を聞いてすぐ偽ヒースに襲われている住民の元へ駆けつけた。

 そしてミツヤは怒りに満ちた声で間に入る。


「お前誰だ! 無抵抗の村人に何やってんだよ!」


 ミツヤは既にイントルーダーの特徴である光を放っていたが、偽ヒースは興奮気味だからか、が現れたことにまだ気付いていないようだ。男の首元を掴んで離さない。


「今どきオレを知らねぇのか? 『青い疾風ブルーゲイル』のリーダーだ。テメェこそ何だ、のくせにこのオレに気安く命令すんな。お前もちったぁカネ持ってんだろ、早く寄越せ!」


 カチリ。ミツヤの「子供スイッチ」の入る音がした。

「表へ出ろ」


 ミツヤが低い声でそう言って右手の指関節を鳴らすと、偽ヒースはミツヤに標的を変えた。

「おお? やる気かよ。ヘヘッ、どうあっても死にたいようだな!」


 そして住民の女を家に残し、外に出ると、下唇を舐めて存分に暴れる意思表示をする。

「シャバに出て請け負った初仕事だ。徹底的にやるぜ? さぁ、首落としてやる! そこに膝をつけ!」


 ところが興奮した偽ヒースが剣を振り上げた時には、ミツヤは既に相手の剣を持つ手首を握っていた。

「うッ? 何だ、はえぇな。テメェ誰だ?」


「誰だって?」

 そしてそのままダイレクトに男の手首に電撃エネルギーを流し込んだ。

「『青い疾風ブルーゲイル』のミツヤだよ! 雷電スパーク!」


「グゥ――――ッ!」

 男の体に電気が駆け巡る。

 偽ヒースは剣を落とし意識を無くしてその場に崩れ落ちた。


「あと、子供じゃない、17だ!」


 民家の中から一部始終を見ていた先ほどの女はどうやら偽者に襲われていたことにようやく気付いたようだった。

「じゃぁ、彼が本当の……?」


 ミツヤが気を取り直して周囲を見渡すと、中型二足歩行の獣系タイプ3――熊のような異形獣まもの――に追われている住民が見えた。

「あんなのもいたのか!」

 助けに向かおうとした時だ。

 民家近くの武装した女がミツヤの視界に入り思わず二度見した。


「おいおい、ちょっと待てよ……!?」


 既に軽くパニック状態のミツヤの前に、更に追い打ちをかけるように現れたのは、身長こそ高いものの驚くほどポッチャリした金髪女性だ。

 しかも両手にダイナマイトを持っている。

 体重でハイヒールが潰れそうだ。更に、ワンピースも体の肉に横へ引っ張られて破れそうになっている。

(エグ過ぎだ! 誰の仕業しわざか知らないが、服が破れた場面を見てしまう者への精神的なダメージまで考慮してるのか!?)


「テメェら、家ごと爆破されたくなかったらカネ目の物置いて早くここから出な!」

 偽ルエンドがドスの効いた声で怒鳴った。

「待ってくれ、そ、外に出たら異形獣やつらに喰われる!」

 民家でめているのが分かった。


「ああ、ヒドイ……! あれがルエンドの偽物なのか? てか、キャスティングどうなってんだ」

(ど、どうしたらいいんだ、何からどう動いたら……)

 ミツヤは今までになく狼狽うろたえていた。

 異形獣まものを倒すだけならまだしも、人々から叱責しっせきを受けながらも救出し、同時に犯人も確保するという、今まで自分の身に降りかかったことのない事態に直面していたからだ。


 そこに黒いロングコートの裾をなびかせてようやくヒースが到着した。

「ハァッ、ハァ……悪りぃミッチー、待たせた!」

 オレンジ色の光を放ち、炎斬刀えんざんとうを抜くとすぐに刀身は炎で包まれた。

 目の前に現れたのは、いつものヒースだ。

 息を切らせている。


「なんだなんだ、この世の終わりみたいな顔して」

「ヒース!」

「それよりあれだろ? 俺の真似事してたクソ野郎は!」

 ヒースは炎斬刀で軒下に倒れている犯人を指した。


「うん、さっき偽ルエンドも見たよ。見るに堪えない、本人が見たらゲンナリだ」

「お待たせ!」

 噂をすればルエンドとジェシカもやっと現れた。

「ちょっと! なにあれ、あたしのつもりぃ――!?」

 ジェシカは左方向の民家で子供を蹴飛ばしている水色のストレートヘアの女を指さした。どういう訳か、背中におもちゃの弓を背負っている。


「アラミスはまだか? でも俺待たねぇぞ」

 ヒースは相変わらず待てない。勝手に動かれる前にミツヤは指示を出した。

「ああ、分かってるって! 二手に分かれよう、ヒースと僕は異形獣まものを全部引き受ける、ジェシーとルエンドは『なんちゃってブルーゲイル』を頼む!」

 その表情はもう、いつものミツヤだった。


 ヒースは視界に入った昆虫系タイプ4の正面まで全速力で走った。

「俺が『青い疾風ブルーゲイル』ヒースだ! 爆炎奔流ファイアバースト!」

 タイプ4の四メートルの手前から炎斬刀を振り下ろすと、刀身から勢いよく炎が一直線に目標へ向かって飛び出した……!

 初めて発動した技だが成功し、炎に包まれたその個体は奇声を上げてすぐに動きを止めた。


 その様子を民家の女性が窓から指をさして見ていた。

「ね、あれは、誰!?」


 彼女が見たのは炎の中ですでに停止したタイプ4の前にいる、オレンジ色の光に包まれた本物のヒースだ。

 燃え盛る炎の気流で舞い上がる黒いコートの裾をなびかせ、炎斬刀を構えて立っている。


 民家の住人が次に視線を移したのは助走なしでジャンプしているミツヤだ。

雷霆爆弾サンダースパイク!」

 ミツヤは会心かいしんのジャンプサーブが決まり、三秒でタイプ2を殲滅せんめつ

 その個体は腹を見せてひっくり返り、小刻みに体を振るわせて数秒で動かなくなった。


「ね、もしかしてあの人、前にこの村へ助けに来た人と同じ人じゃない!?」

 一人の少女が恐る恐る家の窓からミツヤの攻撃を見ると、指をさして母親らしき女性に声をかけていた。

「じゃぁ、あれは誰なの?」


 民家の窓から外を見て、黒髪の背の低い、赤いスニーカーを履いたヒゲヅラの男が、隣の家の玄関の外で老人をグーで殴っていた。


「カネを出せ、殺すぞ!」


 その瞬間、ジェシカの矢が赤いスニーカーの男の足の甲に刺さり、地面に縫い付けられた。

「ぐぉ――ッ! 痛てえええ! くそ! なんだ、誰だ!」

「バカなの? あんた! 矢は抜いてやらないから、そのまま護衛隊の駐屯所へ連行よ!」


「バカはお前だ。オレ達は護衛隊からの……おっと、何でもない」

 ジェシカが怪訝けげんな顔をしていると、アラミスが遅れて登場だ。


 「皆、見てくれ。このお粗末な真似してる奴、俺のつもりらしいぜ。これは絶対に許されない事態だ」

 アラミスは縄で縛り上げた自分の偽者を連れて登場し、不機嫌極まりないといった風で一つだけ問いただした。


「お前、俺の名をかたって女子に声かけたりしてねぇだろうな!」

「そこ――!?」

 全員アラミスを軽蔑の目で見た。


 彼が銃を背に突き付けて連行してきた男は髪の色こそブロンドだったが、縮れ毛で目は線で描いた様に細く、腹が出てスーツの全ボタンが飛びそうな、それでも一応マスケット銃を持った中年の男だ。

「それと、こいつから吐いてもらったがこの一件、全部護衛隊の仕業だ」


 それから、各々が自分のニセ者と対面する形で村の中央広場に連れて来た。

 偽一味はドナム系イントルーダーでなかったのが幸いだった。

 村の住民は彼らが偽者だったことを知り、安堵と罪悪感が入り混じったような表情をしていた。


「いや、そうですよね。前にこの村を助けてもらってるから、ちょっと見れば分かるんでしょうけど。なんせ異形獣まものも現れてたんでパニクったんですよ、すみません……」


「ま、まぁそうですよね、誤解が解けてよかった」

(てか、どう見ても違い過ぎんだろ。ひでぇよ)

 と、内心ヒースは滅入っていた。


青い疾風ブルーゲイル」一同は複雑な面持ちで犯人を縄で縛って確保し、村の代表には近くの護衛隊駐屯所まで走ってもらった。

 その途中、村の代表はどういう訳か街道の脇にたった一人で潜んでいた護衛隊の隊員を見かけたのだった。赤茶色の長い髪を後ろで一つに束ね、華奢でたおやかであるが、りんとした目をしていた。

 彼は偶然居合わせたというその女性隊員に後の始末を一任することにした。

 すると彼女は少し慌てた様子で一言、


「皆無事でよかった。今回の一件、本当にすまなかったな」

 と、女性にもかかわらず男性口調で頭を下げ、丁寧に謝罪していた。



「アラミス、お前せーと思ったら、そんなことしてやがったか。カッコつけやがって」

 アラミスはこの村に入ってすぐ発見した偽アラミスに事の顛末てんまつを聞き出していたのだ。

「ま、スーパー・インテリジェント・ブレインの俺と違ってお前には出来ねぇことだな」

「なんだと?」

「まぁまぁ、ヒース。お陰で裏で操作してるヤツが判ってよかったじゃないか」

 ヒースとアラミスはしょっちゅう突っ掛かるがその裏で、どこかお互い認め合ってることはミツヤの方が気付いていた。


 アラミスは機嫌悪そうに、指示を出した張本人の名前をあげた。

「護衛隊の第二隊の仕業だそうだ」

「またジャック隊長! 油断ならない男よ。でもそれなら恐らくトージが元凶ね、あー嫌だ嫌だ」

 と、ルエンドは嫌悪の表情で肩をすくめ、両腕をクロスして二の腕を何度かさすった。


「ルエンドちゃん! おれがジャックにもトージにも百発くらい入れてやるから安心しな!」

「うへぇ――出た出た、変態スナイパー」

「いい加減にしなさいって!」

 ジェシカが間に入ってヒースをたしなめた。


「そうだ、それから一つ気になることが。今日の買い出しで気付いたんだが」

 アラミスが突然真剣な目になった。


「銀が無い」

「……は?」

「弾薬に使うつもりで調達しようとしたんだが、街から銀がごっそり消えてんだよ。銀食器、銀細工、全部リシューの命令で没収だそうだ」

「どういうことだ?」


 ◇ ◇ ◇


 それから数日後、月も顔を出していない雨の降りそうな蒸し暑い夜のことだ。

 暗闇の森を一人、トージは馬を国境付近まで走らせていた。

 馬を止め、なにやら人間でない何かと話をしている。


「これが終わればまた元に戻れるだろう、ドクもそう言ってた。安心してこの辺りで待ってろ。まずは『青い疾風ブルーゲイル』とかいう自警団がここへ来るはずだ、確実に殲滅せんめつしてくれ」

 その話が終わるまで待たずに、トージの後ろで小枝の折れる音がした。


「誰だ!?」

 トージが振り返る。

「隊長。ぼ、僕です。国境付近の見廻りで帰りが遅くなって森で迷ってただけで……!」


 トージは護衛隊の隊員を見つけると、口を左右一杯に広げ嘲笑ちょうしょうの色を浮かべた。


「ああ君か、この間全滅した第五隊の補充部隊にいたね。そうか、それは残念だ。こんなところで私に出会わなければ、あるいはもう少し命も長らえていたのかもしれないね」

 そう言うと自分の剣をゆっくりと抜き、下段に構える。


「ま、待ってください。異形獣まものと話してたとか言いませんし、いえ見ていませんし、会話など聞いてもないですっ!」


「大丈夫。この剣はよく斬れるからあっという間だ」


 トージは隊員の左腰から右肩へ向け、思い切り剣を振り上げた。

 隊員は悲鳴を上げ、無残に斜めの断面を見せて上半身と下半身に分断されてしまった。


 顔色ひとつ変えず、トージは剣を縦に振って付着した血を払い腰に納めると、目の前の異形獣まものに言った。


「悪いが君がったことにさせてもらうよ。適当にこの若者をバラバラにしといてくれないか」

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