2 先輩
それから数日後。
驚くべき勢いでヒースは回復し、すっかり元気になっていた。
護衛隊との
指名手配下にもかかわらず、街での「裏掲示板」にチーム名指しの
「裏掲示板」というのは護衛隊の目を避けて取引する為の民衆の知恵だった。
上下にスライド可能な掲示板の表の板を上にずらすと、二枚目の板が現われるしくみになっている。
そこに護衛隊の目については困る裏取引の情報が掲載されているが、彼らの依頼はここ最近、その「裏掲示板」に貼りだされていたのだ。
ヒースやミツヤは知らなかったが、ジェシカが得意顔で皆に教えていた。
◇ ◇ ◇
さて、そんなある日の午後、五人はいつもの二頭立ての幌馬車で一緒に数キロ先の街まで足を延ばし、各自必要な物を入手すべく買い出しすることになった。
馬車の中は仲間も増えたこともあり
「アラミス、その黒いスーツケース何が入ってんだ?」
ヒースが御者台に乗り込む時、アラミスが持っているのを見つけて指をさした。
いつも大事そうにしていたのは他の皆も知ってはいたが、今まで誰も聞いたことはない。
「こいつは俺の命と同じくらい大切なものが入ってる」
アラミスが茶化さず真面目に答えたが、メンバーは全員確信を抱いてルエンドをチラっと見る。
(命と同じくらい大事なもの……絶対ルエンドのパンツだ)
「……何?」
ルエンドは首を傾げた。
◇ ◇ ◇
さて目的の街に到着後、馬車は停車場に置いて一旦全員解散となる。
「じゃ、俺は今から銃の部品の買い出しに行ってくるよ」
「アラミス、目立つから気を付けてね」
ルエンドがニッコリと笑顔を返す。
アラミスは美形な上にブロンドの髪が黒いスーツに揺れ、それが人の目を引いた。
真面目に狙撃を売りにするなら、それはあまりに不利な格好だが彼のポリシーのようだ。
ミツヤも口には出さなかったが装いだけ見れば、前に観たことがあるスパイ映画に出てくる諜報部員のようだと思っていた。
「ありがとう、ルエンドちゃん。でも君の方が心配だよ。そんなゴージャスな女性を放っておける奴いないぜ」
「ふふっ、ありがとう。アラミス、また後でね」
(変態なのに、ホント無駄に美形なんだから)
その場を後にしようとしたルエンドが、アラミスの顔を見て立ち止まる。アラミスはルエンドをじっと見て、何か真剣に考え込んでいるようだ。
「……何か質問?」
「ルエンドちゃん、白二枚、ブルー三枚、黒三枚だけじゃ雨の季節困るだろ? 俺が買い足しておいて」
全て言い終える前にジェシカがすっとんできて、アラミスの頭に飛び蹴りをお見舞いした。
「なんでルエ姉の下着の枚数知ってんのよ変態!!」
アラミスの頭に星がいくつか回っている。
「だって洗濯物で普通に分かるし……」
「いくら数字に強いからってそんな事まで覚えんなっ! てか、下着勝手に買うな――ッ!」
ジェシカが追いゲンコツを落とした。
「この変態スナイパー」
ヒースが軽蔑の視線を送った。
アラミスは、ジェシカがゲンコツを落とした後頭部を手で
行き付けの店があるようだ。
「ヒースも気をつけて。あたしたち、掲示板をチェックしてから、武器弾薬の手配してくる」
「了解! 頼むよ。僕とヒースは食料品や日用品の買い出ししてくるよ」
「じゃあ、お二人気を付けてね、あなた達も結構目立つから」
「だから、それルエ姉がいう?」
ジェシカが横目で流し見してツッコんだ。
ルエンドはいつもの膝上10センチのミニ丈ノースリーブワンピだが、胸元のジッパーを真ん中まで下げている為、谷間がくっきりと見える。サンダルもいつものように10センチヒール。背に装備したブロードソードにブロンドの長いウエーブの髪が掛かり、不自然な雰囲気を
それぞれ別行動になり、午後四時に中央の公園のベンチに集合と決まった。
何かあれば、ジェシカから全員に渡されたポチを呼ぶ笛でお互い連絡を取る。
「やべ! 黒いスーツケース、うっかり忘れちまった〜」
アラミスは忘れものを思い出し、馬車まで引き返していた。
馬車まで数メートルの距離だ。
「痛たたた……お腹が」
ドレスを着た若い女が一人、腹を押さえ商店街の真ん中で石畳の上にしゃがみ込んでいる。
当然アラミスは放っておかない。
「お嬢さん、どこか具合でも……?」
アラミスが目をハートの形にして近寄った、その時だった。
ドレスの女はアラミスの顔にナイフを近づけて脅してきた。
「動くと殺す」
低めのトーンで言った女の顔をじっと見て、アラミスはそっとナイフを持つ女の手に自分の手を重ねた。
「お嬢さん、そんなに美しい顔でその言葉は似合わないぜ。俺を
と言い、女の手を自分の首に持っていった。
「でも、出来ればナイフじゃなくて君の唇がいいな」
顔を真っ赤にして
フードを被った男が黒いスーツケースを持って立ち去ろうとしていたのだ。
「待て! 誰だテメェ!」
後を追おうとしたアラミスは、女性の手にわざわざナイフを返した。
「お嬢さん、もうこんなことから足を洗ってくれよ」
そう言ってウィンクを飛ばすとアラミスはすぐにフードの男を追って走った。
女はスーツケース泥棒の仲間であったが、後を追う事もせずその場で呆然と立ちすくみ、眉を寄せて顔を歪めた。
(こえ――ッ!
その頃、ヒースとミツヤは街をブラつき楽しんでいた。
「ミッチー、あれだな。もうビクビクしながらお面つけたり、フード被ったりしないで堂々と街歩くの、気持ちいいな!」
「ああ、全くだ」
彼らは勿論、護衛隊から狙われてはいたがメンバーも増え、彼らの強さと信頼が少しずつではあるが各所に浸透し始めたことを実感しつつあった。
事件は起こせど仕事は入ってくるのだ。もう逃げも隠れもせず、見つかった時にはその場で対処すると決めたのだった。
集合時間にはまだ少し早かった。
「おっ、
「あ!
街で偶然会ったその少年は、先日の
お互い戦闘中であまり会話を交わせなかったが、この異世界で出会う日本人だ、気持ちは通じていたようだ。
学年はミツヤより一つ上の先輩にあたる。背も高く、がっしりとした体形で栗色の柔らかそうな短い髪に精悍な顔立ち。
出身は関西だった。
「ミッチー、知り合いか?」
「ああ、紹介するよ八神さん。彼は僕の自警団チームのヒースだ。ヒース、この人この前の合同討伐で出会った日本人の
「おおー! あんた覚えとる! 凄い活躍しとったやないか、見たであの騒ぎ! あんたの仲間が計算違うーゆうてチェック入れたのもビックリやけど、その後すぐに護衛隊のテントに突っ込んで行ったやろ。いやぁ正直あれはスカっとしたで! えらいやられとったのにもう体はええんか?」
「あ、ああー、うん」
ヒースは八神の自分以上に
「八神さんはイントルだけどドナムはついて来なかったんだって。なのにあのキレッキレのアクロバティックな動き! ヒースにも見せたかったな」
「ハハハ! 照れるやろー」
ヒースは少し遠巻きにして二人を見ていた。
突然現れた八神とミツヤは、自分達が日頃使わない苗字で呼び合う仲なのだと。
「え? 最近の
「あ、すみません……そうですよね」
「何、気ぃ遣ってん、単純に
「あ、はい」
ミツヤは少しはにかんで答えた。
「そっか、RPGだ! あの、八神さんのその剣、どこかで見たことあると思ったんですがFF7のに似てません?」
「気づいてくれたか? 誰も知らん思うて諦めとったんや。憧れの剣をモチーフに特注や。使いこなせるようになるまでどんだけ鍛えたか」
「カッコいいです、そんな大きな剣持ってあの動き、ほんとゲームの主人公みたいです」
「何言うとるか、そんなマンガみたいな能力持って、こっちが羨ましいわ、剣いらんやろ」
「……なんかお互い、無い物ねだりですね」
「せやな、ははは! 死んだ、思ったらまだ命あったんや。二度目の人生や思うてやりたい事やろうや、お互いな!」
「こっち来たの何年前ですか?」
「中一や」
「でぇー、大先輩だ」
ミツヤは元いた世界ではずっと部活で先輩や後輩の関係を築いてきた。自分より経験期間が長い相手は大抵「先輩」となる傾向にあった。
「ミッチー、俺ちょっと破れたコートの代わりを見てくるから、ゆっくりしてなよ」
ミツヤと八神は楽しそうに、元いた世界での共通の話題で盛り上がっていたため、遠慮することにして目当ての店に急ぎ足で歩いた。
ミツヤと出会って、初めて彼が自分以外の者と自分の知らない話題で楽しそうに話しているのを見た瞬間だった。
(……ミッチー、この世界に迷いこんで来なければ、どれ程幸せだったんだろうな……)
そんな風に思ったヒースは、ミツヤのいた世界が彼にとってここより幸せだったかどうかはまだ知らない。
しかし、心の隙間に乾いた風が吹いているような、どこか違和感のある初めての感覚だった。
ミツヤ達と別れて暫く歩いたところで、誰かが石畳を猛スピードで走ってくる靴音が聞こえる。
ヒースが振り向くと「どけ!」と、フードの男がすれ違いざまヒースに肘を当て一目散に走り去っていく。
黒いスーツケースを抱えて――。
「いってぇな……ん? あれ、変態スナイパーの荷物じゃないか?」
そこにアラミスの声が遠くから聞こえてきた。
「誰かその泥棒を捕まえてくれ――ッ! 俺のスーツケース!」
アラミスは街の中では発砲しないよう、今は亡き父親からキツく言われていた。それは既にチーム全員にも浸透していた。
「ちっ」
舌打ちをひとつ、ヒースは全速力で走る。
ミツヤの 《
「取れるものなら取ってみろや!」
男は距離を詰められたことで焦り、スーツケースを空中高く放り投げた。
放物線を描き、このままだと噴水中央のポセイドン像の真上に落下する……!
(くそっ、どうせ中に火薬類も入ってんだろ……!?)
そう思う前に、自分の体は既に数メートルも跳躍し、ポセイドン像の真上にいた。
空中でキャッチしたまではよかったが、噴水中央のポセイドン像が持つ尖った
「ぐうぅぅぅ――っ!」
肩に槍を貫通させながらもポセイドン像の肩に着地し、スーツケースはしっかりと抱えたまま手を離していない。
「ほう? 余程いいもんが入ってるようだな!?」
ならば尚のこと諦める訳にはいかないと、フードの男は指笛で仲間を呼んだ。
「ヒース!?」
アラミスが血相を変えて走り寄ってくる頃には噴水の周りに
アラミスはもう銃を使う気はない。
ヒースは激痛に耐え、上半身を上方へスライドするように動かし、固定された槍から体の方を抜くように離れた。
「つッ……!」
噴水の中に飛び降りるとすぐにスーツケースをアラミスに放った。
「ほらよ、ちゃんと持っとけ」
噴水の中に血が滴り落ちて色を変えている。
「ヒース……! お前なんでそこまで」
ヒースは視線を逸らして少し口を尖らせ、言った。
「命と同じくらい大事な物だって言ってただろ?」
途端、アラミスの胸に疾風が吹き抜けた。
(お前…………。ちぇっ、貸し一つじゃ足りねぇじゃねぇか)
「黒ずくめの金髪野郎、そのケースをこっちへ渡しな」
そう言ったのはさっきのフードの男だ。気付けば周囲を30人以上の盗賊に囲まれていたのだ。
全員両刃剣を抜いている。
アラミスはヒースの隣に立つと、敵を見据えたまま言った。
「ありがとう、ヒース。まだ動けるんだろ? 一般人もいるから俺はここでは脚しか使わねぇぞ。峰打ちでやれるか?」
「誰に聞いてる」
右肩からだくだく血を流しつつも目がやる気満々のヒースは刀を抜いた。
「一人は武器なし、もう一人は手負いだ! 遠慮はいらねぇ、ぶっ殺せ!」
「言ったな? 返り討ちにしてやるぜ!」
ヒースはそう言って右口角を上げ、峰打ちを連続で繰り出した。
一斉に飛びかかって来た盗賊達の腹や背に次々と刀の背が打ち込まれ、一切の逃げる時間を与えなかった。
アラミスはスーツケースを抱えたまま
途端、離れた場所から
「あの二人すごいぞ、見たか? この辺によく出てた盗賊団がたった二人にあっという間だ」
「あれ、今噂の『
「あ、知ってる! オレ、新聞でも見たことあるぞ」
「くそぅ! 皆、引き上げるぞ!」
盗賊達の一部、動ける数名だけヨタヨタと体を動かし逃げ出した。
動ける者が全員いない事を確認すると、ヒースは噴水の淵に座った。
そして、盗賊にまで狙われるスーツケースの中身がパンツだけではないだろうと、改めて中の物を尋ねてみた。
「実際、何だったんだ? こいつの中身」
「オヤジの形見で弾丸の
アラミスはヒースの肩を包帯で巻きながら答えた。
「へぇ……銀の弾丸か。取り返して正解だったな。てっきり俺はルエンドとジェシーのパンツかと……痛ぇ! もっとそおーっとやれよ」
アラミスの包帯を巻く手に力が入る。
「ルエンドちゃんとジェシーちゃんのパンツが入ってれば絶対置き忘れたりしねぇ!」
「お前の優先順位は形見よりパンツが上か! 変態野郎ッ」
「そこは俺の自由だ」
「カッコつけて言ってるが開き直っただけじゃねぇか」
ヒースの包帯を巻き終わったアラミスは反論せずに立ち上がった。
「さて、まだ買い物これからだろ? じゃぁ、後でな」
と言って立ち去ったアラミスの口元は笑っていた。
「……ちぇっ。 調子狂うだろ」
噴水で思わぬ大怪我をしてしまったヒースだが、気を取り直し、お気に入りの店へやって来た。
「こんにちは! 前にこのコートと同じタイプをこの店で買ったんだ。まだ同じやつ置いてるかな? 気に入ってんだ」
ヒースが店員に声を掛けた途端、どういう訳か店員の顔色が変わった。
「知ってるぞ、あんた今日は何しに来たんだ! うちにもう金はない! すぐに出てってくれよ!」
「ええ!?」
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