第4章 深淵の魔風

1 総隊長トージの奸策パートⅢ

 異形獣まもの合同討伐イベントから三週間――。


 護衛隊総隊長執務室のドアにノックの音が三回。


「入れ」

 トージの声で入ってきたのはトニーだ。


「トニー君、頭痛薬持ってきてくれたかね? 第五隊が壊滅して補充に頭が痛いんだよ。またOJTで一からやり直しだ」

 トニーは薬と水の入ったグラスを机に置いた。

 OJTとはビジネス用語で、実務の現場で実際に業務をしながら仕事を覚えていく施策のことだ。トージはよくサラリーマン時代の言葉を使うが、その度にトニーはポカンとしている。

「は。薬はこちらです。先日の一件といい、討伐イベントの事件といい、最近何かとわずらわしい事件が多く、心中お察し致します」

「ああ、気遣いありがとう」


 二日間、ある町の討伐に向かった正規の自警団が、異形獣まものの硬い皮膚や甲羅に苦戦を強いられいた。そこへ護衛隊の第五隊が到着。

 安堵した町の人が避難先から戻ってみると、負傷した隊員達の妙な状態が目に飛び込み、恐怖から近付くことも出来なかったという。

 それは異形獣まものが口から吐く酸性の粘液で隊員達の武器だけでなく、体の様々な部分までも溶解の跡が目立っていたからだった。


 全く歯が立たなかった異形獣まものを片付けたのは後から駆け付けた「青い疾風ブルーゲイル」だった。


 更に、トニーは脇に挟んでいた新聞を手に取り、記事を開いてトージに見せた。

「それから、二日前のブルージュの新聞ですが、ちょっと気になりましたのでお持ちしました」

 トージはトニーが持ってきた薬を飲んだところだったが、新聞の記事にさっと目を通すだけで吐き気を催してきた。


「トニー君。悪いけど薬を追加してくれないか。薬と一緒に持ってきたこの新聞の記事でプラマイ・ゼロだよ、プラマイ・ゼロ」

「も、申し訳ございません!」

(総隊長『プラマイ・ゼロ』二回言ったぞ)


 トージが机に勢いよく投げた新聞記事が机の上に散らかり、「青い疾風ブルーゲイル」のメンバー紹介の記事が表になる。

 そこには、赤い持ち手の剣を装備したオレンジの髪の剣士、黒髪の雷を使う子供、クロスボウを扱う水色の髪の少女、ダイナマイトを使うスレンダー美女、凄腕の金髪スナイパーのメンバーが詳細に書かれていた。


 トージは噂で耳にも入ってはいたが、実際に記事を見るとイライラは机の下で、左の膝の小刻みな揺れとなって表れた。


「総隊長、このメンバーにダイナマイトを使う美女とありますが……。最近ルエンドさんを見かけました? まさか……」

 トージは大袈裟おおげさに腕を組んで、思考を巡らせている素振りを見せる。


「そうだな……その可能性は大いにある。だがクロード君からはまだ何も聞いてないよ。それより猊下げいかとの謁見えっけんもあるんで薬はもういい。急ぐので君も下がってくれ」

「はっ! 失礼いたします!」


 トニーは腰をらし気味で気を付けの姿勢をとり、部屋を出ようとドアノブに手をかける。そこで再度トージに呼び止められた。


「ああ、ちょっと待ってくれ。謁見の前に、先に第二隊隊長のジャック君をここへ来るよう伝えておいてくれ。すぐ終わるので」

(『青い疾風ブルーゲイル』だと? この間の異形獣まもの討伐合同作戦のイベントも荒らしやがって、忌々いまいましい奴らだ! 二度と噂など浮上しないよう徹底的に潰してやる!)



 暫くするとドアをノックし、第二隊の隊長ジャックがトージの元へ現れた。


「総隊長、お呼びでしょうか」


 トージはジャックが部屋へ入るとすぐに自分の方へ手招きした。

 珍しくいつもより随分と声を落とし、何やら耳元近くで指示を出しているようだった。


「……。本当によろしいので?」


 首を僅かに傾けたジャックの顔には、トージの指示に対する今までにない明らかな困惑が表れていた。


「この少年は生かしたまま頼むが、仲間が邪魔をして来たら全員殺してくれて構わない。ま、生死に関しては君に任せるがね」

 と、トージは新聞の見出しに出ている人物を指さした。


「……承知しました。ところで総隊長、前回ムーランの町での異形獣まものを使った陽動ようどう作戦は情報漏洩ろうえいのため失敗しました。申し訳ございません、次は必ず成功させます」


 富裕層が暮らすムーランの町への異形獣まもの投入計画については、表向きは「金の獅子ゴールドライオン」が依頼を受けていた為、賞金はヒース達が受け取っていてもトージの耳にはその情報は入っていなかった。それゆえトージはこの件についてはそれ程危惧きぐしていなかった。


 トージはこの後からはいつものボリュームで会話を続ける。


「ああ、あれね。前もって誰かが町に異形獣まものの侵入をバラした事で、町から討伐依頼が掲示板に出てたそうじゃないか。それで自警団も余裕を持って対処しちまったってやつね」

 言った後、大きく溜息を吐いて両手を頭の後ろで組み、机上にクロスして脚を乗せた。


「そんな些末さまつなこと、もういいよ。それよりこれからのことに期待している。それと別件を頼みたい」

 トージはジャックが隊長就任以来、その任務の成果に非常に満足しており彼を気に入っていた。不手際の一つや二つ、気にもしていない。

 また、ジャックもそれをよく分かっていた。


 ジャックに指示された別件とは、偽物の「青い疾風ブルーゲイル」を仕立て、現場に現れたヒース達を一網打尽にする罠を張るという内容だった。


「カネで協力者を集めてくれ。名目はそうだな、『反逆者のあぶり出し』でいい。そろそろあの付け上がった手配犯を捕らえねば護衛隊の面目が立たない、急いでくれ」

「かしこまりました。ところで、例の銀の効果ですが」

「何か結果が出たのか?」

 トージは机から足を下して前のめりになった。


「思った以上に。やはり異形獣まものは銀が体内に入ることで急激に衰弱するようです。頭部であれば確実に死に至らしめることが可能です。ガン・スミスだったコンラート氏がのこした銀の弾丸の価値は計り知れませんね」

 言いながら、ジャックは気掛かりな点を思い巡らせていた。


(だがイントルーダーにも同様に銀の影響があるのはどういう訳だ……? 総隊長の指示で獄中のイントル達には銀のかせをつけてるようだが。どうもあれに触れるとピリつく。恐らく俺も能力は発動不可だろうな。まぁもう少し探りを入れてみるか)


「さすがは元FBI捜査官。何をやらせても結果を出すねぇ。ちょっと忙しくなってきた、引き続き調査を頼むよ」

 ジャックは一礼して総隊長執務室を退室し、マントを後ろへさばくと急ぎ足で歩き始めた。



(……誰の下でも、面白ければ何でもいいと割り切って来たが)

 ジャックは廊下を歩きながら帽子を被り、一人の女性隊員の顔を浮かべていた。


(ムーランの情報モレも、やはりあのじゃじゃ馬……?)


 歩く足を止めた後、少しばかり俯いたまま視線を壁へ移した。奥歯をギリリと鳴らす。

(……くそっ、俺の悪い癖が出始めたか)


 ◇ ◇ ◇


「失礼いたします。猊下」

「入ってくれ」

 トージは帽子を脱ぎ、リシュー宰相さいしょうの執務室へ入って行った。


(分かってんだよ、ハゲ狸。あれだろ? 第五隊の全滅の後どうすんだって件だろ? こっちも餌係をどう補充するか頭痛いってのに)


 トージは表面上、平静を取りつくろっていたが内心とても苛ついていた。

 その日は執務室へ入った瞬間からトージの脳裏には、元いた世界での仕事の日々が鮮烈によみがえっていたのだ。


 大手製造業の営業職だった彼は、上司だけでなく取引先や関連企業に来る日も来る日も散々頭を下げてきた。

 彼なりに誠意を尽くした相手からも不適切な言動を浴びせられ、時には意味のない土下座をいられることもあった。


(てめぇのアホ面とその真っ赤な聖職衣装を見ると嫌悪感で吐き気を催すぜ。異世界こっちに来てまで、役職が上ってだけの下らん奴に頭を下げてへつらうなんざ、もううんざりだな)


「トージ君、先日のビルヌーブの町が厄介な異形獣まものに襲われ第五隊が全滅だったそうじゃないかね。何やら物を溶かす唾液を吐くとかで。しかも妙な自警団にあっと言う間に片付けられて護衛隊の名誉の失墜しっついに繋がる事態、これは脅威ではないのかね? 知ってのとおり、護衛隊の伝統と歴史は二百年以上にも及ぶのだ。我々の代で潰さないよう気をつけてくれたまえ」


 リシューは白髪の混じった眺めの顎髭あごひげを左手で撫でながら、思っている事は全部吐き出した。


(来た来た。どんだけ偉いんだろうな、コイツ。俺が今この場で首を斬り落としてやってもいいんだが、この世界の宗教界のトップである大教皇っていう奴が出てくると今はちと面倒だ、手を出すのはもう少し後だからな。だがまぁ見てろ。……こいつが泣いて命乞いする様はケッサクだろうな……!)


「肝に命じておきます。しかしながら、もうしばらくお待ちください、穴埋めは必ず致します。第五隊の補充は予備軍からの引き上げで、前線にて訓練を兼ねつつ叩き上げるつもりです。それに」

 トージはちょっと視線をらしてしばらく考えた後、付け加えた。


「目下の問題である目障りな虫も排除するよい考えがございます。それから急ぎお願いしたい議が」

「なんだね」

「例の銀の調達の件です。もし手段をお任せいただけるのであれば、悪いようには致しません」


 トージは今後、隊の教育に努めると頭を下げ、隣国ブランデルの国境付近にある銀山の確保を提案してその場を退室した。


(見てろ、貴様ら邪魔な自警団はオレが必ず潰してやる……!)

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