第4章 深淵の魔風
1 総隊長トージの奸策パートⅢ
護衛隊総隊長執務室のドアにノックの音が三回。
「入れ」
トージの声で入ってきたのはトニーだ。
「トニー君、頭痛薬持ってきてくれたかね? 第五隊が壊滅して補充に頭が痛いんだよ。またOJTで一からやり直しだ」
トニーは薬と水の入ったグラスを机に置いた。
OJTとはビジネス用語で、実務の現場で実際に業務をしながら仕事を覚えていく施策のことだ。トージはよくサラリーマン時代の言葉を使うが、その度にトニーはポカンとしている。
「は。薬はこちらです。先日の一件といい、討伐イベントの事件といい、最近何かと
「ああ、気遣いありがとう」
二日間、ある町の討伐に向かった正規の自警団が、
安堵した町の人が避難先から戻ってみると、負傷した隊員達の妙な状態が目に飛び込み、恐怖から近付くことも出来なかったという。
それは
全く歯が立たなかった
更に、トニーは脇に挟んでいた新聞を手に取り、記事を開いてトージに見せた。
「それから、二日前のブルージュの新聞ですが、ちょっと気になりましたのでお持ちしました」
トージはトニーが持ってきた薬を飲んだところだったが、新聞の記事にさっと目を通すだけで吐き気を催してきた。
「トニー君。悪いけど薬を追加してくれないか。薬と一緒に持ってきたこの新聞の記事でプラマイ・ゼロだよ、プラマイ・ゼロ」
「も、申し訳ございません!」
(総隊長『プラマイ・ゼロ』二回言ったぞ)
トージが机に勢いよく投げた新聞記事が机の上に散らかり、「
そこには、赤い持ち手の剣を装備したオレンジの髪の剣士、黒髪の雷を使う子供、クロスボウを扱う水色の髪の少女、ダイナマイトを使うスレンダー美女、凄腕の金髪スナイパーのメンバーが詳細に書かれていた。
トージは噂で耳にも入ってはいたが、実際に記事を見るとイライラは机の下で、左の膝の小刻みな揺れとなって表れた。
「総隊長、このメンバーにダイナマイトを使う美女とありますが……。最近ルエンドさんを見かけました? まさか……」
トージは
「そうだな……その可能性は大いにある。だがクロード君からはまだ何も聞いてないよ。それより
「はっ! 失礼いたします!」
トニーは腰を
「ああ、ちょっと待ってくれ。謁見の前に、先に第二隊隊長のジャック君をここへ来るよう伝えておいてくれ。すぐ終わるので」
(『
暫くするとドアをノックし、第二隊の隊長ジャックがトージの元へ現れた。
「総隊長、お呼びでしょうか」
トージはジャックが部屋へ入るとすぐに自分の方へ手招きした。
珍しくいつもより随分と声を落とし、何やら耳元近くで指示を出しているようだった。
「……。本当によろしいので?」
首を僅かに傾けたジャックの顔には、トージの指示に対する今までにない明らかな困惑が表れていた。
「この少年は生かしたまま頼むが、仲間が邪魔をして来たら全員殺してくれて構わない。ま、生死に関しては君に任せるがね」
と、トージは新聞の見出しに出ている人物を指さした。
「……承知しました。ところで総隊長、前回ムーランの町での
富裕層が暮らすムーランの町への
トージはこの後からはいつものボリュームで会話を続ける。
「ああ、あれね。前もって誰かが町に
言った後、大きく溜息を吐いて両手を頭の後ろで組み、机上にクロスして脚を乗せた。
「そんな
トージはジャックが隊長就任以来、その任務の成果に非常に満足しており彼を気に入っていた。不手際の一つや二つ、気にもしていない。
また、ジャックもそれをよく分かっていた。
ジャックに指示された別件とは、偽物の「
「カネで協力者を集めてくれ。名目はそうだな、『反逆者の
「かしこまりました。ところで、例の銀の効果ですが」
「何か結果が出たのか?」
トージは机から足を下して前のめりになった。
「思った以上に。やはり
言いながら、ジャックは気掛かりな点を思い巡らせていた。
(だがイントルーダーにも同様に銀の影響があるのはどういう訳だ……? 総隊長の指示で獄中のイントル達には銀の
「さすがは元FBI捜査官。何をやらせても結果を出すねぇ。ちょっと忙しくなってきた、引き続き調査を頼むよ」
ジャックは一礼して総隊長執務室を退室し、マントを後ろへ
(……誰の下でも、面白ければ何でもいいと割り切って来たが)
ジャックは廊下を歩きながら帽子を被り、一人の女性隊員の顔を浮かべていた。
(ムーランの情報モレも、やはりあのじゃじゃ馬……?)
歩く足を止めた後、少しばかり俯いたまま視線を壁へ移した。奥歯をギリリと鳴らす。
(……くそっ、俺の悪い癖が出始めたか)
◇ ◇ ◇
「失礼いたします。猊下」
「入ってくれ」
トージは帽子を脱ぎ、リシュー
(分かってんだよ、ハゲ狸。あれだろ? 第五隊の全滅の後どうすんだって件だろ? こっちも餌係をどう補充するか頭痛いってのに)
トージは表面上、平静を取り
その日は執務室へ入った瞬間からトージの脳裏には、元いた世界での仕事の日々が鮮烈に
大手製造業の営業職だった彼は、上司だけでなく取引先や関連企業に来る日も来る日も散々頭を下げてきた。
彼なりに誠意を尽くした相手からも不適切な言動を浴びせられ、時には意味のない土下座を
(てめぇのアホ面とその真っ赤な聖職衣装を見ると嫌悪感で吐き気を催すぜ。
「トージ君、先日のビルヌーブの町が厄介な
リシューは白髪の混じった眺めの
(来た来た。どんだけ偉いんだろうな、コイツ。俺が今この場で首を斬り落としてやってもいいんだが、この世界の宗教界のトップである大教皇っていう奴が出てくると今はちと面倒だ、手を出すのはもう少し後だからな。だがまぁ見てろ。……こいつが泣いて命乞いする様はケッサクだろうな……!)
「肝に命じておきます。しかしながら、もうしばらくお待ちください、穴埋めは必ず致します。第五隊の補充は予備軍からの引き上げで、前線にて訓練を兼ねつつ叩き上げるつもりです。それに」
トージはちょっと視線を
「目下の問題である目障りな虫も排除するよい考えがございます。それから急ぎお願いしたい議が」
「なんだね」
「例の銀の調達の件です。もし手段をお任せいただけるのであれば、悪いようには致しません」
トージは今後、隊の教育に努めると頭を下げ、隣国ブランデルの国境付近にある銀山の確保を提案してその場を退室した。
(見てろ、貴様ら邪魔な自警団はオレが必ず潰してやる……!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます