9 完敗と乾杯

 アラミスはヒースの炎が立ち昇る剣を見て、呆気にとられていた。


(なんだこいつ、すご腕剣士のうえにドナム系イントルーダーかよ……! けど無駄にハイスペックなところが無性に腹立つ、あいつにだけは絶対負けねぇ!)

 アラミスもまたヒースに対しライバル意識を全開にする。お互い、初めに出会った状況下でのやり取りが影響しているようだ。


 しかし、そのまま奥に入ろうとしたヒースをテント内にいた護衛隊第四隊の隊員19名の剣があっという間に囲んでしまった。

 そうなると仕方なくミツヤも雷の力を溜めてテントまで走らざるを得ない。


「くそっ! ヒースのヤツなんでこういつも自由なんだ!」


「その剣にまとわせた炎、見たことがあるよ、顔も隠して髪も染めてるようだがヒース君じゃないかね。正体隠してそんなに賞金が欲しかったのか? 君たちのチームは手配中だ、いくら成績が優秀でも対象外だ」


 トージが片手をひょいと上げてサバラン隊長に指示を出すと後方から一人、風変りな護衛隊の隊員が前へ出て来た。入隊して間もないのか、黒いTシャツ姿だ。

 胸には、赤色の唇から舌が出ているイラストが大きくプリントされている。


「ヒース、あいつイントルだ。ヘビメTシャツ着てんぞ」

「なんだそりゃ」

 またたく間にテントの中が戦場と化す……!

 第四隊に一人、ドナム系のイントルーダーがいたのだ。


「僕はニール。インドから来た新参者でね、まだこっちのルールはよく分からんが護衛隊われわれが正義だ。歯向かってくる者に遠慮はしない」

 彼は紫色の光を放ち始めた。


「お前、イントルか……! 紫色って初めて見たぞ。なんのドナムだ? まぁ関係ないさ!」

 気持ちが先行していたヒースは、五メートルしか離れていない相手にうっかり炎の剣を全力で振り下ろしてしまう。

「そっちが遠慮しねぇなら全開でいくぜ、飛焔刃ターボエンジン!」

(しまっ……!)

 刃の形状をした炎の斬撃を目標に向けて飛ばす攻撃だ。


 すでに駆けつけたミツヤも、目の前の炎の斬撃にヒヤリとする。

 ところが炎の刃は隊員のニールの体に直撃した後、すうっと彼の体の中へ吸い込まれていくのだ――。

「き、効かないだと……?」


 慌てたミツヤが雷玉をはじき飛ばす。

「くそっ! 雷光弾サンダーショット!」

 雷のエネルギーを集め、指先から雷の弾を発射する攻撃だ。

 テントの中で雷玉が暴れる。


 第四隊の隊員達は次々とミツヤの指先から発射された雷玉を食らい、体が痺れてニール以外全員剣を落としてしまった。

 しかしどういう訳かニールだけは平然としている。

 不審に思いつつもミツヤは一つ深呼吸して気合を入れ直し、吐き捨てるように言った。


「ハッ、しょうがない。お前にはプランBはあって無いようなもんだからな! だがいいか? ここまで来たら腹くくるぞ!」


 ミツヤのその言葉を合図に、不要となってしまったうっとうしいめんを二人同時に外して投げ捨てた。


「それよりミッチー、お前の雷も俺の斬撃も全く効いてないコイツは一体……?」

 ヒースの言葉にニールはニヤつく。


「僕はどんなエネルギーも吸収し、自分の力に変換することが出来る。今、お前の攻撃をもらったことで、さっき『棘』から受けた傷もこのとおり回復させてもらったよ。ははっ」

 そう言ってニールは両腕を広げ、体を開いて見せた。


(そんな事できるのか、自己回復まで……!?)

 二人は見たこともないドナムを目の前にし、いつの間にか息が上がっていた。

 ヒースのつかを握る手と、ミツヤの拳に汗がにじむ。


「では貰ったそのドナムのエネルギー、今からちゃんとお前達に返してやろう、キッチリ受け取れ!」

 ニールは両手を前へ伸ばし、ヒースとミツヤに向けて炎を放った。

 二人は素早く避けたが、辺りはもう火の海だ。


 ミツヤが青ざめた顔でヒースに叫ぶ。

「ヒース、今こんなバケモノみたいなやつ相手にしてる場合じゃないぞ!」


 取り巻いて見ていた他のチームの参加者たちは、事の成り行きをただ茫然と見ていた。

「あのふざけた五人組だろ? 何やりたかったんだ、護衛隊に歯向かってまで」

「何やら討伐量のカウントがどうのとかでめてなかったか?」

「実際、護衛隊の話は違うぞ? 八百長は勘弁して欲しいぜ」

「だからって、あいつらもここまですっか? 見ろ、テントがあった辺りは大火事だ。護衛隊もほとんど戦力になってないぞ」

「すげぇな……けどあいつら護衛隊を敵に回してこれからどうやって生きていくんだ?」

 皆、口々に勝手な憶測をしていた。


 ニールが現れたことであっという間にテントの中は火が回り、そこに電撃まで加わって大騒ぎになってしまった。

 ヒースとミツヤは護衛隊の隊員には用が無い為、攻撃をかわしながら懸命にトージを探すことに集中した。

 しかしどこにも見つからない。


「くそ! なんで居ないんだ!」

 ヒースの苛立ちで剣の炎もドッと勢いが上がった。

「ちきしょう! 出てこいトージ!」

「ヒース、あいつはもう逃げたかもだ」


 ミツヤの推測どおり、既にトージはテント内の混乱の中、密かに姿を変える能力ドナムを使い隊員の一人に姿を変えてテントの外に出ていた。

 後をサバラン隊長に任せてトージは馬で一足先に駐屯所へ戻って行ったのを、二人はまだ気付いていなかった。


「紫の野郎、お前トージの居場所を言え!」

 ヒースは炎斬刀をニールに向け、攻撃をかけようと振り上げた。


「言ったはずだ、どんな攻撃も僕には無意味だとね。反転リバース!」


 ニールは両手をヒースに向け、受けたばかりのミツヤの電撃までをも撃ち出してきたのだ。

 ミツヤが先ほどニールに放った電撃の威力は、牛一頭くらいは軽く気絶させるエネルギーだった。それを銃弾をかわすかのように、つい刀身に手を添えて受けてしまったヒースは、全身に衝撃を受けて刀を落とす。

「ヒース!」

 ミツヤの目の前でヒースは目を開いたまま膝をついてしまった。

 そしてそのまま前へ倒れ始めた、その瞬間――。


「ダメだ!!」


 ミツヤの絶望に満ちた叫びがとどろく。同時に、ニールは剣を抜くと倒れかけたヒースの背後に立ち、肩から腰へ斜め斬りを落とした……!

「ぐはっ……!」

 体から鮮血が噴き出し、崩れ落ちたヒースはうつぶせのまま完全に意識を失った。


「あのバカ! これはダメなやつだ!」

 アラミスが即座に銃を構え、ミツヤに指示を出す。

「おれが援護する! ミツヤこっちだ!」

 アラミスが援護射撃をしている間にミツヤはぐったりしたヒースを引きずり、何とかその場から離れることが出来た。




 トージが既に去っていたことに加え、第四隊のニールには全く歯が立たない、おまけにヒースは重傷。

 ミツヤは自分のやり場のない気持ちを抱えたまま、深手を負ったヒースを連れて逃げるしかなかった。

 ミツヤがアラミスと二人がかりでヒースの両肩を左右から抱えてフィールドの端まで来ると、ようやくヒースはそこで力なく目を開ける。


「くっ……トージ! 卑怯だぞ出てこい……! 俺達は……この先何があっても絶対に諦めない!」


 呼吸することさえ精一杯のヒースは、それでも叫ばずにはいられなかった。

 力の入らない腹で叫んだところで、本人どころか護衛隊の誰にも聞こえていないだろう。

 ミツヤはジェシカとルエンドに声をかけて閉会を待たずに撤収した。


「くそぉ――――ッ!」

 ミツヤの叫びがむなしく夕焼けの空に響いた。

 初めての完全なる敗北だった。



 その後、賞金はやはり「ブルタニーの虎」に渡り「青い疾風ブルーゲイル」は指名手配。その日は夕刻前早々に閉会となった。


 全員解散する時、参加者達の間ではチームの枠を超えて、今日いち大暴れした動物のお面チームの話題で持ち切りになっていた。

 国内外から集まった腕に覚えのある彼らの殆どは「青い疾風ブルーゲイル」に誰かしら救われたチームだったのだ。


「なぁ、あの五人組、一体何者なんだろうな」

「バカの集団だぜ」

「だな。けど実際バカみたいに強かったよな、あれ二人は絶対ドナム系のイントルだろ?」

「ねぇ、あたし聞いたことあるんだけど。二か月程前にどこかの村を秒で異形獣まものから救ったでいう二人組の噂!」

「『二人で二分』だろ? けどあれは二人組だったろ? 今日の奴らは違わね?」

「さあな。けど今日の奴ら、個の強さは確かに認めるがチームとしてはバラバラだな。あれ、ちゃんと団結力出たらエライことになりそうじゃないか?」

「わかんね、けど……今日はなんかスカッとしたよな――!」

 スッキリしない護衛隊に無謀にも立ち向かっていった五人組の暴れっぷりは、皆の脳裏に焼き付くには充分なインパクトだったようだ。

 傷ついた彼らの足取りはどこか軽かった。


 さて、ヒース達五人組はというとトージに一撃も入れることもできず賞金も取り逃がした上にヒースの重傷で幕を閉じるという、非常に辛い結果で終わった。


 ◇ ◇ ◇


 なんとかアジトまで戻ってきた時、辺りはすっかり暗くなっていた。


「いてて。ううー」

 男部屋のベッドで横になったヒースはミツヤの肩に手を置いて起き上がろうとする。

「まだ起きるなヒース、生きてるのが不思議なくらいだぞ。……ったく」

「ミッチー! 言われたとおりありったけの包帯持って来た!」

 ジェシカが大慌てで包帯の束をミツヤに手渡す。

「悪い」


 ミツヤはヒースに厳しい口調で言ったが心配のあまり、ヒースの剣の傷の上から過剰に包帯を巻いて着ぶくれの状態にした。

「ミツヤくん、他にいるものあるかな?」

 椅子を移動して座ったルエンドも落ち着かず、そわそわしていた。

「ルエンドちゃん大丈夫だ。こいつはこんなんで死ぬタマじゃないぜ」

 アラミスは元気のないルエンドにそう言うと、彼女の隣に座り直した。

「けど『俺に任せろ』つって飛び出してこれじゃぁ世話ねぇな」

 と、ヒースの情けない顔を見た。それに対してヒースは言葉もなかった。

 また、ミツヤの方は一時的にでも仲間になってくれたアラミスに迷惑かけたと少し落ち込んでいた。

「アラミスありがとう、いっしょにヒースを運んでくれて。助かったよ」


「俺は数字をいい加減に扱う奴は許せんだけだ。それよりお前ら、トージを倒す計画があったって、聞いてないぜ?」


「……」

 ヒースは口を一文字に結んで黙り込んだ。

「まぁ、そりゃぁ初対面じゃ言わねぇか」

 アラミスはすっとぼけた顔をして、改めてヒースを見た。


「しっかし、ヒースって言ったな。まぁ、あの時は護衛隊なんぞに入隊するって意気込んでるお前にむかっ腹立って、ああ言ったが……雰囲気変わってきてんじゃねぇか」

 アラミスは椅子から立ち上がり、くるっと背を向けて続けた。


「じゃぁ、もう用は済んだ。おれは帰るぜ」

 その言葉でミツヤは慌てて止める。

 一時的だろうとは思いつつも少し期待していたのだ。


「ちょっと待ってくれ、もう仲間じゃないのか?」

「今日一日だけのつもりだったが?」

 アラミスは振り返って答えた。


 すると、ルエンドがアラミスの正面に回り込み、花が咲いたような笑顔でニッコリ微笑む。

「ねぇ、このチーム嫌い?」

 その時、皆の知らないところでアラミスの胸は撃ち抜かれたようだ。


(は、反則だろぉ、なんて笑顔を見せるんだ――――っ!)



 暫くアラミスは考えていた。

 ヒース達にもまた伝えてはいないが、トージがなぜ父親を執拗しつように狙い殺害したのか調べる為、時には護衛隊の本拠地にも潜入したこともあった。

 今まで全て一人でやって来た。だが今、どうやら彼らと目的は同じであると知ったのだ。


「……。いや、まぁ、あれだよ」


 アラミスはヒース達チームの強さは今日のイベントでよく分かっていた。

「これからもお前には絶対負けないぜ」

 アラミスはヒースを見て言った。


「……どういう意味だ?」

「つまりだ。ルエンドちゃんとジェシカちゃんがいるこの『青い疾風ブルーゲイル』に正式に仲間になるって言ってんだ。一度で理解しろアホ剣士」

「なんだと!?」

 ジェシカが両腕を開いて二人の間に入る。

「出た、また二人の言い合い――ぃ!」

 しかし彼女の目は嬉しそうだった。揉める仲間に割って入ることが、家族も増えた錯覚を覚えて少し楽しくなってきていたのだ。本人は気付いていないのだが。


 アラミスはヒースを見て更に一言追加する。


「ただし! ひとつ条件がある」


 と、条件を提示してきたアラミスに、ヒースは目を細めてチラ見する。

「なんだよ。俺は別に無理に入ってもらわなくても……」

「ややこしくなるからあんたは黙ってて」

 ジェシカがヒースの腹に一発グーパンを入れると、その躊躇ちゅうちょない一撃にミツヤが吹き出しかけた。


「俺は一人で護衛隊をずっと探ってきたんだ。数年前にオヤジを殺して銃工房も潰したトージを許せなくてね。オヤジは何か知っちゃいけねぇものを見たか聞いたんだろう。去年、妙な研究施設を発見したんだが、自警団の仕事の合間でいい、その秘密を探らせてもらうのが条件だ」


「なんだそれ? 研究施設だと?」


 ヒースは初めて聞く言葉に興味と不安が入り混じった気持ちを飲み込み、まずは入隊試験のことを尋ねてみた。


「そういやお前、なんで護衛隊の入隊試験会場にいたんだ? 受験者に手当たり次第発砲してたが」

「あの日は試験日で主だった護衛隊隊員も皆、会場の方へ移動してたからな。手薄になってる研究施設に一人で潜入していたところだったんだ。受験者登録した後で迷ったふりして調べるつもりだったが、護衛隊に見つかって試験会場まで連れてこられちまった。試験に成り行きで参加したのは悪かった」

 口を前へ尖らせて、悔しそうに答えたアラミスに、ヒースは更に突っ込んで聞く。


「黒とはいえ、そんなスーツ着てたからバレたんじゃねぇのか? よくまぁ動きにくそうな格好で狙撃出来んな」

 それには皆も今回のアラミスに対して同じ思いを抱いていたので、口を閉じたまま返事を待っている。

「これは俺のオヤジの店で手伝いやってた時の接客スタイルだ。別に動きづらいと思ったことはない」

「へぇー、そうかい。けど……試験会場でのアレは成り行き参加のレベルじゃないな、試験じゃなかったら参加者全員死んでた」

 ヒースがあの日を思い出し、ゾッとする。

 それに対し、アラミスはベッドに横たわるヒースを見下ろして念押しした。


「言った筈だ、相手は一般学生だぞ? あの場では一滴の血も流してない」


「なにそれ? そんな凄いの?」

 ジェシカが目を丸くしたが、ルエンドはそれなら尚のこと手放すべきではないと確信した。


「みんな。アラミス加入にそんな条件の一つや二つ、構わないでしょ? ヒース、ちょっとだけ起きられるかな」

 すかさずルエンドが全員の飲み物をグラスに入れて持ってきた。


「そうと決まれば、乾杯よー!」


「ルエンドちゃん、気が利くじゃないか。ワインなんてあったのか?」

「あたしとアラミスだけ! ヒース、ミッチーそれとジェシカ、あんた達はジュースよ!」

「ええ? ルエンド何歳?」

 と、うっかり確認したヒースに、ジェシカが包帯の上から黙って二度目のグーパンをお見舞いする。


「ヒース君、セクハラよ」

 そう言ったルエンドは笑って皆と乾杯のグラスを鳴らした。


 これで「青い疾風ブルーゲイル」は正式に五人となったのだった。


 しかし彼らには今後、更なる苦難が待ち受けていた――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る