8 スーパー・インテリジェント・ブレイン

 第四隊の隊員達が騒ぎ始めた。

 それもそのはず、アラミスは九百メートル先の遠方から「棘」の両目に立て続けに打ち込んだのだ。

 

 この国は17世紀フランスの諸事情に似ており、マスケット銃の射程距離はわずか約二百メートル以下だ。

 しかも弾道計算など素早くできる者はおらず、射程距離50メートルを越えれば大抵は神頼みとなる。

 そこを彼は風速、風向き、距離、弾頭重量、重力などのデータを必要とする、例えば本来ノートに数ページかかる弾道計算を一瞬でやってのけるのだ。

 

(弾だけコッソリ持ち込んだがここで試して良く判った。やはり対異形獣まもの戦には銀の弾丸が効力を発揮するな。しかし資金がなぁ)

 アラミスの本来の目的はである銀の弾丸の有効性は確認できた。

 そうなると次の目標は銀の入手だ。

 

「それにははやり、優勝しかない……!」

 銃を構え、次異形獣まものに照準を合わせるアラミスの目が光る。

 

 一方、ジェシカはクロスボウで異形獣まものの腹部を狙って極太の矢を次々と放ち、致命傷を与えていた。

「矢の補充しなきゃ。こいつ、一発では倒れない!」

 

「あんなごつい矢を射られる弓があるのか? ていうか、あの細っこい兎の面の女の子がやってんのか!? めちゃくちゃだぜ、あんな凄腕モンスターどっから連れてきたんだ」

 度肝を抜かれていたのは「ブルタニーの虎」のリーダーである。

 まだ唯一戦意を失っていない勇気あるチームだ。

 この異形獣まもの相手に、まだ二体しか倒していないと焦り始めていた。

 

 しかしその時、ジェシカの背後に迫るもう一体の「棘」の牙に、彼女は気付いていなかった。

 大きく開けた口に再びアラミスの弾丸が撃ち込まれる!

「ジェシカちゃん! 大丈夫ー!?」

 アラミスはすっかり鼻の下が伸びきっていた。

 

 今度の弾は比較的距離が近かった為、口の中から後頭部へと貫通し、緑色の血が噴き出す。奇声と共に「棘」はその巨体を地面に投げ出した。

「あ、うんー、ありがとうー!」

(こわ! たった一発で倒したっていうの? あのスナイパー!?)

 

 一方、会場内で救出の方に精を出していたヒースがミツヤを見つけて再度合流していた。

「……見たかよあの変態野郎、一発だぜ? ちっきしょう。けど、くそハイスペックで腹立つからあいつには絶対負けねぇ!」

 ヒースはアラミスに対してライバル視全開だ。

「敵に回さなくてよかったな」

 そう言うとミツヤは、ヒースと背中合わせで迎え撃つ。

 

「やっと残り二体までになったな。どうなってんだよ、このフィールドの異形獣まものは。さっさと倒してテントへ行かないと好機を失うぜ」

 ヒースはようやく手にしたチャンスを逃すまいと、焦りを見せ始めていた。

 

 辺りを見渡していたミツヤは、次の矢をクロスボウにセットしているジェシカに向かって「棘」が走っていくのが見えた。

 まだ慣れないクロスボウで矢を番える時はどうしてもタイムロスが出る。

 ミツヤから「棘」まで距離にして50メートルほどか。

 

「ジェシー! 離れろ!」

 黄色く光ったミツヤが一瞬で「棘」まで走り、高くジャンプする――。

 地上から「棘」の頭部まで10メートル。そこを正面まで飛び、体をひねって顔面に電撃の回し蹴りをお見舞いした。

 

「僕の仲間に手を出すなっつってんだろ!」

 

 ミツヤが地面に降り立つと同時に「棘」は一発で地面に伏せ、動かなくなった。

「ミッチー……!」

(うるさい、あたしの心臓! か、雷のせいでしょ?)

「気にすんな。こういう時の仲間だろ?」

 ミツヤは顔を赤らめているジェシカの背中を軽くポンと叩いた。


 ジェシカの手前、顔は笑っていたがミツヤも内心焦り始めていた。

 もうフィールドの異形獣まものはほとんどいない。

 テントに侵入するための混乱は収まり始めていたのだ。

 

 動物の面をつけたにわか仕立てのチーム「青い疾風ブルーゲイル」は護衛隊や他のどのチームよりも成果を挙げていた。

 しかし全員我が身を守ることで必死だった為、各チームの異形獣まものを仕留めた数など誰も気に留める余裕がなかった。

 会場中でたった二人を除いて――。

 

 夕刻には護衛隊の第四隊隊長により、このフィールド内の異形獣まものがすべて討伐されたと判断された訳だが、その結果がテントでふんぞり返っているトージへ報告された時になって初めてそれは明確に判明した。

 

「棘の異形獣まものだけでも八体だと? この……『青い疾風ブルーゲイル』というチームは一体どこのチームで、何人体制だ? 聞いたことないが」

「えー、すぐに確認致します……」

 記録用紙を見ながら記録係の隊員は驚いた。


「え、あの……男性三人、女性二人のたった五人のチームです!」

 

 ヒースは身元を隠すため偽名を使い、イントルーダーということも当然伏せていた。

 ミツヤは武器が使えない為、敢え無くイントルーダーの登録となったが体を包む光の色とドナムの種別は不明と報告していた。

 

「なにかの間違いではないのかね? たった五人でこの成績だと? 因みに君達の成績は何体だね?」

「申し訳ございません。隊長含め10人で中型と「棘」を合わせ八体……です。残念ながら一名犠牲者も出ました」

「今、何と?」


 第八隊まである護衛隊の部隊のうち、二番目の強さを誇っている部隊だ。

 トージは自分達の結成した第四隊よりも功績をあげたチームがある事が信じられないといった顔をしていた。


 それが「面白くない」という感情に変化するのに然程さほど時間はかからなかった。

 トージは第四隊のサバラン隊長に、事実とは違う結果をメモで伝えたのだ。

 

「君、討伐合同作戦の終了の合図を頼む。その後、この場の参加者全員に成績の発表と賞金の授与を!」

「は!」

 

「ラッパが! もう終了なのか?」

 悔しそうなヒースの声がミツヤを更に追い詰める。

「くそっ! タイミングを逃したぞヒース、プランBに移行だ」

 

 ミツヤの立てたプランBは、テント周辺に他チームが取り巻いておらず、なおかつテント内の隊員が半分以下であれば機を逃さない為に即突入。ミツヤが隊員を引き付けている間にヒースがトージを追い詰める、という計画だった。


 焦燥しょうそうが先行し慌ててそう言ったミツヤだったが、30メートル程先のテントを確認すると中はトージの位置も見えない程、ほぼ全護衛隊員が集結していた。

 

「やっぱりダメだヒース。残念だが……」

 言いかけた時だ。


「テントに何人いようと関係ない!」


 ミツヤはテントに走りかねない勢いのヒースの肩に手をかけ止めた。

「待てよヒース。僕も悔しいけど、やっぱりもう遅い! 見ろ、もう護衛隊全員フィールドから戻ってきてるぞ。今から乗り込んでいっても袋のネズミになりかねない」

「けどよ!」

「悔しいが、賞金だけでももらって帰るしか……」

 そうミツヤが言いかけた時だ。


 アナウンスでサバラン隊長から成績最優秀チームの発表があり、「ブルタニーの虎」と告げられた――。

 

「なんだと? オカシイだろ」

 ヒースは倒した数を数える暇もないほど精力的に倒していたのだ。

 どう考えても自分達が優勝だと思っていた。アナウンスの聞こえたテントの方へ振り返り、吐き捨てるようにそう言った。

 当然、ミツヤも違和感を感じていた。


「妙だな。けど賞金より今回は何としてもトージを倒したかった……」

「ああ、全くだ! こうなりゃ無理にでも解散の前にプランB決行しようぜ……!」

 

 ヒースやミツヤだけでなく、ジェシカもルエンドもテントの方に視線を送り、討伐数について何かの間違いではないかと固まっていた。

 唯一本当の結果を知っている記録係の隊員が、記録用紙とトージの顔を交互に見て訂正をためらっている。

 視界に入ったトージは彼に近付くと静かに、そして脅しの利いた深い声でささやいた。

 

「我々護衛隊が他のチームに負けるとあっては、今後の士気に関わるだろう? 噓も方便ほうべんというではないかね」

 記録係の隊員の全身を寒気と底知れぬ恐怖が襲う。


「よって今年は勇猛果敢に戦い、我々の八体という成績に次いで、「棘」を含む七体の異形獣まものを倒した『ブルタニーの虎』に賞金を授与する! 今回は想定外の特殊な異形獣まものが出現したにもかかわらず皆よく戦った。また来年の参加を期待している!」

 

「ちょっと待った! お偉いさん方!」

 

 待ったをかけたのは、なんとアラミスだ。

 会場の全員が何事かと騒然となった。

 すぐさまヒースはミツヤの腕に肘でつついて合図し、アラミスのいる方へ視線を促した。

 

「ミッチー、あのスケベ野郎何か言い出したぜ?」

「ああ……なんでこうも僕らのチームには掟破おきてやぶりな奴ばっか集まるんだ」

 ヒースは少し怪訝けげんな様子を見せた程度だったが、ミツヤは肩を落として大きく溜息をついた。


「ええ――ッ!? あいつ何言ってんの!? ああ、終わった……」

 ジェシカは片手を口に当ててガックリと肩を落とし、顔からは生気がせてしまった。

「へぇー! ただのスケベじゃないかも」

 ルエンドは意外にも嬉しそうな表情だ。

 

「なんだね、君。結果に何か不服でもあるのかね?」

 第四隊のサバラン隊長が腰に手を当てて前へ出る。

 

「カウント間違えてんじゃないっすか?」

 アラミスは「休め」の姿勢で平然と言ってのける。

「なんだと?」

 ザワザワと全員騒ぎ始めた。

 

「おれは正確な数を覚えてるんですがね。まず『ブルタニーの虎』は全部で七体なのは間違いないが、『パーシバルの槍』がタイプ2のみ六体、『セイント・ルージュ』がタイプ1と2、合わせて四体、『チキン・ハート』が「棘」一体、それから……」

 アラミスが何も見ないでスラスラと出場チームの結果を言い始めたので、隊員達は彼が勝手に出まかせを言っていると疑っていた。


 そんな中、記録係の隊員が何かに気付いたようで、慌てて記録帳を必死でめくりアラミスの言う内容を指で追いながら確認していたが、そのあまりの正確さに驚くと大声ではっきり叫んでしまった。

 

「サバラン隊長、恐るべき記憶力です! 全チーム毎の細かい成績が全て完全に一致しております!」

 辺りは騒然とし始めている。

 トージにとっては非常に面白くない事態となってきた。

 

(ちっ。数字の几帳面さにかけてはブルタニー国一だと聞いていたが、今となってはあだとなったか。ったく馬鹿正直な……!)

 護衛隊が数を誤魔化すなどとあってはならないのだ。

 

 更にアラミスは自分達のチームの討伐数を提示し、彼らの動揺に追い打ちをかける。

「我々のチームはタイプ1が六体、タイプ2が三体、「棘」は八体で計17体だ。護衛隊の皆さんより多いんですが、間違えてもらっては困る」


「どういうことですか、総隊長」

 サバランが僅かな懐疑心をちらつかせてトージの顔を見た。

 それを聞いていた他のチーム内にもざわつきが伝わっていく。

 

「一体どういうことだ? まさかの護衛隊のカウントミス?」

「さすがにそれはないだろ」

「けど確かに笑う犬の面のチームが一番倒してた気はするぜ。てか二桁って」

「まさかの八百長か……?」

「バカ! しーっ、聞こえるぜ」

 

 トージは第四隊のサバランにアラミスをテントに連れてくるよう命じた。

「お前ちょっとこっちに来い、我々護衛隊に言い掛かり付けるってことは、それなりに覚悟を決めてるってわけだな?」

 その時だった。

 

「すまんミッチー! 無理矢理プランBで頼む!」

 オレンジ色の光をまとったヒースがテントの中まで走る……!

「ヒース!」

 ミツヤの叫びはもうヒースの耳には届いていない。

 ヒースは、アラミスの首に突き付けたサバラン隊長の剣を弾き飛ばした。

 とうとう「青い疾風ブルーゲイル」は公然と護衛隊に敵意を示した形となったのだ。

 

「スケベ野郎、お前のその度胸だけは認めるよ。ここは任せろ!」

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