7 異形獣(まもの)討伐合同作戦!

 現地は闘技場があるオルレオンから10キロも離れた場所だったため、到着は正午になった。


 森を抜けると、そこはとても心地良い風の吹く広大な草原が広がっていた。

 異形獣まものが現れなければ最高のピクニック広場だ。

 この辺りは定期的にタイプ1の異形獣まものが出没する。

 そこを利用して護衛隊の新人の訓練などに利用されていた。

 その為、護衛隊にとっては行き慣れた場所でしかも騎馬で楽なのだが、参加者達は徒歩で現地へ行かねばならない。


 到着するだけで一般参加者は体力を奪われているところに、広い草原の端には既に異形獣まものらしき姿がいくつも見え始めていた。

 二、三メートル級の小型タイプ1のようだが馬よりも早いスピードでこちらにやって来る。

 ネコ科の猛獣――ヒョウのような形態で口は大きく牙が長い。

 第四隊の隊長目掛け、更にスピードを上げて突進して来た!


 第四隊隊長のサバランは騎馬のまま飛び出し、背から重量のある両手剣を抜いて片手持ちのまま下から上に向かって振り上る……!

 馬がいななく!

 獣系タイプ1は腹部から真っ二つになり緑色の血を吹き出し息絶えた。


「す、すごい……一撃で」

 参加者たちから溜息混じりの賞賛の声が聞こえてきた。

「あれでイントルじゃないからなぁ、参るぜ」

「さすがはランクAの隊長だなぁ」


 基本的に異形獣まものの皮膚は20センチ程の厚みで岩のように硬く、手練てだれの剣士でも容易たやすくは刃が入らない。

 それゆえに必ず複数人でかかるのだが、それを一度でしかも片手で両断したのだ、参加者たちの見る目が羨望せんぼうの眼差しに変わった。

 サバラン隊長は無言で剣にまとわりついた異形獣まものの血を振り落とすと、全員に伝わるよう声を張って開始を告げた。


「いいか、もう始まっている。皆の者、気を抜くな! 今から、ラッパの合図がある夕刻まで存分に仕留めてくれ!」


 そこに、二体の異形獣まものが襲ってきた。

 散らばった参加チームのひとつ、「パーシバルの槍」に待ったなしで一体が鋭い牙をいて向かって来る!


「私に任せなさい! この一番槍の餌食にしましょう」

「パーシバルの槍」のリーダーは時速60キロを超えるであろう猛スピードで走ってくる異形獣まもの頭部を、正確無比のタイミングを見計らい一突きにした。ヒョウに似たその個体は、なんと一撃で地面に倒れて動かなくなった。


 もう一体は「セイント・ルージュ」という七人の女性チームに襲い掛かってきた。

「さぁ皆! 私たちの華麗な舞を見せる時です!」

 モノトーンのデザインが特徴のコスチュームに身を包んだ七人が一斉に走る!

 細い腕でロングソードを構え、高くジャンプした一人、左右に展開した四人、正面で低く構える二人に別れた。

 全員がロングソードで舞うように切り掛かる。

 奇声を上げて異形獣まものは血を吹き出し倒れた。


「ミッチー、見たかよ! あいつらみんなすげぇぞ?」

 ヒースは他の参加チームに釘付けになった。

「ああ。だが僕たちは目的が違う。覚悟は決まったか? もう後戻り出来ないぞ」

 ミツヤは浮足立つヒースに軽く注意を促す。

「あったり前だろ」

「こっちは任せて」

 ルエンドもすでに剣を抜いている、俄然がぜんやる気だ。

 そんな三人に対し、アラミスは「セイント・ルージュ」にすっかり心を奪われていた。

「なんて素晴らしいチームだ、彼女たちはオレが守るぜ!」


 そこへジェシカの得意な後頭部への平手が飛ぶ。

「あんた一体どこのチームのメンバーよ!」

 アラミスは前へつんのめるが鼻の下が伸びきって、嬉しそうにしか見えない。

「ジェシカちゃんテキビシー! でもたまらんー!」

 ジェシカだけでなくメンバー全員が引いた。

(ヤバい、変態を仲間にしたか?)


 ヒース達はこの時、まだメンバーとして新参のアラミスに対し、トージを倒すことがヒースとミツヤの最優先事項であることを伏せていた。

 


「ほおー、今年は骨のあるチームがいるな」

 トージだ。

 護衛隊総隊長トージは常設されているテントの中でふんぞり返って見ていた。

 テントはかなり広く、トージ専用の椅子が配置してある一角を覗いても、第四隊の隊員19人が全員余裕を持って椅子に掛けて休む場所もあったほどだ。

 そこに、今日のイベントでトージの代わりに指示を出している第四隊の隊長サバランもいた。

 

「この森は手強い異形獣まものが出ない。我々は騎馬隊の為ハンデとして人数を五人だけに絞った、各チーム早い者勝ちだ!」


 毎年、護衛隊はハンデとして少人数での参加と決めていた。

 しかし今回はそれがあだとなってしまうことをこの時は皆、知るよしもなかった。

 サバラン隊長の指示を聞いていた「ブルタニーの虎」のリーダーはもう優勝を決めた気でいる。


「聞いたか、もう勝ったも同然だ! てめぇら気を抜かず、手早く固まって動け!」

「ヒース! どこ行った? ジェシー!? ルエンドー!?」

(あ、ルエンドさんはここで大声で呼んじゃダメだった。ったくみんな、あれ程固まって行動しようって言ったのに)

 ミツヤはある程度、自分達メンバーの個々が強いことも認めている為、大丈夫だろうと思いつつも一応仲間を心配して探していた。

 ヒース達「青い疾風ブルーゲイル」はミツヤの声かけに誰も耳を貸さず、勝手バラバラに行動していたのだ。


 その時だ。生温い風が、ミツヤの首の周りにまとわりつく……。

(嫌な予感がするな……)

 それは突如現れた。誰も想定していない事態だった……!


「うぁーっ!! だ、誰か助けてくれーっ!」

 叫んだのは護衛隊の隊員だった。

 彼は異形獣まものの棘で串刺しになっていた。


 隊員達全員が異変を察知し叫び声の方に注目する。

 そこにいたのはどこから現れたか二足歩行の全長10メートルを超す大型獣系、タイプ5の異形獣まものだった。

 気付いた隊員達が震える声を上げる。


「な、なんだ、このデカさとあの棘は……! 」

 焦げ茶色の巨体に、腹部と足の裏以外全身が、密集する長い棘で覆われていた。


 その棘だらけの足を振り上げようとした時の勢いで、近くにいた彼は異形獣まものの脚から生えた棘に全身を貫かれたようだ。

 辺りの草原が一瞬にして血に染まる――。


 今までの異形獣まものと共通する点といえば、驚くほど大きな口と牙という特徴だけで、他は何かの生き物にも例えようのない形態をしている。

 頭部には二本、イッカクのようなツイスト状の長いツノが生えており、目は赤くギラついていた。横に大きく裂けた口を開けると、長い牙の他にずらっと並んだサメのような歯が見える。

 だが一番厄介なのは、全身が30センチもの長さがある強靭な棘に覆われていることだ。

 しかも大きさの割に動きが俊敏だった。


 叫び声を上げた隊員は棘の異形獣まものに掴まれると、参加者の見ている目の前で腹から喰われ始めた。

 異形獣まものの足元も血で真っ赤に染まっていく――。

 

「な、何だよ。こんな奴がいるって聞いてないぜ……」

「ブルタニーの虎」のメンバーがおびえた様子で遠巻きに見ている。

「ソーヤ!」

 それでも犠牲になっている隊員を黙って見ている訳にはいかない。

 第四隊のメンバーが駆け付け、目を開けたまま既に動かなくなっている仲間を救おうと向かって行った。

 護衛隊のテントの中も騒然となっている。

 

「どうした、何が起きている?」

 欠伸あくびをしていたトージもようやく騒ぎが気になり始めたようだ。

「なるほど、タイプ5の獣系か。このフィールドで見るのは初めてだな……少しばかり想定外の事が起きたに過ぎない。慌てるな増員だ、君達も行ってくれ」

 トージは首の後ろをきながら無表情で指示を出し、テントで控えていた第四隊のメンバーを更に五人行かせた。


 しかし第四隊の増員が駆け付けた時には、棘のタイプ5は更に増え、三体になっていた。


「臆するな! 今こそわしら『ブルタニーの虎』の出番だろう!」

 この自警団のリーダーと思われる大男は果敢にごつい両手剣を握りしめて立ち向かって行ったが、棘の前に手も足も出ない。

 仲間も数名が棘に引っ掛かれ致命傷となってしまった。

 

 そこに第四隊の増員メンバーも現れ、何とか助かったと安堵したところにまた別の「棘」が襲い掛かってくる……!

「いったい何体いるんだ、この棘のバケモノは……!」

 辺りは棘のタイプ5が何体も現れ始めパニックとなっていった。

 序盤で出現していたタイプ1すら何体か「棘」に喰われているのだ。この惨劇でリタイアするチームも出始めていた。

 

 護衛隊は異形獣まものを討伐するというより、出場者を保護することで手一杯になっている。その為、第四隊も稼働可能な人数が徐々に減っていったのだった。



「ミッチー!」

「ヒース、やっと見つけた。よかった無事で。けど今この混乱はチャンスじゃないか?」

 ミツヤは「棘」を目撃してから、ずっと仲間を心配して探していたのだ。

「ああ。だがあれはやばいぜ。あそこのチームに隠れるよう誘導してくれないか、俺はあっちの……」

 ヒースが指差す先を見ると、「パーシバルの槍」が全員、恐怖で固まって動けなくなっている。

 

 その中で仲間の一人、イントルーダーらしき若者が地面に手の平を付けているのが見えた。

 地面の形状を自在に操れるドナムであろうか、手の周辺数十センチの厚みの地面がせり上がり、数メートルの高い壁となっていく。

 自分の仲間を棘のタイプ5から防ごうとしていたが、その個体の棘が、せり上がった数十センチも厚みのある壁を貫通して崩してしまっていた。

 イントルーダーのドナムをもってしても破られたのだ。

 彼らの表情に表れた焦燥と落胆の色が、ヒースとミツヤにもはっきり読み取れた。


「ヒース、そうくると思ったよ。だが忘れたか、僕たちの本来の……」


 ミツヤが言いかけた時、ヒースの脳裏には先日の「金の獅子ゴールドライオン」団長アランの去り際の言葉がよみがえっていた――。




『君がこの自警団のリーダーだと聞いたので、一つ忠告だ』

 アランは去り際、町の出口から少し離れた場所へヒースを誘導すると真剣な面持ちで正面を向いた。

『なんだよ改まって』

『まだ君達は若く、将来もある。ここで潰れないでほしい』

『何言ってんだ、まだ見くびってんのか?』

 すると、アランはヒースに少しばかり眉を吊り上げて低い声で答えた。


『そうではないのだ。自警団を名乗るからには、最優先は敵討ちではない。人命救助であるべきだろう?』


 ヒースの胸に疾風が吹き抜けていく――。


 アランはヒースに、自分達の周りの命は勿論、自分の仲間も守ってこその自警団だと、そしてそれができないとチームも足元から崩れていくことを改めて説明していたのだ。



 ――会場の混乱に乗じてトージのテントに突っ込む計画のミツヤは、タイミングを逃すまいと焦り、ヒースをかす。

 しかしヒースはミツヤにをかけた。


「判ってるさ。だが仮にも俺達は自警団だ。だからさっさと片付けて、皆を救出してからテントに走る! 勿論せっかくチャンスを掴んだんだ、皆を助けてヤツも倒す! 両方だ!!」


「ヒース……お前ってやつは」

(ったくしょうがねぇなぁ。僕らはヒーローなんかじゃないってのに)

「けど確かに僕達は自警団だ。それに、それがお前なんだよな」


 ポツリと呟くとミツヤは気持ちを切り替え、まずは救出に専念すると決めた。

 また、ヒースの性分しょうぶんも次第に理解し始めていたのだ。

 

 やっとミツヤと合流できたヒースは、ミツヤが無事だと確認できると剣を握る手にも力がみなぎる。

 棘に刺されて血を流して倒れている第四隊の隊員を見つけるとすぐに駆け寄った。

 すきでやってきた日々を思えば楽勝だった。

 

 ヒースは「棘」の数メートル前で高く飛び、腹部の棘の密集度の薄い個所にブロードソードを叩き込む。

「ここなら入るだろ!」

 地響きするような「棘」の悲鳴があがる。

 その隙に「棘」の腹を蹴る反発力で剣を抜き、緑の血飛沫を浴びつつ地面に降り立つや否や、すぐに隊員の元へ駆けつけた。

 

「今だ、立てるか? テントまで行こう、こっちだ」

 肩を貸して担いだ隊員の顔をちらりと見ると、どこかで見覚えがあった。

「あれ? あんた、試験に合格したんだな?」

 ヒースがチラリとお面を外す。

 その「棘」の犠牲者は入隊試験の最終試験の会場にいた、ヒースを散々だましたランドのクラスメートだったようだ。


「あんたまさか、あの時のすきのヤツか?」

「髪染めたから分かんないだろ? お宅の隊長さんにはナイショで頼むぜ」

 その隊員は驚いた様子だったが、俯いてポツリと言った。


「あの時は、本当にすまない……!」

「もういいさ」


 かつての試験会場でのライバルは、ここではっきりと実力の差を思い知った。それでも自分は護衛隊であることを恥じないよう、砕かれたプライドの欠片にしがみつくのが精一杯だった。

 


「総隊長! 『パーシバルの槍』リタイヤです!」

「総隊長! 『セイント・ルージュ』リタイヤ!」

 テントのトージの元には次々と隊員たち報告に来ては自警団チームが戦線離脱であることを告げられ、机上では記録係が参加チームの状況を記録していた。

 そんな中――。

 

「な、なぁ、あの笑う犬のお面被ってるやつ誰だ? なんて足が速いんだ。誰か知ってるか?」

 フィールドに出ている第四隊の隊員達がヒースの足の速さと剣裁きに気付き始めていた。

 ヒースは異形獣まものがフィールドに現れてからというもの、休むことなく全速力で走っていたのだ。

 

 走りながら「棘」から逃げるチームの最後尾とその個体との間に回り込む。

 ブーツのかかとで地面を削りながら急停止し、正面からブロードソードを構える。

 間髪入れず、「棘」の脚の指の付け根近くに勢いよく剣を突き刺す。

 「棘」は足をバタつかせ大暴れして転倒、背中を地面につけた瞬間を狙って50センチ以上もの径がある足首を物ともせず切断した。

 「棘」はもう立ち上がれない。


「足首は棘が無いからな、要領いい。しかし凄まじい度胸と剣捌きだなぁ。どこのチームだっけ……? てか、仲間で固まってないのか?」

「ええ? 一人で動いてんのか?」

 自分達からはもう手が出せず、ただ様子を見ていた自警団達はお互い顔を見合わせ、噂をしていた。

 

 その頃ルエンドはタイプ1の爬虫類系、六体に取り囲まれていた。

 動きが速く、自分との距離にして既に二メートルを切っているが、その割に彼女は全く怯えていない。

 

「あんた達、そんなにあたしのことが好き? でも」


 腰を低く落とし、右足を遠くに置くとブロードソードを逆手に握った。

 

「タイプじゃないからお断りよっ!」

 曲げた左足を軸に回転しながら切り裂く!

 六体全てのタイプ1が一瞬で宙に舞った……。


 その足ですぐ目の前の、しゃがみ込んでいる護衛隊の隊員の前に駆け付ける。

 彼は脇腹を負傷し、痛みと恐怖で動けなくなっていた。そこへ背後から「棘」が襲い掛かろうとしている。

 

「しっかりしなさい! 早く立って、テントまで避難しましょう!」

「え? 猫のお面?」

 ルエンドは猫のお面で少し緊張が解けた彼を自分の後ろに庇いながら、前からやって来た「棘」を相手に剣を向ける。

 片手剣を両手持ちにし、なるべく一撃一撃が深く届くよう力を込めて斬りつけた。

 しかし背後に隙が出来たところへ、もう一体が突進して来るが彼女は気付いていない……。

 

 それをアラミスは見逃さなかった。

 

「射出速度、秒速232メートル、重力加速度9.1メートル・パー・セカンド2乗、東風、風速3メートル、目標距離900メートル、高さ9.6メートル……発射角度5」

 アラミスは目標距離、風向き、風速などを考慮し、一瞬で弾道計算をしたのだ。

 

「くたばれトゲ野郎――ッ!」

 

 と、どこからともなく銃声が晴れ渡る空に二度とどろく!


 顔面に二発連続で銃弾を食らった「棘」は顔を手で覆い暴れ出したがすぐに動かなくなり、地響きを鳴らしながら地面に巨体を放り投げるように倒れた。

 銃声に驚いた参加や護衛隊の隊員達が一斉に音の方向に視線を送る。


「今銃声が聞こえたぞ!? あの音はマスケット銃じゃないか?」

「けど連続発射してなかったか?」

「そんなこと出来るわけないだろ! いや、その前にいったいどこから撃ってきてんだ!?」


「ジェシカちゃんとルエンドちゃんに手を出す奴は地獄へ送ってやる!」

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