6 アラミス

 そして、その当日――――。


 早朝、集まった国内外の賞金目当ての一般参加チームは各自武器を装備し、宮殿後方の円形闘技場に集まった。

 アナウンスが流がれ始める――。

 今から向かう森は常時異形獣まもの巣窟そうくつとなっている。

 討伐作戦開始前に、個人参加の場合は今この場で数人のグループを結成して届ける旨の指示だった。


 ヒースは赤い柄の刀で身元がバレるのを回避する為、今回は刀を封印しレンタルブロードソードを背に装備した。

 

「ジェシー、ルエンド聞いてくれ。昨日も話をしたが俺とミッチーはトージをやる」

 ヒースはオレンジの髪を茶色に染め、芝犬のお面――舌を出して笑っている顔のお面――を付けている。

 すぐにジェシカが吹き出すのをこらえているのが伝わってきた。


「何か?」

 ヒースがちらりと横目で見た。


「だ、だってその犬のお面で『俺とミッチーはトージをやる』なーんて言うんだもん。フザケたお面で真面目なカンジが。ご、ごめんなさい!」


「緊張抜けてていいけど抜けすぎだよジェシー。確かにヒースはいちいち面白いけど。僕たちはこの機会をずっと待ってた。これから向かう森での対異形獣まもの戦よりそっちに気が向いているから……」

 ミツヤがライオンのお面を額まで上げて忠告した。


「分かってるわよ、あたしを誰だと思ってんの。この時速、四百キロで繰り出すクロスボウがあるんだから異形獣まものなんか一人で何体も倒してやるわよ!」

 と、ウサギのお面をずらし、ジェシカは自信たっぷりな目をして答えた。


「あたしの方も任せて。身元バレるといけないからダイナマイトは封印するけど、剣だって毎年恒例の護衛隊の剣試合でランクB目前よ。隊長以外の試合だけど。二人とも、あのを倒せる事を祈ってる!」

 やる気満々のルエンドは猫のお面だ。

 そこでヒースとミツヤがお互い顔を突き合わせた。

(あいつゲジゲジ眉なんだ……)


 ヒース達は全員各自動物のお面を被って、メンバーを決定する制限時間ギリギリまで、会場からトージを探して歩いたが見つからない。


「どうする、ミッチー。やはりヤツはまだ出てきてないのか……」

「現地に行ってからが勝負かな」

「まぁ現地行ってみて、いないって可能性もあるってアランが言ってたしな」

「うん。それとヒース、やっぱ個人で参加してるやつもいなさそうだな」

 周囲はもともとの知り合いで集まった七、八人以上もいるグループで既にまとまっており、個人参加や新たにメンバーを募っている連中はなかなかいない。

 と、焦る気持ちを抑えもせずヒースとミツヤがキョロキョロと探していたその時だ。

 ついに一人でウロウロしている青年がヒースの目に留まった。


「一人のヤツいた!」


 意外にも早く見つけられたのは、その青年の武器が個人で所有するには珍しいマスケット銃であることと、こんな場所で黒いスーツを着ていたからだ。

 肩まであるブロンドの髪をかき上げて、こちらもまたキョロキョロしている。

 個人参加でどこかに参入を考えているのか、はたまた仲間を探しているのだろうか。


「なぁ、そこのあんた、一人参加か? 珍しいね、マスケット銃で?」

 人見知りから縁遠いヒースは、気安く声をかけた。

 ルエンドの瞳の色に似た青い目、二十代前半であろうか。細身で身長は185センチもの長身だ。

「個人参加だ。この銃があれば今日は一人で充分だからな。それに俺は他に目的があるんでね」

 ヒースは彼の言う「他の目的」のことには気にも留めず、すぐにチーム紹介を始めた。


「一人で充分って……すごいな。俺達『青い疾風ブルーゲイル』ってチームで俺はヒース、剣士やってる。けどまだ四人しかメンバーいなくて」

「ブルー……? 聞いたことないな。しかも四人て、そっちもなかなか自殺行為だと判断されかねない人数だな。強いのか?」


「ああ、強いぜ。こっち来てくれ、取り敢えずみんなを紹介するよ」

「ちょっと、おい、まだ仲間に加わるって言ってないぜ?」

 と、慌てる青年を無視してヒースはミツヤ達三人に紹介し始めた。


「僕はミツヤ。戦闘枠でよろしく」

 ミツヤはお面を外して挨拶した後すぐ着用した。

「俺達実は訳あって無許可で自警団やってんだ、それで今日は顔隠してて。俺は剣士枠の」

 そう言ってヒースが犬のお面を額まで上げた、その瞬間。


「お、お前、あん時の……!!」


 マスケット銃を持った青年は急に険しい目つきになり、ヒースをにらんだ。

「え? な、何だよ?」

 ヒースは気付かない。

 この青年は前回ヒースと会った時は彼の方が仮面を着けていたのだ。


「春にここで護衛隊入隊試験があったよな。俺はそん時、そのアホづらを見てるぜ」


 そう言うと、青年はヒースが額まで上げたお面を掴み、ゴムが限界まで伸びる程、目一杯引いて手を離した。

 当然、お面はヒースの顔面にバチンと音を立てて勢いよく戻る。


「痛ぇー!! 何しやがんだッ!」

「アホづらさらしておくと公衆の面前で失礼だろ、ちゃんとお面で隠してやんねぇとな!」

 二人の罵倒ばとうが響き渡り、仲間だけでなく周囲の他チームの視線も集まった。


「……お前まさか、あの二階席から皆を狙撃してた奴か?!」

(思い出した、あのイケ好かないスナイパー野郎だ!)


「冗談じゃねぇ! 護衛隊にだまされるようなアホのチームにだーれが……カネを積まれてもやんねぇぜ!」


「ち、ちょっと、ちょっと待ってくれ。僕もあの時あそこに居たんだけど銃の腕前、凄かったよ!」

 ミツヤが間に入って止めようとした時だ。

 ジェシカとルエンドがめている三人に気付いて走り寄り、声をかけてきた。

 賞金を狙うにあたり、今回ばかりは打倒トージを焦点に定めたヒースとミツヤを当てに出来ないだろう。

 彼女達なりに、少しでも仲間は多い方がいいと感じたのだ。


「あたしジェシカよ、遠距離攻撃枠。ねぇ、あんた強いの?」

 ジェシカがお面を外して近付いた。

 大きな水色の瞳と同じ水色の、背中まで届くふわりと柔らかい髪が陽の光に透けてキラキラきらめく。


「……! まさか君はて、天使なのか!?」

 青年の両目がハート型になってしまった。


「え? 今何か変態っぽいワード聞こえなかったか?」

 ヒースとミツヤはお互い何かの聞き間違えかと、険しい顔をして見合わせた。

 そこへダメ押しのように、ルエンドもお面を外してニッコリ微笑む。


「ごめんなさい挨拶遅れました。あたしはルエンド。良ければ今回だけでもチームに入ってもらえません? あたしからもお願いします」

 長いまつ毛とブルーの瞳、ふっくらとした唇は青年の心を完全に射止めたようだ。 


「……!! ルエンドさん、姫枠ですね!」


 そう言った直後、青年はヒースとミツヤに振り向いて聞いた。

「こ、この麗しくも美しいお嬢様方は、君たちのメンバーなのか!?」

「ど、どうした、一体……?」

 ヒースとミツヤは青年の手の平を返したような豹変ひょうへんぶりに目をパチクリさせる。


 青年はジェシカとルエンドに手をまっすぐ出してそれぞれと握手を交わした後、こう言った。


「俺で良ければ、いや是非ともご一緒させてください! ルエンドさんとジェシカさんのお二人のために! 俺はアラミス。この美貌で尚かつ視力10。おまけに数字に強いスーパー・インテリジェント・ブレイン。狙撃枠でよろしく!」


「スーパーなんだって?」

 ヒースが眉根を寄せる。

「視力10ってどんだけだよ……。何、数字に強いって」


 ミツヤも意味不明だった。アラミスはルエンドの胸から下までをチラっと見て、余計なことを言った。


「小数点以下四捨五入の88、58、72」


 言い終わる瞬間にアラミスの後頭部にジェシカのクロスボウの横振りがスパーンと入り、アラミスの頭にたんコブを作った。 

 ルエンドは若干引きの姿勢でアラミスを心配そうに見ている。


「……す、素晴らしい、チカラ加減で……」

 と、アラミスは後頭部に手を当てた。

「ほぅ……スケベ枠登場だな」

 と、ヒース。

「んだと、コラ!」

 すぐにアラミスはヒースの襟首をつかんだが、ミツヤが止めに入ってくれた。


「あー、ここでめんなよヒース! もうチームの申請をする時間だ」

 すると早速、騒ぎをぎつけた周囲のグループから野次やじが飛んでくる。


「おまえら、その人数でやるのか? しかも戦力になりそうにない女子二人に、仲間割れしてる野郎ども、あとは……!? クッククク、ア――ハハハッ! せいぜい怪我に気をつけるこったな!」

 ヒースのチームがお面を付けているだけでも目立つところに、随分とにぎやかにしているので周りの各グループ達の目を引いてしまったのだ。


「おーい、あんたら若い衆、楽しそうでええの――! 困ったら助けてやっていいんだぞ? わしらは『ブルタニーの虎』、ランクB相当だ。覚えとけ。だが賞金は諦めるんだな!」

 絵にかいたような屈強な男ばかり八人のメンバーだ。


「ウケる――! 早速喧嘩してんじゃん? これだからお祭り気分のおバカさんは困るのよねぇ」

 完全にバカにしていたのは結成三年目の女性だけの手練れの七人チーム「セイント・ルージュ」。

 あまり知られてはいないが、ランクはCの上位レベルだ。


「フフ、所詮しょせん烏合うごうの衆。結成七年の我々がお手本を見せないと」

 一人を除き全員槍を装備した、熟練自警団からの出場で「パーシバルの槍」、ここもランクはB相当。九人の視線が刺さり痛いほどだ。


 好き放題言われはしたが、参加チームの野次にガッツリ食いついてしまったヒース、ミツヤ、アラミスは各自「優勝」を心に誓った。


 ヒースは歯をギリッと鳴らして「パーシバルの槍」を睨みつける。

「……ちっきしょう、烏合の衆だと? 今に見てろ、後で吠え面かかせてやる!」


 アラミスはライバルチームではなく、ヒースへ敵対心を向ける。

「よくそれだけ啖呵たんか切れるな。フィールドに出た瞬間、秒で野垂のたれ死んでくれ。こっちの仕事も早く片付くからな」


「なんだと!? テメェから始末してやろうか!」


 そんな二人のやり取りを目の当たりにして、ジェシカはミツヤに呆れ顔で訴えた。

「またやってる。もう、ミッチー。あの二人止めてよ」


 しかしミツヤは既にが入っていた。

「くそっ、誰が子供だと!? バカにしやがって、あいつら異形獣まものといっしょにぶっ潰してやる!」


 ジェシカは呆れて溜息をはいた後、首をガクっとうな垂れた。

「あぁ……」

 ルエンドは苦笑いするのが精一杯だ。

「あはは……や、やり甲斐ありそうね」


 ヒースを残し、他四名は他チーム同様に後方で各チームの登録を待つ為、待機エリアに移動した。




 各グループのリーダーは自分達グループの登録を済ませ、指示に従ってリーダーが一か所に集合していた。

 乾いた風が参加者達の間をすり抜け、闘技場の土誇りを舞い上げる。

 ヒースは面をつけたままリーダーとして赴いた。


「お集まりの皆さん。異形獣まもの討伐合同作戦にようこそ。私が我がブルタニー国の護衛隊総隊長、トージだ」


 拍手が起こった。

 一分程、皆を鼓舞するスピーチがあったが、ヒースは一人無言でお面の下からトージを睨みつけている。

(出たな、あの野郎! すぐに斬り刻んでやる、待ってろ……!)


 ヒースとミツヤの二人は現地のフィールドで皆が異形獣まものと格闘している中盤以降、合図と共に混乱に乗じて護衛隊の待機する常設テントに潜入し、他の隊員には目もくれず真っ直ぐトージへ向かって走ると決めていた。


「そしてこの男が我が護衛隊を誇る第四隊の隊長、サバランだ」

 第四隊の隊長サバランから各チームリーダーたちに対し、目的地と異形獣まもの討伐の大まかな作戦が告げられた。

「……となっている。毎年だが、この合同討伐において我々第四隊に並ぶ成績のチームはいない為、次席のチームが優勝チームとなる」

 第四隊はそれほど対異形獣まもの戦に自信があり、事実今まで実績を上げていた。


「皆、各々好きな武器を自由に使用して構わない。中にはイントルーダーを率いるチームもあるだろう。今日、この場だけは異形獣まものに対して思う存分にドナムを発揮してくれ。活躍次第では護衛隊への引き抜きも考えている」

 歓声が沸いた。


 ヒースやミツヤだけでなく、何人かイントルーダーも混じっているようだ。

 近年少しずつ増え始めたドナム系イントルーダーの取り締まりが厳しくなる一方、中々自分のドナムを見せる場がない者も多い。

 だがこの大会に出場するにあたり、各チームから腕に覚えのある者が登録を済ませる際に、イントルーダーはそのドナムのカラー、つまり能力を発動する際に体を包む光の色や種別を届けることで自分のチカラを思う存分使えるのだ。


 武器に関しては、護衛隊貸出用の武器でなく自前の武器を使用する場合も同様に届け出が必要だ。

 その為、イントルーダーも特殊武器を使用する者も、国内で何か問題を起こして護衛隊に情報が入ると逮捕に繋げやすい。

 トージとしてはその情報入手こそがこのイベントの狙いであり、その為であれば三百万ゲインなど、出費はあれどお釣りが来ると考えていたのだ。


 そしてついに国内外から集まった自警団、傭兵チーム対抗の、護衛隊と共同で行われる「異形獣まもの討伐合同作成」が今、始まる……!

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