4 二つの依頼

「みんな! 仕事よー!」

 アバロンのヒース達に、ここ最近いつになく平和な日が数日続いていた。

 そんなある日の午後だった。

 依頼を受け取ったジェシカが大声で男子部屋に入ってきて、ヒースとミツヤを叩き起こす。


「えー、もうちょっと寝かせろよぉ。昨日遅くまでミッチーとウノやって眠いんだってー」

「バカなの!? こんな時に呑気に! 『ウノ』って何よ! それ仕事なの?」

 ぐるぐる巻きにした掛け布団をいでヒースを床に落とした。


「いてー! たまにはぐうたらなことしててもいいじゃねぇかよ」

「なんだよ、ジェシー。朝っぱらから」

 ミツヤもようやく目が覚めた。

「朝じゃないし! もう昼だし! 仕事だし!!」


 そこに、夜間女性陣が外に干していた洗濯物を取り込んできたアラミスが、ゴキゲンな様子で部屋に入ってきた。

「ジェシーちゃん、乾いてたから取り込んだよ。何話してたんだい? こいつらがアテにならないなら俺が代わりに」

 そう言いかけた時、アラミスが持っている女性陣の下着がジェシカの視界に入る。


「なんでそんな物持ってんのよ、この変態――ッ!!」

 アラミスの側頭部にジェシカの飛び蹴りが入るが、それでも彼の目はどう見ても嬉しそうで、余計に女性陣からの軽蔑の視線を集めていた。



 一同は男子部屋のテーブルを囲んで、ジェシカが持ってきた依頼内容を確認する。

 ここ最近、イントルーダーハンターを名乗る集団が町や村に入り我が物顔で暴れているというのだ。

 中には人々を殺害し、金品を奪う事件もあったという。ジェシカは次のように詳細を説明した。


「この依頼主はイントルーダーを集めた自警団グループらしいけど、今日はそのメンバーであるイントル達が多数暮らしている村に入って暴れてるんだって。あたし達を名指しで応援の依頼をしてきてる」

 依頼は緊急を要するのか、裏掲示板ではなく表の方に出ていたらしい。


「今ルエ姉が調査に出てるんだけど、他にも何か情報が入るかも。あたし達だって、やっと信用も戻って来たとはいえ一応未登録の自警団で、しかも護衛隊という国家権力から追われてる身分でしょ。だからルエ姉が戻るまで皆も迂闊うかつに町に繰り出して厄介事に巻き込まれないようにしてよ」


「いやいや、これを黙って見てろってのか?」

「はい、出ました。待てないヒースの悪い癖――。今ジェシーがルエンドさんの調査を待てって言ったばかりだろ」

 腕組みしたミツヤが横目でチラッと見てたしなめた。


「せっかく最近、異形獣まもの討伐系の依頼が少なくなって平和なカンジだったっていうのに、いったい誰がこんな真似を。気分悪いよな」

 と言いながら、ヒースは歯磨きしながら出掛ける気満々だ。


 その時、ハイヒールの靴音も高くルエンドが別の依頼を持って帰ってきた。

「ちょ、ちょっと大変よ。これ!」

 その村ではEIAの民衆がイントルーダーの集団に襲われており、負傷者も続出している為、「青い疾風ブルーゲイル」に助太刀を求める内容だった。


 ミツヤはちょっと驚いた様子で、

「一度に依頼が二か所か」

 と、依頼書を覗き込んだ。


「EIAもイントル達も悪いやつばかりじゃないのは色々見て来て知ってる。護衛隊が放置するなら行って止めないとな」

 と、ミツヤはルエンドの追加の依頼も併せて両方一度に受け、二手に別れて同時に決着をようと提案した。


「ジェシーが持って来たイントル自警団からの依頼をA班として僕とジェシーが行こう」


 そう言ったミツヤに対し、アラミスが残りのメンバーを買って出た。

「じゃ、ルエンドちゃんが持ってきたEIAからの依頼がB班で、おれとルエンドちゃん、ついでにペットのオレンジ頭な」

「朝っぱらからやる気か!」

 ヒースがアラミスにくってかかるが、アラミスが冷静に一言、

「やってもいいが、もう昼だぜ。急いだ方がいいんじゃねぇの?」と、腕組みしてニヤリとする。

 この二人の絡み合いを近頃ではルーティーンのように感じているメンバーは、みな無視で既に出発の準備にかかっていた。



 ミツヤとジェシカのA班が現地のラパリス村に到着する頃には、もう夕日が傾き始めていた。

 異形獣まものが一体もいないというのに、路地裏や民家の前など、そこかしこで負傷者が目に入った。


 すると、農具や自作の武器を携えた村人とイントルーダーであろう自警団のひとりが、人間同志で武器の衝撃音を鳴らしながらこちらにやって来る。


「誰だてめぇら、どいてろッ! お前らもイントルーダーなら容赦しないぞ!」

 鎌を振りかざした男は、自警団らしきコスチュームを着た男の腹に向けて鎌を振り回しながら、ミツヤとジェシカに視線を向けて警戒の言葉を放った。

 ジェシカは思わずミツヤの右袖をつまんでミツヤの背後に回る。


「プッ。ジェシー珍しいな、怖いのか?」

 異形獣まものには勇敢に向かってくのにと、ミツヤはジェシカの女の子らしい一面も見た気がしていた。


 ジェシカは頬を赤くして、慌てて手を離す。

「そ、そうよね。どうしちゃたんだろ、あたし。『ストーム』あたりははなっから殺人集団みたいなモンだって割り切ってたからかな。でもこの人達、普通の村人なのにあまりに殺気だってて……」


 それを聞いて、少し納得したミツヤは無言でジェシカの肩をポンと軽く叩いた。

 それは『しっかりしろ』という鼓舞ではなく、むしろ『僕がいるから』という気持ちから出たものだった。彼女にどう伝わったかは分からないが。

 だが実際、見える相手は人間にもかかわらず、意思を持った者同士特有の殺気が辺りに充満していた。


「で、この町の中の誰が依頼主だって?」


「えっと、名前は『クリムゾン・アーム』というチーム名のセドリックさん。集会所にいるからすぐに来てくれって」

 辺りは農具を持った者と、武装していないイントルーダー自警団とが入り混じって抗争が起きていた。


 二人は争いに巻き込まれないよう必死で集会所へと向かった。小屋の中に入ると、セドリックと名乗る30代ほどの男が体中血まみれのまま椅子に腰かけ、ぐったりとしていた。

「『青い疾風ブルーゲイル』のミツヤだ、遅くなった。ところで何があったんだよ、言い方良くないかもしれないけど君達はイントルだろ? ドナム系でなくても身体能力は優れてるって聞くし。なんとかできそうな気がするが?」


 ミツヤの問いかけに対してセドリックは弱々しく答えた。

「もう村の中を見ただろ? 相手はイントルハンターなんて言ってるけど一般人なんだ。オレ達は相手が異形獣まものなら遠慮しないが、やっぱりドナムなんて使わずに対抗しようと決めたんだ」

 それを聞いたミツヤはこのリーダーの覚悟を知り、ちょっと驚いた眼を向けた。しかしその後のセドリックの一言でミツヤの表情が一変する。


「だがEIAが相手だとな……これが結構強いんだよ、参った」


「え? イントルハンターって、EIAメンバーなのか?」

「そうだよ。依頼書見てくれたんだろ? この下に小さく※印で注意書きしてると思うが。ほらここ」

 ミツヤとジェシカは言葉を詰まらせた。


「……待ってよミッチー、B班が行った場所どこだっけ? 依頼主は誰って言ってた?」

 ジェシカの脳裏に嫌な予感が過る――。


「確かEIAの人達が、イントル集団に襲われてるから応戦してくれという……」

「ちょっと待て」

 ミツヤが頭を少し傾けて眉間にしわを寄せた時だ。

 集会所のドアをぶち破ってB班のヒースがなだれ込んできた。


「てめぇらイントル達! いい加減にしろよ! EIAの皆見てみろ、武装ったって農具しか持ってないだろ! ……って、あれ?」

「ヒース……!」

「ミッチー?」

 ヒースとミツヤが目を合わせてキョトンとしているところに、ヒースを追って同じくB班のアラミスが走って来た。

「おいヒース待てよ。ドナム系もいるかもしれねぇぞ! 気を付けろ……って、あれ? ミッチー、お前らA班が何でここにいるんだ?」

 そこにルエンドも飛び込んでくる。


「大変よヒース、アラミス! あたし達、お互い敵同士の依頼を受けてる――ッ!」

 ハイヒールのルエンドが、ドアを破壊されかけた集会所にカツカツと足音を立てて入って来た。

 ダイナマイトの導火線に火をつけたまま……。


「ルエンドちゃん!? そ、それここで使うの――!?」

 アラミスが、のけ反りながら両手を前に伸ばした。


「あ」

 目を点にしたルエンドが一瞬フリーズする。


 ルエンドは慌てて小屋の外へ出ると、ダイナマイトを人気ひとけのない場所へ投げた。


 ルエンドのおっちょこちょいな行動が意外にも功を奏し、ダイナマイトの爆音で一時、全員が固まった。

 そこにヒースが大声でお互い止めるように声をかけ、ようやく一旦は皆落ち着きを取り戻したのだった。

 ヒース達はタイミングを見計って、皆を町の中央広場に集める。


 ヒースが「青い疾風ブルーゲイル」のチーム名を出すと、互いの胸中が判明した。

 イントルハンターと名乗ったEIA所属の農民も、実は敵意が全くなかったイントルーダーの自警団も、お互いの「ボタンの掛け違い」で起きたトラブルだったと認識するに至ったのだった。


「申し訳なかった。オレ達イントルーダーって呼ばれて敬遠されてるけど、最近君達『青い疾風ブルーゲイル』の存在を知って、オレ達も自警団をやったらこの世界の人に認めてもらえるんじゃないかと高をくくってたんだ。昨日、この人達に自己紹介したら、途端に武器を振りかざして襲われるし、今日は村まで襲撃されたよ」

 イントルーダー集団の自警団「クリムゾン・アーム」のリーダー、セドリックが心の内を吐き出した。


 それを聞いた”イントルーダー狩り”を始めたEIAの代表者も陳謝ちんしゃした。


「すまなかった。わしらEIAの者も怖かったんだ。最近あの恐ろしい『ストーム』が一掃されたようで、やっと静かになったと思ったところに、また別のイントル集団が現れたと思って。グループが大勢居住してるこの村を見つけたんで、今わしらが倒さねばと……」


「それでイントルーダー狩りなんか思いついたのか」

 EIAメンバーの代表者にそう言うと、ヒースは疲労を吐き出すかのように溜息をついた。


 イントルーダーの被害者だと定言する多くの者は、イントルーダーに直接何か被害を受けたというより、一つの襲撃事件の噂が広がっていくうちに彼らの中で思い込みが強まっている場合が多かった。

 こうして、イントルーダーは《悪》というイメージが定着し、実際には起こっていない襲撃まで、事実として信じられるようになっていったのだ。


「なぁ、EIAのリーダーさん。ここにいるジェシカも元EIAなんだ。気持ちは分かるが、あんたらそこまで戦闘能力あるのに、お互い協力してみるとかできないか? もしかすると護衛隊に頼らなくても異形獣まものにも立ち向かえるかもしれねぇぞ?」


 ヒースが言った言葉に、その場の全員が口を閉ざした。


 もっともな話だと思いつつも、長年いがみ合ってきた反対勢力だ。

 そうすぐには、はいそうですね、とはいかないようだった。

 お互い、振り上げた拳を下す場所がなくなり戸惑ってはいたが、ヒースの言葉に耳を傾ける努力をし、双方引き下がることでこの場を解散した。


 ◇ ◇ ◇


「あーあ。 骨折り損のなんとかだよな」


 ヒースは両手を頭の後ろで組み、すっかり暗くなった星空を見上げた。


 虫の声がどことなく寂し気な風を運んできて、それがまた皆の疲れを倍増させる。


「報奨金もないしね――。でも五人とも怪我がなくてよかった」

 と、ジェシカも星空を見上げる。

 

 帰途に就いた一行は村を出て、現場から引き揚げて帰って行くEIAのグループとは反対方向へ歩き始めていた。

 うっそうとした森が左右に広がるこの街道の、三百メートル程先に馬車が置いてある。


「でもヒース、あたしちょっと見直しちゃったよ」


 ジェシカはランタンを振り回して嬉しそうだった。

 彼女もEIAの村出身でヒースとミツヤに助けてもらったが、争わずにその場を収拾することが出来ればそれに越したことはないのだと痛切に感じていた。


 話し合いをわずらわしいと避けるヒースが剣を振りかざさずに敵対勢力へ協力を持ちかけた、それはジェシカだけでなくミツヤやアラミスも驚いていた。

 とはいえ、一旦その場を収めたヒースも、実際には気持ちはあまり晴れなかった。

 イントルーダーやEIAまでも敵になる可能性がある上に、護衛隊を敵に回しつつ異形獣まものにも立ち向うという、終わりの見えない戦いに何を信じていいか判らなくなっていたからだ。


「俺達は、どこへ向かっているんだろうな……」


 ヒースは誰に言うでもなく、そう独り言を呟いた。


 一行は月夜の街道を、アラミスが乗ってきた馬車を置いた三百メートル先の場所まで、それぞれ距離を数メートル空けながらゆっくり歩いていた。



「なぁ、ミッチー。異形獣まもの討伐もいいが、なんとか早くトージに……」

 ヒースが後ろを振り返る。


 誰もいない。

 暗がりの街道がただ向こうまで続いていた。

 ヒースは背筋に何か寒気のようなものを感じた。


「ミッチー?」


 ヒースの様子に何かを察してジェシカが振り向く。

「どうしたの?」


 次いで、ルエンドが異変に気付いた時には、アラミスは既に右上方を向いてマスケット銃を構えていた。

「おいヒース! あそこだ!!」

 アラミスが迷わず引き金を引くと、銃声と共にふくろうの羽音が夜空に響き渡る……。


「つッ……!」

 すぐに辺りが静寂を取り戻すと木の上から誰か、人の声が漏れた。男の声だ。


「手応えはあったが……」

 アラミスの言葉でヒースも必死に木の上へ目を凝らす。

 月の逆光で照らし出されたのは、何者かが抱えた、既に意識のないミツヤだった……!


「ミッチ――――ィ!!」

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