3 チーム対決!

「えええ!? 『金の獅子ゴールドライオン』に喧嘩売ったぁ!? あんた達バカなの!? どーすんのよ!」

 たじろぐ二人に、待ったなしでジェシカの怒りが襲い掛かる。


「マジでバカなの!? 『金の獅子ゴールドライオン』て言ったら、このブルタニー王国で知らない者はいないでしょ! ランクB相当よ、メンバーも強者揃いで装備も経験も豊富! なんなら護衛隊すら一目置くようなすごいチームの一つよ!?」

 ヒースとミツヤは冷や汗をかいて、揃って後ろにのけ反った。

 男子二人が年下女子に、いつものペースで詰め寄られている。

「バカよ、バカ、大バカよ!」


 ディジーに居たヒースとミツヤはアバロンに戻る時間はなかった為、笛で呼んだポチを使ってジェシカに手紙で現地へ直行するよう緊急招集をかけていた。

 手紙を受け取ったジェシカは「チーム対決」の内容を知らずに現地ムーランへ急ぎ馬車を走らせていたが、街道でヒースとミツヤを見つけて合流できたというわけだ。


「い、痛ぇ! わかったからこの鳥どうにかしてくれ」

 ヒースの頭に一羽のハヤブサがガッシリと爪を立ててとまっており、時折クチバシでヒースの頭を突いたせいで、額に一筋血が流れている。


 ハヤブサの黄色い足首には金属製の小さな通信筒が革製のベルトで固定されていた。連絡の際は小さく折り畳んだ手紙を足首の筒に入れて飛ばすのだ。


「特に敵意があるわけじゃないから大丈夫。このコ子は優しいから。あと賢いから悪口には気を付けて。でもこんな風に軽くクチバシで突いているのはこのコにとってはどちらかというと愛情表現よ」


 三人は馬車に乗り込んだ。

 頭にポチを乗せたままヒースが御車台だ。

「ポチ、こっちいらっしゃい。よくこのバカ男子二人を見つけたわね、えらいぞ」


 ハヤブサのポチは基本的に野生だ。

 しかしジェシカが特製の笛で呼べば余程遠い街にいない限り、どこからともなく飛んで来る。

 また他人でもジェシカと同じ周波数の笛を吹けばその笛のもとへ行くよう訓練されていた為、今後は手紙を使った連絡手段として活躍できそうだ。


「紛らわしい。ポチっていうから笛の音でやって来るのはてっきり愛嬌あるワン公だと思ってたのに、まさかの鳥!! しかもこのデカさ、襲われるかと思ったぜ。ったく猛禽もうきん類につける名前じゃねーだろ」

「だって、このコをくれた人がもうポチって名前で呼んでたんだもん」

「そいつも中々どうして非凡だな」

 そう言って、ヒースは額の血をハンカチで拭き取っている。

「ジェシカ、どうやってしつけたんだ?」

 ミツヤは猛禽もうきん類がなついているのが珍しいらしく、ジェシカから腕伝いに自分の腕にとまらせた。

 ジャケットの上でも爪が食い込んで思いの外、痛い。


「EIAのメンバーが五年前にくれたの。一緒に育ったようなものよ。あの頃はあたしの唯一の友達」

 ジェシカがポチの顔周りを撫でている間、目を閉じ、頭部周辺の毛を膨らませて気持ちよさそうにしていた。

 暫くしてポチを空へ返すと、数回上空で鳴いて再び森へ帰って行った。



 緊張感のない話をしながら、予定の時間より少し早めに到着出来たようだ。

 ムーランの町の入り口が見えてきた。

 大きな屋敷が多く、高い塀でぐるっと覆われていることもあり、離れていても目立つ。

 幅三百メートル程の大きな河が町の向こうに流れている。

 そこから更に西へ行くと、じっちゃんと住んでいたヒースの家だ。


 暫くすると、後ろから馬車の車輪の音が賑やかに聞こえてきた。

 車輪の音やひづめの音からして、馬車も六頭立て以上だ。

 しかも後方にもう一台来る。


「何事だー?」

 ヒースが振り返った。

「『金の獅子ゴールドライオン』御一行かな?」

 ジェシカも気になって幌から顔を出す。

「他人のことに構ってる場合じゃないぞ、気を引き締めろよ」

 ミツヤは前しか見てない。


 御車台のヒースは街道の端に寄って馬車を留め、後ろからやってきた黒い幌の荷馬車をやり過ごして様子を見ていた。

 黒いフードを被った男が御車台にいる以外、人影は見えない。

 荷台は幌付きの為、中は不明だが通り過ぎる瞬間、風にのって嫌な臭いが流れてきた。

 いかにも怪しい雰囲気だ。


「ミッチー、あの馬車デカ過ぎだぞ。中身気にならないか?」

「別に。はい出ました、ヒースの悪い癖ー。僕ら今から異形獣まもの退治だろ? 急がないと」

「ま、そうだけどさ」

 様子を見ていると馬車はムーランの町の入り口で停車した。

「見ろ、ムーランの前で止まったぜ? 何かあるな」


 この町は富裕層が暮らすエリアだ。

 資金と時間をかけて、昨今頻繁ひんぱんに街に出現する異形獣まもの対策として、高さ三メートルの石壁でぐるっと一周を囲っている。

 入り口の幅は馬車が通れる広さはあるものの、アーチ状の囲いがある為、高さ制限五メートルだ。

 馬車から降りた人物がおもむろに幌の中のケージを開け、中のものを解き放った。


「おいミッチー、あれ……あいつ何やってんだ……?」


 見ると幌の内側にある鉄格子の中から中型の異形獣まものがぞろぞろと飛び出して来ている……!

 皮膚が分厚いうろこのようなもので覆われ、前かがみの二足歩行をする肉食恐竜に似た異形獣まものが三体、動きは遅いが町へ向かっている!


「タイプ2だ……! ヒース、止めるぞ!」

「ああ! 俺は先に町の中に入るぜ! ジェシカと二人でフードの男を頼んだ!」

「了解、ジェシカ、僕は一足先に行ってる! 電光石火ライトニング・フラッシュ!」

 ミツヤは黄色い光に包まれて、町の入り口の脇に泊まっている荷馬車へと急いだ。


「すごい、ピカピカ光って消えてったわよ?!」

「そうなんだよー、あれには誰も敵わねぇ。ジェシカ、ミッチーを追って援護を頼むよ」

 そう言って、ヒースは対異形獣まもの戦の為、背に刀を装備して全速力で一足先に町へ入って行った。



 ヒースがムーランに入った時はまだ午後一時前ではあったが、自警団「金の獅子ゴールドライオン」のメンバーは既に討伐を開始していた。


 彼らが相手にしているのは、さっきの荷馬車から出てきた異形獣まものとは違い、タイプ3と呼ばれる四つ足の獣系で動きが早い。見た目は水牛のような形態だ。

 最大ではないものの二トントラック程もあり、しかも頭部が大きく四本の鋭い牙が攻撃の手を阻んでいた。


 これくらいのサイズになると通常は一体倒すのも、護衛隊でも四、五人がかりでないと難しいが「金の獅子ゴールドライオン」チームは手慣れていた。

 三人だけ食らいつき、一人は他の個体が来ないか周囲に気を配っている。

 硬い体に剣を入れようとすると弾き飛ばされるも果敢にもまた飛び掛かる。

 三人とも剣による俊敏な攻撃だ。

 そこに団長のアランとモルガンもいた。


「アラン! ヒースだ! 大丈夫か!?」

 タイプ3の背に乗っている「金の獅子ゴールドライオン」の団長アランがヒースをちらっと一瞥いちべつし、メガネの縁を指で位置直しすると、すぐに獲物に視線を戻して叫んだ。

「大丈夫かだと!? 俺たちはもう二体目だ! 他人の心配している余裕があるとはな。ボサッとしてると差が開くぞ!」


 モルガンも呆れていた。

「いい気なもんだ、後でしっかり現実を叩きつけてやらんとな」

「はいはーい」

 と、ヒースは軽薄な返事をした後、小声で付け足した。

「これくらい時間差つけねぇと勝負にならんだろ」

「何か言ったか!?」

 アランは地獄耳らしい。

「あー、いや何でも」


 すぐにヒースは他の異形獣まものが目に留まった。

 その一体が商人らしき町人を屋敷の壁まで追い詰めている!

 アラン達が相手をしている個体と同じ水牛に似た獣系タイプ3だ。

 ほとんどの町民は避難していると聞いていたが、逃げ遅れたか、大事な物を取りに帰ってきたのか。


「獲物は見える範囲で二、三、……五体か。見てろ、お高くとまったライオン共、散々バカにしやがって。あとで吠えづらかくなよ!」

 ヒースは右口角を上げてニヤリとすると最初に見えた一体に向かって走り出した。


(今日はドナムを使わないアラン達との勝負も兼ねてるからな。状況次第だが炎は封印してハンデにしてやるか)


 ヒースは全速力で三棟並ぶ屋敷の壁を垂直に走って横切る……!

 そのまま壁を蹴って高くジャンプすると背から抜刀、上空からタイプ3の首元に一撃をいれた。


「さっさとくたばれ!」


 タイプ3は裂けた首から緑の血を吹き出し、叫び声を上げて前脚を上げた後、地響きを立てて倒れた。

 まだ四肢は動いているが首からの出血で人を追うまでの力は残っていまい。

(良かった。勘でいったが首が急所だったか)

「オッサン立てるか?」

「あ、ああ、助かったよ……死ぬかと思った……君、今凄いところから飛んできたね」


 商人の無事を見届けると難なく次のターゲットを発見した。

 すぐ前の河に架かっている、石橋を渡った先にも獣系タイプ3がいたのだ。

 ヒースを見た途端、速度を上げて真っ直ぐにこちらに向かって走って来た!

「フン、俺を喰おうってか!?」


 ヒースもタイプ3に向かって全速力で走る。

 橋の欄干らんかんの上に飛び乗ると高く飛び、一回転してタイプ3の首に跨った。

 間髪入れず刀を背から抜くと首元に真っ直ぐに突き立てる!


「牛野郎、止まれって言ってんだよ!」

 叫び声を上げて暴れ出したのでヒースはすぐに刀を首から抜き取り、後方へ高くジャンプした。

 片膝と手を地面につけて着地し、勢いに任せてザザッと後方へ一メートルもスライドして止まった時、ようやくタイプ3は橋の上で横倒れになった。

「二丁あがりッ!」


 ◇ ◇ ◇


 ムーランの町の入口では馬車の荷台へ走ったミツヤとジェシカが、状況を飲み込めず、驚愕きょうがくあらわにしていた。


「ご、護衛隊なのか、お前ら正気か!?」


 ミツヤはフードの男の首根っこを掴んで黄色の拳を向けていた。

 既に一発、電撃なしのパンチを入れたらしく、フードの男は鼻血を出している。

 よく見ると、フードの下に護衛隊の制服がちらっと覗いていた。


 「お前ら、何をしようとしてんだよ! 町を守るのが護衛隊じゃないのかよ! こともあろうに異形獣まものを町の中へ放しやがって!」


 後方の馬車には四人、御者含めて計五人の護衛隊員がいたようだ。

 ミツヤが全員を一か所に集めて座らせ、武器を取り上げていた。

 その中には何名か矢が足や腕に刺さっている者もいる。ジェシカの矢だ。

 彼女はレンガ造りの囲い塀の上に登って逃げないよう上から弓で狙いを定めている。


 「お前らだな、手配中の少年二人組。……と聞いてたが、一人は女子か」

 フードの男の言葉に、ジェシカがビクッとした。

 (えー? 既にあたしも手配仲間にされてるじゃん!)


「我々は捕獲した異形獣まものを連行中だった。荷台の様子を確認しようとしたら、たまたま逃げ出しただけだ」

「何を白々しい……!」


 ミツヤが言い訳に呆れかけていたその時、ひづめの音も高らかに街道を護衛隊が一人、猛スピードで馬を走らせてくる。

 目深に被った羽帽子の羽とブルーのマントが風になびく。

「おい、あんた護衛隊員じゃないか!? 助かった……!」

 ミツヤに掴まれているフードの隊員が安堵する。


「あんた達、第二隊ね!?」

 手綱を引いて馬を急停止させた。馬上の隊員は女性のようだ。


 ミツヤが止めたこの怪しげなフードの男達の上官はジャックだった。

 ジャックは単独行動を強いられる事が多く、隊長の意向で基本的に隊員を重要な任務にてない方針だった。

 そのため、第二隊の隊員は全隊の中でもランクCギリギリの者が集められており、しかし隊長にとってはむしろその方が都合がよかったのだ。


 フードを被った隊員の一人が馬上の女性隊員に助けを求める。

「いやぁ、一時はどうなるかと。よかった、どこの隊の者か分からないが助けてくれ。トージ総隊長の命をうけて輸送中逃げ出したんだ。こいつら例の手配中の犯人だ! あの塀の上でもう一人、弓でこっち狙ってやがる、早く逮捕してくれ!」


 ミツヤは一人敵が増えたとはいえ、特に慌てていない。「どうせ護衛隊は皆、敵に回す」と覚悟を決めていた。

 とはいえ、一言忠告しないと気が済まなかった。


「おい、いい加減にしろよな。僕たちがいったい何したってんだよ。それよりこいつら護衛隊は正体隠して荷台から異形獣まものを町に放っていたんだ、早く町の中へ助けにいかないと」

「そう、あなたの言うとおりよ」


 女性隊員はミツヤに軽く会釈した後、今度はフードを被った第二隊の隊員をキッと睨み怒鳴りつけた。

「優先順位を間違えてない!? 仮に彼らが手配中の犯人だったとしても、今は先に町の人を助けないでどうすんの!!」


(お? 護衛隊の中にも話が分かる人間いるのか?)

 羽帽子を目深に被っている馬上の隊員はミツヤを知っているようだった。

「ここはあたしが引き受けました、止めてくれてありがとう! あなた達二人はヒース君を助けに行ってあげなさい!」


 ジェシカは女性隊員に目で合図した。

「ミッチー、あの隊員は信用していいから、行くわよ!」

 ミツヤはジェシカの言うことならと女性隊員に声をかけ、二人で町の中へと急いだ。

(あの女の隊員、ヒースを知ってるのか?)


「さあ、あんた達、フード付きマントなんて怪しい格好してもうバレバレよ! うちのクロード隊長に報告します。あんた達はもう信用出来ないから駐屯所から迎えが来るまで大人しく待っていなさい!」

「クロード隊長だと? この女、第三隊か! 偉そうに、どっちの味方だ! 総隊長に背いた罪でこっちが逮捕してやる!」


 五人の隊員が一斉に立ち上がると、ミツヤに奪われた武器を取りに塀の端へダッシュした。

「いや、ちょっと待て、第三隊の女隊員て確か……」

 武器を取った五人のうちの一人が固まる。


「あたしを逮捕? やってみればいいわ! こんな護衛隊なんて、もうこっちから願い下げよ! でもその前に」

 女性隊員は馬の鞍に掛けてあった筒状の物を外すと肩に担いだ。


「お、おい、見ろ! やべぇぞ! あいつ最終兵器ルエンドだ!」

「なんだって!?」

「やべ、みんな逃げるぞ!」

「待ちなさい、あんた達!」

 彼女が構えたものは一見するとロケットランチャーのようだったが、そんな凶器はこの世界には存在しない。

 ただ、見たことのない武器に第二隊の隊員達は血相を変えて逃げ出したが、彼女は顔色一つ変えず引き金を引く。


 ボンッ!!

「来るぞ、伏せろー!!」

 筒の中から丸い何かが飛び出した。

 それは第二隊の隊員達の頭上で網となって広がり、隊員五人はまとめて網にかかってしまった。


「なんだ網だったか。またダイナマイトか何かだと思ったぜ、こんな網なんか剣でチャチャっと切ってしま……」

「あれ、き、切れないぞ」

 網の中でもがく隊員達は各々、剣で網を断ち切ろうとしたが全く切れない。

「なんだ、この素材は? 見たことない。金属か? いや、違うな」


 身動き出来なくなった彼らの前に第三隊隊員のルエンドは仁王立ちで腰に手を当てて言った。


「あんた達! そこの駐屯所から担当者を呼ぶからそこで大人しく待ってることね!」

「ちっきしょう! 毎度おかしな武器持ち出しやがって、いったいどこで調達してやがんだ!」


 すると苛立ちをぶつける彼らに、ルエンドは人差し指を口元にあててウィンクした。

「ふふっ、それはナ・イ・ショ」

「ホゥ……」

 顔を赤らめた第二隊の隊員達はすっかり抵抗を止め、網の中で彼女の噂話でもしながら助けを待つほか無くなった。


「なぁ、『ル・エンド』って名は『最後』って意味からつけられたって聞いたけど、本名は何だろうな? 誰も知らねぇだろ?」

「あんな美人なのに、なんで護衛隊なんかで危ないことしてんだろう」

「おれ達の隊にいてくれればよかったのにな!」

「い、いやそれはそれで困るぜ。あんな危ないものバンバン出して来られてみろ、しょっちゅう巻き添えだ」

「つか、彼女も処分ものだろ? 俺達のジャック隊長とクロード隊長がどう後始末つけるかだ。そもそもこの計画、トージ総隊長直々の命だっていうじゃないか」

「……ひと悶着もんちゃくあるな、こりゃぁ」


 ルエンドは馬を近くの木に繋ぎながら一人、後始末について考えていた。

(こうやってつい越境しては任務外の立ち入っちゃいけない事やっちゃうんだよね、あたしって。処分かなぁ……その前にクロード隊長には除隊届け出そう……)


 少し溜息をつくと俯いて呟いた。

「……もう、今日は帰るとこ無いな」


 ルエンドは羽帽子を捨てて顔を上げた。どうやらすぐに気持ちを切り替えたようだ。

「さてと、急いで町へ入って皆に手を貸さないと……!」

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