2 チームの誇り

 さて、場面は変わってメンバーが三人になった「青い疾風ブルーゲイル」の一行は、馬車で数日かけてアジトのあるアバロンの近くまで戻ってきていた。

 六三郎の町へ行く時と違いジェシカの加入もあって、行きより時間をかけた為、帰りの方が長旅になった。


 その日の夜は馬車泊(男子は外で野宿)ではなく宿に泊まることにして、ジェシカの歓迎会をすることにした。

 ミツヤが勧めたその店は一階で食事ができ、二階は宿になっている。

 以前、ミツヤが異形獣まものから老人を救った報酬で場当たり的に入った店だった。

 店内は若干暗めで窓も少ない。しかもバイオリンとチェンバロの演奏で話し声を聞かれる心配がなかった。

 レンガ造りで古い店だが、いつも肉料理のいい匂いがしていた。


「よくこんな店に入れたなぁ、なんか気後れするぜぇ」

 ヒースは今まで、じっちゃんと僻地でほぼ自給自足の生活をしていたため、街の中では浮き足立ってしまうようだ。

「そんな贅沢は出来ないんだけど、食べれる時に食べておこうぜ。もう腹ペコだろ?」


 三人は木製の丸テーブルを囲んで、思い思いのメニューを注文した。

「ハンバーグ! また夢じゃないだろうか、想像より美味そうだ!」

 鉄製の皿でジュージューと音を立てて運ばれてきた。

 彼にとっては聞いた事しかない、初めて食す料理だった。


「良かったな、僕は六さんの和食以外だと、ここがイチオシなんだよ。僕がいた村ではあり得ないようなご馳走だ。村のみんなにも食べさせてやりたかったな」

 と、同じものを注文したミツヤ。

「あたしだって、こんなの食べたことないんだから……あ、ありがとう」

 ジェシカはトマトソースのパスタにサラダ、イチゴのパフェつきだ。

「よぉし、では、グラス持ってくれ」


 三人に飲み物が揃うとヒースはグラス片手に椅子から立ち上がった。

「俺達のチーム、テッペン目指して……カンパーイ!」

 久しぶりにヒースやミツヤにも本来の笑顔が戻ってきた。



「いやぁー、美味かったな! あ。ジェシカ、口んとこクリームついてる」

 ヒースがジェシカを見て自分の口元に指をさす。

「えっ?!」

「はい、うっそー!」

 間髪入れず、ジェシカはヒースの頭にフォークを振り上げた。

「お前ら小学生か!」


 彼らが一時の間はしゃいでいると、隣のテーブルから自警団のリーダーらしき男が三人、異形獣まもの討伐の話をしているのが聞こえてきた。何やら興奮しているらしく自分達がヒートアップしていることにも気づいていない。


「だろ? 以前、護衛隊の奴らが話してるのを小耳に挟んで、試しにやってみたんだよ。勿論ブレード全部が銀なんて、そんなカネないからな。メッキだけど、充分効果あったんだ」

「マジかよ。それが本当なら大変なことになるぞ!?」

「いや、既にヤバイって。現に最近銀の価格が高騰してきて、金と逆転してきてるって話しだ……!」

「しっ! ちょっと声が」

 その話はヒース達にも聞こえていたが、平静を装った。


「ミッチー、聞いたか?」

 興奮気味のヒースは、空にしたグラスをテーブルに荒っぽく置くと、手首のブレスレットがテーブルに当たってガチンと音が響いた。ハッとして声を落として切り出す。


 するとミツヤが真剣な面持ちで、椅子から腰を浮かせて身を乗り出した。

「銀だろ? 実は最近各街のあちこちでも噂になってるんだ。言っても銀なんて高すぎて入手できないから意味ないと思って話してなかったけど」

 ジェシカもこの手の話に興味があったのか、すぐに反応した。

「てことは? 例えば、銀で武器を作れば格段に討伐が楽になるってことでしょ?」

 ジェシカの鋭い直球に少し驚いたミツヤだったが、腕を組んで一つ溜息をらした。

「そういうことだ。だがま、俺達には関係ない話だな」


 三人は小声で話をしていたが、隣のテーブルの自警団達の視線が気になり始めたので、その夜は各々宿の部屋でゆっくり休むことにした。

 そして翌朝早々に馬車でアジトのアバロンへ向け、出発した。


 ◇ ◇ ◇


 一行は、翌日昼過ぎにようやくアバロンに戻ってきた。

 六三郎の町での滞在期間も入れるとせいぜい15日程度だったが、あまりに色々あって、ヒースは随分とアジトを空けていたような気がした。


 アジトに戻ったヒースとミツヤは新たに女子を同居メンバーとして迎えることとなり、ジェシカの為に二階の部屋を案内した。

「あんた達、いいとこに住んでんじゃん!! 勿体ない、男子二人でこんなとこー!」

 目をまん丸にしたテンション爆上げのジェシカを見てヒースも悪い気はしないようだ。

「なんか足りないものあったら、買いにいこうぜ」

 耳を小指でほじりながら言った。

 しかし可愛らしいリアクションはここまでだった。


「じゃぁ、まずこのソファー、ちょうだいね。二階に運んでもらえる?」

「今か? 今からなのか? 大怪我してる俺たちに、こんな重いの今、運べってか!?」

 ヒースは呆れて口が閉まらない。

「鬼か」

 と、ミツヤ。

 ジェシカは二階の寝室に、一階のヒースたちが寝泊まりしている部屋からソファーを移動してもらった。

 当面、男性陣は食卓椅子とテーブルになる。

「は……。ま、また稼ごうぜ」

「だな」


 ◇ ◇ ◇


 それから四、五日が過ぎた。

 アジトでの三人の生活が始まり、ジェシカもすこぶる楽しそうだった。


「起きなさい! いつまで寝てんのよ、仕事よ!」

 ジェシカは時間を問わず、必要であればいつでも遠慮なく男子部屋へ入っていく。

 そういうことも許されると判断できる相手であること自体が、ジェシカにとって家族のように楽な相手だった。


「疲れてんだよー、朝方までヒースとオセロやってたんだ、もうちょっと寝かせてくれよぉ」

 そう言ったのはミツヤだ。

 オセロは六三郎が土産にくれた、六三郎手作りのボードゲームだ。

 ミツヤがルールをヒースに教えたところ、ドハマりしたようだ。


「『オセロ』って何よ! それ仕事なの?」

 ジェシカは早く依頼を受けたくてウズウズしていたのだ。

「この仕事虫~。……なんだよ、ジェシカ。ニコニコしちゃって」

 ヒースはジェシカに布団を剝ぎ取られ、仕方なくベッドから降りた。


 ジェシカは良くも悪くも、人を選ばず一様に同じ口調でものを言う。その部分に関してはヒースやミツヤも気に入っていた。

 ヒースに至っては家族のようになれる仲間が出来たことで、ミツヤと二人だけだった時とはまた違う、じんわりと暖かいものを感じ始めていた。


「ね、気付いた? あたし達、同じ石鹸の香りがするよ? 感動じゃない?」

 ジェシカだけでなく皆、同じ風呂場を使うのだ。当前のことだが、それは家族で暮らしている感覚を覚えて彼女にとってはとても新鮮だった。

「さぁ! 仕事探しするわよ! 気合入れて仕事、仕事!」


 ◇ ◇ ◇


 三人は早速依頼を求め、馬車で外出した。

 ヒースとミツヤは面が割れているため、街で掲示板を探し回るのにリスクがある。

 そこでジェシカは途中二人と別れて近くの街へ馬車で行き、ヒースとミツヤはそこから徒歩で少し遠出することになったのだ。



「いい? 何かあったら、この笛を吹いてね」

 街道沿いの交差点でジェシカは二センチ程度のクルミの木で出来た、小さな丸い穴が空いている笛をヒースに渡した。

「なんだ? これで誰か助っ人でも来んのか?」

「ポチがダッシュで来てくれるから、足首の筒に手紙をつけてまた放してあげて。そしたら今度はあたしのとこまでやって来るんだ。そうやって連絡を取り合うことが出来るの」



 ヒースとミツヤはその笛を受け取ると、依頼を求めて数キロ北の街ディジーまで足を延ばした。


 ディジーは以前ヒースが一人で入ったことがある街だ。ライオン像のある噴水が街の中心にあり、そこから放射線状に商店街が広がっている。

「前にも俺が運よく初仕事の依頼見つけて来たからな、ラッキーチャンスにあやかってみるさ!」

「ああ、また何かいい依頼あるといいな。僕ちょっとジュース買って来るよ、二人分!」


 この街は時折、巡回中の護衛隊の姿を見ることはあるが、なにしろ依頼の種類も数も多い。

 様々な自警団がこぞって依頼を求めてやって来ていた。



「おいこら、そこの若いの、そいつは我々への依頼だ、勝手に手ぇ出すんじゃねぇぞ」


 街の中心地にある、シティーホールの脇に大きな掲示板がり、そこに様々な依頼が貼り出されている。

 ヒースが手を伸ばそうとした依頼書には「ムーラン」と大きく依頼主の欄に記載がある。

 ここからそう遠くない隣町で富裕層エリアだ。

 報酬はなんと百万ゲインとあった。


 ヒースの後ろから声をかけたのは角刈りの体格のいい、身長二メートルもある大男だ。

 腕の太さはヒースの足ほどもある。

 その隣には眼鏡をかけた黒髪がサラサラと風に揺れる、「角刈り」とは対極の細身の青年が立っていた。

 白地に金と青でライオンの刺繍を施してある揃いのマントが風にあおられると、豪華なエンブレムが目を引いた。

 それはヒースだけでなく、見る者に威圧感を与えるに充分だった。


「え? 俺?」

 後ろを振り返ったヒースはコスチュームなどの特徴をミツヤから聞いていて、すぐに彼らが知名度の高い自警団だと判った。

「そいつは我々『金色の獅子ゴールドライオン』の仕事だ。君、一般人か? 危ないからやめておくんだな」

 眼鏡の青年は静かな口調で釘を刺す。


「えっと、自警団だけど?」

「ほぉ、どこのチームだ?」

「『青い疾風ブルーゲイル』だけど、この間結成したばっかだから誰も知らんよ」

 すると「角刈り」が腕組みし、高飛車たかびしゃな態度で切り返してきた。


「悪いが、聞いたともない。まぁ結成したばかりでは仕方あるまい。では教えてやろう、この地区周辺の異形獣まもの退治は我々『金色の獅子ゴールドライオン』が担当だ。今回は初めてのようなので目をつぶってやる。次回、勝手に手を出してるところを見たら容赦しないから覚えておくんだな」


 そのタイミングでミツヤが瓶ジュースを二本持って走ってくる。

「おーい、ヒース、オレンジとグレープ、どっちが……」


 ミツヤは「金色の獅子ゴールドライオン」のマントを見るとすぐに相手が何者であるか気付いた。

「ヒース、この街はやめておこう」

 ミツヤはヒースにジュースを手渡すと、もう一方の手でヒースのコートの襟をつかんで引っ張って行く。


「なんだよミッチーまで。だってこれ俺が先に……」

「いいから。僕ら無許可だろ? これは仕方ないんだよ」

 ミツヤは声を低くしてたしなめた。

金色の獅子ゴールドライオン」の眼鏡の男はジュースを持った童顔のミツヤを見て、更に追い打ちをかける。


「お前たち、子供の来るところじゃないぞ、ったく、自警団だとか言って大人をからかうもんじゃない!」


「子供だと……?」

「子供」というフレーズで、ついにミツヤのスイッチが入った。


「言ってくれたな! いくら『金色の獅子ゴールドライオン』だからって馬鹿にすんな! 僕らは自警団だ!」


「おお? どうした、珍しいな」

 ミツヤが熱くなっているのを見てヒースは顔を突き出し、目を丸くした。


「たりめーだ、これはチームの誇りがかかってる!」


「おおっ! よく言ったミッチー!」

(ううっ、いつも敬遠しまくりのお前の口から『誇り』なんて言葉を聞く日が来ようとは。マジ泣けてきそうだぜ)

 と、ヒースはミツヤの肩に片手を置いて少し大げさに鼻をすすってみせた。


 黒髪メガネの男がミツヤの正面に立つと、メガネのフレームを指で位置直しして提案を持ちかけくる。


「なるほど。君達は子供のお遊び集団のくせに、に及んで自警団だとうそぶいて格好つけた挙句あげく、どうしても痛い目に遭わないと分からないわけだな。では、このムーランの異形獣まもの退治の依頼を分けてやろう。どっちが時間内に多く異形獣まものを倒せるか、勝負するというのはどうかな?」

 

 ヒースはジュースを一口、喉に流し込むと何の躊躇ちゅうちょもなくその申し出に飛びついた。

「おっもしれー。その勝負受けて立つ!」

「絶対負けねぇ!」

 鼻息荒く、ミツヤも応じた。

 

「だが、もし君達が勝負に負けたら、二度と自警団などと吹聴ふいちょうして回らないと誓ってもらう」

「いいさ、だがこっちが勝ったらこの依頼の報酬は全部頂いていくぜ」

 ヒースの目は自信に満ちた光を放った。

 

 実はヒースには願ったり叶ったりだったのだ。

(「金色の獅子ゴールドライオン」にもらった上に報酬は俺達が全部いただくぜ!)

 

 ミツヤにとってはこの上なくラッキーだった。

(これでムーランの依頼者と契約する面倒な手間が省けた……!)

 

「よかろう。私は団長のアランだ。こっちのデカいのが副団長モルガン」

「俺はヒース」

「ミツヤだ」

「この街は昨夜から別の自警団が請負っていたが、やっと片付けたばかりのところでまた出没したそうだ。事は急ぐので午後一時きっかりに現地集合だ」

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