第3章 逆風と動乱

1 総隊長トージの奸策 パートⅡ

 王都オルレオン王宮内、護衛隊の本部駐屯所内にある総隊長執務室。

 長い間、護衛隊が狙っていたイントルーダー集団「ストーム」一味を、第五隊が到着する前に、バラン村のEIA達だけで一掃したという情報がトージの耳に入っていた。


「トニー君、ウソはいかんよ、ウソは。「ストーム」は我々があれ程調査しても所在は不明、運よく発見しても逮捕出来るのは一度に一人か二人がせいぜいの厄介な集団だぞ。それをEIA集団だけで片付けたと? 言わば農具を持った一般民衆だというのに?」

 トージは椅子に座った状態から机の上に足を置き、両手を頭の後ろで組んでふんぞり帰っている。

 すると護衛隊員の間では小心者で名高いトニーが、額に汗を見せて反論した。


「恐れながら総隊長殿、連行した「ストーム」一味も、皆口をそろえて村人にやられたと……」


「ふーん、なるほど『口を揃えて』ね……」

(小賢しい、「ストーム」如きが。いっちょ前にメンバー全員に緘口かんこう令でも敷いてんのか。何の為か知らねぇが)


 話の内容がに落ちないトージは、トニーに隠密おんみつ作戦専用部隊である第二隊の隊長を呼んで来るよう命じた。


(トージ総隊長、第二隊の隊長を呼び出すって、また怖いこと考えてんのかなぁ)

 そんな事を考えながら、トニーが総隊長執務室のドアを開けて出ようとすると、目の前に女性隊員がいた。

 制服のシャツの第二ボタンが飛びそうだ。


「あ、あらトニー君。奇遇ね……!」

 ルエンドは少しばかり慌てた様子だが、笑顔で平静を取りつくろった。

 緊張気味のトニーは、ルエンドの慌てた様子には気付きもしない。

「ルエンドさん! お疲れさまです、いつも、き、綺麗ですね」


 そんなトニーにルエンドは笑顔で対応する。

「トニー君、すっごく嬉しいんだけど、セクハラ用語には気をつけてね」

「は、はいっ! 申し訳ございません!」

 トニーは真っ赤になって、り返り気味で「気を付け」の姿勢をとった。

(『綺麗』も言っちゃダメなんだっけ? 線引きムズーッ! けど、そういうルエンドさんのキワドイ制服姿ヤバいっす!!)



 暫くすると、総隊長執務室に第二隊の隊長が入ってきた。

「総隊長、お呼びでしょうか?」


 ダーティーブロンドに日焼けした肌、頬に「XⅢ」とフラクトゥールの書体でタトゥーを入れた彼は、ニ百年の歴史を誇る護衛隊のイメージから逸脱いつだつしているように見え、その外見からも仕事の内容からも他の隊員達からは敬遠されていた。


「ジャック君、相変わらずだね、他の隊員が怖がってるよ? まぁ、やることやってくれるから私は別に構わないんだけどね」


「そうですか? ではヒーサロに通うのをひかえます。ところで何の御用でしょうか?」


 それを聞いたトージの鼻からわずかにフッと笑うような息が漏れる。

「面白いこと言う奴だな、ヒーサロなんかこの世界にないだろ。次から『ヒーサロのジャック』と呼ぶぞ?」

(あれだな、ドナム使って南方の海にでもちょいちょい行ってんな)

 トージにとってジャックは数少ない信用のおける部下の一人だった為、彼の行動にいちいち制限をしていない。

 トージは椅子の背もたれに目いっぱい体重をかけて目線を合わせ、ニヤリとした。

 ジャックは一言、

「どちらでも構いません」

 と答え、この茶番に対して全く興味を示さない。トージは仕方なく本題に入る。


「では早速だが。先日取り押さえた『ストーム』の一味に、自分達を倒した奴の正体を白状させてもらいたい」


「総隊長殿。恐れながら、EIAの村人だと聞いておりますが」

「それは作り話だよ、ジャック君。まぁ、目星はついているんだが」

「ですがその役目、いつもは第八隊のレイモンド隊長では?」

「レイモンド君は第一隊のウォーカー君と別件で国境方面なんだよ。それで君が初めてここへ現れた時に言ってたこと思い出してね」

「…………」


 トージは机に肘をついて重ねた両手の甲にあごを置き、ジャックを見上げている。


「君が異世界こっちへ転移して来た時、私に話してくれたよな? FBIきみの潜入捜査が発覚してしまい、コロンビア系の人身売買の組織から制裁を受けてる最中だったと。何されてたか知らないけど、少しでも晴らしたいと思っているんじゃないのか? 丁度いい機会だろ」

 言い終わると眉を上げてニンマリとした。


「お気遣い、痛み入りますが興味ありません」

 ジャックは思い出したくもない過去に触れられたが、無表情のままだ。

 

「口を割らせる仕事を一任するのであれば、面倒なので殺しますよ」

 と、眉ひとつ動かさず付け加えた。


「フッフ。それは困るな」

 トージはその返答もあらかじめ予測していたのか別段、動揺もしていない。

 

「『誰か』というより、むしろ『手段』に重点を置いて頼むよ。恐らくイントルーダーだろう、ドナムの情報が欲しい。……それと、その主犯格の“アキレス腱”もね。誰しも弱みは必ずある。ちょっと惜しいが一人くらい潰れてもらって構わない」


 ジャックは沈黙したままだ。


「ああ、それとね、白状させる対象は戦力にならない弱い者を選んでくれ」


(しかしこの男、いくら国家の為とはいえ死に直面しても尚、口を割らなかったってことだろ……? お――嫌だ。ちょっと前のスパイ映画じゃあるまいし。オレなら速攻でゲロしちまうけどね)


 ◇ ◇ ◇


 オルレオンの城壁の奥にバスティール監獄があった。

 もとは要塞だったのだが、諸外国との戦争がなくなり、今は監獄として使用されている。


 暗く冷たい塔内のレンガの壁には一定の距離で松明台が設置されているだけだ。

 第二隊の隊員が二人、東塔の螺旋らせん階段を上がって行く。


「何で僕達なんだよ、これって第八隊の仕事じゃないのかよぉ。ったく、マジ嫌になるよな――」

「そうだぜ、誰が道具出しやるんだ? え? 勘弁かんべんしてくれ、オレはやんねぇよ? 晩飯が喉を通らなくなる。パスだよ、パス!!」


 五階のフロアの廊下を歩き、すぐの牢屋の鉄格子のドアを鍵で開ける。


「おい、起きろ」


 イントルーダ達は能力を駆使すれば如何様いかようにも脱獄出来る為、最近有効だと判明したある金属の手枷てかせが囚人の手首に着けられ、鈍く光を放っていた。


「うちの隊長がちょっと聞きたいことあんだってよ。あれでもレイモンド隊長でなくて不幸中の幸いだぜ」

 引きずられるように隊員二人に連行されていく「ストーム」のメンバーはハリスだった。

「そうそう、レイモンド隊長って何ていうかその、楽しんでるって噂だからな」


 ハリスの両手には、ドナムを封印する為イントルーダー用の手枷が手首につけられている。

 しかし手枷とは別に両手が左右それぞれ麻袋で包まれていたのは、ただの拘束の為ではない。放たれた物の加速度を上げるドナムに対する、明らかな警戒の表れだった。


(くっそぅ……前は脱獄なんか楽勝だったってのに、これじゃぁ逃げるチャンス皆無じゃねぇか)



 長い螺旋らせん階段を下っていくと、ハリスは地下のこじんまりとした、床も壁も全面タイルで出来ている部屋に入れられた。


 部屋の中央に鉄製の椅子が一つ置かれている。

 壁にはのこぎり、斧、鎖といった大型の道具が掛けてあり、ワゴンの上にはペンチ、ハサミ、千枚通しなどの小型の道具が整然と並べてあった。


 一見部屋の白いタイルの壁は綺麗に掃除されているが、モップで拭きそこねた床の隅にはまだ目新しい血痕けっこんが残っている。


「ま、待ってくれ、何すんだ!」

 ハリスの悲痛な叫びを断ち切るように、冷たく重厚なドアが閉まる。

 彼はそこで何度か悲鳴を上げたが、五分も経たないうちに部屋から連れ出され、隊員に担がれるようにして元居た上階の檻に戻された。


「お前賢いよ、すぐゲロっちまったから奥歯一本で済んだんだぜ。しかもそれ、だったっていうじゃん。隊長、あれで意外に優しいとこあるからちゃんと焼き棒で止血したんだろ?」


 ハリスは口の脇についた血をぬぐうと黙って独房の隅に座った。

(すまない、ジェイク……全部喋っちまった……)


 ◇ ◇ ◇


「ふん。やはりな」

 護衛隊総隊長執務室で、トージは椅子の背もたれに寄りかかって窓から外を見ていたが、第二隊の隊長ジャックの報告を受け、くるっと椅子を回転させて正面を向くと、不機嫌な表情を隠しもせずジャックへ視線を移した。


「トージ総隊長殿。その二人組のうち、ヒースという少年はオレンジ色の光で炎を、もう一人は黄色い光で雷を操るそうです。相当な能力者だと。しかし現在の居所まではさすがに知らないようでした」

 

「キッチリ仕事してくれるねぇ……やはりだったか。オレンジで炎に、黄色で雷か。暖色系……。すると攻撃力は格段に上だな、マズいコンビだ。もう捨て置けない」

(前に二人が駐屯所内に侵入して来た時はかすった程度で済んだが、やはり炎系か。くそ生意気な、このオレだって白だぞ……?)

 ドナムの色がスタンダードである白以外の場合、暖色系と寒色系の二つに分かれることは少し前から彼らの間で浸透してきている。また、カラードの方が攻撃威力は大きいようだ。

 能力の種別によって色も違うようだが、白とカラードの境界線がどのようにして決まるのかまでは、まだ誰も知らなかった。


「ドクは確かグリーンでしたね、寒色系イントルーダーは技術系に強いと聞いたことがあります」

「よく知ってるね。そういう君は赤だそうじゃないか、怖いねぇ。ところで何か弱みになりそうな情報は聞き出せたか?」

 トージは机の下でずっと貧乏ゆすりをしていた。

 もうヒース達のグループに対し、苛立ちが飽和ほうわ状態になっていたのだ。


「それに関しては何も知らないようでした。ですので、お急ぎでなければこちらで独自に探りを入れてみますが」

「さすがは元捜査官だね、詰めてくるねぇ」

 トージはようやく、上機嫌になった。


「それとね、もう一つ頼みたいことがあるんだが」

 トージは机から四つ折りの地図を取り出し、開いて見せた。


「この町に異形獣まものを多めに放ってくれないか、ここは奴の以前の住処からそう遠くない場所だ、何度かに分けて連日放っていれば噂で引っかかる」


「彼らをおびき寄せるのですね」

「話が早くて助かるよ。現場では君の隊員を配置させてくれ。二人が異形獣まものの餌食になればそれでよし、そうでなくても町民を守りつつ、あれを相手にまさか無傷ってことはないだろう。奴らが罠にかかったら確保だ。逆賊を一刻も早く取り押さえるためには、多少の犠牲は必要悪だよ」


「承知しました。我々にお任せください」

 そう言ってニッと笑って見せると、ジャックはドアを開け、総隊長執務室を出た。

 トージは窓を眺め、満足気にほくそ笑む。

(ジャックのような男が現れてくれて渡りに船だ)



 ジャックがトージ総隊長控室のドアを開けた時、ドア裏の気配に気付く。

 羽帽子を目深に被った女性隊員だ。ジャックはドアを閉めてから話かけた。


「おおっと、これは失礼、ルエンドさん。最近よく会いますね」

 彼女の心臓が爆音を上げる。

(ヤバッ!!)

「ジ、ジャック隊長! 今日も髪型バッチリですね――」

 動揺したルエンドは意味不明なお世辞を言って目をらした。


「お褒めに預かり光栄ですね。いい店見つけたので、今夜あたりどうですか? あぁ、上官が誘うとパワハラですか?」

「いえいえ、該当しませんが、今日は用がありますのでまた……」

 彼女は慌ててその場を立ち去ろうとした。


「ああ、ちょっと」

 ルエンドはドキッとして立ち止まった。

 振り向いて平静を装う。

「何でしょうか?」


「昨日、猊下の執務室の前にある甲冑の中に入ってましたよね?」


(ドキーッ! な、何で分かったのよ。隊長、あの時普通にスルーしたじゃん!)

「え、え? な、何のことでしょうか……?」

 ルエンドの記憶が鮮明によみがえる――。


 昨日、ジャックがトージと一緒に宰相リシューの執務室に呼ばれた際のことだ。

 ドアの両サイドに一体ずつ設置されている鋼の甲冑の中に入り、彼らの会話を盗み聞きする為じっと聞き耳を立てていた。

 ドアの前を通った際に人の気配を感じたジャックが目をやると、兜の隙間からキョロリと動く目が見えたのだ。


『プッ』

『どうした? ジャック君』

 トージがジャックの方を振り向く。

『あ、いえ何でも』



 ――昨日のその様子を思い出し、ジャックはまた噴き出した。

「プッ……いや、さすがに気のせいですね」

 そう言ってジャックは紺のマントをひるがえし、笑いを噛み殺しながら歩いて立ち去った。


(……君の火薬と香水の入り混じった香りがしてたんだよ)


 ジャックが廊下の角を曲がって視界から消えると、ルエンドは床にへたり込んでしまった。

「やだもー、あれ絶対バレてんじゃん」



(オモシロ要員として第三隊から引き抜きたいところだが、今の隊長は『ビーサンのクロード』か。…………面倒だな)

 立ち止まって暫くブラケットのランプの火を見つめていたが、ニヤリとするとまた歩き始めた。


(ま、面白くしてくれりゃぁ何でもいい。フフ)

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