10 自警団のライセンス

 倒した「ストーム」一味は、村人も加わり鎖で縛り上げ、小屋に監禁した。

「これで全員か、やれやれ」

 ヒースが最後のメンバーを縛りあげると、ついじっちゃんの口癖が出た。


「お二人さん、本当にありがとう。村を代表してお礼を言わせてもらうよ」

 村のリーダーのジョージはすっかり穏やかな顔つきに変わっていた。


 手配中のイントルーダーを護衛隊に引き渡すと報酬がもらえるというので、既に村の者がランタンを手に近くの護衛隊駐屯所へ報告に走っていた。

 しかし思いの外、すぐに村の男は護衛隊の第五隊に出くわしたようだ。

 護衛隊の隊員ルエンドが前もって連絡しておいたことで、第五隊は村を出たすぐの場所までやって来ていたのだ。


「第五隊の者です。襲撃の計画を知って、もっと早く助けに来る予定でしたが遅くなってしまった」

「いえ、どうにか出来ましたから、後はよろしくお願いします」


 その頃、ストーム一味を監禁している小屋の隅でヒースはジェシカにある質問をしていた。


「なぁ、護衛隊はイントルを確保してどうすんだ? バスティール監獄か?」

 ヒースは最近、護衛隊が異形獣まもの討伐だけでなく、ドナム系イントルーダー達も取締まり始めたのをミツヤから聞いていた。


 ジェシカは腕組みで仁王立ちの上、首を少し傾けてヒースを見上げた。

「そりゃぁそうでしょ、徒党を組んで襲うなんて異形獣まものよりたちが悪いのに」


「お前らもせいぜい気を付けるんだな。そこの二人、バケモノじみてつえぇけど。結局イントルっていうだけで何もしてない者まで難癖つけて拉致か逮捕だ」

 会話に入ってきたのは鎖で縛られて身動き出来なくなっているジェイクだ。

 メンバーの中で唯一意識を取り戻したのだ。

 負傷しているとはいえ、鎖も斬られないよう念には念を入れてぐるぐる巻きだ。


「お前らはともかく、無実でもか?」

 と、ミツヤが聞いた。

「ああ、以前知ってるもんが連れて行かれたよ。それにEIAの奴らが集団で、一人でいるイントルを狙うことは多い。カネになるからな。チッ、前にドジやってつかまった仲間はEIA経由で護衛隊に引き渡された」

 ジェイクはヒースを見上げ、調子付いて取引を持ち出してきた。


「この鎖を解いてくれたら、もっと情報やってもいいが」

「アホか、俺だって逃げたお前を仕留める元気はもうないぜ」

 ヒースの返答の後、ミツヤは日頃思っていた事をジェイクに提案した。

「お前らこんな強いのに、自警団でもやって異形獣まものを討伐したら一石二鳥じゃないのか?」


「ああ、オレ達だって初めは何組かチーム組んでた。結構カネになったぜ、だが助けてやった村がEIAの巣窟だったんだ。あいつ等チクりやがったんだよ。ひと月もしねぇ内に護衛隊が所在をつかむと、何もしてねぇのにオレ達を何人か連行してった。もう村や町の一般民衆なんか信用出来ねぇんだよ」

「なるほどね」


「ああ、あと護衛隊に何人かランクAをしのぐ強い奴がいるぜ。ドナムもないのにやたら強い。気をつけることだな」

(ビー・クロのことか……?)


 暫くジェイクの解説が続いた為、ミツヤが突っ込んだ。

「なんだかんだ、情報を色々すまないね」

「ケッ! オレの悪い癖だ」

 と言って斜めに構え、横目で窓の外を見たジェイクだが、自分の力を出し切って負けたことで、どことなく清々しい気持ちになっていた。

 と、首を項垂うなだれたジェイクはヒースに視線を移して一つ忠告した。


「ま、そんな訳で自警団やるにもイントルの身分だと難しいってことだ。一般人のフリしてドナム使わず提供してもらった武器だけでやってくか、それかまさかの無許可で武器なし依頼なし情報なしの無し尽くしで、護衛隊に追われるまま厳しい条件でやるか……だぜ」


「もしくは、護衛隊を潰すか……?」

 ヒースは真顔で言った。


 ミツヤは一言、「……おい……!」と言った後は開いた口が塞がっていない。


 黙って聞いていたジェシカが頓狂とんきょうな顔をして口を挟んだ。

「あんた何言い出すの? バカなの!?」


 ジェイクはしばらくポカンと口を開けて驚いた顔を見せていたが、声高に笑い始めた。

「はーっはっはっは! 無茶苦茶だな! てか、マジで? そこの雷くんと二人でか?」


 それを聞いたヒースはジェシカの腕をつかんで引き寄せると、ジェイクを見下ろして言った。

「三人だ……!」


 唖然としたジェシカが自分より20センチも身長の高いヒースを見上げる。

「だからバカなの――!?」


「はっはっは……なんか、お前ら気に入ったぜ。そうだな、オレからもあんたらに全滅させられたっていうこと、護衛隊には黙っておくよう仲間にも口裏合わせておくよ」

「ええ? なんで俺達にそこまで?」

「べっつに。護衛隊の奴ら、オレ達のドナムなんていちいち全部は把握してねぇ。ともすりゃ、バスティールなんか前にも入ってるし、出るのはちょろいしな」

「おい、EIAには」

 ミツヤが鋭い目を向けてすぐに釘を刺した。

「わーってるってぇー、実際参ったよ、もういい。だが……」

 ジェイクは一瞬、真面目な顔をした。


「そうだな。まぁせいぜい、つまんねぇものに命を懸けないことだ」


(あれ、どっかで聞いたフレーズだな)


 そこに村人から知らせが入った。

「ヒース君、ミツヤ君、そろそろ隠れた方がいい! 護衛隊がこちらに向かってます!」

 村人の物言いがだいぶ丁寧になっている。


「あんた達、護衛隊に『ストーム』メンバーと一緒にされたら困るでしょ。あたしんかくまってあげるからさっさと来なさい!」

「ジェシカー、キツイよ。そんな力で引っ張らないでくれよ、俺達大怪我してんだぜ? そんなすぐ動けないよ――」

 ジェシカはなぜか、益々手厳しい態度だ。

「あたしは! ……ただ心配してんの!」

 ミツヤはジェシカの頬が少し赤くなったのを見逃さなかった。

(なんだ、そういうトコもあるんだ)


 ジェシカは大急ぎで二人を家に連れて行った。

 暫くの間、二人を匿うことになったジェシカは応急処置をしている間、終始ヒースとミツヤにキツい言葉を吐き出しながらも、薄っすら赤面した顔には嬉しそうな表情が垣間かいま見られた。


「消毒してんだから痛いのあったり前でしょ! もうちょっと我慢しなさい!」

「いや、ごもっともですが、マジ手厳しい――!」

 ヒースとミツヤの二人はジェシカの言いなりだった。

 その様子を遠巻きにしばらく見ていたジェシカの母親が、家じゅうの薬と包帯をかき集めて来て言った。


「ジェシカ、何年ぶりかしらね、そんな楽しそうな顔するの、ふふ」

「な、何を言い出すの、おかしいんじゃない?」

「はいはい」


 護衛隊の目を誤魔化すため、ジェシカはヒースとミツヤを自宅に隣接する納屋に匿った。

 しばらくすると納屋の中で静かに耳を澄ます二人の耳に、護衛隊の馬車の音や大勢の声が聞こえてくる。

「ストーム」一味は全員、護衛隊に連行されて行ったのだ。


「なぁミッチー、これでよかったんだよな……?」

「……うん、今回はな。僕たちが制圧してなければこの村は凄惨せいさんな状況になってたと思うからな」

 そう言って狭い納屋で頭を垂れる二人は、どこかスッキリしなかった。

「EIAもイントルも、護衛隊も一丸となれたらいいんだろうな」

 ヒースはミツヤを見て理想を言ってみた。

「それが出来りゃあ苦労しないよな」

 解っていることだが、それでもミツヤはポツリと答えた。


 納屋の中で二人が色々思うところを確認しあっていると、ノックの音がしてジェシカの母親が入ってきた。

「ねぇ、お二人さん。実はお願いがあるんですけど」

 ニッコリ笑って言った。


「あの、連れてってあげてくれませんか?」

 二人は驚いて顔を見合わせた。


「ええ!?」


「あと、ひとつお願い。ナイショにしておいてね、私からあの娘にこんな話したの」

「実はどう説得しようかと思ってたくらいで、有り難いんだけどお母さん、俺達これから異形獣まもの退治や果ては護衛隊も敵に回すことに。勿論、仲間となれば全力で守るが、常に危険と隣り合わせになる」

 ヒースは嬉しい気持ちを抑え、一応念押しで伝えた。


 するとジェシカの母親は、彼女が子供の頃の惨劇を話して聞かせた。

「あの娘の実の母親は私の姉ですが、あの子がずっと小さい頃に両親共に、異形獣まものに襲われて亡くなったんです。目の前で」

「……」

「私たち妹夫婦が引き取ったのですが、夫は去年ドナム系イントルーダーに殺されました。もうあの子は独りぼっちでずっと他人に感情をぶつけることを忘れてたんです、あなた達に会うまではね」

「……そうだったんですか」

 ミツヤがポツリとこぼした。


「両親を亡くしてからは狂ったように弓の練習をしてました、EIAの仲間に内密で弓を拵えてもらって。女の子がたった一人で毎日毎日、弓と矢で……細くて白い手は血豆が潰れて女の子の手ではなくなりました。……仲間うちから弓の腕前をめられても笑顔ひとつ浮かべないし」

 ジェシカの義母ははは涙を指で拭った。


「そんなあの娘があんな風に……。なんだかね、あたしまで嬉しくなっちゃったんですよ」


「あの、お母さんの気持ちはよく分かりましたし、正直言って僕達も彼女を仲間にしたくてウズウズなんです。けどそもそもジェシカちゃんが……」

 今度はミツヤが困った顔をして言った。

「ふふ、ちょっとこちらに来てくれません?」


 ジェシカの義母ははは自宅の中に二人を入れて台所を抜け、ジェシカの部屋の前に連れて来ると、人差し指を立てて自分の口元にあてた。

 そしてドアノブを持ってそっと押し、数センチほど開けて部屋の中をのぞくよう促す。

 ヒースとミツヤは女子の部屋を見ていいのかと内心ドキドキしつつも中を覗くと……。


「参ったわね。これじゃぁ、あのバカ男子二人がケガした時に包帯と薬足りないじゃん……。待ってよ投げナイフも、あとは下着でしょ、それからこの帽子はマスト……! それから裁縫セットと……」


 ヒースは戸口から目を離すとミツヤに小声で言った。

「ミッチー、連れてっていいだろ?」

「……愚問ぐもんていうやつだな」


 二人は拳を合わせた。

 それをそばで聞いていたジェシカの義母ははは二人の横で涙をこぼしつつも嬉しそうに何度も頷き、台所へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、空は朝からどんよりとした雲に覆われていた。

 ヒースとミツヤはジェシカの家に一泊、朝食をごちそうになり村人からは土産も頂いて、すっかり歓迎ムードだ。

 ジェシカの勧誘については、ヒースとミツヤは彼女が自分から「行く」と言うまで自分達から誘う訳にはいかないと腹に決めていた。

 その結果、何の勧誘のアクションもない二人に対し、ジェシカのソワソワした態度が頂点に差し掛かっていた。

 そうなると、ヒースとミツヤがジェシカの家から出る時、彼女が一段と大きい態度とキツい言葉を投げつけてくるのは必然だった。


「いい? あんた達、ぜーったい後悔するからね! 二人だけで今後もやっていけると思ってたら正真正銘の大バカよ!」


 そういうジェシカは既に出発準備万端で、両サイドの髪飾りにお気に入りのリボンを付け、服も髪型もバッチリ決め込んでいる。勿論ロングボウも背に装備し、後ろに回した手には肩掛けの大きな荷物まで持っている。


 馬車を前に、ヒースはミツヤをチラっと見て、助けを求めて肘でミツヤをつつく。

(ミッチー、お前が言えよ)

(くそヒース。しゃぁないなぁ)


「……あの……ジェシカ、実は僕達、ついこの間マモノ退治で自警団始めたばかりなんだが……」

 ミツヤはなかなか言葉が続かない。


「その……」

 ミツヤが言いかけた時、気持ちと裏腹なジェシカとシャキッとしないミツヤに痺れをきらしたヒースが強硬手段に出た。


「ミッチー、時間がねぇ。急ごうぜ」

 ヒースがきびすを返す。

「お、おいヒース待てよ、いいのか?」


 二人が歩き出し、ヒースが御車台に足を掛けた。……その時だ。


「待ってよ! 待って、なんでよ。酷いじゃない……!」


 二人には泣きそうなジェシカの声が確かに聞こえていたというのに後ろを振り向きもせず、まだ口を固く結んでいる。


「あたしも連れてってよ! 足手まといにはならないよう、もっと強くなるから! 異形獣まものでもイントルでも、まとめてやっつけるから!!」

 ヒースとミツヤは「やっとか」と言わんばかりのホッとした表情を浮かべ、お互い目で訴えた。


(危なかったな)

 と、ヒース。

(お前がせっかちなんだよ……!)

 と、ミツヤ。

 そして御車台のヒースはすぐにジェシカに手を伸ばした。


「来いよ」

「え……?」


「試すみたいな形になって悪かった。ごめん。俺達の方こそ君の力が欲しかったんだ……! ようこそ、『青い疾風ブルーゲイル』へ!」


 一連の様子を見ていたジェシカの義母ははは号泣だ。


 少し距離を置いて見ていた村人達は歓声を上げた。皆、ジェシカの気持ちを薄々感じて応援していたのだ。


「ねぇちゃ――ん! 元気でね、ヒースとミツヤに振られたら帰ってきていいからね――っ!」

 ジェシカの弟が手を振っている。


「コラ――ッ!! マセガキ! 違うからっ!」

 ジェシカは顔を真っ赤にした。

 こうして三人は馬車で賑やかに村を出発した。


 ミツヤの腕の負傷を気遣い、しばらく手綱はヒースが握ることとなった。

「なぁジェシカ。私物の荷物多くないか?」

 ヒースが振り返って荷台にミツヤと向き合うように座っているジェシカに言った。


「なーに言ってんの。少ないくらいよ。ここまで絞るのに何時間かかったか……」


「パンツなんて五枚もいらんだろ、洗濯して……」

 ヒースはしばしば余計なことを口走る。 

「なんですって!? なんで知ってんのよッ!!」

 荷台から投げナイフが飛んできた。

「うぉっ! な、なんだよこえ――!」

「あんたね、あたしが朝作った弁当、どうなっても知らないから」

「すんません」

 ヒースは深々と謝罪する。



 馬車は街道を順調に北上していく。

 メンバーは三人になった。

 ヒースはずっと自分達のチームの在り方を考えていた。

 ふと、入隊試験に紛れこんでいた妙なスナイパーの言葉がぎる。


 ――お前はいったい誰に自分の価値を決めさせてんだ? 自分の価値は自分で決めろ、つまんねぇものに命懸けんな――


「ミッチー」

「なんだよ、ヒース」

 ミツヤは土産でいっぱいの荷台に横になって、ジェシカとトランプで暇を潰していた。

 ババ抜きの手を止め、チラっとヒースを振り返る。


「俺達、自警団『青い疾風ブルーゲイル』は無許可でいこうぜ!」


「はぁ!?」

 ミツヤがビックリして起き上がろうとした時、足が荷物の箱にぶち当たる。

 ガン!

「いてぇ!!」


「ええ――――ッ!?」

 ジェシカも驚いた拍子にカードをバラまいてしまった。


「俺たちはお尋ね者だ、身元隠して申請を出したところで許可が降りるかどうか。大体、コソコソやるの性に合わねぇ」

「お、おいヒース、無許可って……」


 そう言いかけたが、ミツヤはヒースらしいと既に感じ始めていた。

 明らかに動揺しているミツヤ達に、ヒースは更に続ける。


「自警団のライセンス? かったりぃ! 人の命を助けるのにごちゃとちゃと、そんなものくそっくらえだぜ!!」


「……」

 ジェシカは口を半開きにしたまま、もう言葉もない。


「たとえ無許可でやってんのが気に入らねぇで剣を向けられても、返り討ちにしてやろうぜ!」


 振り向いて、後ろの二人に笑ってみせた。

 ヒースのオレンジの長めの髪が風に揺れる。


 ミツヤとジェシカの胸に透き通った風が吹き抜けて行く――。


 それは規則から極力逸脱いつだつしないよう日本社会の様々な制約を背負ってきたミツヤが、初めて肩から重い荷物を降ろした瞬間だったのかもしれない。


「ハッ!……ヒース、お前って……」

 ミツヤは両手を頭の後ろで組んで言った。

「マジでイカレてんな」

「はん?」

「ハハッ、いや悪い、イカしてんな!」


「今頃気付いたか、おせーよ。」

 ヒースはちょっと口を尖らせて言った。

「ジェシカ、問題あるか?」


 至って真剣な目でジェシカを見て言ったヒースに、彼女はトランプを拾いながら少し諦めた口調で答えた。


「ちゃんと仕事こなすなら問題ナシよ」

 しかし、その口元は笑っていた。

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