9 二人の誤算

 ミツヤを目で捉えたその男は、両手を前に突き出すと何もつかんでいないその手をゆっくり上に動かした。

 驚くことにその動作に合わせて、周囲の岩が持ち上がっていったのだ。


「君に直接触れなければいいんでしょう?」

「やべ、重力使いのモリーだ! 危ねぇ、皆どけろ!」

「ストーム」一味の仲間が速やかに周囲を開けた。


「岩の下敷きになれ! 万有引力グラビティフォース!」

 腕をミツヤに向けて降ろす動作で岩がミツヤの頭上に落ちてくる。


 慌てたミツヤは即座に雷の壁を頭上に張って防いだ。

「くそっ、雷鳴の加護サンダーシールド!」

 周囲の電気を集めて巨大な雷のエネルギーの壁を発生させるミツヤのガード系ドナムだ。


 落下した岩は雷のエネルギーに弾き飛ばされ、遠巻きに避難していた敵にも砕けた岩が降りかかる。

 飛来した岩を浴びた「ストーム」のメンバー数人は頭や背中に衝撃を受けてその場で意識を失ったようだ。


「危なかったな。少しは数減らせたか……」

 ミツヤは額に汗をにじませ呼吸は乱れていた。

「君、やりますね、名前は?」

「ミツヤだ」

「では覚えておきます」

 一言添えると、モリーはもう次の攻撃の体勢をとっていた。


 一方、ヒースはマージの水の壁にさえぎられ、なかなか攻撃に出られなくなっていた。

 この好機を逃すまいとマージはヒースに向け、更に大量の水で攻撃を始める。


「逃がさない、水渦地獄ストリームインフェルノ!」


 前に突き出した手の平から大量の水がヒースに向かって放水され、それがヒースの体全体を包み中心から渦状の柱となって留まった。

 ヒースは避けきれず浴びてしまい鼻からは水が入ってくる、抜けようと移動しても渦が後をついて来る……!

(い、息が出来ない……!)


「これは前日に雨が降って地面にたっぷり水分が含まれてないと出来ないんだが、運が味方した」

 マージはニヤリと笑って言った。


 水の渦からなんとか抜け出したヒースは刀を地面に差して寄りかかるように膝をつく。咳き込みながら息をするのがやっとだ。

 ミツヤが助っ人に入ろうと手を上げるが、重力使いのモリーがそれを止めてしまう。


「言った筈です、直接触れなければ攻撃可能。地球引力アースグラビティ!」

 モリーの両手から重力を操る白いエネルギーのような光が出てミツヤの体を包み、そのまま地面に叩きつけた。

「ぐゥ!」


 劣勢になったヒースとミツヤの様子をこれ以上黙って見ていられなくなったジェシカは、モリーとマージに向けて矢を放つ。

「だから油断しないでって言ったでしょっ!」


 モリーとマージは肩と足に矢を受けた、そのひるんだ瞬間を二人は見逃さなかった。

 ミツヤはモリーに電撃の回し蹴りを入れ、ヒースはマージを炎斬刀えんざんとうで峰打ちにした。

 

 その間もジェシカは次々とストーム一味に矢を放ち、「ストーム」のメンバーは残り十人弱まで減らすことが出来たのだ。


「やるなぁ! ジェシカ!」

「べ、別に大したことじゃないわよ……!」


 ヒースもミツヤも当初はここまでジェシカが戦力になるとは思っておらず、いい意味での誤算だった。

 二人は彼女から弓の腕を見せつけられた今、もう目の前の敵に集中する決意をした。


 と、ミツヤが手の周囲にビリビリッと光をわせてヒースのもとへ駆けつける。

「なぁヒース、ちょっと試したいことがあるんだがいいか?」

 ミツヤは再び黄色い光をまとい、両手で空気中の電気を集めボール状にすると呟いた。


「そんじゃぁ、ひとつやってみるか……!」


 数歩後ろに下がり電気の球を空高く放る。

 軽く助走をつけ右肘を引き上げ、五メートル以上も上空へ跳んだ。

 そして左手を前方へ伸ばし体を反らせると、続いて前方に出した右手中指の付け根あたりに電気の球の中心を捉えた!


 月を背に、ミツヤの完璧なジャンプサーブのシルエットが浮かび上がる……。

 ヒースとジェシカの目にはミツヤの背に翼が見えた――。

「ミッチー……!」


 反らせた体のバネを使ってグループの頭上めがけ、思い切り電気の球に強烈なスパイクを打ち込む……!


「食らえ! 雷霆爆弾サンダースパイク!」


 バリバリッと空気を切り裂くような音と共に、ストーム一味の残りの集団の中で電光がスパークし、触れた残りの一味は皆一斉に気動きを止めてその場に倒れた。

「っしゃ――ッ!」

 と、達成感を噛みしめるように膝の横でガッツポーズを決める。


「何てデタラメなチカラなの!?」

「すげぇなミッチー。あれだろ? バレー!」

 ミツヤは親指を立て、歯を見せて満面の笑顔で合図を送った。

 ――ミツヤの脳裏に、アビニオの町で別れ際に二人で話をした時の六三郎ろくさぶろうの言葉が蘇っていた――。


 ◇ ◇ ◇


「六さん、僕はヒースのようには武器は使えません。あるのはこの雷の力だけなんですが、ヒースを超えられますか? 僕は……もっと強くなりたいんです」

 六三郎は一瞬少し驚いた表情をしたが、ミツヤの筋肉質のきたえられた腕や足をじっくり眺めたあと、にっこりして言った。

「そうさのぅミツヤ。例えばお前さんの肩や、特にその脚じゃが相当鍛えとるように見える。この世界に来る前、何かやっておったじゃろ?」

 ミツヤはすぐにバレーボールが頭に浮かんだ。

「勿論、そういうのを想定した攻撃はこの前偶然思い付きました、でも電撃を飛ばすっていうだけじゃ、今ひとつ……」


「例えば――その脚で思い切り高く飛んだことはあるかの?」


 ミツヤの表情から陰りが去っていく。

「六さん!」


「恐らくじゃがイントルは皆、例えドナムを持たない者だとしても常人の数倍の運動能力がついとるようなんじゃ。ドナムが備わった者は個人差はあれど、元々得意とするチカラのレベルを何倍も引き上げられることがある。お前さんはもっと、尋常でない程に高く飛べるはずじゃで」


「ジャンプかぁ、そんなこと思ったこともないので走ってました、ひたすら」

「ほーっほっほっ! ヒースもじゃが、お前も基本的に足が速いよのぅ……のう、ミツヤ」

 六三郎はミツヤを真っ直ぐ見て、更に続けた。


「高い位置からの攻撃は相当有利に働くはずじゃ。お前さんが電光石火でんこうせっかの走りが出来るのも、電撃パンチのパワーがあるのも、単に雷だけではない、本来、今まで自分の培ってきた力がドナムに影響しておる」

 六三郎は最後に、こう付け加えた。


「いいか、これだけは覚えておきんさい。今までの自分の生きてきた経験は全て、どんなことでもこれからの自分の糧に出来る。でもじゃ。 これからが楽しみじゃのー、ほっほっほ」


「過去の、苦い経験……」




 ――それを聞いたヒースだが、まだ信じられないといった風だ。

「《雷神砲サンダーボール》の上位バージョンだろ? けど、あのジャンプ……人間技じゃないぜ?」

 そんな話をしながら、周囲にもう人影もなく、ヒースは刀をさやに納めて気を抜いていた。


「僕はもともとバレー部の中でもジャンプが高かったんだ。けど恐らくドナムが後押ししてるんだろう、僕も驚いてるよ」


 二人が盛り上がっていると突然ヒースの肩に後ろから何かが命中し、鮮血が飛んだ。

「ツッ……!」

「ヒース?」

「気を付けろ、何かかすったぞ」

 左肩を抑えて振り返り、後方の繁みを確認したがヒースには何も見えなかった。


 シュッツ!

 また風圧のようなものを感じた時ミツヤの右膝に何かが当たり、周囲の草が血に染まった。

「痛ってぇ!」

「おい、ミッチー、まだ繁みの中に誰か一人いるぜ!」

「ああ、何の飛び道具だ?」


 二人は繁みから離れたがこの暗闇だ、何が飛来しているかわからず混乱した。

「誰だ、出てこいよ!」

 ヒースは刀を抜いて構える。

 しかしジェイクから受けた膝の傷もまだ出血が止まらず、肩も負傷してしまった。剣先も定まらない。

(まずいな、まだ他にいたのか)


「オレはハリス。この手で飛ばした物の加速を操れる」


 繁みから姿を現した、白っぽい光につつまれた30代くらいの細目の男が小石を片手で放ったり握ったりしていた。

 ミツヤが黄色く光始めた時、その男は小石をミツヤに放った――はずが、忽然こつぜんと石が消えた!

 次の瞬間ミツヤの右腕を小石が貫通していたのだ。

 今度の石は数センチ、痛みも出血もさっきの比ではない。

 耐えきれず腕を抑えてうずくまってしまった。


「ミッチー! 大丈夫か!?」

「動くなよ、この小石は弾丸になる」

 ヒースの得意とする、瞬時に間合いを詰めて抜刀するための踏み込む足はもう動かない。

火焔かえんの……」


「動くなと言った筈だ。ドナム発動までにある程度『溜め』の時間がいるんだろ、オレもイントルだから分かるよ。だがオレは既に溜め時間は終了だ。小石も飛んでる間に弾丸のスピードに出来る」

 ヒースとミツヤは、ドナムを持つイントルーダー相手の戦闘は始めたばかりだ。

 ここにきて初めて「溜め」の時間に対しての壁にぶち当たったのだ。


「お前ら派手にやり過ぎたな、これで終わりだ」

 ヒースの額に汗が滲み、ハリスの右手が動くと思われたその瞬間、

 パシュン!

 背後から弓の弦を弾く音が響く……!


「クソッ……どこに仲間が、隠れて……」

 ハリスは背を矢に射貫かれ、そのまま地面に転がる。


「ジェシカ?」

 ミツヤが差した指の方向をヒースが見ると、今まで草影に潜んでいたジェシカが二百メートル以上も離れたところで、ぴょこんと姿を現した。


「ジェシカ……ウソだろ、あんな遠くからこの精度か?」

 ヒースとミツヤはお互い顔を見合わせた。


「これで全員片付いたわね! ったく、最後まで気を抜いちゃダメじゃないの!」


 ジェシカは得意そうに片手を腰にあて、ロングボウの弓先でヒースを差す。

 それを見てヒースは力が抜けてしまい、その場で地面に倒れると大の字になって星空を仰いだ。


「お、終わったぁ……助かったぜ、ジェシカ。お前すげぇな! さっきの三矢同時といい、そんな距離から百発百中かよ!」

「あたしを誰だと思ってんの、とーぜんよ!」


 ミツヤがヒースのそばに立って小声で言った。

「彼女もいれば戦力になるんじゃないの?」

「おっ! 確かにな。だが本人にその気があるといいが、仮にそうだとしても普通に誘って素直に『うん』とは言わない気がするのは俺だけか?」


「言える。しかももう一つ問題が。母ちゃんが手放すか? ってとこだな」


「そこの二人! なにコソコソ話してんの、こいつら意識ない内に早く縛っておかないと元も子もなくなるでしょ!」

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