6 炎斬刀(えんざんとう)
それは、柄巻にじっちゃんの刀を利用したもので赤色だ。
刀身は美しく、
六三郎から刀を渡されたヒースは、はやる鼓動を抑えながら赤い
するとその刀は陽の光を浴びて、なんとも神々しく光を放ったのだ。
「ヒース、やったな」
「ああ、なんか、感動だ」
握っていると、自然と力が湧いてくる気がした。
「六じぃ、これ、うまく言えないけど凄いよ」
「ヒース、昨日も言ったがお前は炎のドナムを持っておる。この刀はお前の炎を受け入れ、炎を最大限に利用してくれる」
六三郎はその特別な刀に命名していた。
「名は、『
「炎斬刀……!」
六三郎は真っ直ぐヒースの目を見て言った。
「いいか、この刀は正しいことに使いなさい、お前のドナムもじゃ……ちょっと……寝る」
それだけ言うと、六三郎はその場に倒れた。
「六じぃ!」
「六さん!」
◇ ◇ ◇
ちょうどその頃、ヒース達がいるアビニオの町周辺から然程遠くない、とある町の宿屋一階。
BGMにピアノの演奏でジャズ系の曲が心地よく流れている、灯りも暗めのバー店内――。
まだ陽も高いというのに、バーカウンターや木製の丸テーブルで、武装も解かずに酒を手にした自警団達で賑わいを見せていた。
その中で、どういう訳か武器を全く装備していない若者が三人、店の一番片隅のテーブルに集まり声を落とし気味で何やら密談している。
「ジェイク、本当にやるんですか?」
「なんだ今更弱気かモリー。この際、徹底的に潰すぞ。この前もEIAの
ジェイクと呼ばれたその男は金髪ツーブロックの20代後半の若者だ。
どうやらこのメンバーのリーダーらしい。
「あの時は君がドジやってチクられましたよね、ハリス?」
「うっせぇなモリー。けど、あそこの監獄ゆるゆるだったじゃないか。俺達にとっては脱獄なんてちょろいもんだろ」
せっかちなのか、出されたグラスは一気飲みですぐ空けてしまう、ハリスという30代くらいの若者だ。
飲み干したグラスの氷を含んでガリっと音をたてた。
「あいつら所詮は農民の集まりだ。今度の村も武器って言ったって、どうせ農具だろ?」
「だろうな。だが一応油断するな。フン、村ごと全滅させてやる。ちゃんと金目の物は奪っておけよ、駄賃だ」
「で、やっぱり明日ですか?」
同じく20代後半であろう、モリーという若者が身を乗り出して聞いた。
「ああ。だが、まずはマージと連絡とらねぇとな。あいつが居ないと始まらねぇ。明日の夜、いよいよEIA狩りの決行だ……! ところでさっきからずっと気になってんだが……」
ジェイクは自分の右側のカウンターに肘をついてグラスを傾けている、長いウェーブの髪が
背にはブロードソードを斜め掛けしている。
「あのブロンドのゴージャスな女、ここらで見かけねぇよな?」
ジェイクは声を落としてそう言うと立ちあがった。
仲間の二人もニヤついている。
ミニ丈のポロシャツワンピースから出た長い足をカウンターの下で組み、八センチヒールのサンダルを揺らしていたが、ジェイクが背後に立つと足を床に下ろした。
「なぁ、あんた。どこから来たんだ? ここらで見かけねぇが、あんたみたいなイイ女がガサツな連中ばかり集まるこんなバーに一人か?」
ジェイクは女の肩越しに声をかけた。
「勿体ねぇ、こっちでオレ達と一杯付き合えよ」
彼女はカウンターの椅子をくるりと回転させ、ジェイクの方に向いて立ち上がった。
「ええー? ナンパですか?」
そう言ってジェイクを真っ直ぐ見た。
ハイヒールのせいで身長177センチのジェイクと同じ目線だ。
まつ毛の長い、大きな瞳がジェイクを釘付けにしたようだ。
(や、やべぇ……、ドストライクだ――ッ!)
「困ったなぁ。友達と待ち合わせなの、もう行かなきゃ」
(ヤバ、ここで暴れるとこの店に迷惑かけちゃう。さっさと出よう……!)
彼女は店の戸口に向かって他の客のテーブルを避けながら歩き出したが、店の中央辺りで逃がすまいと追ってきたジェイクが彼女の腕に手を伸ばした。
その時だ――。
ジェイクの足の前に、黒いワークパンツとブーツをはいた客の足がサッと伸びる。
ジェイクは前方に手を伸ばしたまま派手に転倒した。
「てめぇ!」
ジェイクはすぐに身を起こすと、足を引っ掛けた客の胸ぐらを掴み、上から覗き込むようにして睨みつけた。
(えええ!? た、隊長、なんでここに?)
彼女はその客を知っているようだ。
「おおっと、すまないな。どうにも足が長くてね」
サラサラのダーティーブロンドがコートの襟元で揺れる。
サングラスと、日焼けした頬に「XⅢ」という数字のタトゥーが目を引いた。
彼はジェイクが掴んだ胸元の手には構わず、椅子を倒して立ち上がった。
身長190センチはあろうか、思わずジェイクは胸ぐらの手を放してしまう。
今度はタトゥーの男がジェイクの顎を掴んでそのまま片手で持ち上げると、ジェイクの足は床から浮いてしまった。
男はゴツい体型ではなく、むしろ細身だがその割に怪力だ。
「グゥッ……はな……せ……!」
タトゥーの男はタバコを
「どうやら異世界を満喫しているようだな。今日、俺は非番でね、今なら好きなところへ行って構わんよ」
「何だと? なんでテメェの許可がいるんだ……! ここで切り刻んで」
ジェイクの体が白い光を放ち始めると、男はそのままジェイクの頭をテーブルの上に打ち付けた……!
するとテーブルは真っ二つに割れ、身の危険を感じてすぐに起きあがろうとしたジェイクの頭からは一筋、血が流れ出る。
「この店から出ろって言ってるつもりだが、まだ理解できないか?」
「ジェイク! やべぇ、そいつ護衛隊の隊長『処刑台のジャック』だ!」
ハリスが真っ青な顔で叫んだ。
割れたテーブルの間から見上げたジェイクは、ジャックの冷笑を含んだ口元を見て背筋が凍り付く。
「くそっ! 相手が悪い、みんな一時退散だ!」
ジェイク達三人は命辛々といった風で店を飛んで出て行った。無銭飲食で――。
「第二隊、ジャック隊長……どうしてこんな所に?」
出て行く若者三人組を見送ったジャックは女の方を振り返った。
「それはこっちのセリフだ、ルエンド。あいつら最近この辺りの村を襲撃しているイントルグループだと知ってて近付いたのか?」
床に倒れた自分の背丈ほどもありそうな大剣を拾うと、黒いコートの上から背に装備し、少し呆れた口調で問いかけた。
「え? ま、まぁ……」
ルエンドの背中に冷や汗がドッと流れる。
「はっはっは! オヤジ! ここにさっきの困った連中の飲食代と、壊したテーブルの分、置いておくよ」
店内の客が引いてしまう程の騒ぎを起こしたが、ジャックは店主に謝罪するとルエンドを連れて一旦店を出た。
「隊長、これからどうするんですか?」
「おおっと。なんだ非番なのを知って、誘ってくれちゃう? 嬉しいね、けど今日は」
「違います!! あたしは、彼らの計画を知ってどうしますかっていう意味で聞いたんですっ!!」
ルエンドは両腕を下にピンと伸ばし、顔は真っ赤だ。
「ハッハッハッ! 分かってるよ」
大笑いしたジャックはすぐに
振り返ってサングラスを上にずらし、ルエンドの目を見てにっこりと微笑む。
「さっきも言ったが今日は非番だ。手柄は君に譲るよ。君のとこの隊長さんによろしくな」
「ジャック隊長?」
(あたしの越境した隠密行動も見逃してくれるのかな?)
護衛隊の各隊は縦割りのように、それぞれ担当エリアと役割が決められている。ルエンドの第三隊の管轄地区ははこの辺りではない。
「面白くしてくれんだろ? 楽しみにしてるよ」
「あの! ひとつ質問していいですか?」
「なんだ?」
「どうしてジャック隊長みたいな人が、あんな総隊長の
言いかけて、人に聞かれてはいけないと、口を
「俺は面白ければ正直、ゲジゲジ眉毛が何をしようと、どうでもいいんだよ」
ジャックは後ろを向いたまま片手で合図し、そう一言残して街の中に消えて行った。
(……つかめないひとね……)
「さぁ、早く村に知らせないと! それに救援も、間に合うかな」
◇ ◇ ◇
さて場所は変わり、アビニオの町から丘を越えた先の六三郎の家。
倒れた彼をヒースとミツヤが家まで運び、布団を敷いて寝かせていた。
六三郎が気付いた時は、もう夕刻前だった。
目をぱっちり開けると布団から起き、思い出したようにヒースのもとに駆け付ける。
「おお、もうこんな時間じゃ」
「ジジィ、もう動けんのか?」
「六さん、もう少し寝ててください。米を炊いたり風呂沸かすくらいはできます」
「そうか、すまんの。では今日はちと甘えるか」
そう言って六三郎は家から出ると、町まで出かけて行き、暫くすると大勢の町の人を呼んで戻ってきた。
「あら、畑仕事してくれた子じゃないか、みんなあの子たちがいるよー!」
農家の人達、味噌屋の女将さん、酒屋の店主、八百屋の主人など、続々と六三郎に連れられて家にやってきた。その数なんと百数十人。
「お、おいおい、ジジィ。なんの真似だよ」
「えええ? 六さん、僕たち二人で全員の食事を……? そ、それはちょっと……」
「なーにを言ぃよるかの、よう見んさい」
町の人々はみな、手に各自で作った料理を持ち寄ってきていたのだ。
お世話になった町民が家族ぐるみでやって来ていた。
「兄ちゃん! 足速いんだって? ぼくと競争しようよ」
「え、うん、いいよ」
ミツヤは照れながら相手をしてやった。
「おーいお前ら、全員は家に入れんからの、そこの折り畳みテーブルを全部外に設置してくれんかの。今年は桜ももう見納めじゃしの、みんなで花見といくかのー!」
六三郎の庭は、庭というよりも空き地に近かったので、百人くらいは集うスペースがあった。
その夜は外で町の人たちと一斉に食事会となった。
月夜に桜が花びらを散らせ、テーブルに置かれた皿の上にもひらひらと舞い降りる。
「ヒース、ミツヤ。わしが作業しとる間、町のモンが随分と助かったーゆうとったよ。すまんかったの」
「六さんとこに旅のもんが訪ねてきたっていうから、また問題児かと思って、愛想悪い態度ですまんかったね」
初日に初めて声をかけた風車の老女だ。
(またって、どんな人が訪ねて来たんだろう……)
「暗ろうなってきよったの、そうじゃヒース! みんなのテーブルに灯りをつけてくれぇや」
六三郎がテーブルに設置した
「えー? じっちゃんからもらった着火ライター、どっかに落としちまって」
「なーにをゆうとるか、お前の手で付けられるはずじゃろ?」
六三郎は空き地の端までヒースを呼んで、何やら話をしていたかと思うと、いきなりヒースの右手から炎が勢いよく上がった!
「ジジィ! やべ、なんだよこれ!」
ヒースは慌てて火を消そうと腕を何度も上下に振ったが、消えない。
「あれ? 全然熱くない。何でだ?」
「できるじゃないか、それが本来のお前のドナムじゃよ」
「こ、これ体のどこまで火が周るんだ?」
「まずは炎斬刀で対応することじゃ。これは最終手段にとっておけ」
「え、だってせっかく」
言いかけたヒースに六三郎は急いで説明を始めた。
「いいか、よく聞け。ドナムには必ずリスクがある。イントルの能力者は皆そうじゃ。この程度の小さな火ならまだしも、腕から炎を
六三郎は危険を伴う行動についての説明は厳しい目で語る。ヒースは鍛冶場を覗いた時から、そういった時は真剣に聞くようになっていた。
ヒースも真剣な面持ちで耳を傾けていた。
「表面的には自分は耐火ドナムで火傷はせんじゃろうが、将来的な臓器やフィジカル面、寿命への影響など誰も判らん。お前のドナムの場合、服も燃えるぞ。人前でスッポンポンじゃ! フォッフォッ! ま、やりたくても今は出来んじゃろうな。それと勿論承知の上じゃろうが、不用意に他人に向けてはならんぞ」
「今は出来ない?」
その六三郎の言葉が引っ掛かり、詳しく内容を聞きたかったがミツヤが飛んでくる。
後にしようと思い、そのまま六三郎に意味を問い質す機会のないままとなった。
そこに遠くから様子を見ていたミツヤが走り寄ってきた。
「ヒース! すっげー! なんだよそれ、出来たんじゃないか?」
今まで刀に炎を
「ヒース、その手、熱くないのか?」
「いや、それがぜんっぜん!」
それからヒースはその手についた火の勢いを数センチ程度まで殺し、各テーブルの燭台や松明に灯していった。
「あんた、それすごいね! なんて便利なんだよ、あっという間に風呂沸かせんじゃないか」
口々に
その日、宴会は夜中まで続いた。
帰宅した者、その場でくたびれて寝た者、みな楽しんでいた。
ヒースとミツヤは大勢での宴会は生まれて初めてで、大そう楽しい時間を過ごせた。
この後、過酷な戦いに挑むことになろうとは
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