7 ジェシカ
「ヒース、行きよりだいぶ狭くなったぞ。もはや居住スペースないだろ、うれしいけどな!」
御者を交代したミツヤは手綱を握り、気分も上向きだ。
「だな! ところでミッチー、帰り支度をしてた時ジジィがお前を呼んで何か言ってたか?」
するとミツヤは得意顔で答えた。
「フフッ。ヒース、僕はもう一段階強くなるよ……!」
「なんだと? くっそ、内容気になるじゃねぇか!」
「ヒースこそ、何を教えてもらって、いきなり着火できるようになったんだ?」
「うーん。ジジィの奴、変なアドバイスだったぜ。コツがあるけど慣れるまでは……」
――ヒースは昨夜の事を思い出していた。
『いいかヒース。どうしても思いつかなかったら、そうじゃの、お前にとって今一番近くにいてもらわないと困る人を思い浮かべるんじゃ。その人がもし
そう六三郎に言われたヒースはすぐにミツヤを思い浮かべてしまった。途端、ヒースの手は炎を
「……まぁ、要するに手先に意識を持っていってみろってね」
ヒースはミツヤが自分にとって大切な存在になっていることに気付き、それを悟られまいと慌てて誤魔化した。
「なんだよー、よく分かんね。まぁでもよかったな。何がいいって、家に帰ってから灯りも温かい風呂にも苦労しなくていいー!」
「はぁー? 俺、便利屋かよ」
「ヒース。俺達も少しはレベルの底上げ出来そうだが、今後の依頼が増えることも考えて、そろそろ仲間増やさないと将来的にキツくならないか?」
ヒースは斜め上に視線を移し、溜息ついた。
「……そうなんだよなー、でもどうやって見つけんだ……?」
二人は馬車でアジトのあるアバロンに向けて比較的道幅の広い街道を北上していた。もう辺りの景色も夕陽の色に染まりつつある。
二人は少し先にある、小さな村に一晩停めてもらえるか交渉することにした。
◇ ◇ ◇
夕焼けの美しい空でバラン村の家々が赤く照らされていた。
村の入り口に馬車をとめ、馬を繋いだ後、二人は様子がおかしいことに気付く。
まだ外は充分明るいというのに誰も人が出ておらず、家に鍵をかけて戸締りしているようなのだ。
「ちわーっす」
荷台から降りるとヒースは村の中に入って行き、目に付いた一軒の民家へ声をかけてみた。すると一人、子供が出てきた。
「兄ちゃん、イントルじゃないよね?」
五歳くらいの、短パンとTシャツに身を包んだ男の子だ。
二人の心臓は飛び出しそうになった。
この一言でこの村は自分達を歓迎しないだろうと一瞬で判ったからだ。
「ヒース、引き上げるぞ」
気の早いミツヤは左手を上げて合図すると、さっさと出ようとした。
「まてよミッチー。訳アリだぜ。恐らく困ってるはずだ」
ヒースがミツヤの腕をつかんで止めた。
「出たよ、ヒースのお節介。いや、お呼びじゃないだろ、どう考えても」
ヒースがしゃがんで男の子に聞いてみる。
「なぁお前、イントルが怖いのか?」
「だって何もしてないのに殴ったり盗んだり、村の人をいじめるんだ」
ヒースとミツヤは顔を見合わせ、暫く沈黙した。
「なぁ、ミッチー、イントルーダーみんなが悪いわけじゃないと判って貰わないか? 今後、俺達含めた異世界からの人、みんな暮らしにくくなるぜ?」
男の子と話をしていると、家の中から慌てた男の子の母親とその子の姉らしき少女が出てきた。
「ミッシェル! ダメじゃない、知らない人と話をして」
恐らくこの男の子の母親だろう、ヒース達の目の前で叱った。
「あー、すみません。俺たちが強引に聞いていたので、その子を叱らないでやってもらえませんか」
ヒースは即座に弁解し、村へ立ち寄ることに決めた訳を話した。
そこへ歳にして十五、六くらいの娘が一人現れる。
その家族は三人家族で父親はいない。
「姉のジェシカよ。あんた達見てるとイラっとするからすぐに出てってくれない!?」
なかなかに荒い口調での出迎えだ。
まだヒース達が敵だと決まってもいないのに、背中には弓と矢を装備していた。
ヒースはジェシカの険しい目が気になっていた。
(……やっぱ何かあったよな)
「はいはい悪かったよ。行こうヒース、こんなとこに長居する必要ない」
ミツヤはとかく面倒事から回避したい傾向にあった。
「待てよミッチー……」
ヒースがミツヤの腕に手を伸ばした時だ。
「お前ら、武器を全部置け」
あっという間に二人の少年を、農工具で武装した数人の村人達が取り囲んだ。
「ちょ、ちょっとみんな、どういう事だよ」
ヒースは市民からこんな制裁を受けたことがないので、戸惑っている。
「あんたらだろ、一週間程前、ロアンヌ村で何体もの
背の高い、ガタイのいい農夫が鎌を振り上げ、すごい剣幕だ。
「子供……?」
ミツヤはNGワードでいつもの
この国の人達から見ても、日本人は比較的童顔のようだ。
「いやぁ、まいったなぁ。こんなとこまで噂が広がってんのか、俺達別に自慢しようなんて……」
反対にヒースはまんざらでもなさそうだ。
「何でちょっと嬉しそうなんだよ、緊張感ゼロか」
ミツヤがいつもの呆れた顔で言うと、二人のやり取りなど気にも留めず村人が畳み込んでくる。
「あんたら、護衛隊から手配されてるイントルーダーだな。わしらはEIAのもんだ。武器を置け! 護衛隊に突き出してやる!」
「EIA……?!」
ミツヤは眉をひそめて呟いた。
ヒースも前にミツヤから聞いた事がある。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、EIAってのは、あれだろ? エ……炎天下・医務室入る・アンデッド?」
「てか、『イントルーダ』の一文字も入ってないだろ」
と、ミツヤが手の甲で一打、ツッコミを入れる。
「くそ坊主! おちょくってるのか!」
怒った農夫が鎌を投げた瞬間ミツヤが体を
その直後ミツヤは意外にもジェシカが笑いを
(あららー? さっきと少し印象が違うか?)
「ヒースお前、社交性に問題ありだな。とにかく身元もバレてるし護衛隊にチクられる前に他当たろう」
「なーに言ってんだ。俺ら何も悪い事してねぇし、ここで分かってもらわないと後からコッソリ護衛隊にチクられてもな」
ヒースは皆んなに聞こえないよう小声で言った。
村の人達は、どうやら皆、他のイントルーダーに襲われたことがあるらしい。
それでEIA(エリミネイト・イントルーダー・アソシエイション)=侵入者排斥組合に加入したという。
ヒースはEIAについて興味があったので、詳しく話を聞きたいと鎌農夫に伝え、ミツヤは気乗りがしないながらも、いつものように仕方なくヒースに付き合うと決めた。
辺りが薄暗くなってきたこともあり、村の集会所の小屋で話を聞くことにした。
ミツヤの機転で、ヒースは武器を預け、逆に村のリーダーを含む農夫三名は武装したままテーブルを囲むことにした。それにより、皆の恐怖心を和らげようと試みたのだ。
それでもまだ納得いかない村の三名は、相変わらず警戒を解いてはいない様子だ。
こじんまりとした少し薄暗いレンガ造りの小屋に、暫くの間ヒリつく緊張感と松明の灯りから出るパチパチと木が燃える音だけが伝わってきた。
「要するに、余程怖い思いをしたと?」
ヒースが恐る恐る聞いてみた。
「あったりまえだ。あんたらもそうだろうが、イントルってのは何かしらおかしなドナムとかっていう能力を使うだろ?」
村のリーダー、ジョージの話はこうだった。
村で作った工芸品を街へ売りに行く途中、馬車の荷物を数名の男たちに襲われた。
馬車には村一番の腕に覚えのある三名が乗り合わせていて、少々の強盗団なら返り討ちにしてやる自信はあったが、襲撃犯は妙な技を使ってワゴン内の彼らを半殺しにしたという。
「あいつら面白がってた。奴らのうちの一人は手の平から水鉄砲みたいに水を勢いよく出してジャンの腕や膝に穴開けやがったんだ。暫くジャンは動けねぇ」
もう一人の男が続けた。大男だ。
「他の奴も、見たことない剣を次々に出してきたよ。見る度に違う剣を放ってきた。」
「剣……?って、どんな剣?」
「いや、表現が違うかな、手から剣のような刃物が次々出てくるんだ。足も、自在に刃物に変化してたよ。あいつらバケモンだ。パトリックは体中、何針も縫う大怪我を負った。数か月は鎌を持てない。」
ヒースは黙って聞いている間中、以前襲われたイントルーダー二人組を思い出していた。
「そんな事が出来るヤツもいんのか。この間、街道で出会ったのとはまた全然違うな」
「……確かに、それは残念ながらイントルーダの仕業だな」
ミツヤはがっくりと肩を落として答える。
彼はイントルーダーの悪行については以前にも聞いたことがあったせいか、反論できずにいた。
「その……俺が言っても何も説得力はないだろうけど、能力をもった者全員が悪いわけではないと思うんだ」
「そりゃ、あんたらはそう言うだろうな!」
更に村の男たちは続けた。
「EIAは、そういう集団から自分達の身を守るため、団結して立ち向かうための組織だ」
「加盟すれば、農具しか所持を許されていない我々でも敵に立ち向かえる方法を教えてくれるし、襲撃に間に合えば加勢に来てくれるんだ」
(
ヒースがちょっと得意そうな顔をすると、ヒースを見たミツヤと目が合い、なんとなくきまりが悪い気がして話題を変えた。
「そういや、なんで護衛隊と正規の自警団しか武器の所持を許されてないんだ?」
ヒースが前からずっと気になっていた事だ。
「お前知らないのか?
村の代表ジョージが少し呆れ口調で言った。
「それは知ってるよ」
ジョージは腕組していた手を解き、両腕を開くように「お手上げ」といった仕草をした。
「表向きは他国と同盟を結んでから戦争もなくなり、偶に出没し始めた
すると大柄の男が身を乗り出して、ここぞとばかりに付け加える。
「だがそもそもあれは先代の王の時代、税に苦しんでた民衆が武器を手に集団で城内へ攻め込んだことがきっかけだ。本当はあいつら、怖いのさ。今度はもっと大人数でクーデターでも起こされたら、とか考えたんだろ」
ちょうどその話が終わる頃、ドアをノックして弓を装備したジェシカが小屋に入ってきた。
「みんなちょっと聞いて、あたしから提案があるんだけど」
「あ、さっきの……」
淡い水色の髪の
背まである軽いウェーブの長い髪を両サイド二か所、トップで留めている。
ミニスカートにフードつきマント、ショートブーツといった軽装で一見すると十代の可愛い少女だ。しかし可憐な見た目に似つかわしくない、自分の身の丈ほどの長さのロングボウと矢筒を背に装備し、手には専用グローブをつけていた。
「さっきは紹介もろくにしなくて悪かった。俺はヒース、炎系のイントルだ。ついこの間気付いたんだけどね」
「僕はミツヤ。雷のドナムだけど、みんなに危害を加えるつもりはない。ああ、ちょっと待って、なんで君は武器持ってるんだ?」
ジェシカはこくりと頷くとヒース達に簡単に説明した。
「あたしはEIAの本拠地にいた時、密かに作ってもらったのを貰ったんだ。ま、護衛隊に見つかったら没収だから用心して使ってる」
「ジェシーはすげぇぞ、この間、小さい奴だったが
村の男が言いかけると、ジェシカは少し照れているように見えた。
(へーぇ、見かけによらないな)
ヒースはミツヤと目を合わせた。
「コホ、大袈裟よ。それより……実は今夜、ここにEIA狩りだとか言って、イントル集団がやって来るんだ。そう教えてくれた人がいて」
「なんだって!?」
ヒースとミツヤは
「わしらは信用してないがな。身元もわからん女の言うこと……」
ジェシカは村の男衆に向かって一言、勝手な提案をする。
「そこで、二人にも村を守ってもらいたいと思うんだけど、皆んなどう?」
その言葉でヒースが指をパチンと鳴らす。
「そうか、俺達が村を守れば、みんな信じてくれるってことか?」
「ただし」
やる気満々のヒースに対し、ジェシカはやや警告がましく付け加えた。
「あんた達のどちらか、もしくは二人とも死ぬかもよ。もっともその時はこの村ごとお終いだけどね」
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