4 ソード・スミス18

「ミツヤ、田んぼだ、この向こうの……あれだろう」

「アニメの日本昔話に出てきそうな家だ」

「? なんだそれ」

「いや、水道もガスもなさそうってことさ」


 二人は馬車で田んぼを大きく回り込んでロクサの住む家の庭についた。

 馬車をとめ、手綱を近くの木に結んで家の前まで来る。


「ミツヤ、この表札の数字なんだ?」

「18? さぁ、番地か?」

 木製の表札に、ソード・スミス18と書いてあった。

「よもや18禁じゃねぇだろうな」


 ヒースが扉をたたこうと手を上げた、その時。

「いらっしゃーい!」

 ガラガラッと、建付けの悪い音をたてて引き戸が開いた。

 と、同時にすき柄先えさきがヒースの腹に勢いよく入る……!


「ぐぅっ! ……い、いてぇ、何すんだジジィ……」

 驚いたミツヤは両拳を構え腰を低くし、いきなり臨戦態勢だ。


「ジジィとは、また兆楽ちょうらくの奴、しつけがなっとらんのぉ」


 玄関から出てきた紺色の着流しに身を包んだ年寄りは、70代半ばの割に背筋はしゃんとしており、しかも筋骨隆々だ。

 白髪頭だがほぼ髪はなく、白く短い髭が顎回りを縁取るように生えている。

 特に目立つ特徴は、見える範囲で顔から首、そして手先まで広がる火傷の跡だった。


「正真正銘のジジィだろ! てめぇの手荒い挨拶は棚上げで、しつけってどういうことだ!」

 ヒースは中腰の姿勢のまま刀のつばを押し上げた。


「おおっとー、気が緩んでおらんか確認したんじゃよ。いつ何時もスキを見せてはいかんじゃろ? すきなだけに」

「そのくだり、どっかで聞いたな」


「なぁんてな、お前がヒースじゃな? 大きくなったのぉ……」

 老人の顔が緩んだ。

「そうだよ、なんで知ってんだ」

 狭い戸口で老人とヒースが立ち話しているその後ろで、ミツヤが不安そうに見ている。


「わしは長船おさふね六三郎ろくさぶろう、皆はロクサと呼んだりもするが『六さん』でええよ。兆楽ちょうらく、つまりおまえのじっちゃんの、師匠じゃ」

「なんだと? じっちゃんの師匠がこんなジジ……」

 最後まで言う前にゲンコツが頭に落ちた。


「ところでジジィ。ソードスミスってのは刀鍛冶かたなかじって意味だろうが、この18って何だ?」

「わしの名じゃ。ろくさん18じゃろ」

「ふざけてんのか」


「すみません、ミツヤといいます。僕達ヒースの刀を直してくれる人がいると聞いてここまで来ました」

 ミツヤはヒースの背中越しに会釈した。

 彼から挨拶をしたのはヒースにゲンコツをお見舞い出来る人に悪い人はいないだろうと、なんとなく直感で安心したからだが、一番の理由は老人の名前だった。

 明らかに日本人だ。


「じゃーじゃー、刀が必要なことも知っとる。ミツヤ君、下の名前は? その風貌と名前からして日本人じゃな? 何県から来た?」

「あ……ミツヤが下の名前です」

(み、苗字ではないのか……)


 ミツヤは胸がキュッとなった。

 この世界に来て苗字に触れたり、ましてや日本の出身地まで聞いてくる人間などいなかったのだ。

「まぁ、狭いとこじゃが、色々話もあろう、入りなさい」

 六三郎は二人を招き入れた。


 ヒースとミツヤは六三郎の家に入ると囲炉裏いろりを囲って座布団に座った。

 二人同じタイミングでほうじ茶をすすっている。

「……すごい、やっぱ日本昔話だ……」

 天井のはりまでじっくり眺めて、ミツヤがポツリといった。

「ミッチー、お前の故郷に似てんだな?」

「似てるというか、故郷の大昔バージョンだな」

 囲炉裏を挟んで六三郎は二人から何かを言い出すまで、茶をすすりながら待っているようだ。

 それを察したのか、ミツヤが先に気になる点に触れた。


「六さん、僕久利生 閃哉くりゅう みつやといいます。17歳になったばかりです。広島県に住んでいました。この世界に来てから苗字なんて聞かれたことも使ったこともなかったんです。なんか、自分の事を分かってる人がいるというのが……」

「じゃー、じゃー、よう分かる。わしは岡山じゃで? 近いのぅ」

「岡山……」


「ミツヤもこっち来たばーの時は、きょーとい思いしたじゃろうし、ヒース、お前もチョーを亡くしてえれぇ目にうたな。二人とも、ほんまに遠くからようんさったのぅ」

「ジジィ、何言ってっか分からんぜ」


「ヒース、岡山弁だよ。『こっちに来たばかりの頃は怖い思いしただろうし、ヒースもじっちゃんを亡くして大変な目にったね、遠いとこからよく来てくれたね』と言ってんだ」


「わしも、兆楽も日本から来たイントルーダーじゃ。もう何十年になるかの。数少ないイントルの中で日本人に出会えてよかったのぅ」

(じっちゃんもジジィもか。ダブルジジィ・イントルーダーだ……)


 それからヒースは六三郎に護衛隊の入隊試験からじっちゃんが殺害された事を、時折言葉を詰まらせながら語った。

「ほんまに兆楽のことは残念じゃ。最後にまた一緒に花見が出来るかと思っておったのにのぅ……」

 三人とも暫く沈黙が続いた。


 六三郎は、兆楽を知らないはずのミツヤまでが悔しそうにしていたので、尋ねてみた。

「時にミツヤ、お前さんはどうやってこっちの世界に来てしもうたんじゃ?」

 ヒースはミツヤに出会って、今初めてミツヤの過去に触れることとなる。


(そういやぁ、あいつ、一人だったはずだけど……今までどうやって生きてきたんだろう)

 ミツヤは一つ深呼吸すると、こっちの世界にやってきて間もない15歳の頃の過酷な環境で過ごした日々を話し始めた。


 彼の話はこうだ――。

 当時ミツヤは、入った高校には馴染めず学校も休みがちになり、もっぱら苛立ちの矛先を家族に向けていた。

 そんな暮らしにも嫌気がさしていた、高一の夏前のある日曜のことだった。


 広い公園で友人と三人でバレーのスパイク練習をしていると、みるみるうちに空が曇ってきた。

 雷鳴が聞こえ始め、友人は帰宅したがミツヤは家には帰る気がしなかったので、公園にポツンと植えられた高い木の下で風雨をしのごうと立っていたところ運悪く落雷に遭い、その時異世界へ入ってしまったという。


 気付けば貧民街の知らない村、知らない暮らし、食べ物のない状況の中にいた。


 トージが実権を握って以来、この国は急速に貧困エリアが増えていったが、この辺りの貧民街も例外ではなかった。


 しばらくそこが異世界だとは分らず自宅に帰れると思っていた。

 絶望感に襲われ、このまま死ぬのかと何度も思った。


 それでも農家の人に拾ってもらい、なんとか暮らし始め、人の優しさに触れて初めてインフラの整った快適な環境と家族が存在した世界に悔恨の涙をこぼした。

 初めて異形獣まものを自分の目で見たのは、まだその生活にすら慣れていない頃だった。

 目の前でワニのような口を持つ翼のある五メートルもの異形獣まものが空から猛スピードでやって来ると、村の男を頭からかじり取り胴体を残して空へ消えたという。

 目の当たりにした初めての恐ろしい光景は脳裏に焼き付き、恐怖で眠れない日々が続いた。


 そういう場所で彼がなんとか生きて来られたのは、そこそこ自給自足の出来ている隣村から時々やって来ては差し入れをし、強く生きるよう励ましてくれたある若者の存在があったからだった。


「ミツヤ、知らない人間と慣れない場所で生きるのは大変だ。ましてや食べ物にも困るとあってはね。出来るだけ力になるから、困っていたら遠慮なく言ってくれよ。無理なら無理ってちゃんと断るから!」

 ショウはそう言うと、軽やかに笑った。

「ショウさん、いつもありがとうございます!」

 異世界で出会ったその若者はミツヤにとって家族でも友達でもないが頼れる確かな存在になっていた。


 そんなある日、食料が慢性的に不足しているこの村へ、隣村のショウが小麦を馬車の荷台に積めるだけ積んで来るという話で村中お祭り騒ぎになった。

「おーい、聞いたか! 隣村から支給があるらしいぞ!?」

「ショウさんが? あの人は立派な若者だよ、本当にいつも助かるな」

 村の人々は皆、ショウの心遣いに感謝していた。そして事件は起きた。

「ショウさんに会える……! ひと月ぶりだ。今日は何の話をしようかな!」


 ミツヤは食料よりもショウに会いたくて一目散にいつもの空き地に駆け付けたが、その時には惨劇が始まっていたのだ。

 まだミツヤがこの村に来て数か月も経っていない頃で、彼に情報がすぐには届かなかった事が功を奏して異変に気付き、一人だけ家の物陰に隠れることが出来たのだった。

 そこでミツヤが見たのもは、自分がずっと慕っていたショウが村人を一か所に集め、剣の試し切りだと言って全員斬り殺している惨状だった。


「待ってよ、ショウさん? 嘘だろ……!?」


 その若者は逃げようとする村人すらも追い詰め、背中からバッサリと斬り捨てていた。

 血飛沫ちしぶきが上がり地面の草は既に辺り一面、血で真っ赤に染まっていく。


「思ったとおりだ、隣国の剣はよく斬れる!」

 女や子供にすら容赦ようしゃはなかった。


(や、やめてくれ……!)

 それでもミツヤは物陰から出ていくことも、叫ぶことも出来なかった。

 これ程に恐ろしい惨状は見たことがなかった。


「剣の切れ味は分かったが、君達を生かしておく訳にはいかないのでねぇ」

 ショウが足で一人一人つついて全員息がない事を確認した後、ミツヤは更に驚くものを見てしまう。

 あろう事か、ショウの顔がゆっくりと他の男の顔に変わっていったのだ。


「おっと、そろそろ時間切れだな」

「あれは何だ……!? 顔が別人に変わっていく? ……こいつは誰だ?」

 それが護衛隊隊長のトージだと、それからそう何日も待たずして判明する事になるのだがあの時は何もできず、ただ怖くて一人逃げ出してしまったという。


 ミツヤが何か一つ話す度に、六三郎はゆっくり頷き相槌あいづちを打って最後まで聞いた。

 一通り話終えるとヒースは目が潤んでいた。


「やめろよヒース、恥ずかしいじゃないか。僕だけじゃないよ、こっちへ来たばかりのイントルは皆こんなもんだ。だろ? 六さん」

「じゃぁじゃぁ。まぁこっちへ来た人間はみな初めての状況、初めての暮らし、初めての異形獣まものに恐怖しかないがな。皆が生き残れるとは限らんじゃろう。しかもまだ十五、六じゃ、苦労したろうな」

「ほら」

 ミツヤは赤面していた。

「けど、マジでトージの野郎は許せん。そんな奴が護衛隊の総隊長だと? だからじっちゃんは俺に入隊なんか止めとけって言ってたのか」

 ヒースにも次第に怒りが込み上げてきた。


「なぁジジィ、ちょっと聞いてみるが、最近俺も何回か刀に火が付いたんだよ。まさかってこと、ないよな?」

「そうじゃの、その前にヒース、兆楽の赤いつかの刀は持って来たんか?」

「ああ、盗まれたが取り返したぜ。ただし、この間戦闘中に折られたんだ。ごめん!」

 ヒースはいさぎよく謝罪し、じっちゃんの赤い柄の刀を六三郎に手渡した。


「……なるほど、ヒース、刀はいくら名刀でも、使い方次第では折れるもんじゃよ。やはりお前も未熟じゃがな! ほっほっほ!」

 あれ程欲しかった憧れの刀だったのだ、ヒースは小さくなってしょんぼりしている。

 そんなヒースをよそに、六三郎はさやから抜いて折れた刀をじっくり確認した。

「じゃが、よく手入れできとるな。大丈夫じゃ、お前の刀はわしがこしらえる」

 ヒースはホッと胸を撫で下ろした。


「次に、ヒースの炎の件じゃが、これについてはお前の生い立ちを話しておくべきじゃな」

「俺の生い立ち? まさか、じっちゃんは本当の父親でないと?」

「結論から言うとな、お前もイントルーダーじゃ」

「え!? ええ――――!?」

 ヒースは前のめりになった。

「異世界、しかもミツヤ君と同じ、日本から来とるんじゃよ」

 それを聞いて二人は驚いた表情のまま10秒近くもの間、顔を見合わせた。


「わしが初めてお前を見たのはここから少し先の農村の竹薮たけやぶじゃ。15年前、ジョーという農夫がお前を拾ったそうだが、その日に村も異形獣まものに襲われてしまってな、異変に気付いたわしが駆け付けた時にはもう村は全滅じゃった。一人でやつらを倒した後、子供の泣き声がするのでそこへ行ってみると、竹薮の中、一歳くらいの男の子が炎に覆われて泣いておったんじゃ」


 六三郎は15年も前のことを昨日の事のように話して聞かせた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る