2 折れた刀とハイヒール

 初仕事が思いの外、成功を収める形となり満足気な二人に突如、悪意のある言葉が投げ掛けられた。


「早くカネを出せって言ってんだ、聞こえなかったのか?」


 突如、木の陰から出てきて街道の真ん中に突っ立っている相手は、それぞれ30代くらいの二人組の男で一般庶民のようだ。

 そのうち茶髪の男は素手でヒースに飛びかかってきた。

「何だあんた!」

 相手が非武装の民衆だという理由からか、ヒースはわずかに初動が遅れて刀を抜く。


「待てヒース!」

 ミツヤが声をかけたがもう遅かった。

 茶髪の男は体全体が白っぽい光に包まれていく――。

 ヒースに走り寄ると右手を延ばして胸の中心で構えているヒースの刀を素手で握った。


「なにっ!?」

 男が刃を素手で引きよせたので、思わずヒースは柄から手を離してしまう。

 男は両手で刀身を握ると一滴の血も流すことなく、真っ二つに折ってしまったのだ!


「か、……刀が!」


 茶髪の男はニヤリとして刀を地面に落とす。

「ヒース! こいつらイントルだ、気をつけろ!」

 ミツヤは即座に戦闘態勢をとる。


「どうだ、この硬度に驚いたか。オレには銃も効かないよ」


 ヒースはこの時、刀の折れた原因が、素手で刃物を砕く男のドナムの他にもあることに気付いていなかった。

 じっちゃんの形見の刀は確かに名刀ではあったが、先ほど村で異形獣まものとの戦闘で炎をまとわせ、随分衝撃を加えたことで強度も落ちていたのだ。


 ミツヤもヒースに構っていられない、もう一人の黒縁眼鏡の男はブロードソードを構えてミツヤに立ちはだかる。

 しかし、じっちゃんの形見ともいうべき唯一の刀が折れた事でヒースは固まってしまった。

 もうミツヤの声が届いていない。


雷撃インパルス!」

 ミツヤはまずは目の前の黒縁眼鏡から片付けようと、彼の左頬にめがけて黄色の光を帯びた右拳を思い切り見舞った……!

 が、単純な物理衝撃しか伝わっていないようだ。


「おーっとぉ、これはキツイパンチだったねぇ」

 黒縁眼鏡は上半身がグラついたものの、平然としている。

「お前ら、イントルーダーだろ、何のドナムだ」


 ミツヤは敵意を露わにし、相手が素直に答えるとも思えなかったが衝動的にその疑問をぶつけた。

「答える義理はないけど、まぁ教えてやるさ」

 黒縁眼鏡は両手のひらを胸の前に出し、ニヤけた顔で得意そうに言う。


「僕は全身に特殊な樹脂の膜が出来るのさ、水や電気は通さないよ。あれだろ? 君は雷を使うんだろ? ハッハハ! もう解るよなぁ?」

 ミツヤの顔がスーッと青ざめていく。


「絶縁体か……!」


「因みにそっちの奴は鋼鉄の体になるぞ、少々の火も関係ないね。さあ、さっきの村から巻き上げたカネ、寄越すんだね」

 どうやら先ほどのロアンヌ村での異形獣まもの討伐をどこかで傍観していたようだ。

 茶髪と眼鏡は挟み討ちでヒースとミツヤに対し、ジリジリ間合いを詰めてくる。

 ミツヤは考えていた。

(ヒースのヤツ、刀がないと拳は小学生並みだからな、ヤバいぞ)


 ヒースは考えていた。

(唯一の武器が……。こんな時、じっちゃんなら何て言う?)

 額に汗が滲む。


「剣を選ぶな……! だよな!」


 小さく呟くと折れた刀を拾い、刃を相手に向けてチカラを込めた。

 すると運が良かったのか、折れてた刀にも小さな炎が現れたのだ。

 短くなった炎の剣を構え、今度はターゲットを黒縁眼鏡の男に切替えて走る。

「悪いな、俺の相手はお前だ!」

 眼鏡の男の服に折れた炎の剣で火を着けた。

「おわぁぁぁぁ!」

 火を消そうと全力で手をパタパタと動かしている。


 その時既にミツヤは黄色の光の残像を残して茶髪の男に詰め寄っており、光を帯びた人差し指で男の肩に軽くタッチした。

「こっちもターゲット変更だ、電荷でんかの人差指!」

 男はビリビリとシビレながらあっけなく膝をついた。


 襲ってきた二人の男を近くの木に縛りつけた後、ヒースとミツヤは目の前の岩に座り、襲ってきた訳を聞くことにした。


「すまなかった。どうにも生活苦しくて。君達が大金をもらってるとこは見てたよ。驚いたが雷なら相性的に勝てると思ったんだ」

 下を向いてそう白状したのは黒縁眼鏡をかけたドイツ人で、名はハンスという。


「僕はドイツの化学薬品の開発を行っている研究所で、強力な溶剤が流出する事故に遭ったんだ。その時、溶剤が体内に侵入してしまったようで、気付いたらこの世界に来ていたんだよ」

「じゃあ、化学薬品の開発中の事故で『樹脂』の能力が発現したってことか?」

 ミツヤはハンスの正面にしゃがみ込んで、興味深そうに確認した。

「あー、でも僕の場合、樹脂膜バリアはどうやら息がつづく限りなんだけどね。本当にすまなかった、もう二度としないと誓うよ」


「で、こっちのお方はどこから?」

 ヒースは腕組ですぐ傍の木にもたれ掛かり、茶髪の男に嫌味たっぷりの口調でたずねた。


「オレはカリム。イントルの君たちならオレ達と同じ世界にいたから知ってると思うが、シリアは長いこと内戦中でね、毎日爆弾が飛び交ってる。ある日、ついに自宅が被弾して……コンクリートの下敷きになったんだ。と思う、よく覚えてないんだけどね。気付いたらここに来てたんだ。ほ、本当に申し訳ない」

 カリムはまっすぐヒースの目を見て答えた。


「そうだったのか……。なぁミッチー、どうやらイントルーダーって結局何かの災害とか不慮の事故に遭ってここへ来たってわけか?」

「……もしかするとそいつがイントルーダーの共通点なのか……?」


 ◇ ◇ ◇


 ヒースとミツヤの二人は強盗を働こうとしたイントルーダーの男達の反省を受け止め、放免にしてビアンヌへと急いだ。

 武器を新調するためだ。

 ヒースにとって、じっちゃんの赤い柄の刀は形見でもあった為、折れた刃先といっしょに保管し、他の刀を入手したかったのだ。


 到着してみるとビアンヌの街は様々な店が豊富に軒を連ねており、人口も多く賑やかだった。

 しかしその分しっかり護衛隊の息がかかっていたようだ。

 どの店に入っても護衛隊の制服マントがチラチラ目に入り、落ち着いてゆっくりと店を回る気がしなかった。


「ふぅー。 なんとか店まで見つからずに入れたな、急ごうヒース。ここは護衛隊が多い」

 国内でも武器の取り揃えが多いという噂の店で、ミツヤは壁に掛けられた様々な剣の中から、出来れば刀が欲しいと探していた。


「なぁ、ミッチー、もういいよ。諦めて何かの両刃剣を新調するよ」

 武器店で探していたが、やはり日本刀はどこにも置いてなかった。

「いいのか? 僕には管轄外かんかつがいでよく判らんが、扱い全然違うんだろ?」

「そうなんだよ。こういうよくある剣は慣れてなくて、でも早くここを撤収しないとなぁ。護衛隊に見つかると面倒だからな」

「前から思ってたけど、刀がないとレベルが小学生以下ってどうよ。今度格闘技の基本くらいレクチャーするぞ」

 初めて出会った時のヒースのへなちょこパンチを思い出しながら、ミツヤもそれらしい剣を探した。


 やはりこの国にはないのかと諦め、仕方なくお手頃価格の両刃剣のブロードソードを購入しようと、カウンターの前の屈強なオヤジに差し出したその時だ。

 ドアベルの音が鳴る――。

 誰かが入ってきたようだ。


「ねぇ、そこのお二人さん。刀の方を探してるでんしょ?」


 振り向いた二人の目に飛び込んできたのは、場合によっては目のやり場に戸惑う程の、膝上10センチ丈という短いポロシャツワンピを着たスレンダーな女だった。

 肌は透き通るように白く、長いまつ毛はブルーの瞳を一際ひときわ印象付けていた。

 ウエーブの効いたブロンドは腰の辺りまであり、ノースリーブの肩にかかった美しい髪を右手で後ろに払う……。

 途端、いい匂いがした。


「えっと……」

 ヒースは殆ど女性に声をかけられた事がないので少し緊張している。

 ミツヤに至っては一瞬でカチコチに固まってしまった。

(……こ、こういうの、ゴージャスていうやつだ!)


 白い肌、小さく整った顔に思わず触れたくなるような唇。

 すらりとした長い脚と細い腕。

 この華奢きゃしゃな体型で、背に装備した剣を手にしてどう戦うというのか、疑問にすら思える程のギャップだった。


「か、刀、探してました、はい」

 と、ヒースの言葉を聞くと、彼女はその反応を待っていたかのように、少しだけ口元を緩めてニッコリとした。

 そして膨らんだジッパーの胸元から遠慮がちに覗いている深い谷間に指を入れると、メモを取り出してヒースに手渡した。

 その手の動きすらも優雅だ。


「地図が書いてあるでしょ? 赤い刀持って、ここへ行ってみて。じゃぁ、健闘を祈る! またね――」


 それだけ言うと、彼女は八センチヒールのサンダルで心地良く靴音を鳴らしながら店の扉を開けて出て行った。

 ドアベルの音と残り香を後にして――。


「……お、おいヒース、まさかとは思うが知り合いか?」

(あれ絶対ハリウッド俳優だろ)

 ミツヤが血走る目で聞いてくる。

「い、いやぁ、知らん知らん。こんな人初めて見たよな」

「うん」

「ハイヒールの剣士って」

「そうそう、珍しい取り合わせなんだよな……ってそこかよ!」

 ミツヤが眉を吊り上げてツッコミを入れた。


「それで? 若いの、買うのか買わんのかっ?」

 カウンター前のオヤジが機嫌悪そうだ。

「あ、すみません。やっぱやめます」

 ヒースは頭をちょこんと下げた。

 二人はそそくさと店を後にすると、一旦アジトに戻ることとした。



「ここまで来ればもう護衛隊ヤツらはいないだろうな」

 二人はビアンヌを出て街道を北に、アジトへ急いでいた。


「……しっかし、あの女の人。ヒースが刀探してるの何で知ってんだ? 怪しさ大炸裂さくれつだな」

「うん。でも……そんな悪い人じゃぁなさそうだったよな?」

「まぁな」

「ミッチー、このアビニオって町、結構遠いぞ? 俺、こんな国の端の方まで行った事ないし。お前の体だって全快ってわけでもないのに」


 地図の目的地であろうバツ印のついた個所に、『アビニオ』と町の名前が記載されていた。

 自分達のアジトからはかなり遠い、その目的地を指差してヒースは少し不安そうだ。


「うん……。なぁヒース、思いついたんだが、幌馬車ってどうだ? ちょっと高くつくかもしれないけど、とにかく刀の件を優先で動こう」

「幌つきのやつ? 俺、乗った事ないんだよな! なんかワクワクすんな!」

「マジ小学生か!」


 早く刀をどうにかしないと、恐らく戦力ダウンだろう。

 ヒースも口には出さないが落ち着かないはずだ、そう考えたミツヤは、馬車で体力温存しつつも優先で刀を調達すべきと判断したのだ。

(早く自警団の承認申請も出して堂々と活動したいが、何はともあれヒースの武器をなんとかしないとな……)


 同様にヒースもミツヤの体調が心配だった。

 昨夜、王宮内で大暴れしてから、まだゆっくり休めていない。

「よしミッチー、早く帰って準備だ!」


 そして二人はヒースの刀を入手すべく未踏の地へと向かう――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る