第2章 春嵐の鼓動

1 「鋤のヒース」改め「火焔のヒース」

 軽く腹ごしらえした後、早速二人はロアンヌ村へ様子を見に行った。


 村の入り口に来ると、何やら異臭が立ち込めてくる。

 異形獣まものは独特の生臭い匂いを放ち、数が多いとその分強烈に鼻に刺さるのだ。


「うへぇ――……」

 ヒースが口をへの字に歪めつつも、早速刀のつばに左親指をかけた。

 それを見たミツヤが止める。


「ああ――! こりゃぁ、おいそれとは近寄れねぇよなぁ、なあヒース?」


 性懲しょうこりもない、といった風にミツヤは、民家の影から慌てて出ようとするヒースの首根っこを掴んで引き寄せた。

 既にそこに村人はおらず、10体を超える数の異形獣まものが村を徘徊している。


 今回の討伐対象はとにかく皮膚が頑丈のようだった。

 主に体長は三〜五メートル級のタイプ1からタイプ3だが、中には五メートル超えの中で最もやっかいな昆虫系、タイプ4もいた。

 外見としては大小の突起が頭部から出たものや足が何本もあるもの、背中に棘が無数に生えているものまで様々だ。


「もう無理だ……奴らタイプ1とは言え皮膚が硬くて何をやってもダメだ。しかもこの数。おまけにタイプ4までいる……! 手が出せない、このままじゃ我々は全滅だ……!」

 民家の影に身を潜めて動けなくなっている自警団「不屈の狼」の一人が呟いた。


 報酬を求めてか、大切な誰かを守る為か、いくつかの自警団がこの村に集まっていたが既にその場から逃げるタイミングさえ失っていたのだ。


「報酬が高いからよもやとは思ったが……。まさかこれ程数も多いとは……」

 比較的大きな自警団である「オルレオンの青い旗」というグループもまた後悔に暮れていた。

 大小合わせて10組以上の自警団達が集まっていたにもかかわらず負傷者は増え、まったく歯が立っていない様子だった。


「なるほどな……僕達はまだ公的には無許可だ。まずは依頼人の村長に許可もらってくる。どうせならちゃんと報酬もらいたいだろ?」

 ミツヤは手順を守るタイプだ。


「ええ? このまま片っ端からやっつけてしまえばいいんじゃねーの? ミッチーってあれだよな。規則とかキマリにうるさいよな」

 ヒースは手順はどうでもいいタイプだ。


「手ぇ出さずに待ってろよー!」

 と、釘を差してミツヤは依頼書に記載のある避難場所へ、村の責任者に契約を確認しに急いだ。

電光石火ライトニング・フラッシュ!」

 黄色の光を残して、あっという間に見えなくなったミツヤの残像を、ヒースはうらやましそうに見ていた。

「あれだよ、あれ。ミッチーの《ライ・フラ》、マジいいよな……」


 避難所らしき場所はそう遠くなく、ミツヤの《電光石火ライトニング・フラッシュ》で十数秒程度だった。

 こじんまりとしたレンガ造りの避難小屋のドアをノックするとドアが開く。

 中はそう広くなく、60人程の村人でパンパンになっていた。


 すぐに奥から責任者らしい、少し身なりのいい老人がミツヤの前に出てきた。

 この一大事に何事かと尋ねてきたので、ミツヤは自警団だと伝えて討伐の許可を求める。

 すると老人は、火急の問題として小さい子供が一人行方不明になったまま親の元に戻ってないという話を持ち掛けてきた。

 老人の隣でその子供の母親であろう女性が不安に取り込まれ、張り詰めた表情をしている。


「そうかぁ、じゃあ急がないとですね」

「因みに君のところは何というチームだね?」

 老人が尋ねてくれたので、ミツヤは少し照れながら「青い疾風ブルーゲイル」を名乗った。

「ここら辺じゃ聞いた事ないチームだね」


「今朝結成してこれが初仕事でして……勿論優先してお子さんを探しますが、僕達は二人組なので少し手間取るかもです。そこを……」

 老人はミツヤの言葉に耳を疑い、狭い小屋の中で叫んだ。


「なんじゃと、初仕事じゃとな!? しかもたった二人でやるというのか!? まさか君のような子供までは頭数には入っとらんだろうの?」


 老人は呆れて、その後は二の句が続かない。それもそのはずだ、数日前から10組近く、総勢百人以上もの自警団がやって来たのに手も足も出ないのだ。


「子供……?」

 ミツヤの顔が曇ったのを見ると老人は言い方を変えた。


「と、とにかく許可は出すがの、いいかね、わしはあんたを心配しとるんじゃよ。わしらは報酬を出すことしかできんぞ、悪いが何かあっても……」

「あー、それでいいです! ありがとう、約束ですよ!」

 老人の言葉を最後まで聞かず返事をすると、ミツヤは再び黄色い光に包まれ、あっという間に現場に戻った。


 ミツヤがロアンヌ村に戻ると案の定、ヒースは元居た場所から忽然こつぜんと姿を消していた。


「はい、居ない――。……ったく、ヒースどこに行きやがった。やな予感しかしないって、こういう事だよ」

 眉根を寄せてミツヤは一軒一軒、民家の影に身を隠しながらヒースを探し回る。


 大勢の戦意を失った自警団のメンバー達は全員、住人が避難した後の民家の中に避難していて、もう外に出る勇気は残っていない。

 そんな中、彼らが恐る恐るドアの隙間や窓から外を覗いていると、仲間を探し回るミツヤが視界に入ったようだ。


「お、おい! 見ろよ子供か? 一人で外をうろついてるぞ」

「何だと? た、大変だ、逃げ遅れたのか? 誰か早く中に入るよう言ってやれよ!」

「誰か行った方がいい、ここから大声出して奴らに気付かれでもしたら終わりだぞ?」

 ドアの隙間から、手に負えず見守るだけになった自警団員の不憫ふびんそうな視線とささやき声が、痛いほどミツヤに集中していた。


 その時だ。

 村の端にある空き地で、二歳くらいの男の子が異形獣まものの前脚で吊り下げられているのが、ミツヤの視界に飛び込んできた。

 それは体長五メートル超えの、蜘蛛のような形態で頭部に三本の角があった。

 いくつも足が胴体から生えており、突出した牙にはどこで何を捕食したかわからないが何かの生肉が引っかかったままだ。

 窓から覗いている自警団の男がその光景を固唾かたずを飲んで見ていた。


「ど、どうすんだ。あの三本ツノ、タイプ4の昆虫系だぞ? あんなの噂だけで実際に見たの初めてだ……!」

「ダメだ、もう助からない。むごすぎる……」

 子供は三本ツノの前脚で逆さ吊りに持ち上げられており、恐怖のあまり声も出せない状態だった。


「くそっ!」

 ミツヤは三本ツノが大きな口を開けているのを見て、急いで飛び出そうとする。

 不意に、隣の家の壁際に人影が見えた。

 体がオレンジ色の光に包まれたヒースだ。

 刀の柄に手をかけて構えている……!


「ヒース……! おまえ、その光……!」

「悪ぃミッチー、また待てなかった!」

「あったり前だ、この状況で待ってる奴がいたら蹴り入れてやる!」

 二人はどちらからともなく飛び出した。


 待っていたかのようにそこら中にいた大小様々な異形獣まものたちが二人に襲い掛かろうと集まってくる。

 ヒースの方が三本ツノに、より近い場所にいたのでミツヤは援護に回ろうとし、声を掛けようとした時だ。

 ヒースが視界から消えた。

 ――と思った次の瞬間、三本ツノの正面に立っていた。じっちゃんから習得した技だ。

 間髪入れず勢いよく刀を抜いて前脚を斬り落とすと、刀を握った反対の腕で子供をキャッチした。

 すぐさまミツヤは黄色い光に包まれた足で三本ツノに電撃回し蹴りをお見舞いすると、電気ショックを当てられた三本ツノは呻き声と共に地面に倒れた。

 途端、子供も緊張の糸が切れたのか泣き出した。


「よぉし、偉いぞ。あいつら全部やっつけるまで……そうだな、もう三分待っててくれるか?」

 ヒースはニッコリして子供の頭をくしゃっと撫でた。


「この子を頼むぞ。二人で全部片付ける。ここで一緒に待っててくれ」

 そう言って、民家の中で怯えてじっと隠れている自警団の一人に男児を預け、すぐに外へ飛び出そうとすると、自警団の男はヒースを全力で止めにかかってきた。


「君達確かに腕利きのようだが、たった二人でこの数をやるのか? 自殺行為だぞ!」

「大袈裟だぜ、まあ見てろって」

 ヒースは止める自警団の男を軽くあしらうと、再びミツヤのもとに駆け付けた。


「やっぱ刀って凄いよ、すきとは大違いだ。そんなに硬くないんだ……! 思ったより早くカタ付けられそうだぜ?」

 背中合わせで、既に臨戦態勢の全身黄色い光を帯びたミツヤにヒースは余裕すら感じる声色こわいろで言った。

 するとミツヤが、長めの前髪をかき上げてニヤリとする。


「三分て言ってたか? 時間取りすぎだろ。僕、カップ麺も三分待てないタチでね」


 ミツヤは足を開き、両手のひらを上に向けると、バチバチッと音をさせて手の平に光を集める。

 周囲の電気を集めて雷のエネルギーを発生させたミツヤは、両手の中でバレーボール大の大きさになったエネルギーの塊を左手で空中に放つ――。

 高く打ち上げられたエネルギーの塊の中でビリビリと光が走り回る……!


「食らえトカゲ野郎、雷神砲サンダーボール!」


 右手でサーブの要領で爬虫類系タイプ2――二足歩行する大トカゲのような形態――に向けて打ち込む……! するとタイプ2は叫び声を上げ、巨体は地面に叩きつけられるようにして倒れたのだ。


 民家に避難してこもってしまった自警団はその一部始終を窓の脇に集まって見ていた。

「い、今の見たか? 何だあれは! 光の玉をぶつけたぞ」

「あの少年、恐らくドナム系イントルーダーじゃないか? それにしても一撃とは……!」


「ミッチー、なんだそれ! すげーな!」

 先程のアジトでのヒースとのやり取りで浮かんだ遠距離攻撃の新技だった。

「くっそ、見てろよ……」

 ヒースは大きく息を吐くと、柄を握る手に力をいれて集中した。

 すると刀から前回よりも激しい炎が舞い上がったのだ……!


 「火焔の刃かえんのやいば!」

 刀身から燃え盛る炎が立ち昇る!

(よっし出たー!)


 成功した思ったその瞬間だった。

 ヒースの目前に突如、数十センチの長さの鋭い四本の爪が出現した。

 二足歩行する五メートル級の獣系――熊のような形態――が腕を左から斜め下へ振り下ろして来たのだ。

 咄嗟とっさつかを口に咥え、バック転でかわす。

 しかし的が外れて怒りを爆発させた標的が口を開け、牙を露出させて突進してきた。


「タイプ3の獣系か、確かにデカいな。だが今日の俺は一味違うぞ」


 腰を落として躊躇ちゅうちょなく右足を大きく前へ踏み込んだ。

 タイプ3の腹部に、左から横一文字を描く斬撃を打ち込んで胴の半分ほどを切り裂く……!

 緑色の血が噴き出し、周辺の木の幹に散る。

 獣系タイプ3は大きな叫び声を上げて横倒しになると、その動きを止めた。


「一匹ずつは面倒だ、まとめてかかって来な!」


 その一部始終を民家のドアの隙間から見ていた自警団のメンバーが思わず声を上げた。

「い、一撃だと……?」

「今の剣士見たか? 炎の剣だったぞ?」

「あんな硬い巨大熊をまるで果物切るみたいに……!」


 ヒースは走った。

 走りながら息する間もない程に次々と異形獣まものに斬りつけていった。

 横から、時にジャンプで高い位置から。

 火に弱い性質を持っていたのか、村一帯の異形獣まもの達はヒースの炎の刃で焼かれ、次々と倒れていった。


 黄色とオレンジの閃光が異形獣まものの集団の中で縦横無尽に暴れ回り、気が付けばあっという間に村に静寂が訪れていた。


 二人の会話を聞いていた自警団の一人が手持ちの懐中時計で測った時間は、かっきり二分だった。


「やったな!」

「とーぜん!」


 ヒースとミツヤがハイタッチする場面を見て、その自警団の男は懐中時計を握りしめ、民家の中から外に飛び出して来て叫ぶ。


「あの少年二人組、本当にやりやがったぞ! なんてこった、信じられん!」


 それを聞いて安心した他の者も次々と民家から飛び出してきた。

「おい、見たか? あいつらどこから来たんだ?」

「自警団だって言ってたぞ? ブルーなんとかって」

「ええ? だって少年がたった二人だぞ、何かの聞き間違いだろ?」


 ロアンヌ村の長老は大喜びで、たった二人でしかも二分で16体の異形獣まものを討伐してしまった少年コンビの話を、他の者に隣村まで伝えに行かせた。

 隣村には避難していた他のロアンヌの村民もいて、その話が耳に入るなり大騒ぎになった。

 そして、その村に居合わせたにもその騒ぎが伝わっていた。


 70代半ばのその老人の顔から首にかけて、火傷の跡が目立っている。

 彼は刀の鞘を腰から外すと満面の笑みで呟いた。


「ほほぅ。わしの出番ナシだったか、ではそろそろこしらえてやらんとな。なぁ、ちょっくらお遣いを頼まれてくれんか」


 強健な体格を具えたその年寄りは、隣に立っている女性にメモを手渡した。

 彼女はその年寄りに不似合いな出立ちで、ミニ丈のシャツワンピースに身を包み、背にブロードソードを装備している。ブロンドの髪が美しく、サンダルを履いているがその八センチもあるハイヒールでどう立ち回るのか不思議だ。


 一方、ついさっきまで戦々恐々としていたロアンヌでは、今まで見たことのない異形獣まものの数にも異臭にもゾッとしながら、隠れていた自警団のグループがわらわらと出て来た。


「お、おい……本当に終わったんだよな?」

「そうだよ、オレたち助かったんだ!」

「見ろ、タイプ1から中型爬虫類系のタイプ2、大型獣系のタイプ3、昆虫系のタイプ4まで全種類いるぞ。こんなの見たことない」

「お前ら珍しそうに見てる場合じゃない。こいつらまだ死んではいないんだぞ、動きが止まっているうちに早く近くの護衛隊の駐屯所に連絡だ!」


 国内各地には護衛隊の駐屯所がある。

 異形獣まものなどの脅威から国や民を護るために設置されていたのだ。

 命が助かって大喜びの自警団たちに加え、避難所の小屋に隠れていた村人も出て来て騒ぎに拍車がかかった。

 護衛隊への連絡は村人に任せ、ヒース達は報酬を受け取ると、逃げるようにその場を後にした。


「ヒース、護衛隊が到着する前にさっさと退散するぞ!」

「了解! なぁミッチー、皆んなに喜んでもらえるって、結構いいだろ?」

「……ま、あれだよ。これはビジネスだからな……」

 そうは言ったが、村人達や自警団の連中からのお礼と賞賛の嵐の中、ミツヤは満更でも無さそうだった。

「はん? 可愛くねーの! ま、せっかく大金が入ったし、他の街へ生活必需品を買い出しに行こうぜ!」


「ああ! それよりヒースやったな! あの炎の剣、どうやったんだ?」

 その問いにヒースは眉間にしわを寄せた。

「うーん……なんかよく分らんけど、なんか神経を研ぎ澄ましてみた。次も上手くいくかは自信ないな」

「なんだそれ、カッコ良く言ってみただけだろ。偶然ぽいな」

「ところで、お前の言った『カップメン』て何だ? あれからずっと気になってたんだが」

「あの場面でか? お前には緊張感というものは無いのか」

 ミツヤは呆れた顔をした。


 ◇ ◇ ◇


 「しかし初仕事、上手くいってよかったなー」

 ヒースは上機嫌で、報酬の入った麻袋を不用意に手に持ったり放ったりして歩いていた。

 初報酬をもらった二人が買い物と食事、次の依頼を探すべく、村から数キロ西にあるビアンヌという街へ行く道中だった。


「お前ら、カネを置いて行け」

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