6「ビーサンのクロード」
「誰だ!?」
かつて感じたことのない凄まじい殺気にヒースは凍りついた。
「君達ですね? 我々の仲間を救ってくれた少年というのは……」
森の奥から現れたその男はヒースより背は高く、シャツの上に紺色の羽織を袖を通さず肩掛けで羽織っている。
腰に装備したブロードソードの革鞘の装飾が横向きの獅子であることから護衛隊の一員だと判った。
垂れ目気味で茶色のくせ毛が肩で風に揺れており、一見すると柔らかい雰囲気の30代半ばのようだが見据える視線は恐ろしく鋭い光を放っていた。
護衛隊にも関わらず、足元はブーツではなくどういう訳かビーチサンダルを履いている。
「誰だお前、『救ってくれた』なんて言ってる割には敵意満々じゃねぇか」
(コイツ、多分強い……! 今まで見た護衛隊にはこんな雰囲気の奴いなかった)
ヒースは素早く
その時ミツヤはビーチサンダルの男の後ろにもう一人護衛隊員を見つけ、ここぞとばかりに嫌味をぶち撒けた。
「ほらな、だから余計な事すんなって言ったんだ。あんたが助けてやった奴、ご丁寧に上官にチクってくれたみたいだ」
「上官……!?」
「ああ。あいつ護衛隊の第三隊隊長、『ビーサンのクロード』だ……!」
「……黒髪の少年、あなたは少し下がっていなさい。私はこちらのオレンジの髪の少年に用があります。昨日の試験会場での暴挙で手配が回っていますが、大人しく投降するなら危害は加えません」
クロードと名乗ったその男はヒースを目で捕らえたまま腰から剣を抜いて構えた。
「ミツヤ、どいてろ……!」
一人で引き受けたヒースだったが、左肩の傷のせいで鋤を握る左手に力が入らず、切っ先は震えていた。
「お前そのケガでまだ相手すんのか? そいつ、ランクAを超えるって聞いてるぞ」
「ランクなんか関係ねぇ、俺はじっちゃんの仇をとるまで倒れねぇよ!」
そう言ったあと、クロードにその視線をぶつけた。
「たとえこの体がどうなっても、諦めるわけにはいかないんだよ!」
クロードは目を見開き、低く呟く。
「……いい覚悟です」
ヒースの覚悟を聞いたミツヤは少し口を尖らせて言った。
「出たよ、根性バカが……! けど、ここまでくると賞賛ものだな……」
「しかし……驚きました。皆の話のとおり本当に農具で我々の仲間を倒したのですね、実際に自分の目で見るまで信じられませんでしたが」
ヒースは警戒しつつ右足を一歩後ろに引いた。
「ただ、私はそうはいきませんよ」
(来る……!!)
ヒースが身構える。
クロードは右足を大きく踏み出し、剣を左から一文字に描いた。
「春・一番……!」
剣筋から突風のような風が空気を断ち切るように走る!
その刹那、ヒースは大きく後ろへジャンプでかわし、中腰姿勢で地面に左手を伸ばすようにして滑る足を止めた。
完全にかわしたつもりだったが腹部が一の字に切れていた……!
「す、すげぇな……だがその剣筋、知ってるぜ……」
剛腕により瞬時に鋭い風を巻き起こすクロードの剣は、距離があっても攻撃が当たるのだ。
ヒースにとって、じっちゃん以外の剣の相手でヒヤリとした瞬間はこれが初めてだった。
「なるほど、それで避けられたのですね」
シャツが裂け、数秒経ってから血が滲み出した。
避けていなければ腹も裂けていただろう。
容赦なく次の攻撃が来た。
(まずいな、今こんなところでやられる訳にはいかない……!)
クロードが大きく振りかぶり、上から斜めに下ろしてくる瞬間ヒースは地面を蹴って宙高く飛んだ――。
「どういう訳か知らねぇが、その太刀筋が相手なら尚更負けられねぇ!」
そう言った時、ヒースはもうクロードの頭の上で狙いを定めていた。
クロードは振り下ろしかけた剣の行き先を変える間はなく、凄まじい風圧はヒースの代わりに地面を切り裂く。
地面には10メートルにわたり一筋の深い溝が出来た。
今度はクロードが頭上のヒースの鋤を避ける番だが、後ろに体を外らせて回避するのが精一杯だった。
バランスを崩したクロードは左膝をつく。
すぐに額の上に両手で支えたブロードソードが、がっちりとヒースの鋤を止めた。
その衝撃でヒースの左肩と腹から血が噴き出す。
「ゥウッ……!」
(なんて力だ、ヤバいな。さすが護衛隊だ、こんな強い奴がいんのか……!)
クロードはそのまますぐにヒースの鋤を振り払った。
「おとなしく投降しますか? 今なら命までは取りません」
剣を下段に構えてヒースの返答を待つ。
「……」
返事がない為、次の攻撃をしかけてきた。
「では遠慮しませんよ……
剣を下から上に腕をひねりながら振り上げると突風が渦巻き状に立ち上がり、鋭い斬撃となってヒースを襲ってきた……!
「なんだこの旋風は!」
鋤を盾代わりに弾き飛ばそうとしたが風圧で押し戻される。
胸元に出来た一筋の太刀傷から鮮血が噴き出した。
風圧で地面に投げ飛ばされ地面を転がるヒースに、そわそわし始めたミツヤが声を掛けた。
「ヒース、目の前で殺されても寝覚めが悪い。手を貸そうか?」
「手ぇ出すなよミツヤ!」
鋤を杖代わりに立ち上がり、なんとかクロードを見据えた。
「マジ強いな。あんたそれ、誰かに教わっただろ」
「私も君の太刀筋を見たことがあります……。そもそも、『刀』の使い手はこの国では一人だけです……!」
ハッと気付いたヒースとクロードが数秒睨み合った後、同時に口から同じ人物の名が出た。
「じっちゃんだ」
「教官です」
「……なるほど、そういう事でしたか」
クロードはそう言うと、ふうっと一つ息を吐いて剣を腰に収め、落ち着いた声で語り始めた。
「チョー教官……いえ、もう教官ではないのでチョーさんと呼びましょう。彼が引退した時、私たちには理由を言ってはくれませんでしたが、よほど大切なものが出来たのだと考え、皆黙って送り出したんです」
クロードはすぐに柔らかい表情に変わっていく。
「君、名はなんと……?」
ヒースも鋤を地面に刺し、名乗った。
「俺はヒース」
「ヒース君、覚えておきます。さすがチョーさんの子だ。君が鋤の代わりに帯刀して尚且つ負傷していなければ、あるいは……いや、万に一つもその可能性はない、と思いますがね」
「あんたもな。じっちゃん以外でヒヤっとしたのはあんたが始めてだぜ。だが勝負を続けてても俺は負けねぇよ」
強がってはみたものの、
「けど、ちきしょう。悔しいがもう立てねぇ……」
「ヒース君、悔しいですか? ですが、その悔しさがあれば君はもっと先へ行けますよ」
(……もっと先へ……?)
仰向けになり、空を仰いで暫く沈黙した後、クロードの方を向いて言った。
「やられた相手に励ましてもらって情けねぇが、いつかお前も超えてやる」
「ええ。いつでもお待ちしてますよ」
「ところで何でビーサン履いてんだ?」
「これはチョーさんが履いていた、
「なんだ、そんなにじっちゃんの真似したいのか」
聞いていたミツヤの口元が少し緩んだ。
「だが、言っとくがこれだけは事実だ。あんた昨日の入隊試験の一件で俺を手配中で来たんだろ? だが俺は無実だぜ?」
ヒースとミツヤはお互いの大切な人の仇がトージであることを、一か八かの思いで伝えた。
「……
そう言いかけて、この先の話を隊員に聞かれない方がいいと考えたクロードは、ここまで案内をしてくれた第五隊の隊員に、一旦駐屯所に戻って荷馬車を五台率いて来るよう指示を出した。
「それが本当なら由々しき問題です。ですが、教官が育てた少年、君を信じてみようと思います」
ヒースはホッと胸を撫でおろし、ミツヤまでが肩の力が抜けたようだった。
「ですが……」
クロードは続けた。
「あの場で総隊長が君を指名手配犯として指定した事に対し、他の隊員が疑うことはありません。護衛隊の掟の上で総隊長の言葉は絶対なのです。残念ながら今は私もこればかりは力及ばずです。姿を変えられるドナム系イントルーダーであるかどうかも見極めようにも、誰も配下の者を近くに置かない総隊長を見破ることは難しいでしょう」
「だよなぁ」
「ですので……。今から私が言うことは、独り言です。誰も何も聞かなかったということでお願いします。護衛隊本部駐屯所の場所ですが、王宮内に正門から入った場合、まず右へまっすぐ……」
ヒースとミツヤは顔を見合わせて驚いた。
「お、おい、あんたそれ……」
さっきまで剣を交えた相手、第三隊の隊長が自分の身に危険が降りかかるのを覚悟で味方してくれているのだ。
クロードは簡単ではあるが、王宮敷地内の護衛隊本部の駐屯所の位置、武器庫兼宝物庫の場所を教えた。
「……そこに倉庫があります。刀が本当に盗まれたのであれば、そこか、もしくは総隊長執務室でしょう。信じがたい話ですが本当にチョーさんが総隊長に殺害されたのであれば、これが私にできるせめてものチョーさんへの恩返しになるかもしれません」
「ありがとう!!」
ヒースは精一杯お礼を言った。
「いえいえ、先ほども申したとおり、誰も聞いていないはずですが」
すっとぽけた顔を繕って、クロードはヒースに剣の傷によく利く薬をケースごと手渡した。
「これは以前にチョーさんから教えてもらった処方で作った薬です。
クロードは現場の遺体や
「おい、ヒース!」
クロードが去るとすぐにヒースは気を失ってしまった。
「だから無理するやつ嫌いなんだよ」
ヒースに言っても今は聞こえないが、独り言を言い始めた。
「悪いが僕はこんなところで止まっていられない。ここでぶっ倒れるのもあんたの宿命だ。僕の知ったことじゃないからな」
そう言って
「…………」
結局、ミツヤは深手を負って意識のないヒースを放っておくことが出来ないようだ。
「ったく、しょうがねぇな! こういうのに巻き込まれるのが面倒で誰とも関わって来なかったのに」
数百メートル先の誰も使ってなさそうな山小屋を思い出したミツヤは、そこまでなんとか運び薬と包帯で手当てをした。
(こんな事すんの、嫌だったんだがなぁ。僕、何やってんだろ)
「マジ、呆れるよ。自分の力量も測れずに敵に突っ込んで行って大怪我して。逃げるって選択肢も準備しとけよ、バーカ」
ミツヤは愚痴を並べながら包帯を巻き終えた。
「誰がバカだ?」
「ビッ、ビックリした」
余りの包帯を宙に放ってしまった。
「何だお前、気付いてたのかよ。その体で立てるのか?」
「ま、どうにかなるだろ」
「そういうことなら……。ここまで来たらしょうがない、一緒に行ってやるよ」
「一緒に?」
一瞬で笑みがこぼれるヒースにミツヤは待ったをかける。
「王宮に侵入するまでだぞ。せっかくビークロが教えてくれた情報だけは共有しないとな」
それを聞いたヒースにだけは、すっかり仲間意識が生まれていた。
「なんだよその嬉しそうな顔……勘違いすんな、中に入るまでだ。じゃぁ計画立てんぞ。いいか、まず……」
ミツヤが腕を組んで説明し始めると、ヒースは起き上がって言った。
「ありがとう……助かったよ。ミッチー」
「……え?」
「今日からお前はミッチー。友達だ」
「げっ! うっぜぇ……もう勝手にしろ」
眉間に
◇ ◇ ◇
時は少し
王都オルレオンの護衛隊駐屯舎の救護室では、応急処置のみでベッドに放置されているランドがいた。意識不明のランドの傍らには、斬り落とされた腕がゴロンと無造作に置かれている。
一人の白いジャケットを着た、見た目は20代前半の青年がその部屋へ入って来てベッド脇に立った。
短めのダークグリーンの髪に同じくグリーンの瞳で、ジャケットの袖を腕まくりし、両手をポケットに入れて無表情でランドを見つめていた。
程なく彼は棚にある消毒液のビンをとり、ポケットの革サックを取り出した。セットの中にはメス、
彼はランドの腕と器具に消毒液をかけ、持針器と針で目にも留まらぬ速さで腕の縫合を始めた。
そして部屋のドアを開けて周囲に誰もいないことを確認すると、右手を出してランドの右腕の縫合部に当てた。差し出した青年の右手には火傷のような傷が見える。
右手の周囲がうすいグリーンの光に包まれた。少しずつランドの腕の皮膚の色が変化していく……!
数分が経ち、右腕がすっかり元に戻ると今度は口元の裂けた箇所にも同様に手を当てた。ランドの顔は元通りになったのだ。
しばらくしてランドは意識を取り戻したがその時、そこにもう青年の姿はなかった。
すぐにメモに気付いた。
「『腕の縫合糸は抜糸不要。今なら君が起こした事件で手配犯を追うため、隊員達はほぼ出払っている。このごたごたに乗じて早くここから立ち去ることだ』……手術したのか?」
ランドは腕を動かした後、両手を顔にあて、確認した。
「この手紙、誰だ? それにさっき斬り落とされたはずの腕が、どういうことだ? すっかり元通りだ。口も……」
その後、ランドは大急ぎで駐屯舎を出た後、走って走って、無事に王宮から出るとまた走った。そしてその後、二度と護衛隊と関わることはなかった。
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