5 イントルーダー

 ヒースが初めて聞く言葉に眉をひそめていると、ミツヤはヒースに指を差しあざけるような目をして更にあおってきた。


「はっ! いるよな、こういう正義ヅラして目に入った者を片っ端から助けて自己満足の奴! 反吐へどが出るな!」


 怒りや苛立いらだちの感情が何かチカラのエネルギー発生に影響している為か、体はまた徐々に黄色い光に包まれ始めていく。


「なんだと!? お前、喧嘩売りに来たのか!?」

「ヒーロー気取りの勘違い野郎だって言ってんだ!」


 ここまで好き放題言われ、さすがにカッとなったヒースはすきを構えようとしたが、その瞬間ミツヤはもう間合いを詰めて素早くヒースの胸倉を掴んでいた。


「……! 離せ!」

(何だこいつ、はぇえな……!)


 至近距離まで詰め寄られ驚いたヒースだが、すぐに柄の頭でミツヤの腹に一撃入れた。木の棒とはいえ、強烈な一発がミゾオチに決まるとミツヤは腹を抱えてうずくまった。それでも距離をとって頭を上げる。

 ミツヤの反撃だ!


「お前見てるとイライラすんだよ! 雷電スパークッ!」


 指先から細く黄色い稲光いなびかりがヒースに向かって走った。途端、強烈な電気がヒースの体中を駆け巡る。ヒースは鋤を落としてガクッと地面に膝と両手をついてしまった。


(くそっ痛ってぇ、今のは何だ……? 全身が痺れたみたいに――)


 なんとか立ち上がったヒースに、容赦なくミツヤの右拳が左頬に入り、ヒースは宙を舞って地面に叩きつけられる。手から離れてしまった鋤は遠く置き去りになった。


「チカラ封印してやったっていうのに、パンチもロクに避けられないのか、トロいな。剣士を相手にしてる時と違って随分な開きじゃないか」


 ミツヤは地面に転がったヒースを見下ろし、冷笑を浮かべる。

 次の反撃のため起き上ったヒースはミツヤに拳で向かって行くも、するりとかわされて蹴りも通用しない。


「なんだ、温いグーパンだな。 しかもその蹴り、腰もわってないだろ」


 するとヒースは口角の血を手で拭い、ミツヤの目を真剣な眼差しで見て堂々と言い放った。


「……俺は人を殴ったことはない。笑えばいいさ、俺はケンカの仕方は知らない!」


(なんだこいつ……! そ、そんな事、堂々と威張いばって言う奴見たことない――)

「アホだ、剣技に全フリしたな……ふん。止めだ止め!」


 なんとか立ち上がったヒースだが、異形獣まものの爪にやられた傷で立っているのがやっとといった様子だ。そんなヒースを見てミツヤの気持ちはすっかりクールダウンしてしまったのだ。


「あんたとめてる時間はない。僕は今から護衛隊本拠地に乗り込む。ここで時間と体力無駄にしたくないんでね」


 少し苛立ちが収まってきた様子で衣服の土を払っているミツヤを見て、やっと緊張を解いたヒースが鋤を拾い上げる。


「おい、本拠地に乗り込むって……一人でか? 乗り込んでってどうすんだよ、お前そんなに護衛隊を憎んでんのか」

(昨日の入隊試験中の狙撃事件といい、護衛隊はみんなの憧れじゃないのか……?)


「見ず知らずのお前に言う話でもないが、あいつは、総隊長トージは村の仇だ。絶対に許せない」


 ミツヤの目が鋭い光を放つ。正義感を振りかざしているように見えるヒースのことは気に入らないが、必要な情報は入手したい。むしゃくしゃする気持ちを抑えて昨日の経緯を説明した。


「昨日、僕は闘技場からトージを追って、この近くの池まで追跡してきたんだ。奴が池のそばに馬を繋いだところまでは遠くから確認したんだけど、ちょっと身を隠した隙に見失ってね。この辺りでトージを見てないか?」


「この近くの池って……、おい」


「まだこの辺りにいないか探してたとこだった。この先に農家やってる古い一軒家を見つけたが、あれ、お前の家だろ?」


 にわかにヒースの顔に嫌悪感が現れる。


「そうだよ、じっちゃんと二人で住んでた。なんで分かった!?」

 

 いきなり詰め寄ってきたヒースに、少したじろぎながらミツヤはその時の様子を話した。


「あの一軒家から少し離れた草陰に隠れて様子を見ていたんだが、暫くして出てきたのはヒース、あんただ」


「お、俺が!? それ何時頃だ?」


「そこまでは覚えてないけど、まだ夕方にはなってなかったはずだ。ああそれと、帰宅してその足でまた外出する時、なんか赤い持ち手の見慣れない刀を持ってたろ?」


「ちょっと待った、その話本当だな? だとすると、それは俺じゃないぜ」

 

 ヒースは食い気味で答えた。


 ミツヤは目線をらして暫く考えると、大きくため息をつく。


「なぁ、まさかとは思うが、あんたトージに体のどこかを一度でも触れられないか?」


「は? どういうことだ?」


「トージは、一度見て触れた相手の姿に変わることが出来るようなんだ」


 ミツヤはヒースの聞いたこともない話をさも当然のように聞かせる。


「もしトージがあんたの姿形すがたかたちの情報を既に手中に収めてたとすれば……」


「今の話、よく分かんねぇけど、合点がいく筋書きになってきたぜ。そういう事ならトージが俺に姿を変えて家に侵入しても、じっちゃんは気付かねぇよ」


 ヒースの口元から歯ぎしりする音が聞こえた。そのヒースの様子と自分の想像からミツヤは一つの結論に辿り着いたようだ。


「……僕は奴が戻ってくるとにらんで池の付近で待っていると案の定、現れた。でも馬に乗ったトージを追ってまた見失ってしまったんだ」


(……ああ……時間をさかのぼることが出来たら……)

 

 何があったか理解し、堅く握りしめたヒースの両手がわずかに震えている。


「あの時、僕が家に駆けこんでいたら……あんたの家族は助かったのかもしれないってことか」


 と、言ってミツヤも唇を一文字に結んだ。


「……ミツヤ、あの時あの場所に居たんだな」


 ヒースの目はどこか遠くを見ているようだ。だがそれは、間に合わなかった自分を責める目ではなく、ましてやミツヤをうらむ目でもなかった。


「話してくれてありがとう。だけど違うなミツヤ。あのタイミングで家に飛び込んで行っても、じっちゃんは助からなかった。それ程の重傷だったんだ。それならいっそ、じっちゃんをったやつを追ってくれた方がまだむくわれるさ」


「すまない。悪い事をした……僕は村の仇を優先した挙句、見失ってしまった」


「だから、あんたが謝る必要はないって」

 

 ヒースはミツヤの先程までの好戦的な行動とは違う、律儀な部分に触れた気がした。


「そうなると残念ながらトージは今ごろ王宮内の護衛隊本部駐屯所の中か。ハッ……絶交のチャンスだったんだが……。でもこれで判明したよ。間違いない、トージは姿を変えられる能力を持ったイントルーダーだ……!」


「イントルーダー……?」

(なんだ? さっきも言ってたな)


「僕、実は二年前にここと違う世界から飛ばされてきたんだ。今まで誰にも気付かれないようにしてたけど。人前でこのチカラ使ったのは実は今日が初めてだ。EIAから目をつけられると厄介だからね」


 ヒースには初めて聞くことばかりだった。じっちゃんは基本、剣術の他は生きていくための最低限のことしか教えてくれていなかった。


「今は簡単に説明するけど、こことは別の世界からごく偶にこの世界へ飛ばされて来る人がいるようなんだ」

(って説明しても分からん奴には分らんだろうな。この世界だってどう見ても、せいぜい17世紀フランスって感じだしな)


「ちょ、ちょっと待てよ、ちゃんと話してくれ」


 ヒースは聞いたことのない話で頭の処理が追い付かないようだ。落ち着いて聞く為、満身創痍まんしんそういの体を引きるように近くの岩まで移動して腰を下ろす。


「こっちに転移してくる者の中には、そのタイミングで何らかの能力ドナムを得られる者もいるんだ。こっちの世界で《与えられたもの》という意味らしい」


 ヒースはミツヤの謎のチカラがそのドナムだと知り、羨望せんぼうの視線でミツヤにその能力のことを聞いた。


「それがそう単純に良いとも言えないんだ。こっちの人間からすれば、得体の知れない能力を持った異質な存在なんだろう。ドナム系でない異世界人ですら身体能力だけは異常に高いからな。迷惑、いやもっと悪い言い方をすると嫌悪を感じる人だっている。だからか、僕みたいに異世界から来た者は『侵入者イントルーダー』と呼ばれてるんだ」


「じゃあ、イントルーダー達は自分のドナムを隠して暮らしてんのか? ミツヤも?」


「いや、人によるかもな。あと、自分のドナムをずっと知らずに過ごしてる奴だっているかもしれない。どこに何人いるか判らないし。みんな、さっき言ったEIAってのが怖いんだ。結構コソコソ暮らしてる奴もいるんだぞ」


 ミツヤはEIAの話を始めた。


 現実世界からの侵入者は、異世界の者からすると得体の知れない能力ドナムを持った畏怖いふの存在であり、どちらかと言うと敬遠される傾向にあった。そのため、排除すべきと考えている過激な思想のやからも多くいたのだ。


 最近よく見かける侵入者に対し、EIA(Eliminateエリミネイト Intruderイントルーダー Associationアソシエーション)と呼ばれる侵入者排斥組合を結成し、中には集団でたった一人の異世界から来た者を見つけると、何もしてない者にまで暴行を加えて殺害する事件も多々あったという。


 両手をポケットに突っ込んで、ミツヤは森のどこか遠くを見つめている。それは何か決意を感じさせる目だ。


「僕はあいつを絶対許さない……! こっちに飛ばされて来た、右も左もわからん僕を助けてくれた村の人達全員、姿を変えたトージに騙されて惨殺されたんだ。この間異形獣まものに追われてる時に自分のドナムに気付いた。今はもうあの時のオレじゃない。必ず倒すと決めた」


 伸びた前髪をかき上げた時、額から頬に伸びた落雷の傷がはっきり見えた。


「けどよ……姿を変えられるって、なんだよそりゃ。そんな事本当にできたら……人を騙し放題じゃねぇか」


 ヒースはにわかには信じられなかったが、じっちゃんの一件を思い出して遠くを見つめ、呟くように続ける。


「いや、そうだな。だからじっちゃんは後ろからやられたんだ……」


「ああ、そりゃぁ家族なら背中も見せるだろうさ。ヒース、僕は……」


 ミツヤはまだ、家の中を確認せずトージを追った事を後悔しているようだ。その様子を見たヒースは、腕組みして鼻息荒くミツヤに言葉を返す。


「ちょっと待て、俺も犯人を知ってしまったからな。じっちゃんの仇打ちは俺がやるぜ」

 

 そう言った後、腕組みをほどいて今度は腰に当てた。


「なぁミツヤ、まだ色々聞きたい事があるが、今からすぐに俺はじっちゃんの敵討ちをしに行かなきゃならない。形見の刀も取り返さないとな。それで提案だが……」


 ヒースの口から出る次の言葉を容易に想像出来たミツヤは、こめかみをピリつかせてすぐにさえぎった。


「言いたいことは大体分かった。目的は同じだが、悪いが僕は一人でやる。誰かと組むとかウザい」


「はん? けど俺は今から王宮へ乗り込むぜ」


「チッ、勝手にしろ。だが僕の邪魔はするなよ! 覚えておけ、途中お前が護衛隊に捕まっても僕はトージを優先する!」


 それを聞いたヒースもミツヤに対抗するかのような口振りで返す。


「そこまで言うなら、俺もお前がヤツらに攻撃されても前へ進む。俺の足を引っ張るような真似だけはすんじゃねぇぞ!」


「抜かしやがったな!」


 二人の感情が沸点に到達した時だ。背後から背筋が凍り付くような気配を感じとったヒースは慌てて立ち上がり、振り向きざま鋤を握る……! ミツヤも両手を胸の前で構えた!


「聞き捨てならない話ですね。君達、どこへ行くって……?」

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