2 入隊試験
「オルレオン護衛隊カレッジのテリー君ね。17歳……と、はい受付ました。ではあちらで待機して。次の希望者ー!」
「あの、すみません。武器は貸してもらえるのか? ……ですか?」
「は? 養成校の生徒じゃないのか? しょうがねぇなあ、そこの中から好きなのを選べ。ヒース君だね。15歳……と、受け付けたよ。けどその格好で参加か? しかも防具類もなしで?」
「え? 防具って? それより武器を貸してもらえるって聞いたんだけど」
ヒースは、毎年春に開催されるブルタニー国、国王護衛隊の入隊試験に16歳を迎える今年、初めて挑戦しようとしていた。
会場は王都オルレオンの約八万人以上の観客を収容できる大型の楕円型闘技場で、アリーナだけでも縦二百メートル、横三百メートルの広さだ。
闘技場といっても試験日の為、今日ばかりは無観客で行われる。
さて、参加希望者が次々と闘技場内の受付会場で登録を済ませている中、ヒースは武器のレンタルで受付係を困惑させていた。
「お前どっから来た? 毎年試験会場には一応貸出用として武器は置いてはあるが、この程度しかレンタルせんぞ? 知らんのか?」
「どうしたジョセフ、何を揉めてる?」
参加は15歳以上。
国中の護衛隊養成学校の生徒たちが憧れる護衛隊への入隊は狭き門だ。
もちろん一般参加も一割程度はいるが、銃剣所持禁止令の交付以来、武器所持の許可を取るのは難しい。
かと言って当日この場でレンタルしても大した武器はない為、一般参加の希望者は断念せざるを得ないのが実情。
つまり参加者の殆どが必然的にどこかの養成学校の生徒となるのだ。
「あ、トニー先輩、お疲れさまです! こいつ入隊試験希望者なんですが、一般枠からの応募で武器が無いらしくて」
するとトニーは急いで奥の部屋からホウキやモップ、それに農具をかかえて持ってきた。
「悪いね、こんなのしか置いてなかったよ、まさか掃除道具や農具ってわけにはいかんだろう、今回は諦めて……」
と、言いかけた護衛隊員達の心配をよそにヒースはトニーが持ってきた農具から馴染みの道具を見つけたようだ。
途端、不安は一掃されて
「これは……! おっさん! この農具借りるよ!」
「お、おいちょっと君、本気で……あ……行っちゃいましたね……」
「おい、見てみろよ、あいつ誰だ? 変な格好してんぞ、ギャハハッ」
「てか、なんだあれ、
「マジかよ! 笑わせてスキを突こうってか? 鋤なだけに?」
冷やかしの声は聞こえていたが、まだ開始前だ、挑発には乗らない。
「ギャーハハハハッ! お前な、俺達既にランクF判定を貰ってるんだ。止めとけ!」
彼らの中でひと際、威圧感を与える剃り込みの青年が背中に装備したロングソードをちらつかせ大きな声で
(すげぇ、ガチ勢ばかりだ)
ヒースはというと、薄手の黒いジャケットに同じく黒のデニムに鋤、といった軽装だった。
キョロキョロしていると場内の脇で参加者を見守る護衛隊の隊員達の、紺のマントが風で揺れているのが見えた。
マントには、ちらちらとブルタニー国の紋章である横向きライオンの刺繍が見え隠れしている。
(くぅーっ! あのマント、イカしてんだよな! この試練を乗り越えて夢の護衛隊員に入隊だ!)
闘技場の鉄格子の全出入り口が一斉に閉まった……!
参加者達の緊張感が最高潮に達し、ラッパの音が甲高く場内に鳴り響く――。
そして護衛隊の隊員たちが合図を出し、ついに入隊の一次試験が始まった!
ハチの巣をつついたように千人が一斉に剣を振るい始める。
その中に彼もいた。
この第一次試験では自由な武器で予選を勝ち抜いた総勢千人が一度に百人になるまで闘う。
数十人の試験官が立ち会う中、「参った」というか武器を落とすか、または胴体の一部が地面に接してしまうと退場となる。
残った百人が次の第二次試験に参加し、三次試験で勝ち残ったわずか20人が合格だ。
その後は訓練生として半年の特訓を受けることとなり、レベル的にはそこでやっとランクEだ。
そうして控えの隊に属すとランクDが認定される。
「そんな物でここへ何しに来たんだか知らねぇが、悪いな、お前の農具オレがへし折ってやる!」
先程の剃り込みの青年の一人がロングソードを背から抜いて振りかぶった。
「腹がガラ空きだぜ?」
ヒースは腰を落とし、鋤を短めに握ると一瞬で青年の
ガチン!
養成学校の紋章を胸に付けたその少年は、思い掛けず腹部に衝撃を受けてシャツが切れ、尻をついてしまった。
その上、シャツの下に着用していた鉄製の
「な、何が起きたんだ……?」
開始後まだ誰とも剣を交えてない他の生徒たちの囁きも聞こえてきた。
「おい見ろ、あいつ今、農具で倒したぞ?」
すぐさま試験官がやってきて尻モチの生徒に退場を促した。
剃り込みの青年は、何が起きたかもわからないうちに退場となり
追い打ちをかけるように、立ち上がった青年の鎖帷子がジャラッと音を立てて崩れた。
「……うぇぇぇ! き、切れてる! あいつ何やったんだ……?」
ホッとする間はない、なんといっても総勢千人だ。
千人が思い思いに暴れているのだ、誰がどこから攻撃してくるか分からない、全方向に注意を怠るわけにはいかない。
風が土埃を舞い上げ、肩まで伸びたオレンジ色の髪が
何名かとの対戦で、ヒースにも少し余裕が出てきた。
そもそも彼はこの日のために、何年もじっちゃんと農作業という名の修行を重ねてきたのだ。
入隊できればじっちゃんに恩返しができる。必ず合格すると決意してきた。
(これを乗り越えりゃ、あの赤い
「一度に何人でもかかってきな!」
調子に乗りやすいのが欠点だったが、腕の実力は自分もまだ知らなかった。
「んだと? いい度胸してんじゃねーか。おい、一緒にあの生意気な奴を潰してやろうぜ!」
ヒースに目を付けた重装備の青年が、隣で両手に剣を握っているクラスメート二人に声をかけて同時に向かって来た。
図体の割に三人とも速い! 一人の青年がジャンプし、上から襲ってくる……!
「見えるぜ」
ヒースが剣の道筋を読み、上半身を半歩だけ左へスライドして相手の剣をかわした為、青年の剣は空気を斬って空振りのまま地面に叩きこんでしまった。
瞬間、鋤が青年の背に鈍い音をたてて入る!
相手が地面に伏すのを待たず、すぐさま二人目の剣を宙に振り払う。
そのままくるりと向きを変えると、後ろのもう一人の脛に鋤を水平に打ち込んだ。
途端、悲鳴が上がる。相手三人を瞬時に鋤で倒したのだ。
「い、痛ぇー!」
「くっそう!!」
悔しがる青年三人を背に、次の相手と向かい合う彼の脳裏には、じっちゃんとの
◇ ◇ ◇
10歳のヒース――。
「じっちゃん、そろそろ剣を使わせてくれよー。これじゃぁ入隊試験にも出られんじゃん」
ヒースは畑を耕す手を止めては素振りをしていたが、農具を片手にぼやいた。
じっちゃんは鋤や鎌といった農具を最大限に利用し、ヒースに戦い方を教えていたが、ヒースは刀を手に取りたい一心でじっちゃんの指示に従っていた。
「農具をバカにしちゃいかん。 農村地区では自分達で農具だけで耐えとる村もある。ぃよっこらしょーっと」
じっちゃんは小さな田んぼで刈り取りした稲の束を籠に入れ、背にしょった。
「ヒース、そんなに護衛隊に入りたいか? わしが昔、隊員達の教官をしとったのは12年前じゃ。あれから随分と風変りしてしまったぞ。今の総隊長も、どういう訳か随分と変わり者じゃとか……これから入る若いモンは大変じゃぞ。ま、それでもやると言うなら止めんがの」
「じっちゃん、年寄りのひがみか?」
近頃、背が伸びてじっちゃんを追い越したヒースは、腰に手をあてて名実共に上から目線の物言いだ。
「ほっほ! 言いよるな! ま、よかろう。じゃがの、試験で使用する武器は自由。この際、農具で挑戦してみんか? ライバルの目を欺いてやれるかもしれんぞ?」
じっちゃんは60近い歳に似つかない、いたずらっ子のような表情で笑った。
「なあ君! 見てたよ。すごいな、それでやるの? 僕は飛び道具だけど本気出していいのか?」
両刃ブーメランを持った青年の声でヒースは現実に引き戻された。
「いいぜ、かかって来な」
少し
どれくらい経ったか、突如ラッパの音が鳴り響いた。一次試験の終了の合図だ。
「ええ? もう百人まで減ったのか? あっと言う間だったな」
究極の話、一次試験は武器を持ったまま逃げ回っていても、最後まで自分の武器を所持しつつ無事でいれば合格だ。
だが二次試験では試験官の目も行き届くため、そうはいかない。
勝ち残ったツワモノ百人だ、そもそも逃げる者もいない。
降参せず、剣を落とさず、地面に着かずに最後まで残った40人が最終試験を受けられる。
ただ死に至らしめる行為は牢獄行きだ。
30分休憩の後、第二次試験の開始の合図が鳴った。
すぐにどこかの生徒だろう、モヒカン頭の青年がごついバスタードソードを見せびらかせ、またしてもヒースを挑発してきた。
「さっきの鋤野郎だな、さっさと村に帰って畑仕事でもしてろ!」
「言ったな、吠え面かくなよ!」
ヒースは相手の剣をタイミングを合わせ、ひょいと重心移動して避けるとしゃがんだ姿勢で素早く踏み込み、そのまま青年の腹に鋤の先端を叩き込む……!
ガツン!
モヒカンの生徒が装備していた腹部の鎧に切り込みが入り、バスタードソードを落として派手に尻餅をついた。
武器を落としたこの男は前代未聞の開始五秒での退場となった。
近くで目の当たりにした挑戦者達は後ずさりしてヒースの周りに距離を作り、ざわつき始める。
(次はどいつだ?)
ヒースが取り巻きの中から次の相手を見定めていた時だった。
突然、パーンという軽い音と共に、数メートル近くでブロードソードを振りかぶった生徒が武器を落とした。
手に怪我はないようだが、構えたブロードソードから手に伝わった強い衝撃のせいか右手を押さえてうずくまっている。
場内に緊張が走った。
ヒースは肩に担いでいた鋤を、再度中腰で構える。
――銃だ! だが、いったいどこから?
ヒースはここへきて初めて固唾をのんだ。
今度は二度の銃声と共に二人の青年がそれぞれ斧とロングソードを落とし、同じく手を抑えていた。
「なんだ、何が起こってるんだ!?」
皆、キョロキョロとあたりを見回すが、銃を持った者はいない。
次の銃声と共にみるみるうちに人数が減っていき、もう半分も退場となった。
――じっちゃんに聞いたことがある、あれは狙撃手だ……!
その瞬間、弾丸が鼻先あたりを横切り一瞬、腹のあたりがキュっとなる。
「ふぅーっ、あっぶね……!」
即座に方向を見定めた。
「いったいどこから撃ってきてやがんだ? 障害物は何もない闘技場だってのに」
誰かがそう言ったのが聞こえた。
パニックと化した会場で、武器を落とした脱落者が続出し、目視できない敵への恐怖が次々と伝染していくようだ。
だが、次の銃弾の音が聞こえる前にヒースはもう音の方向に走っていた。
◇ ◇ ◇
13歳のヒース――。
60を過ぎたじっちゃんは、
この頃からその年寄りはヒースに《速さ》の絶対的な必要性を教えていた。
「じゃがな、まずは下半身を強化じゃ。打突距離も伸びる、踏み込みの強さも上がる、重心移動も素早くできる、いいこと尽くめじゃ。というわけで……運べ」
じっちゃんはヒースに米俵をポイっと放った。
「でぇぇぇぇぇぇ!? ジジィ! 気ィつけろ、潰れるだろ!」
じっちゃんは、速い攻撃を見据えて下半身の強化に努めるよう日々、ヒースを農作業に駆りたてていたのだった。
さて、アキアカネが飛び交うある日のこと。
いつもの特訓用の木を相手に鋤で自主トレーニングをしていた時だ。
脱穀を終え、じっちゃんは縁側で胡坐をかき肘をついて、玄米茶をすすりながらヒースをながめている。
庭に深く埋め込まれた身の丈ほどの木を相手にして特訓でくたびれ果てたヒースに、一言「遅いな」と呟くと、草鞋を履いてゆっくり庭に降りてきた。
と、その刹那、瞬きする程の間にヒースの背後に鍬を構えたじっちゃんが立っていたのだ。
五メートルの距離をコンマ五秒で縮めてくる神業的速さだった。
彼はしばらくポカンと口を開けていたが、
「え? 速過ぎる! どうやったんだ!?」
と目をキラキラ輝かせた。もう疲れはどこかへ吹き飛んでいた。
「相手の動きが見えさえすればいくらでも対処できる。いいかねヒース、『速い』は即ち『強い』に繋がるんじゃ。そのためには自分も速さを極めるのはもちろん、相手を見るチカラも鍛えねばな。ゆくゆくは銃弾すらも跳ね返せるようにの」
そこから少年と年寄りの、誰よりも速く攻撃する技の長い長い特訓が始まった。
じっちゃんの動きはヒースにとってはまだ手の届かない存在だったが、速さを極限まで高めるために必死に修練した。
長い特訓の中でヒースは身をもって速さの重要性を理解し、その中で成長していった。
そうして、その年の終わりごろ、じっちゃんはヒースに以前自分が使用していた赤い柄の日本刀を初めて握らせてくれたのだ。
「ヒース、今はまだ使うのは早いが、護衛隊の入隊試験に合格したらこれをお前にやろう」
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