第三章 6

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 十日後、リヤウ王国にタップ王国王女一行が到着した。

 王女の馬車の数々は一部が欠けたものの、無事に現場に着いたとのことで、送り届けた方も待ち受けていた方も双方ほっとした様子であった。

 王城の入り口で王女を出迎えた王子は満面の笑みで彼女を歓迎し、王女は王女でそれを恥ずかしそうに受け入れた。

「見ろよ。なんにも知らねえで」

「知らない方がいいこともある」

 それを見守りながら、グラドとライアスは囁き合った。

「さ、帰ろうぜ。お役御免だ」

「ああ」

 その前にすることがある――ライアスのうす青い瞳が不気味に光った。



 ラガーディア公爵はいらいらと報告を待っていた。夜は更け、表では雨がしとしとと降っている。

「ええい、ローザはどこに行ったというのだ。計画が台無しではないか」

 乱暴に机を叩くと、ぐっと杯を呷る。タップ王国の王女は、もう王城入りしてしまった。 もう終わりだ。ええい忌々しい。

「旦那様、ラカリヴェイル様というお方が表にいらしています」

「なに、ラカリヴェイル……?」

 ぎくりとした。その名前には、確かに聞き覚えがあった。そんなはずはない。だが。いやしかし。

 彼は玄関まで下り、表門に出た。

 石畳を、雨が叩いている。周囲に人はいない。

 いたずらか。

 腹立たしい。

 ちっ、と舌打ちして、門扉に手をかけようとしたとき、ふっと人影があったことに気がついた。

 公爵はそちらに目をやった。

「? ……」

 その人影は、剣を片手に引っ提げて雨のなか立っていた。

「ラルフ・グレン・ラガーディア公爵。シャルル・ド・ラカリヴェイル王弟殿下の仇をとらせてもらう」

 小雨が煙って、誰かもよくわからない。

 目を細めて、そちらを伺い見た。

「何者だ」

「私はシャルル様の護衛にして友、ネヴリアス・バラファードだ。いざ、覚悟しろ」

「な……ネ……」

 公爵は慌てて背≪そびら≫を返し、逃げようとした。ライアスは、ネヴリアスは、それに全速力で追いついた。

 一瞬の出来事だった。

 一撃、腹へのたった一撃で、ライアスは公爵の命を絶った。

「ぐっ……」

「急所を外した」

 公爵の口から、血が見る見る溢れだした。

 その口から、苦悶の呻き声が満ちる。

「シャルル様は、血の汗を流して死んでいった。百分の一でもその苦しみを味わうがいい」

 サアアアア……

 小雨がしきりに降っている。

 ドウ、と倒れた公爵の周りに、血だまりができた。が、それも雨に流されて、すぐに消えた。

 ライアスはその死体をしばし見つめていたが、すぐに剣をしまい、歩き出した。返り血が雨に流されて、見る見るなくなっていった。

 ふと、道の向こうに誰かが見えた。

「よう」

 グラドだった。

「……いたのか」

「終わったな」

 ライアスは彼には構わず、歩き続けている。

「これから、どうするんだ?」

「帰るよ。私は『薔薇のため息』の主人だからね」

「そりゃありがたいこった」

 ライアスの姿が雨のむこうに消えていこうとしている。その背中に、グラドはそっと言った。

「本気で好きになっちまったよ」

 それを聞き取って、彼女は振り返って言い返した。

「馬鹿だな」

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空を飛ぶ鳥のように 青雨 @Blue_Rain

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