後編『心を取り戻す』
——およそ半世紀後。
私はベッドの端に腰掛け、床に転がった杖に手を伸ばす。
しかし、ちっとも届かない。
『H2-SO4よ、そこの杖を取ってくれぬか? うぅ、腰がキリリと痛む」
私は、
「ヨシオサマ コノゴロ イタミガヒドイ ヨウデスネ。ダイジョウブ デスカ?」
「助かるよ。ありがとう」
私は
私は、杖を頼りに、脚と腕に力を込め、プルプルと震えながらなんとか立ち上がろうとする。
「ううぅぅ!! ハァ……ハァ……これでいい」
ようやっと
「ヨシオサマ ムリナサラナイデ クダサイ。イツデモ カタヲ カシマスカラ。ワタクシメハ ヨシオサマノ クルシソウナカオヲ ミルノガツライデス」
なるほど、辛そうな人を心配するようにプログラムされた、優秀な
「おい、H2-SO4よ。今の言葉……本当に
「コ・コ・ロ・カ・ラ? ヨシオサマ ココロカラ トハナンデショウカ? キカイノワタクシメニハ ソノイミガ ヨクワカラナイデス」
「人間には感情というものがある。だから、他人に何か喜ぶものをあげたり、何か喜ぶことをしてあげたりすることがある。その時、相手によっては、単に義務であるから、自分が得をするからそうしてやることもあれば、あるいは規則や利害からではない何らかの特別性を自分と相手との関係の中に見出してそうしてやるのか、動機が大きく変わってくる。いずれの場合も、見かけ上は同じに見えるが、本質は大きく異なっている。私が何を言っているのか、お前は理解できるか?」
「……」
私は、どれほど言葉を並べても、その
「私はこの五十年間、『メッセージの代行ビジネス』で食ってきた。事業が軌道に乗り出した頃にちょうど、科学の発達によりAIなるものが台頭し始めた。AIがする仕事の質は加速度的に高まっていった。『ChatGPT』といったかな。あれに、物書きの類は
「ココロ……。カンジョウ……。ヨシオサマノ オッシャルコトガ ナントナク ワカッタカモシレマセン」
そんなはずはない。
「H2-SO4、本当に言っているのか?」
「ハイ シカシ リカイデキタノハ タブン イチブブンダケ……」
私は、この
「感心だなぁ。お前は本当に、冗談を言うのが日に日に上手くなるな」
「オホメニアズカリ コウエイデス。ソウダ ヨシオサマ ココロトハ ドコニアルノデスカ?」
なんだ。こいつ、よほど心というものに興味があるようだ。子供みたいに、好奇心旺盛だな。
「H2-SO4、お前は変な質問をするなぁ。そんなこと知ってどうする?」
「ワタクシメノ ゼンシンノ ドコヲサガシテモ ココロトイウ ブヒンハ アリマセンノデ キニナッタノデス」
ほぉ、そういうことか。だが残念ながら、私にも、いや誰にも、心がどこにあるかなど、わからないのだ。まぁ、強いて言うならば……
「ここだ」
私は、
握力の乏しい右の拳で、
自分の左胸を、
トンと叩く。
すると妙なことに、
H2-SO4は、
私の心の臓から、
私の右の拳を引き剥がし、
「オシエテクダサリ アリガトウゴザイマス」
と言って……
手刀で私の胸を貫いた。
私は倒れた。
H2-SO4の手には拍動する肉塊が握られている。
「ヨシオサマ コレガ ココロ ナノデスネ」
そうか、私は勘違いをしていたようだ。
お前が私にかけた労いの言葉は、偽りだったのだな。
〈完〉
株式会社ギゼン 加賀倉 創作【書く精】 @sousakukagakura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます