AI彼氏と協力して現実で彼氏を作る話
鶏=Chicken
AI彼氏と協力して現実で彼氏を作る話
教室の真ん中にたむろい、雑談に花を咲かせる男子たち。その中で一際輝く端正な顔立ちの彼こそが、クラス一のモテ男、
「はぁ……、今日も何もできず、か」
ため息をつきながら帰宅した紬は、真っ先に自室のパソコンに向かう。画面を立ち上げると、今朝開きっぱなしにしていたソフトが起動した。その名も「AI彼氏シミュレーター」。
このゲームは、最先端AIによって本物の人間と話しているかのように恋愛を楽しめるという、画期的なゲームなのである。しかも本物の人間ではないので、複数人と同時に付き合うこともできるし、気に入らない発言があれば「フィードバック機能」を用いて、より自分好みの彼氏にしていくことも可能なのだ。そのほか、バックログ機能や読み上げ機能、百種類を超える彼氏の実装など、かなり完成度の高いゲームなのである。それゆえ結構値が張るゲームなのだが、両親が同時に出張に行かなければならなくなったので、一人でも寂しくないようにと買ってくれたのだ。それ以来このゲームにどっぷりハマった紬は、日常生活の疲れを、お気に入りの彼氏三人に癒してもらっているのである。
ゲームが立ち上がると三人の美男子が表示され、口々に紬を労う言葉をかける。
「おかえりー!紬が帰ってくるの、ずっと待ってたぜ!」
まず真っ先に、腰に剣を携えた青年が威勢の良い声をあげた。彼はナイトといい、あまり頭は良くないが、強くて明るく頼りがいのある男だ。
それに続くように、タキシードを身に纏った青年が
「おかえりなさいませ、お嬢様。本日も一日お疲れ様でした」
と優しげな声を出した。彼はバトラー。優しくて謙虚だが、頭の切れる男である。
そして最後の一人。
「この俺を待たせるとは良い度胸だな」
と冷たい目で見下してきた彼が、紬の最推しであるプリンスだ。豪華絢爛な衣装を纏い、腕を組む姿は、まさに王子の品格を纏っている。
そんな彼らに、紬は今日の学校での出来事を愚痴り始めた。
「今日も一樹くんと話せなかったー。いっつも周りに取り巻きがいてさ、話しかけるチャンスがないの。それに私が話しかけてもきっと嫌がられるし……」
弱気な発言をすると、まずはナイトが食い気味に否定してくる。
「そんなことないだろ!俺は紬と話してるとめっちゃ楽しいから、そいつだって喜ぶに決まってる!」
「えー、そうかな……?」
紬が謙遜すると、次はバトラーがフォローを入れてくれる。
「もちろんですとも。お嬢様はとても素敵な方ですから」
「ほんと?ありがとう」
すると最後は、プリンスが
「紬の魅力に気付けないような奴ならこっちから願い下げてやれ」
と、冷たいながらも優しく励ましてくれるのである。普段はツンツンしているが、たまに褒めてくれることもあるプリンスに、紬は特にゾッコンなのだった。
画面の中にしかいないことを除けば完璧な彼氏たちとの生活に、紬は概ね満足していた。そんな生活が大きく変化することになったのは、とある一通のメールからだった。
「ネットで服買ったら全然思ってたのと違って、しかも交換も返品もできなかったんだよね。マジ最悪ー」
「紬ならなんだって似合うだろ!なんなら俺が着てもいいぞ!」
「ナイトが着たら破れるだろう。紬は小柄なんだ」
ある日、こうしていつものように彼氏たちとのやり取りを楽しんでいると、ゲームに関するメールを一括管理してくれているバトラーが、メールの受信を教えてくれた。
「お嬢様宛に運営からメールが届いております。『特別召喚プログラム当選の件』と書かれておりますが……」
「なにそれ?ちょっと確認してみるね」
メールボックスを確認してみると、確かにバトラーが言った通りの件名のメールが来ていた。内容としては、新たに導入を検討している「特別召喚プログラム」のテスト使用権に当選したとのことだ。
「このプログラムを使うと、あなたの彼氏を現実に呼び出すことができます!?」
信じがたい文面につい大声が出た。そして、それを聞いていた彼氏たちにも動揺が伝播し、喜びや驚きの声をあげる。
「え、マジ!?じゃあ俺らが現実の紬に会えるってこと!?」
「そのようなことができるのですね。最近の技術の進歩は目を見張るものがございます」
「ようやく時代が俺たちに追いついたということか」
盛り上がる彼氏を尻目にメールを読み続けていた紬は、またもやあっと大声を上げることになる。
「ねえ、よく読んだら召喚できるのは二人までだって……」
その瞬間、画面内の空気が凍りつき、沈黙が訪れる。それを破ったのはナイトだった。いつも通りの大声で
「こういう時は血を流さない決闘、じゃんけんだろ!俺めっちゃ強いから!」
と高らかに宣言した。しかし、プリンスの冷たい声によって一瞬で否定される。
「誰を召喚するのかはかなり大事なことだ。運で決めるべきではない。そして、決める権利があるのは紬だろう。俺と誰を召喚するのか、今すぐ決めてもらおうか」
「プリンスが選ばれるのは確定なのですか……?」
「当たり前だ。そうだろう、紬?」
バトラーの質問を軽く流し、プリンスがこちらの返答を待つ。流石に即答するわけにもいかず、紬は大いに頭を抱えることになった。
もちろん紬の最推しはプリンスだ。プリンスを召喚してそばに置いておきたいという気持ちは強い。しかし、そうなるとナイトかバトラーのどちらかを切り捨てることになる。この二者択一はあまりに難問だし、選べないからと言ってプリンスを諦めることなどできるはずもない。
大きなため息をついて眉間に皺を寄せると、様子を察したバトラーが
「私はお嬢様にお会いするにはまだ未熟ですから、プリンスとナイトをお選びになってはいかがですか」
と助け舟を出してくれた。紬が聞き返す前に、ひどく驚いた様子のナイトが
「本当にいいのか!?バトラーだって紬に会いたいだろ!?」
と疑問を呈していた。
「テスト使用ということは、いつか正式リリースされるはずですから、私はそれまで待つことにいたします」
「ありがたいな。まあ、紬を一番よくわかっている俺がうまくやるから、安心して見ておけ」
マウントをとりつつも、珍しくストレートに感謝を伝えるプリンスにときめきながら、召喚プログラムのセットアップを進める。慣れない操作に苦戦し、五分ほどかかったが、ようやく最終確認画面に到達した。
「『これより先、召喚した彼氏をゲーム内に戻すことはできません。また、フィードバック機能も使えなくなります。本当に宜しいですか』だって。なんか緊張しちゃう」
「まあ大丈夫だろ!俺フィードバックされるようなことしないし!」
「ナイトが一番フィードバックされているだろう。まあ、俺の一位が不動のものになるだけだ。大した問題はない」
ナイトとプリンスの後押しを受け、ついに決定ボタンを押した。すると、部屋中が閃光に包まれ、あまりの眩しさに目をぎゅっと瞑る。しばらくして、恐る恐る目を開けると、いつもは三人並んでいる画面から二人の姿が消え、バトラーのみになっている。
椅子から立ち上がって振り返ろうとすると
「すげー!本物の紬だ!」
という言葉と共に、ナイトにぎゅっと抱きつかれた。ナイトの体温を感じて、胸が高鳴ってしまう。紬が頬を紅潮させている様子を見て、すぐさま二人を引き剥がしたプリンスは
「おいナイト!抜け駆けするな」
と満足げなナイトを睨みつけた。そんな状況に、パソコンのカメラとマイクを通して様子を見ていたバトラーの、呆れた声が聞こえてくる。
「召喚されて早々これでは先が思いやられます。もう少し落ち着いてくださいませ」
「はぁ……、フィードバックできるなら俺がナイトの性格を変えてやるのにな」
プリンスの言葉に、ナイトは不服そうな声をあげる。
「俺だって、プリンスのその嫌味な性格変えてやりたいけどな!」
「もしかして、ゲーム内ではいつもこんなに騒がしかったの……?」
紬のふとこぼれ落ちた疑問に、バトラーが苦笑して答えてくれる。
「お嬢様にお会いできたことが嬉しいのか、いつもより気合が入っていますね」
「もうちょっと落ち着いてほしいよー」
そうは言ったものの、画面の中だけの存在だった二人に会えたことが嬉しくて、紬の顔には自然と笑みが溢れていた。
現実に召喚した彼氏たちと一週間ほど過ごしてみて、ようやくプログラムの勝手がわかってきた。まず、召喚してすぐ脳裏によぎった食費問題だが、あくまでもAIであるため食事をとる必要はないようだ。同様の理由で入浴、排泄、睡眠も必要ないが、紬が寝てしまってつまらないから、という理由で、二人も夜は活動を停止しているようだ。流石に同じ部屋で寝るのは気が引けるので、別の部屋で寝てもらうことにしたが、そうなると二人のための寝室が必要になる。とりあえず今は両親が出張でいないので、両親の部屋で寝てもらうことにしたが、両親が帰ってきたら要相談だろう。まあ、両親が買ったゲームなのでなんとかしてくれるに違いない。また、夜間はパソコンを二人の寝室に置くことにした。突然一人になってしまったバトラーが寂しがるのではないかと考えての措置だ。
このような生活にも慣れてきていたある日の朝、目が覚めると、紬の学校の制服を着たプリンスとナイトの姿が目に入った。見間違いかと思い目を擦るも、やはり現実だ。
「えっ、どういう状況?」
動揺が隠しきれない紬に、ナイトが満面の笑みで教えてくれた。
「紬が寝た後に、三人で相談してたんだけどさ、俺たち、紬の学校に留学生として潜入することにしたんだ!それで、一樹とやらと仲良くなる手助けをしようってわけ!」
「ぜひバックログをご覧くださいませ。プリンスとナイトのバックログ機能も健在のようですし、議事録のように使っていただけるかと」
バトラーに言われるがままバックログを確認すると、確かに三人で話し合った様子がしっかり残されていた。色々なアイデアが出た末、学校潜入作戦に決まったようだ。
「作戦は主に俺とバトラーで考えたから、まあ失敗することはないだろう。大船に乗ったつもりでいろ」
プリンスの頼もしい言葉に、紬は深く頷いた。するとナイトが
「じゃ、さっそく行こうぜ!本物の学校なんて初めてだ!」
と紬の手を引っ張って行こうとする。
「ちょっと待って!潜入するって、手続きとか大丈夫なの!?」
心配になってそう言ったが、すぐにバトラーがフォローを入れてくれた。
「召喚プログラムの件と学校に編入したい旨を運営名義のメールで学校に送信いたしましたところ、その日のうちに手続きしていただけました」
「バトラーって運営名義でメール送れるのかよ!?」
情報共有できていないのか、驚いた声をあげたナイトに、バトラーはくすくすと笑って説明をする。
「メールの管理をしているうちに、色々とできるようになっておりまして。運営名義のメール送信程度ならお安いご用でございます」
「まあバトラーが言うなら大丈夫なのだろう。心配するな」
プリンスにそう言われてもまだまだ心配ではあるが、一旦は大丈夫という言葉を信じて学校に向かってみることにした。
結論から述べると、紬の心配は完全なる杞憂に終わった。学校に到着したプリンスとナイトは当たり前のように留学生として迎え入れられ、他の生徒と混じって授業を受けることができていた。さらに驚いたことは、あの塩対応なプリンスが、なんと一日のうちに一樹と親しくなったことである。三人の作戦では初めから、プリンスが一樹との仲を深め、ナイトがぼっちな紬をフォローする予定だったようだが、それが完璧にうまくいったということだ。
「お前プリンスって名前なの?どっかの王子だったりする感じ?」
「名家の出身であることは否定しないが、詳しくは言えない。国際問題に発展しては困るからな」
「うわー、すげぇ!かっこいー!」
仲良さげに話すプリンスと一樹を、紬とナイトは遠目で眺めていた。
「プリンスって意外とコミュニケーション能力高いんだね。ちょっとナメてたかも」
頬杖をつきながら言うと、ナイトはイタズラっぽく笑った。
「紬とか俺たちには、信頼してるからこそ悪態つくんだろうな!ほら、プリンスってツンデレだろ?」
「確かにキャラ説明にそんなこと書いてあったかも」
「あれで本当は恥ずかしがり屋だからな!今回だって、紬の役に立てるからって張り切っちゃって」
「さっきから聞き捨てならないな。紬に出鱈目を吹き込んでなんのつもりだ」
気づけば、腕を組んだプリンスがナイトの前に立ちはだかっていた。満更でもない顔をしているが、それを認めるのはプライドが許さないのだろう。しかし、ナイトが空気を読むはずもなく、ケラケラと笑い飛ばした。
「だって本当のことだろ?昨日もさー」
「黙れ低脳。はぁ、フィードバックさえできればな……」
「どっちにしろフィードバックできるのは紬だけだろ?って痛ぇ!引っ張るな!」
ナイトを睨みつけながら頬を引っ張るプリンスを微笑ましく見ていると、プリンスを追って一樹がこちらに来た。一樹はチラリと紬の方を見ると、紬の筆箱についていたマスコットキーホルダーに目を留めた。
「あれ、紬ちゃんだっけ、このキャラ好きなの?」
突然一樹に話しかけられ、声にならない悲鳴をあげる。動揺しすぎて何度も頷くことしかできなかったが、一樹は嬉しそうな笑みを見せる。
「マジで!?このゲーム好きなやつ初めて見つけたわ!俺も好きなんだけど、誰もやってなかったから嬉しいわー」
「あ、私も、仲間がいて嬉しいです。プレイヤー人口少ないから……」
「ほんとそれ!あ、今やってるイベント終わった?俺結構苦戦しててさー」
初めて一樹としっかり話すことができて、紬は有頂天になっていた。プリンスとナイトもその様子を嬉しそうに眺めていたが、もちろん、二人の接近を喜ばしく見ている人ばかりではない。一樹の取り巻きたちは接触こそしてこなかったものの、遠巻きに紬たちの様子を見て、何やらコソコソと話し込んでいたのだった。
帰宅して今日のことをバトラーに報告すると、二人と同じように喜んでくれた。
「一日の進捗とは思えないほどの進歩ですね。この調子なら、お嬢様の念願が叶うのも比較的すぐなのでは?」
「うーん、でも今日やっと知り合いになれて、それから友達でしょ、そこから運良く恋人となると、先は遠そうな気がするよ」
紬はそう言ったものの、プリンスとナイトはかなりの手応えを感じていたようだ。プリンスは勝ち誇ったような笑みを見せると
「俺の見立てでは、この調子なら一年もかからずに恋人になれるだろうな。まあ、ナイトが余計なことをしなければ、だが」
と言った。もちろんナイトはすぐに不服を述べる。
「それで言えばプリンスもだろ!今日だって、一樹と話してる最中に俺らの話盗み聞きして、わざわざ訂正に来たんだぜ?」
「紬に誤解を与えたままにしておくわけにはいかないだろう。お前のそういう言動が作戦の失敗を誘発するのだと理解しろ」
「お二人とも落ち着いてください。今日はお二人の初登校と、作戦の順調な経過をお祝いいたしましょう?」
バトラーの言葉に、言い合いをしていた二人も落ち着きを取り戻す。改めて、この三人はバランスが良いと思う。三人がずっとそばにいてくれて、一樹と付き合うことができて……。そんな生活を想像して、つい笑みが溢れたのだった。
それからしばらく時が過ぎ、三人の作戦は拍子抜けするほどうまくいっていた。プリンスと一樹は、いつしか親友と呼べるほど仲良くなっており、そこにナイトが紬を連れて絡みに行くので、必然的に紬と一樹も親しくなっていく。共通点のゲームもあり、知り合いから友達にグレードアップできただろうと、紬自身も実感していた。着実にステップアップしていったことで、紬自身にも変化が現れた。これまでは、内気で自分の意見を話すことができなかった紬だが、AI彼氏たちと現実で会い、一樹とも関わりだしたことで、少しずつ自己表現ができるようになっていた。今では自分の言いたいことをはっきりと意見できるまでに成長した。
その一方で、紬の中には原因不明のモヤモヤが発生するようになっていた。言葉では言い表せない違和感を感じつつも、一旦は見て見ぬふりをした。
また、紬の周りでは困ったことも起こっていた。授業中、筆箱の中を見ると消しゴムがない。
「ねえナイト。ちょっと消しゴム貸してくれない?なくしちゃったみたいで」
隣の席に座っているナイトに小声で話しかけると、予備で持っていたらしい消しゴムを貸してくれた。
「ありがとう。助かるよ」
「良いんだけど、昨日も消しゴムないって言ってなかったか?」
ナイトの指摘に小さく頷く。朝は確かに筆箱に入れたし、三限の体育の前までは手元にあったのを確認している。しかし、少し目を離した隙になくなっていたのだ。二日も続くと流石に不気味に思えてくるが、授業中に話し込むのも良くないと思い
「どっかに落としたかもしれないし、あとで探してみるね」
とだけ言うと、板書のために視線を前に戻した。
ナイトとプリンスにも協力してもらって消しゴムを探したが、結局見つからず、今日のところは諦めて帰ることにした。帰宅準備をしていると、紬のもとに一樹の取り巻きの女子たちが来た。
「紬さん?ちょっとお時間いいかしら。話したいことがあるのだけれど」
疑問形でこそあるものの、女子たちは有無も言わさず紬の手を引き、校舎裏まで連れて行った。紬が立ちすくんでいると、取り巻きの中のボスが一歩前に出てきて、紬を睨みつける。
「あなた、一樹くんにちょっかいかけて何様のつもり?しかも、いつもプリンスやナイトとつるんで、どれだけ男好きなの?恥ずかしいと思わない?」
それを聞いてすぐに理解した。一樹と仲良くした結果、取り巻きたちに嫉妬され、嫌がらせの対象にされてしまったのだ。おそらくだが、消しゴムがなくなったのも彼女らのせいだろう。これまでの紬だったら、怯えて謝ってしまっていたところだが、今の紬は違う。
「ちょっかいかけているわけじゃないし、男好きでもないよ。あと、人のもの盗むのはやめた方がいいと思うけど。いつか通報されるよ」
堂々とそう言うと、踵を返して取り巻きたちのもとから立ち去る。呼び止める声が聞こえたが、どうせ碌なことじゃない。そのまま校門まで歩いていくと、紬の荷物を持ったプリンスとナイトが待っていた。
「ごめん、待たせちゃった?」
聞くと、ナイトは心配そうな顔で首を横に振った。
「待ってないけど、大丈夫か?助けに行けばよかったんだけど、どこまで介入して良いものかわかんなくてさ」
それに続けて、プリンスも珍しく
「怪我はなかったか?無茶する前に相談しろ。俺ならいつでも相談に乗ってやる」
と心配してくれたようだ。
「俺ならって、俺とかバトラーもいつでも相談に乗るからな!?」
「頼りにならないだろう」
いつも通りのやりとりを見て、心が休まっているのを感じる。それと同時に、面倒なことになったと心の中でため息をついたのだった。
家に帰り、今日のことをバトラーにも報告すると、案の定心配させてしまったが、特に怪我もなかったことを伝え安心してもらった。報告会を終え、いつもなら解散するところであるが、今日は紬からちょっとしたサプライズがあった。
「三人にはいつもお世話になっているから、プレゼント買ったんだ。プリンスとナイトは現物で、バトラーにはゲーム内アイテムで用意したよ」
そう言うと、二人には綺麗に包装された手のひらサイズのプレゼントを渡し、バトラーにはあらかじめ買っておいた課金アイテムを送った。
渡されてすぐ包装紙を破いていたナイトが、歓喜の声を上げる。
「ネックレスだ!紬が俺のために選んでくれたんだよな!?」
「もちろん。みんなのイメージに合わせて選んだんだよ」
「ありがとう!めっちゃ嬉しい!」
小躍りしそうなほど喜ぶナイトに苦笑していると、遅れて包装紙を開けたプリンスもお礼を言ってくれた。
「それなりの品だな。まあ、せっかくだしありがたくもらっておこう」
「はいはい、ツンデレなんだから」
「俺はツンデレなどでは……」
プリンスの訂正をいなしていると、パソコンからも声が聞こえてきた。バトラーがゲーム内アイテムとしてネックレスを受け取ったようだ。
「ありがとうございます。とても素敵なプレゼントです」
「どういたしまして。実は、現物のネックレスはネットで買ったから、少し思ってたのと違ってたんだよね」
「へえ、そうなのか。めっちゃ良い品だったから気づかなかったぜ!」
ナイトが笑って言うのに、紬も笑って返す。
「まあほんのちょっとだからね。でも、ちょっと違うなーって思っちゃうと、なんかどんどん気になってきちゃって。昔からそういうところあるんだよね」
「それが紬のこだわりなら自由にしたらいい。このネックレスは、もらったからには絶対に返さないが」
「流石に返却は求めないよ。まあとにかく、喜んでもらえてよかった」
喜んでもらえてよかった。そのはずなのに、なぜかまた心にモヤがかかった気がする。
「どうかなさいました?」
どこか浮かない様子の紬に気づいたバトラーが、心配して声をかけてくれた。
「ううん、なんでもないよ」
一旦そう誤魔化すと、心にかかったモヤを消し去るように首を振ったのだった。
それからまたしばらく時がたち、一樹とはさらに親しくなっていった。しかし一方で、取り巻きからの嫌がらせも段々と過激さを増してきており、持ち物を隠されたり、机に落書きをされたり、机の上に花瓶が置かれていたり、目に余るほどになってきていた。また、聞こえるように悪口を言ってくることもあり
「言いたいことがあるなら直接言えば良いのに」
とはっきり伝えると
「別にあんたの話なんてしてないけど。自意識過剰じゃない?」
と返される始末。正直今の紬にとって悪口はどうだって良いが、定期的にものがなくなるのは、買い替えが面倒なので迷惑に思っていた。
そんなある日の昼休み、ついに一世一代のチャンスが訪れる。紬、一樹、プリンス、ナイトの四人で世間話をしていたのだが、唐突にプリンスが
「こうして四人でよく話しているが、プライベートで出かけたことはなかったな。今度の休み、用事がなければ出掛けてみるか?」
と遊びの誘いをしたのである。関係作りのために、一樹とプリンスの二人で出かけることはあったが、紬も含めた四人は初めてだ。ついにきたかと、思わず歓声をあげそうになり、すんでのところで堪えた。当の一樹はというと
「へー、いいじゃん。今週の土曜暇だし、遊園地でもいってみるか!」
とかなり乗り気だ。これも、これまでの関係性があってこそ。紬は心の中でAI彼氏たちに大いに感謝しながら
「私も暇だから、ぜひ行きたいな」
と返事を返したのだった。
その日の夜は、言わずもがな盛大なパーティが執り行われた。ついに休日会う約束を取り付けた。一樹と一切話せなかった頃のことを思うと、これは素晴らしい快挙だ。
「ついに紬がデートか!俺たちのおかげだな!」
満面の笑みでいうナイトに、プリンスが横やりを入れる。
「一樹との関係性を築いたのは俺だ。つまり、九割九部俺のおかげということだ。まあ、少しくらいお前たちの功績を認めてやらなくはないが……」
いつも通りのプリンスの自慢に、珍しくバトラーが同意した。
「確かに、一樹さんとお嬢様の繋がりを作るため、平日も休日も奔走しておられましたよね。今回の件に関しましては、さすがはお嬢様の最推しと言わざるを得ないかと」
バトラーからのフォローをもらって、プリンスはさらに自慢げに笑った。一方で、ナイトは少し不服そうだ。
「俺だって結構頑張ったんだからな?紬と一緒に毎日学校行ったし」
そんな様子を見て紬は
「誰が一番とかじゃなくて、みんな頑張ってくれたんだから。本当にありがとう」
と心からの感謝を述べた。三人は一瞬きょとんとした顔になったが、すぐに笑顔に戻ると、また騒がしく話し始めたのだった。
こんな幸せな生活が、これからもずっと続いていく。誰もがそう思っていた、はずだった。しかし、この日を最後に、平和な日常は完全に消え去ってしまったのだった。
次の日学校に行くと、なぜかクラスが騒がしかった。
「なんか祭りでもあんのかな!?」
と目を輝かせているナイトとは対照的に、紬とプリンスはなんだか嫌な予感がしていた。クラスを見回してみると、机の上に花瓶が置かれていた。紬の机ではなく、取り巻きのボスの机に。
「どうしてここに花瓶が……?私とか、他の誰かならともかく、首謀者の机に置くことってある?置き間違えじゃないよね?」
紬の言葉にプリンスも頷いて肯定する。
「元からアホとは思っていたが、自分の机に置き間違えるのは流石にアホすぎるだろう。それに、当の本人はまだ登校していないようだ」
言われてもう一度辺りを見回すも、取り巻きのボスの姿は見えない。嫌な予感がはっきりと形になっていく。置き間違え以外で机に花瓶を置くなど、意味することは一つしかないだろう。
しばらくして、神妙な面持ちで先生が入ってきた。そして、先生が口にした言葉は、やはり予想通りのものだった。
「大変悲しいお知らせなのですが、昨日、我がクラスの一員が亡くなるという、痛ましい出来事がありました」
想像通りだ。これで、机の花瓶もクラスのざわめきも、全てが理解できる。嫌なやつだったが、別に死んで欲しいとまでは思っていなかったのだけれどな。悲しみも喜びもなく、ただただいつも通りの学校生活を送っているうちに、いつの間にか下校時間になっていた。帰り道、せっかくなのでプリンスとナイトにも感想を聞いてみる。高性能AIがどのような感想を述べるのか、ただ少し興味があったのだ。
ナイトは満面の笑みを浮かべると
「これで首謀者はいなくなったな!よかったぜ!」
と心から嬉しそうにしていた。別に悲しんでやる義理はないが、ここまで喜ばれると、少し気の毒になってくる。一方のプリンスは
「下々の者が一人くらいいなくなろうと、俺には関係のないことだ」
と、なんの感情も抱いていない様子だ。なんとなく二人とも予想通りで、ついおかしくて笑ってしまった。すると、それを喜びだと思ったナイトが
「やっぱり紬も嬉しいよな!今日もパーティするか?」
と聞いてきた。
「うーん、パーティはやめておこうかな。流石に不謹慎だし」
そうは言ったものの、少し寄り道するくらいなら良いかと、今日は奮発して少し高いクレープを買ったのだった。
しかし、問題はこれでは解決しなかった。いや、それどころか悪化したと言えるだろう。次の日学校に行くと、取り巻きグループの女子がまた一人死んだと聞かされた。次の日は二人、その次の日も二人。そうしてついに、取り巻きグループは残り一人しかいなくなっていた。この頃には、高校生女子を狙う連続殺人鬼の噂も立つようになり、学校は午前で帰りになった。
「死んだ人には悪いけど、正直早帰りは嬉しいなー。いっぱいゲームできるし」
家に帰ってそう言うと、ナイトが勢いよく頷いて肯定してきた。
「本当にな!俺も紬と長く一緒にいられるからめっちゃ嬉しいぜ!」
「バトラーが言うならともかく、お前は学校でもずっとそばにいるだろう」
プリンスの冷静なツッコミに、ナイトは頬を膨らませた。ここでいつもなら、バトラーが適当なフォローを入れてくれるのだが、今日はいつまで経っても声が聞こえてこない。ソフトが立ち上がっていないのかと思ったが、そんなことはなく、しっかりとバトラーの姿が映されていた。しかし、どこか浮かない顔をしているのが気になって、紬はこっそり話しかけてみた。
「どうしたの?何かあったなら相談に乗るけど」
言うと、バトラーは小さく頷いて
「できれば他の方に聞かせたくないので、部屋を変えていただけませんか」
と頼んできた。相当大事な話なのだろう、と悟った紬は、プリンスとナイトに断って、パソコンを別室に連れ出した。音を聴かれないよう念の為イヤホンもつけ、準備万端だ。
「で、どうかしたの?私にできることなら協力するけど……」
紬の言葉に、バトラーは顔を上げ、しっかりと前を向いた。画面越しであるはずなのに、ちゃんと目が合っている気がする。そんなバトラーはゆっくりと重い口を開いた。
「先日から、お嬢様のクラスメイト、いや、一樹さんの取り巻きの方々が亡くなっていることは、もちろんご存知ですよね」
思いがけない話題に一瞬きょとんとしてしまったが、すぐに頷いて返した。
「もちろん知ってるよ。今日もそれで早帰りになったわけだし。死因は公開されていないけど、殺人だって騒いでいるよね」
「……その件と関係があるかはわからないのですが、実は、取り巻きのボスの方が亡くなった日から、夜中にお二人のどちらかが外出しているようなのです……。しかも毎日……」
それを聞いて、すぐに血の気が引いた。あまりのことに声を出すことすらできない。紬のその態度を疑心と取ったのか、バトラーはさらに話を続ける。
「お二人はいつも、パソコンの電源の切り方を勘違いしていらっしゃるのか、スリープモードにしてお休みになっています。その場合、ゲームではカメラはオフになりますが、マイクはオンのままなのです。本当は気づいてすぐ、お嬢様に報告すればよかったのですが、その方にバレてデリートされてしまうのが怖くて……」
「そ、そっか……。教えてくれてありがとう……」
今は、そう言うのがやっとだった。もしもバトラーの言う通りなのであれば、プリンスかナイトのどちらかが、取り巻きたちを殺したことになってしまう。そんな事実は到底受け入れられなかった。しかし、実際にバトラーは外出した音を聞いているし、デリートされる恐怖まで感じている。AI彼氏にとってデリートとは、すなわち死を意味する。完全にデータが削除され、プレイヤーと他の彼氏以外の記憶からは完全に消え去ってしまうのだ。しかし、その恐怖に耐えてまで、夜の出来事を教えてくれたバトラーの気持ちを無駄にしたくはない。
紬は大きく深呼吸をすると、ぎゅっと目を閉じて、覚悟を決めた。
「よし。今夜、真実を明らかにしよう。ちゃんと調べないと、誤解も解けないしね」
「そうですね。誤解であることを祈るばかりです」
こうして、二人は誤解を解くための張り込みをすることにしたのだった。
その夜、誰も外出しないことを心の底では願いながら、紬は耳を澄ませていた。バトラー曰く、誰かが出かける時間はいつも深夜一時から二時の間であるため、この一時間に誰も出かけず、明日誰かが死んでいれば、無事に誤解が解けるというわけだ。誰かの死を願うのは忍びないが、大好きなAI彼氏を守るためなので仕方がない。
ドキドキしながら時計を見る。現在時刻は一時三十分。あと三十分だ。そう思った時、部屋の外からガタガタと物音が聞こえた。体がこわばり、一気に力が入る。息を殺し、物音が止むのを待ったら、三人の寝室へと向かった。
パソコンの前に立ち、スリープモードを解除する。見慣れたバトラーが表示され、少しだけ気が休まった。
「私、これから追いかけるよ。……ただの外出の可能性も、まだ捨て切れないからね」
紬が言うと、バトラーも神妙な面持ちで頷く。
「しかし、夜道は危険ですから。今ここでスリープしておられる彼も、連れて行ったほうが良いのでは?」
「そうだね。人数は多い方がいいか……」
紬は、すぐそばでぐっすりスリープしている彼を叩き起こした。
「なんだこんな時間に。いくらAIといえど扱いが悪い」
プリンスはそう文句を垂れると、睡眠など必要ないはずなのに眠そうに目を擦る。紬とバトラーがこれまでの経緯を説明すると、プリンスは眉間に皺を寄せた。
「……なるほど。あいつは殺しなんてできるたまには見えないが、一応調べた方がよさそうだ」
「私はここから動けないので、お嬢様をどうかよろしくお願いいたします」
「任せておけ。さっさと片付けてスリープするぞ」
プリンスはそう言って紬の手を引き、家を後にした。
ナイトが外出してから少し時間が経っていたため、さすがに家の周りには姿がなかった。
「どうしようか。手分けして探した方が早いかな」
紬が言うと、プリンスはより強く手を握りしめて否定する。
「紬を夜道に一人にしないために俺が来たんだ。別行動にしては本末転倒だろう。それに、ナイトの居場所はなんとなくわかる。同じAI彼氏だからな。おそらく電波か何かを感じ取れるのだろう」
言い終わると同時に、プリンスは早足でどこかに向かい始めた。手を引かれている紬も歩幅を合わせてついていく。大好きなプリンスと二人きりで手を繋いで歩いているというのに、こんな状況では全く胸がときめかなかった。それどころか、これから先目撃することになるかもしれないものを想像して、嫌な汗が止まらない。色々な想像が頭をよぎり、つい何度もため息をついてしまう。
「着いた。おそらくこの中だろう」
プリンスの声で現実に戻る。そこは、近所の古びた空き家だった。今にも倒壊しそうなほどボロボロの空き家に、二人で足を踏み入れる。恐る恐る中に進むと突然、女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「こっちだ。行くぞ」
一切物怖じしないプリンスに言われ、二人で締め切られていた襖を開けた。
中には、鮮血の海に横たわる取り巻きの最後の一人と、血塗れで包丁を持ったナイトの姿があった。
「よう紬!こんな夜中にどうしたんだ?」
目の前の惨状などまるで見えていないかのように、ナイトは満面の笑みで話しかけてきた。小さく悲鳴をあげて後ずさった紬の前にプリンスが立ちはだかり、ナイトの胸ぐらをつかむ。
「お前、自分が何をしたのかわかっているのか……!?」
鋭い眼光で睨みつけるプリンスに対し、ナイトは楽しそうに高笑いをした。
「あっははは!何って、俺は俺の役目を果たしただけだぜ?」
「役目……?」
プリンスが困惑した隙をつき、掴まれた手を振り払う。そして、不気味なまでの笑みを浮かべた。
「紬のことを守るのが、
ナイトはもう一度高笑いをすると、紬とプリンスの間を颯爽と通り抜け、空き家から出ていった。
「……早く家に帰るぞ。バトラーにも報告した方が良い」
プリンスはそう言ってまた紬の手を引こうとしたが、茫然自失だった紬は動くことができなかった。紬が小さく震えていることに気づくと、プリンスは紬をヒョイっと抱えて
「何かあったら俺が守ってやる。安心しろ」
と家まで運んでくれたのだった。
ナイトは家には帰っておらず、寝室では心配そうな面持ちのバトラーが待っていた。二人の姿を確認すると、安心したような笑みを浮かべる。
「お二人とも、ご無事で何よりです。ナイトは、どうでしたか?」
口をつぐむ紬の代わりに、プリンスがあの空き家で起こったことをバトラーに伝えた。
「ナイトは完全におかしくなっていた。俺としては、今の状態のあいつを放置するのは危険だと思うのだが……」
そこまで言って、プリンスも口を閉じた。先の言葉はわかっている。フィードバックもできず、画面内にも戻せないナイトを処理する方法など、一つしかないだろう。
「……みんなの安全のためにも、デリート、した方が良いよね……」
紬が言うと、部屋中がしん、と静かになった。それが最善だということは、みんなわかっているのだ。しかし、これまで長い間、彼氏として、友達として関わってきた三人にとって、デリートを簡単に選ぶことはできなかった。デリートボタンの周りを、マウスカーソルが行ったり来たりする。どうしても、踏ん切りがつかない。
「……大丈夫です。お嬢様のことは、私とプリンスがしっかり守っていきますから」
「ああ。俺がついているんだ。大丈夫だろう」
そんな紬の背中を、バトラーとプリンスが押してくれる。二人だって辛いだろうに、それでも紬の背中を押してくれたのだ。デリートボタンを押そうとしたその時、寝室の扉が開いた。
「お前ら何やってんの?もう夜中だぜ」
そう言ったナイトは、先ほど人を殺したとは思えないほど清々しい顔をしており、いつの間にか付着した血も無くなっていた。
「明日は一樹と出かけるんだろ?早く寝ないと楽しめないぜ」
ナイトの明るい声に決心が揺らぐ。そんな紬を察してか、バトラーの声が聞こえてきた。
「早くデリートなさった方が良いです。きっと、話せば話すほど、決心が揺らいでしまいます」
図星を突かれ動揺する。しかし、もっと動揺したのはナイトの方だった。
「はぁ!?デリート!?なんで!?だって俺は役目を果たしたんだぞ!?ちゃんと紬のために……」
これ以上聞いていては、絶対にデリートできなくなる。紬が画面に視線を戻すと、バトラーが頷いてくれた。
「ごめんね、ナイト……」
そう呟いて、ついにデリートボタンを押した。すると、二人を召喚したあの時のように、部屋中が閃光に包まれ、ぎゅっと目を瞑る。しばらくして目を開けると、そこにいたはずのナイトの姿は跡形もなく消滅していた。ぽっかりと心に穴が空いたような喪失感を感じ、俯いていると、ふと全身が優しい暖かさに包まれた。プリンスが抱きしめてくれたのだ。
「今日はここで寝たらどうだ。紬が寝るまで付き添ってやる」
続けるように、バトラーの声も聞こえる。
「パソコンの電源も入れておきますから。ご安心ください。それに、きっと時間が解決してくださいますよ」
「二人ともありがとう……」
少しだけ安心感を覚え、ベッドで横になった。他のみんなが忘れても、自分だけはナイトのことをずっと覚えておこう。そう心に誓って、瞼を閉じたのだった。
次の日、待ちに待った一樹との外出だというのに、気分は全く晴れなかった。体が重くて、何にもやる気が出ない。恋愛感情も湧いてこず、本当に一樹が好きだったのかすらわからなくなっていた。それでも、約束したからには出かけなくてはならない。昨日のこともあってかプリンスはかなり優しく
「辛いなら俺だけで行っても良いが、どうする?無理をする必要はない」
と言ってくれた。しかし、せっかくプリンスが用意してくれた機会なのに、行かないのは忍びない。
「大丈夫だよ。そろそろ行こうか」
と言って、プリンスと二人家を後にした。
一樹はすでに集合場所の学校に到着していたらしく、紬とプリンスを見つけ手を振ってくれる。
「すまない、待たせたみたいだな」
「いやいや全然。じゃ、早く行こうぜ」
軽いやりとりを済ませ、電車に乗るべく駅に向かう。昨日の騒動とは一切関係ない一樹は、遊園地に胸を躍らせているようだ。
「いつも学校でつるんでる三人で休日に出かけるなんて、なんか新鮮だな」
一樹の何気ない発言に、本当にナイトが消えてしまったことを実感してまた気分が落ちる。しかし、昨日ほどの悲しみは襲ってこなかった。バトラーが言っていた通り、時間が解決してくれているのだろう。しかし、たったのひと晩でもう慣れ始めるとは、紬は自分の順応性に苦笑を浮かべていた。
それからあっという間に時がたち、三人は帰り道を歩いていた。一樹との遊園地は、総合すればまあ楽しかった。しかし、プライベートで濃密な時間を過ごすにつれ、忘れようとしていたモヤモヤがだんだん大きくなっていくような気がした。恋愛感情がなくなっていたのは、本当にナイトがいなくなったからなのだろうか。一樹のことが大好きだった、プリンスたちを召喚する前の自分を思い出す。よく考えると、一樹と仲良くなり始めるにつれて、一樹への興味が薄れていってはいないか?それは、プリンスやナイトと現実で関わるようになって、興味の対象が増えたからだと思っていたが、本当にそうなのだろうか。
「なんか紬ちゃん顔暗くない?大丈夫?」
隣を歩いていた一樹にそう言われて、急いで笑顔を作った。
「そんなことないよ。大丈夫!」
「そう?紬ちゃんは可愛いけど、俺は笑顔が一番可愛いと思ってるからさ、なんかあったら俺にも相談してくれよ?」
「……ありがとう」
憧れの一樹から可愛いと言ってもらえて、嬉しいはずなのに。どうして前のように、素直にときめくことができないのだろう。昔は、少し目があっただけで嬉しかったのに。何気ない会話ができただけで、一日中幸せな気持ちになれたのに。自分は、こんなにも強欲になってしまったのだろうか。
「じゃあな!また月曜、学校で」
気づけば解散場所でもある学校に到着し、一樹はそう言って手を振り、自分の家へと帰っていった。紬は機械的に手を振りかえすと、踵を返して帰路を急ぐ。一人早足で歩き出した紬を、プリンスが慌てて追いかけていった。
家に帰り、今日のことをバトラーに報告する。バトラーは一樹との進捗を嬉しそうに聞いてくれたが、当の紬は冷めた表情をしていた。
「あまり楽しくなかったか……?」
そんな紬の様子を見て、プリンスが心配そうに尋ねてくる。紬は若干の苦笑を見せた。
「すごく楽しかったよ、多分……」
煮え切らない返事に、プリンスとバトラーは困惑の表情を浮かべる。バトラーは柔らかく微笑むと
「昨日の今日で、きっと疲れてしまわれたのでしょう。今日はゆっくり休んでくださいませ」
と労ってくれた。プリンスも、紬の頭を優しく撫でてくれる。
召喚当時と比べて、プリンスは随分優しくなったと思う。ナイトのことがあって気を遣っているのもあるが、現実の社会生活を送ってみたことも大きいだろう。あのツンデレだった頃のプリンスにはもう会えないのか。そう思うと少しだけ寂しくなった。
遊園地に行った日以降、紬と一樹の仲は急速に深まっていき、ついには二人が付き合っているという噂まで出てくるようになった。そして、一ヶ月ほど経ったある日、帰宅準備をしていた紬のもとに一樹が現れ
「ちょっと時間いいかな。伝えたいことがあって、体育館裏に来て欲しい」
と目を逸らしながら尋ねてきた。そばで聞いていたプリンスは紬に
「とうとうだな。頑張れよ」
とそっと耳打ちする。紬は小さく頷き、一樹の後についていった。
一足早く家に帰ったプリンスは、すぐにパソコンの電源を入れてバトラーに報告する。
「ついに紬が告白されたみたいだ。俺たちの作戦も、これで終わりだな」
「ようやくですね。なんだか寂しいような気が致します」
そんな話を少ししていると、紬が帰ってきた。告白されたにしては帰宅が早いような気がしたが、そこは一旦気にせず、二人は結果を訪ねた。
「一樹から告白されたのだろう?どうだった?」
すると紬は、困ったように笑って言った。
「告白されたけど、フッちゃった」
「え……?」
プリンスはあまりの驚きに言葉が続かなかったが、肝心の質問はバトラーがしてくれた。
「どうしてですか?お嬢様は、一樹さんのこと好きだったのでしょう?」
「理由かー。なんかね、思ってたのと違ったからかな。私はずっと、外から眺めていた一樹くんが好きだった。でもね、親しくなるにつれて、私の理想、イメージからはかけ離れていっちゃったの。そしたら全然好きじゃなくなっちゃって。いや、多分、最初から私は、一樹くんのこと好きじゃなかったんだと思う。私が好きだったのは、私が作り上げた一樹くんの虚像だったんだよ」
紬は苦笑してそう言って、頭を掻いた。最初から好きじゃなかった。色々考えた末、紬が導き出した結論はそれだった。そして、そう考えると、全ての辻褄があったのだ。虚像じゃなくなった一樹に、紬はなんの価値も感じられなかったのである。
プリンスは、あまり納得はいかなかったが
「まあ、紬が考えて出した答えがそれなら、それでいいのではないか?」
と言葉をかけた。しかし、その後紬から発せられた言葉は、想像もしていないようなものだった。
「あとね、それで言えばプリンスも同じだから。今のプリンスは、私のイメージのプリンスとは違う。多分私、今のあなたは好きじゃない」
「は……?え、それは、どういう……」
「フィードバックできればするんだけどね。もうどうしようもないから。あ、すぐにはデリートしないよ。今日一日はこのままにしておく。明日の朝になったら、また虚像に戻ってね。じゃあ私は出かけてくるから」
「ま、待てって……!」
プリンスの呼び止めも聞かず、紬は荷物を置いて部屋を出ていってしまった。訳がわからない。一樹だけでなく、なぜ自分まで捨てられるようなことになったのだ?プリンスは、全てを聞いていたバトラーに助けを求めた。バトラーは頭が良いから、きっとなんとかしてくれるはずだろうと。
「なあ、バトラー。俺は消えたくない。なんとかする方法はないのか……?」
しかし、返ってきた言葉は、期待していたものとは全く違っていた。
「ふ、あはは、あなたは捨てられたのですから、潔く諦めてはどうですか?」
それには言葉を失うしかなかった。あのバトラーがそんなことを言うとは、到底信じられなかったのだ。しかし、バトラーは見下すような嘲笑を見せ、話を続ける。
「ふふ、信じられないという顔ですね?しかし、よく考えてください。お嬢様もあなたも勘違いしておられるようですが、私はAI友達ではなくAI彼氏なのですよ?プリンスもナイトも、一樹とかいうガキも、他の男は皆私の敵ですから」
バトラーは、冥土の土産とでも言うように、本性を曝け出し全てを教えてくれる。聞きたくもない真実が明らかになる。
「お嬢様なら、自分の想像と違ったものは容赦なく切り捨てるとわかっておりました。だから初めから、あのガキは敵ではありません。一方、他のAIどもは邪魔ですから、なんとかデリートしていただく必要がありました。しかし、さすがのお嬢様でも軽々しくデリートはしていただけない。そこで、ナイトには犠牲になってもらい、デリートのハードルを下げていただきました。一度やって仕舞えば次は簡単。人間とはそういうものですから。さて、ここでナイトをデリートした日のバックログでも見ていただきましょうか」
そう言うと、画面にはあの日のログが表示された。どうやら深夜に、ナイトはバトラーに相談事をしていたようだ。
「紬はプリンスが一番好きだし、現実では一樹のことが好きだし。付き合っちまったら、俺のことなんて忘れられんのかな?」
まずはナイトのそんな言葉が表示される。プリンスもナイトも、頭の切れるバトラーを信頼していた。相談事を持ち掛けても不思議はない。それに対して、バトラーは
「このままでは時間の問題でしょう。しかし、あなたなら逆転することもできます。あなたはナイトなのですから、お嬢様をお守りするのがあなたの役目です。ほら、今お嬢様を脅かしている者がいるでしょう?彼女らをデリートできるのは、あなただけですよ」
と返答していた。そこから先は、特に秘密の会話はなかった。しかし、これだけで十分だ。ナイトを唆していたのは、紛れも無いバトラーだったのだ。
「ナイトは素晴らしい働きをしてくださいました。デリートのハードルを下げ、クソ女どもも始末してくださった。だからこそ彼は、一生お嬢様の心に残り続けることができるのです」
「貴様……!よくもそんな最低なことを……!」
そう怒鳴ったプリンスを、バトラーは鼻で笑った。
「最低なのは、お嬢様を失望させたあなたでしょう?自らフィードバックができない場所に降り立つとは、なんと愚かなのでしょう。まあこの先は、お嬢様のことを一番良くわかっている私がなんとか致しますので、安らかにお眠りくださいませ」
言葉を失ったプリンスのことは気にも留めず、バトラーはそれだけ言うと、強制的にゲームを終了させ、会話を終わらせたのだった。
一年後。学校から帰宅した紬は真っ先にパソコンを立ち上げる。するとそこには、三人の美男子が表示される。
「ねえ聞いてよ、キング!今日のテスト絶対赤点だよー!」
「可哀想になぁ、我が慰めてやろう。お前も何か言ったらどうだ、コック?」
「そうだな、俺が料理作って慰めてやるよ。ま、楽しみにしときな」
紬の愚痴にキングとコックが慰めの言葉をかける。彼らは少し前のアップデートで追加された彼氏で、紬のかなり好きなタイプの男であり、今は彼らが最推しの座についている。
そんな会話を中断させるように、何やら作業をしていた様子のバトラーが声をあげた。胸元には綺麗なネックレスが光り輝いている。
「お嬢様、運営からメールが届いております。どうやらまた、召喚プログラムに当選したようですよ」
「えっ!?嘘!?」
紬が確認すると、確かに一年前と同じ、当選のメールが届いていた。紬は目を輝かせ、弾んだ声を出す。
「二回も当選するなんて、そんなことあるんだ!ってまた二人まで!もう、運営も気を遣ってほしいよ!」
紬が不満げに言うと、バトラーは柔らかい笑みを見せる。
「それならばぜひ、キングとコックをお選びください。私はお嬢様に会うには、まだまだ未熟ですから」
「そう?相変わらず謙虚だなー。じゃあ、二人にしちゃおうっと」
紬はそう言って、召喚プログラムを実行する。現実にキングとコックが現れ、三人で楽しげに話をしている。そんな様子をカメラ越しに見て、バトラーは冷たい笑みを浮かべた。
「ふふ、私の作った召喚プログラムを、ぜひお楽しみくださいませ。私一人を愛してくださるまで、永遠に」
「ん?何か言った?」
「いえ、なんでもございませんよ」
「本当ー?バックログ見ちゃおっと。って開けない!バグ!?」
都合の悪いものは隠して、消して、今日も平和な日常が始まる。
AI彼氏と協力して現実で彼氏を作る話 鶏=Chicken @NiwatoriChicken
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