I love you🌕
城の夜は、城仕えの者たちが廊下を忙しなく行き交う昼とは異なる、どこか弛緩したゆったりとした空気が流れている。
「なんとか厨房の方は終わったね」
「うん」
もう一人の「わたし」は城の中、まだどこかを走り回っているのかもしれないけれど、自分の方は就寝を許された。出入りを許された厨房の休憩所なら、もし誰か来ても彼女の日常を考えれば取り繕える。
用意されていた茶が湯気をたてる器を手で包み込むと、ホッと息がつける。混乱の最中で訪れる束の間の休息は、外部者である自分にも心なしか安らぎを与えてくれる。
それともそう思えるのは、隣に優しい雰囲気を生み出す彼がいるのが落ち着くからだろうか。
そう思ったら目が合ってしまって、途端に窓の外にかわす。つられて見上げているのが分かってまたもほっとする。
「月が、綺麗だね」
言ってしまってからハッとして慌てた。そして即座に、自分とは違う世界の彼がかの文豪を知るはずはないとどきどきしながら安堵した——のも束の間。
——今日、新月前日だった……
隣では空を見上げた気配。空には糸のように細い月。変に思われたに違いないと、絶望しながらこっそり隣を盗み見る。
ところが彼は、濃紺の瞳に笑みを浮かべた。
「そうだね、綺麗だ」
そしてこちらを向いてにこりと言った。
「一緒に見られて良かった。和むな」
そんな切り返し、こちらは和むどころの話じゃない。
***
こんなことも有り得たかもしれない、ウェスペルと天然。
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