I love you 🌿

 執務室には羽ペンが紙を滑る微かな音だけがする。それはいつも通り、部屋に満ちた静けさを強調するのだが、無言は苦にならず逆に心地良い。

「——聞いたわよ」

 しかし今日は、落ち着いた声が静寂を崩した。声の主はゆったりと背もたれに体を預け、症例集に目を落としたまま続ける。

「また王都郊外の問題をたった一人で始末しに行ったのですって?」

「話の出処はロスか。問題ない。今回のことは些末だと分かっていたし」

 こちらも羽ペンを動かす手を止めず、机上に向けた顔を上げずに応じた。相手が横暴な不届きものだったり多勢だったりしたらどうするというのだ。

 落ち着き払った応対に呟きが出るのを禁じ得ない。

「あなたのそういうところ、本当に嫌いよ」

「知っている」

 くすくす笑い出しそうな穏やかな答えもいつもの通り。苦言のつもりで言ってもいつもこうだ。

「でも」

 諦めるしかない。誰がどう言ったってきっとこの人は変わらないのだろう。

「——だからこそ好きだわ」

 その微笑の裏にあるのが、たとえ臣下であろうとも危険に晒したくないという決意なのも知っているから。

「それはありがたいな」

 視線を交わさずとも、蘇芳の瞳が笑んでいるのが伝わる。

 願わくば、この平穏がこの人から奪われませんよう。




* * *



 たまには、あの人たち(ネタをご存知の方にはわかる)。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る