今日は何に化けようか?
蒼井 綴
第1話 キツ、魚をとる
ある晴れた夏の日。
窓から流れてくるそよ風に誘われて、彼は外へ出た。見上げると頭上には雲一つなく、まるで空色のカーテンに覆われているように見えた。彼の家の周りは草で覆われており、前に進むたびに足元がちくちくとくすぐったいのだった。
彼は人里離れた古民家に住んでいて、ご近所付き合いは全くない。しかし彼はこの生活に十分満足していた。川での魚釣り、森での狩猟や木の実集め、焚火など、日々生きていくためにやらなければならないことは多く、彼の生活は決して退屈ではなかったし、鳥や蝶など様々な動物と毎日を共にし孤独感もまぎれ、変化のない日常に安心さえも感じるようになっていた。
しかし最近は少し違う。
ある「同居人」ができたのだ。
ガサッ
「ヒトシ!さっきね、あっちにね、で―――っかいクジラみたいなのがいた!!!」
そう、まさに今草むらから飛び出してきたのが、その同居人である。
「キツ、お前川の方に行ってたのか。朝からいないから、どこに行ったんだろうと思ってたんだが…」
彼――ヒトシは、同居人である「キツ」の方を少し見て、また空の方に視線を戻した。
「ねえ、ヒトシ、来てよ!!早く早く!!!」
彼女の今の見た目は、髪を左右二つに結んだ小学生くらいの少女だ。ピンクの花柄のワンピースを着て、くるくると回りながら走っていく。
ヒトシは空から視線をキツの方に戻し、「元気だな…」と言いながら、彼女の後ろを歩いてついていく。
キツとは出会ってまだ数日程しか経っていない。急に目の前に現れた時には本当に驚いたが、少しずつ慣れてきている。彼女に驚いたことといえば、この人里離れた古民家に急に現れたこともそうだが、一番衝撃だったのは――
「いた!!で―――っかいクジラ!!いくぞおお、それっ!!」
ポンッ
太鼓をたたいたような短い音とともに、彼女の姿はみるみる小さくなり、尖った耳が生え、目つきは鋭く、ほうきのような立派なしっぽまで出来上がった。
そう、彼女はどんな姿にも変身できる、所謂「化け狐」なのである。
「コン!コ―――ン!!!」
バシャ―ン、と水しぶきを上げながら勢いよく川へと飛び込んでいく。コンは目を細めて獲物を追うが、魚の方も警戒し動きが早くなっている。
「そんなに勢いよく入ったら魚逃げるだろ…。」
ヒトシは少し離れたところから、彼女の様子を見ていた。水面が太陽の日差しを反射して、キラキラと輝いている。
「コン!コンコン!!」
コンは、まるで雪の中を駆け回る犬のように、辺りに水をまき散らしながら、夢中で魚を追いかける。ヒトシのいる場所にも否応なしに水が飛んでくるため、彼の服はすでに濡れていた。
「まあ、楽しそうだからいいか…」
変わらない日常も好きだが、たまにはこういうのもいいかな、と、濡れた服を絞りながら彼は思うのだった。
今日は何に化けようか? 蒼井 綴 @aoituduru
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