プリンツ・オイゲン一代記:3

 若きオイゲンは、プリンツ・コンティこと親友のアルマンと一緒にウィーン目指して出発し、いままで使ったこともなかった乗合馬車を乗り継いでドイツ領内に入ると、ようやくフランクフルトへ到着していた。


「おしりが痛いざんす……」

「乗合馬車だからね。えっと……フランクフルトは金融の中心地として発展し、歴代の神聖ローマ皇帝の戴冠式が行われている“聖バルトロメウス大聖堂”は見のがせないスポットですってさ!」

「通称、カイザードームKaiserdom(皇帝の大聖堂)! 急いでいるけれど少しくらい寄ってみる? 塔に登ると市街地を見渡せてマイン川も一望できるって!」

deとは違って、さぞかし美しい景色だろうね」


 二人は、『グランドツアー・フランクフルト編』の小冊子を見ていた。そして、少し浮かれてしまい大聖堂へ立ち寄った。しかしながら、それが親友たちに訪れた運命の分かれ道だったのである。


「プランセス!(※プリンツ、プリンスの意味) プランセス・コンティざますね! どうか、どうか、お待ちくださいませ!」

「え……?」


 大聖堂の塔でフランクフルトの景色を満喫し、今夜の宿へ戻ろうか? そんな話をしていたふたりに向かって大勢の騎士を引き連れたいかにもフランスの貴族、そんな男が焦った顔で馬から飛び降り目の前まで走ってきたのである。


 彼は、アルマンの出奔を知った太陽王le Roi Soleilルイ十四世に、ありとあらゆる手段を取って、ただし、傷ひとつつけずに、必ずやプランセスをパリまで連れ帰るように! そう、厳命されていたのである。ルイ十四世は、ことのほかアルマンを可愛がっていた。


 そんなアルマンが、不俱戴天の敵であるオーストリアに仕官するなど、考えただけで、倒れそうな出来事であった。


「ルイ十四世は、ご心痛のあまり食事も喉を通らず、日夜あなたさまのご無事を神に祈り続ける毎日で……」


 メフシィ伯爵の必死の説得にもアルマンは応じなかったが、困り切った伯爵は粗末な宿屋へ、一応ついでに監禁していたオイゲンのことを思い出し、このままでは、彼をパリに護送せざるおえず、そうなれば、必ずやルイ十四世は、オイゲンを処刑台に……そんなことを言い出したので、もとはと言えば、この旅は自分が言い出したのに……。


 そう責任を感じ、オイゲンの身を案じたアルマンは、彼の釈放を条件にフランスへと戻ることにしたのである。


「アルマン――!!」

「オイゲン、僕のことは心配するな! それよりも、きっと生き延びて出世していてくれ! いつか偉くなった君と再会を果たしたら祝杯をあげるざんすよ――! これ、ちょっとだけど! 餞別!」

「アルマン――!」


 そして、アルマンことプリンツ・コンティはフランスへ戻ることになり、いつか再会すると誓いながら、彼からの餞別を手にしたオイゲンの旅はなお続いたのである。


【時代はマリア・テレジアが六歳の頃に戻る】


「えっ!? プリンツ・コンティはパリに帰っちゃたの!?」

「なにぶん、フランスの公子でしたからねぇ……当時は大変な騒ぎになったようで……」

「再会できた?」

「なんと、ハンガリーで無事に再会しましたよ!」

「よかったわね!」

「…………」

「???」


 確かに、プリンツ・コンティは、千六百八十三年、ルイ十四世の反対を押し切ってハンガリーへ駆けつけ、第二次ウィーン包囲のオスマントルコへの反攻の最中にオイゲン公と再会を果たし、オスマントルコ帝国軍を打ち破るのに共闘した。


 しかしながらそれから数年後、彼は天然痘で急死していたのである。

 オイゲンの親しい人の不幸にはアルマンに限らず常に天然痘の暗い陰がつきまとっていた。


「……今日はここまで、また明日にいたしましょう。課題が終わっていたら、続きも話して差し上げますよ」

「またまたいいところで終わるのね……」


 オイゲン公はそう言うと、窓からロープを伝って姿を消していた。

 余談ではあるが、「ロマネコンティのは、プリンツ・コンティこと、ルイ・アルマン、彼の一族の由来である。


 その日、自分の宮殿に帰ったオイゲン公は、『ラ・ロマネ・コンティ』を飲みながら、静かに暗い窓の外を眺め、亡き親友のことを、久しぶりに、パリでの少年時代を、思い出していた。

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