小話:プリンツ・オイゲン一代記:2 

 それから3年、1683年になると、彼は、神父としての生活のかたわら、ひたすら読書と数学に励み、社会へ打って出るために、最低限の知識を手に入れたと判断すると、「もう神父はやめま——す!」そんな宣言をして周囲を驚かせ、てっぺんのツルツルも消える頃、流行のカツラを被り、それに小麦粉を振って、身なりを整え、意気揚々とフランス軍に入隊しようと、フランス軍の扉を叩いたが、人生とは厳しいもので、太陽王ルイ14世le Roi Soleilには、キッパリ、ハッキリ断られ、オイゲンの人生における、最初の軍人としての仕官への道、つまり就職活動? は、こっぱみじんに砕けて終了していた。


 見栄え重視の太陽王は、背も低く不細工なオイゲンを、ひょっとしたら、自分の息子かと思うと、とても見ていられなかったし、そうでなくても、見栄えの悪いオイゲンに、宮殿をウロウロされたくなかった。


「え、うそ、そんな……やっぱり、実のお父さまじゃなかった? それか母の悪行の祟り?」


 オイゲンは、そんなことをブツブツ呟きながら、ぼんやりとパリの街に立ち尽くし、どぶ川、もとい、セーヌ川をながめていると、心配してあとをつけていた、親友の「プリンツ・コンティ」こと、太陽王もお気に入りのイケメン、フランス王子、「ルイ・アルマン」に、いつの間にか、彼の持つ休憩用の目立たない屋敷へと連れて行かれて、コーヒーを出され、不幸な知らせでもあったが、耳よりの情報を教えてもらっていた。


「トルコと戦争中のオーストリアで、仕官していた兄のルイ・ジュリアスが戦死した? え? 本当に?」

「間違いなく、そうらしいよ……お悔やみ申し上げるざんす……」


 オイゲンの兄のひとりは、オーストリアに渡り、皇帝レオポルト1世に仕官し、連隊長になって、トルコとの戦争に参加していたのである。


「そっか……戦死……」

「でもさ、ほら、ピンチはチャンスざんすよ? この際、フランスがダメなら、オーストリアがあるじゃないかなって? オーストリアなら、もともと随時絶賛軍人募集中だし、ツテのある君は、絶対に好待遇で仕官できるはず! かなり危ないっちゃ――危ないけどね……なんせオスマントルコと戦争中ざますからね――」

「…………!」


 そう言われて、オイゲンは、オーストリアの亡き兄はもとより、神聖ローマ帝国皇帝軍の将軍のひとりでもある従兄弟のバーデン辺境伯、そして、うっすい親戚のご縁のある、同じくオーストリア陣営、バイエルン選帝侯、マクシミリアン・エマヌエルのことも、芋づる式に思い出したのだ。


 暗く閉ざされようとしていた人生の先に、一筋の光が見えた気がした。


「僕もご一緒するざんすよ? アレコレうるさく言われるだけのフランスなんて、もうあきあき!」

「え? 王族の君が言う? と言うか、勝手にオーストリアに行って大丈夫!?」

「大丈夫、大丈夫!」


『ホントかな……?』


 そして、若きオイゲンは、プリンツ・コンティと一緒に、太陽王ルイ14世le Roi Soleilに許可もとらず、こっそりパリを旅立ったのであった。


 まだ二十歳、彼の未来は始まったばかりである。


***


【時代はマリア・テレジアが六歳の頃に戻る】


「え――それからそれから!?」

「今日はここまで! 殿下、また明日にいたしましょう。また課題が終わっていたら、続きも話して差し上げますよ?」

「また、いいところで終わるのね……」


 オイゲン公は、そう言うと、再び窓からロープを伝って、姿を消していた。

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