プリンツ・オイゲン一代記

相ヶ瀬モネ

プリンツ・オイゲン一代記:1

※細かくフィクション入っています。


***


 千六百三十三年十月十八日、華やかなフランスはパリで、一人の男の子が誕生する。


「その不細工を早く連れて行って! 見たくもない!」


 後のプリンツ・オイゲンこと、未来の『欧州の影の皇帝』は生まれながらにして、実の母からこの酷い言われようだった。、いや、それ以下の扱いであったことが示すように、容姿に恵まれなかった彼は、御伽噺の王子さまにはとてもなれそうになかった。


 彼の両親はフランス王の臣下ではあったが、ふたりともイタリア系であり、母のオランピア・マンチーニは、太陽王le Roi Soleilルイ十四世の事実上の宰相を務めてたイタリア人枢機卿のマザランが、自身の影響力を強めるために、パリに連れてきた『マザリネット』と呼ばれる美貌の、七人のうちのひとりである。


 母は強烈で熾烈な競争を勝ち抜き、太陽王le Roi Soleilルイ十四世の寵愛を獲得していたので、公然と、あるいは密やかに、オイゲンの父は、太陽王ルイ14世le Roi Soleilであろうと言われていたが、一応、公的な立場としてのオイゲンはオランピアの夫で、フランス軍の勇敢な将校ソワソン公の末息子として育つ。


 五人目の息子、男子の中では末っ子なので、将来は「軍隊へ仕官」or「聖職者」であろうというのが、想像できる未来予想図であった。


□それから十年後、千六百七十三年の親子の会話


「う――ん、今更なんですが、僕の父親は……実のところはどうなんでしょうか?」

「気にしていたのか? まあ、男が細かいことを気にするな! それに、お前は五男、別に、誰もとやかく言ってはこない。わたしの息子でいいだろう! 決定済なんだから! わたしだって長男ではないからな。長男以外の真相は神のみぞ知る。それでいいんだよ!」

「はあ……」


「お食事の準備ができました」

「あっ、そう! オイゲン食事にしよう!」


 母にイタリア時代から付き添っている侍女が、庭を散歩していたふたりに、そう伝えにやってきたので、オイゲンの出生にまつわる話はそれっきり終わってしまい、父は久々に自分の子どもたち(おそらく)と、機嫌良く食事をしていた。


 珍しく家に帰っていた父は実に大雑把というか、時代に合った鷹揚な性格であり、その日も太陽王le Roi Soleilルイ十四世とのデートに出かけている母のことを咎めもせずに、そのまま子供たちと長話をしてからベッドに入っていたが、翌日から急に風邪をこじらせて、あれよあれよという間に、享年38歳、若くして帰らぬ人となっていた。


「あんなに元気な父だったのに……」


 真相はやぶの中、やはりことであったが、それからまた七年後の千六百八十年、母が毒薬調合に関わっていたことが発覚し、王の寵愛を失った母は有り金をかき集めて、全てを投げ出しベルギーのブリュッセルへ逃亡してしまう。

 オイゲンは父方の祖母、マリー・ド・ブルボンの勧めというか、圧に負けて、パリで、『サヴォイア神父』と呼ばれる身分になっていた。


「くそ——頭の天辺がスカスカする!」


 オイゲンは当然のことながら剃髪をしていたので、頭の上を丸くツルツルにトンスラの形、つまり河童のように剃られてしまっていたのである。


「ま、でも、母のこともあるし、しばらくは大人しくしておかないとね……」


 そうは言いながらも彼には大いに不本意であったが、オイゲンはしばしの潜伏期間に入っていた。


【時代は彼が三代に渡って仕えているオーストリアの次期女大公、マリア・テレジアが六歳の頃に飛ぶ】


 この先、ハブスブルク初の女当主となる予定のマリア・テレジアは、興味深々でオイゲン少年だっだ現在の帝国軍事参議会議長、オイゲン公の話を聞いていた。


「それからそれから!?」

「今日はここまで! 殿下、また明日にいたしましょう。課題が終わっていたら続きも話して差し上げますよ」

「いいところで終わるわね……」


 密かにマリア・テレジアに授業を行っているオイゲン公はそう言うと、窓から見える、屋根から下がっているロープを伝って姿を消していた。現在の当主であるカール六世が、まだマリア・テレジアの跡継ぎ教育に難を示しているので、彼女に内緒で頼み込まれた彼が、密かにこうやって出入りしているのであった。

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