第60話 俺が彼女達に添い遂げるまでは。
ああ。これは夢なのだな。と。
自分の格好を見れば、すぐに分かった。
今や、懐かしささえ感じる高校の時のブレザー、場所だって、二年の時の教室の近くにあるトイレの中だ。
「うーん。これはどういう流れだ?」
確かに屋上で眠ってしまったのだから、夢を見ていても何もおかしくはない。けれど、今更、こんな格好までして昔の夢を見るのはなんとも変な話だ。
「あれ、てか。これって、例のあの日じゃね?」
初めて好きになった子にこっ酷く裏切られる日。確か、その日もこうしてトイレの鏡の前で顔を洗ってから、校舎の裏に向かったような気がする。
「……要は、トラウマの追体験ってわけか」
夢の中だし、独り言をどれだけ話しても、誰の視線も集めない。というか、誰も周りにいない。
「折角なら、散歩でもするか」
俺は蛇口を閉めてから、トイレを後にした。
「うわぁ、なっつ」
高校の姿は、記憶の中と一切変わらない。まあ、夢の中っていうなら俺の記憶が元になっているはずだから、ある意味当然なのだろうけど。
「さてさてさてー、折角の夢だし、割と好き勝手してみるのも面白いけどなぁー」
例えば、女子生徒のスカート捲りでもしてみたり? ……うーん。なんか結局、意味はなさそうだ。
どうせ。あそこに行かなければ、この夢は終わらないのだろう。
…………
……
「お待たせ」
校舎の裏は、あの日とやっぱり同じだった。
風に揺れて、ざわめく木々達とそれを見上げるように顔を上げた少女。
「やっと来た」
少女は呆れたように、振り返る。その顔は黒く塗りつぶされていて、見えなかった。多分、俺の記憶が、彼女を忘れようと必死だったから。
「えーと、確か……『そろそろ、君の誕生日だよな? プレゼント、今考えてるんだけど、何かリクエストってある?』って、言ったんだっけな」
「はあ?」
そう。これだ、全てのトラウマはこの時に。
「え? あんた本気だと思ってた訳? ははっ! 冗談に決まってんじゃん! あんたなんかが私に釣り合う訳なくない?」
「ふっ! ははっ! やっぱ、記憶通りすぎて、なんか笑えるっ!」
昔なら、ほんと少し前なら。きっと過呼吸にでもなって、頭の中がぐちゃぐちゃになったりしてただろう。
でも。今なら。
「──それでも、君が本気じゃなくても、あの時の俺は間違いなく、君に夢中だった」
君は嘘をついていたけれど。
俺はずっと騙されていたけれど。
それでも、きっと事実は変わらない。
「俺、結構頑張ってたんだけどな。好きになってもらえるように。好きでいてくれるように」
結局、そんなのは何も意味のないことになってしまったけど。
少女からの返答はない。そりゃそうだ。あの時の俺は、こんなことを言わなかったし、言えなかった。だから、これ以上、彼女が何かを発することはない。
「いやぁ。傷ついた。すっげぇ、傷ついたんだよ。ここで、俺は。こんなことを君に言うのは、間違ってるんだろうけど」
本物の少女であれば、鼻で笑うのだろうな。あまりにも簡単に想像出来てしまう。
「まあ……その、なんで言えばいいのかな」
今の俺が、この少女に何かを伝えたところで、きっとなんの意味もない。罵詈雑言を吐き捨てようと、理由を乱暴に尋ねようとも、過去は変わらない。
「そう、だな。今の俺が、もしここで言うとしたなら」
けれど、無意味だからといって、しない理由にはならないだろう。
「──ありがとう。恵ちゃん」
こっ酷く振られた。騙された。傷つけられた。
それでも。
「三ヶ月間も俺に付き合ってくれて、ありがとう」
嘘ではないから。過ごした時間だけは、良くも悪くも。
「好きだと言ってくれてありがとう」
嘘だったとしても、嬉しかったのだ。
「最後に──俺を振ってくれて、ありがとう」
君が俺を振ってくれたから、トラウマを作ってくれたから、きっと俺は先輩や部長に出会えた。
出会えて、仲良くなれて、手を繋げた。心を交わせた。
「俺はもう、きっと君を思い出すことはないと思う。これからどんなことがあっても、俺は二人と居たいから。添い遂げたいから、生きていく」
ああ。吐き出して、心がうんと軽くなった。
そろそろ、夢の時間も終わる。そんな気がした。
「──あっそ。なら、良かったじゃん」
ついぞ、少女の顔は見えなかったけれど。
きっとその顔は、良くも悪くも笑っていたのだろう。
………
……
「おーい、礼―」
「礼君? 寝ているの?」
二人の声が、はっきりと聞こえた。
「はい、おはようございます」
目を開くと、二人が座る俺の顔を覗き込むようにして見ていた。
「全く、こんなとこで寝ると風邪ひくぞ?」
「ええ。茉利理に同感ね。せめて、眠るなら私の腕の中で眠ってほしいわ」
「それは、魅力的な提案ですね。茉利理先輩、何か勘違いしてないですか? 馬鹿は風邪引かないんですよ?」
俺は立ち上がることにした。二人と一緒に帰るために。
「あれ、今日って晩ご飯は三人で鍋にするんでしたっけ?」
「そうよ。というか、礼君何か少し変わった?」
先輩は俺の目をじっと見てから首を傾げる。
「え? まさか……またカッコ良くなっちゃいましたかね?」
「礼、部を弁えろ。それはない」
「悲しいなぁ」
「大丈夫よ、礼君。貴方はカッコ良くなんてならなくていいの。ただ、一緒にいてくれるだけで、私はそれでいいから」
「先輩……」
ああ。心に響く言葉だ。
「出来れば……一生逃げれないように首輪とか着けてあげたいけれどね」
「先輩っ!?」
手を繋ぐ。三人で。二人が寂しくないように、誰も悲しくないように。
「あ、今日の鍋。塩ちゃんことかどうだ?」
「いや、俺は断然キムチ鍋ですね」
「珍しく、意見が別れたわね。私はオーソドックスな寄せ鍋派なのだけれど」
よし、こういう時は。
「ここは平等に、ジャンケンで決めるのはどう?」
「乗ったっ!」
「え、ちょま……俺両手とも繋いじゃってるんで、出来ないんですがっ!?」
「なら、キムチ鍋は却下ということで」
「そ、そんなぁ」
「よぉーし! 行くぞっ! 紫苑!」
「望むところよ。茉利理」
ふっと笑みが溢れる。
二人といれば、なんだって乗り越えられる。心の底からそう思ったから。
「あ、そう言えば……礼、お前に聞きたいことがあったんだけど」
思い出したように、部長が言った。
「あら、奇遇ね。茉利理。私もなの」
「ん、んー?」
二人の視線がこちらに向いた。なんというか……そのちょっと怖いくらいに冷たい目が。
「な、なんでしょうか?」
「さっき、お前が寝言で言ってたことなんだけど」
「あら、本当に奇遇ね。私が気になったのも、同じことよ」
二人は一瞬、顔を見合わせて、頷き合ってから口を開いた。
「「──恵ちゃんって、誰のこと?」」
あ。ふーん。俺は、どうやらやらかしちまったらしい。
「えーと、それはですねー? そのー、あまり話したくないことと言いますか……」
「まあ、言い訳くらいは聞いてやろう」
「そうね、言い訳くらいなら聞いてあげましょうか」
うん。これは、殺されるな。元カノなんて単語を出せば。
脳裏を確信めいた言葉が過ぎる。
即ち、一旦ほとぼりが覚めるまでは、逃げよう。
「なっ!? あれは! UFO!?」
視線を天高くに向けて、二人の視線を誘導してから俺は走り出そうと足を踏ん張った。
がしかし。
「おいおいおいおい? 礼? 手、繋いでるのを忘れてたのか?」
「はっ!」
は、離れないっ!?
「礼君。話してもらうわよ? 折角今日は、三人で晩御飯を食べるのだしね」
「うわぁぁぁぁ!!! 助けてくれぇぇぇ!!!」
俺は二人に引き摺られながら、スーパーへ、先輩の部屋へと連れて行かれるのだった。
まあ、どうにかなるだろう。別に隠していたわけではないし、事情ならとうの昔に二人には話している。
これから何があったって、俺たちなら乗り越えられる。
だって、俺は。
二人に、添い遂げるために、生きていくのだから。
「──ならば、せめてっ!! キムチ鍋にしましょうっ!!!」
……ま、俺はどう頑張っても、二人の尻に敷かれるのだろうけど。
朝起きたら婚約者になっていたヤンデレクール美女と添い遂げるまで。 沙悟寺 綾太郎 @TuMeI
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