第59話 親友達と昨日の話
「おはよう、礼君」
新学期の初日。そして、朝。
がちゃりと部屋の扉が開いて、先輩が部屋に入ってきた。
「おはようございます。紫苑先輩」
パッと目が覚める。見慣れた天井と、部屋の内装。
ちょっぴり体が重くて気だるいのは、きっと今日は後期のガイダンスがあるからだろう。
「台所、借りるわね」
「あ、いつもすみません」
「すぐ作っちゃうわね」
先輩は荷物を部屋に置いて、冷蔵庫から卵とウインナーを取り出した。先日、一緒に買いに行ったものだ。
それにしても。
俺は洗面所で寝癖を整えて、大きな欠伸を吐き出した。
病院での一件、先輩がお母さんと和解出来てから、ぐっとその雰囲気は柔らかくなったような気がする。
「紫苑先輩」
「どうかした?」
「いや、その……今日も美人だなあと」
「……っ。い、いきなりそういうのはやめてもらえる?」
照れた先輩。正直、まだ見慣れてはいない。というか、可愛すぎて心がドギマギしてしまう。
うーん。なんか、可愛いとか美人とかって褒め言葉は全部紫苑先輩のためにあるのでは? なんて、たまに思うくらいに先輩は最強だ。
「朝ご飯、出来たわ。さ、食べましょうか」
………
……
「てなわけでさ? 俺、なんか……幸せだなぁと」
「なんだ、惚気か」
「そうか、惚気か」
ガイダンスが終わり、食堂のいつもの席。昼飯を食べるわけでもなく俺たちはダラダラと座っていた。
「それより、晶。歌方さんとはどうなの?」
「……」
そっと目を逸らす晶。
おっと? これはこれは面白いことになってそうだぞ。
「やっぱ付き合ってるのか?」
「いやいや、違うって」
「なら、なんなんだ? ……全く、貴様らは筋肉を育てようとは思わないのか」
プロテインの入ったシェイカーを片手間に振りながら、慎二は呆れたようだった。
いや、正直呆れたいのはこちら側なのだが? シャカシャカさっきからうるせーよ。
「流石に、他の学年もガイダンスが終わって、集まってきたな」
ぞろぞろと次第に、人が増えてきた。さぞ食堂のおばちゃんも大忙しだろう。
「さて、俺はそろそろ帰らなくてはな」
慎二が立ち上がる。
「なんか用事か?」
「妹のピアノの発表会だ」
「「なんだ!! その設定っ!?」」
これまでで一度も聞いたことのない、否。正直聞きたくもなかった情報だ。
「ふっ、もし言ったら、うちの妹に会わせろなんて言い出しそうだったからな。言うつもりはなかった」
慎二は雑踏の中に、消えていく。デカい筋肉のくせになんか意外と目立たないものだなぁ。
「さてと、礼。ちょっと付き合え」
続いて晶が立ち上がって、言った。
「ん? どうかしたのか?」
「なんとなく、な。話をしたいだけだ」
「お、おう」
…………
……
晶の後を着いていって、辿り着いたのは部活棟の屋上。
いまだ高いお日様は、じりじりとコンクリートの表面に熱を注ぎ、肌を少しだけ焼いた。
「懐かしいだろ? ここ」
「うーん、そうでもないな」
お互いフェンスにもたれかかると、ぎぃっと軋むような音が鳴った。
「はっ! もう一年前の話なのにか?」
「たった一年だろ? 俺とお前が大喧嘩したのは」
それこそ、ヤンキー漫画のような殴り合いの大喧嘩。拳を互いの頬に打ち込みあった中々刺激的な出来事。
「てか、さ。俺まだ聞いてないんだが? 結局、船降りた後、晶と歌方さんは何してたんだ?」
「なんだと思うよ、親友」
「分かってたら聞いてねぇって、悪友」
あー、今日の晶は時々、見せるメランコリックモードのようだ。
わざわざ勿体ぶる態度は、その特徴の一つだ。
「ま、それはどうでもいいんだが、2人とは上手くいってんのか? 確か、西園寺先輩の母親が……」
「まあ、そうだな。この夏休みは結構忙しかったみたいだ。俺もあの後一週間くらいはあんまり会えなかった」
けれど、少なくとも今は何か吹っ切れたように見える。勿論、お母さんのことを忘れられただとかではないだろうけれど、最後の最後で言葉を交わせたから多分、心に刺さっていた棘が抜けた。
そんな感じなんだと思う。
「出来れば、挨拶とか……したかったんだけどな」
「ふっ! ははっ!」
「な、なんだよ」
「二股野郎の癖に、一丁前なこと言いやがる」
「ぐわぁぁぁ!! やめろ晶! その言葉は俺に効くっ!」
確かにそうだよなぁ……。一見すれば、俺なんてただのクズだもんなぁ。
「まあ、当人達がいいなら、正解なんじゃねぇの? とは思うけどな」
「晶……お前……」
え? 何? こいつ今更好感度を上げにきているのか? いや、ない。この一年一緒にいて思ったが、この野郎は割と普通に性格捻じ曲がってるからな。
「さて、俺もそろそろ行く。名探偵様からの着信が止まらなくてな」
「お、おう」
「それじゃ、またな」
欠伸まじりに少し面倒くさそうな態度のまま、晶は行ってしまった。
……うん。今からどうしようか。
先輩達のガイダンスは就活の話もあるから少し長い。後、一時間ほどはかかると見た方が良さそうだ。
「さーて、どうしたもんかなぁ」
まあ、待つのも嫌いではないが。
俺は地べたに腰を下ろして、空を眺めてみた。
この半年は随分と忙しかった。
先輩と出会って、球技大会があって、他にもいろんなことがあった。
「楽しいもんだよ」
笑みを噛み殺して、俺は目を閉じる。
意識は微睡始めて、ふわふわと体が軽くなったような気分になる。
そのまま、俺は眠ってしまった。……らしい。
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