トリックいっぱいの
@redhelmet
第1話
ある日、俺は海辺を散歩していた。すると、海の中から大きな亀がやって来た。亀は短い指で自分の背中を差した。乗れと言うことか。なぜ、亀が? と一瞬思ったが、俺は亀の背に
亀に促され
通された和室の床の間には兎が跳びはねる墨絵が掛けられていた。しばらく待っていると、さきほどの女将が再び現れ、ぽんぽんと掌を鳴らした。仕切られていた襖がするすると開くと大きな座敷が現れた。
女将は俺のすぐ傍に寄り添いお酌をした。舞台では鯛やヒラメが優雅に舞い踊る。俺は思わず唸った。絵にも描けない美しさだ!
なぜこんな接待を受けるのだろう。なんとなくだが、思い当たるふしがあった。俺は過去、亀を助けたことがあったのだ。
……昔々、俺が野原を散歩していたときだった。兎が亀に向かって「おまえはのろまだ」とバカにしている光景を目撃した。亀はそれに対して「なんとおっしゃる兎さん」と反論した。兎に徒競走で勝負しようと挑んだようだ。バカな。兎は時速70キロで走るんだぜ、おまえがかないっこないさ。でも根拠のない自信があるのか、とにかく亀は勝負に出た。
兎はその瞬発力で猛ダッシュを試みた。みるみる離される亀。それみたことか、俺は寝転んでぼんやり眺めていた。雲雀の鳴き声が遠く聞こえる。昼下がり、俺はうとうとしていた。みると兎も昼寝をしている。ふふ、油断しているな。ひょっとして亀が追い越したりして。しかし、ありえない。向こうの小山の麓まで、まだまだ距離はある。その差は追い越せる距離ではない。
俺はふと、ちょっとした
海底のお城での接待は楽しかった。女将は品のいい笑みを浮かべ、俺の手を握ったり時には横腹をつついたり。
そろそろ帰らなければならないな。そう伝えると、女将は小さな箱を手渡した。
これは何だろう、と思っていると、彼女の口が「あけちゃだめよ」と動いた。
開けちゃダメと言われて開けない者がいるだろうか。きっと何か
女将はふふふと笑って俺に軽く手を振った。「またね」と口が動いた。
来るときに乗った大きな亀がやって来た。俺は亀の背に乗り海辺の村に戻ってきた。
あれ? ここは俺の知らない村だけど。見知った家も人もいない。
俺は亀に言った。ここは俺の故郷じゃないぜ。亀は、へへへと笑って海へ潜っていった。
俺は女将からのお土産の箱を持っているのに気づいた。紐をほどき蓋を開いた。するとタブレットが現れた。電源を入れるとオンライン上に女将が映っている。おおっ、彼女にもう一度会えるなんて。
やあ、と俺は片手を挙げて挨拶した。
女は無表情に言った。
「あんた、やっぱり玉手箱を開けたのね」
「ごめん、約束破っちゃった。ふふ」
俺は軽いノリでそう言った。
「あんたはね、思考が浅はかなのよ。その証拠に、私のことまだ思い出さないでしょ」
「君はいったい」
「昔々、私とカメ君が野原でかけっこしてたのを、あんたに邪魔された」
「あ、あの時のウサギ!」
「思い出したようね」
「そうだ、あんたは亀を馬鹿にしていた。『世界のうちにおまえほど、歩みののろいものはない。どうしてそんなにのろいのか』と」
「違うわ。私は世界の多様性を述べただけ」
「多様性だって?」
「そう。世界にはいろんな動物がいる。亀はゆっくり歩くし、兎はぴょんぴょん跳ねる。それでいいじゃないのって」
「そんな話だったのか」
「カメ君は答えたわ。『なんとおっしゃるウサギさん。そんならおまえと駆け競べ』って。つまり、おまえはおまえ、僕は僕。身体性の違いをお互いに確認するためのかけっこ」
「じゃあ、あれはエキシビション?」
「そう。カメ君は兎の特性を私に話した。兎は猛スピードで走るが、休息もしなきゃいけない生き物だって」
「だから、ウサギは昼寝をしてたのか!」
「そうよ。私が昼寝してたとき、カメ君は私の遥か後ろをゆっくりゆっくり歩いてた。そこに、あんたが現れた。なにかしらと思って空を仰ぐと、あんたの腕がカメ君を持ち上げた。彼は短い足をバタバタさせ、降ろしてくれよーと嘆願したが、あんたは無表情に彼を掴んだまま、ひょいと私の目の前に降ろした。驚いたカメ君は逃げようと前へ進み、そのせいで一着でゴールイン。まさかの兎、逆転負け。あんたにとっては軽い
「ごめん、知らなかった。許してくれ」
「あんたを竜宮城に呼んで接待したのは、年増になった私と大きく成長したカメ君との
茫然と俺はタブレットを閉じた。その時、箱から白い煙がもうもうと立ちこめた。
ぼんやりかすむ俺の視界に何かが映っている。霧の向こうで兎と亀がかけっこをしているのか。俺の耳に遠くからかすかに声が届いた。
「おじいさーん。一緒に遊ぼうよ」
「新しいお話を三人で作ろう、
トリックいっぱいの @redhelmet
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