第11話・絶対好きにならないから
◆
「ねえ、メリル。聞きたいことがあるんだ」
そしてまた、平凡な毎日が続いたある日のこと。ふとギルがぽつりと呟く。
ちょうど、私が研究室のカーテンを開けたタイミングだった。眩しさに目を眇めていたまま、ギルを振り向く。
「きみの魂、俺が知らないもう一人、いるでしょう」
「えっ」
「前のメリル。その前のきみ、俺が知らないきみ。そのきみのことも、俺は知りたい」
「……ええと」
前々世……の私、のことだろう。
それはわかる、けれど、彼に話してもいいものかと悩む。
(ゲームのことさえ伏せていれば、いいかしら……)
どんな人間でどんな生活をしていて、どんな世界だったかくらいなら話しても差し支えないだろうか。そう判じて、私は口を開く。
「あなたの言う通り、私、あなたと出会ったメリルの前にもう一人、前世の記憶があるわ。今からさかのぼると、前々世になるけれど」
「やっぱり」
ギルは片眉をあげ、顎のあたりに手をやった。
「転生術を使ったとき、そういう違和感があったんだ。この魂も一緒に転生させるか少し悩んだけど、前世のメリルにこの魂がどれだけ影響を与えているかわからなかったから、全部まとめて転生させちゃったけど」
「……そうね」
前世のメリルも、無意識だったけれど前々世の私の記憶と意識にかなり影響されていたから、もしも、ギルが前々世の私の魂? を転生のときに切り離していたら、また少しメリルの人格は変わっていたかもしれない。
(それにしても、転生術って、改めてものすごいわね……)
ギルはまるで、魂の取捨選択ができるような口ぶりで言っていた。
魂を意図的に次の命に移せる時点ですごいが、さらに切り捨てたりすることもできるとは、まさに『禁忌』と呼んで差支えない技術だろう。
魔導省はギルの転生技術を認定するとともに、この技術を厳重に封印指定したそうだ。ギルに魔道博士の地位が与えられたのは単純に研究成果のみを評価された面だけならず、封印指定を受け入れさせるためという側面もあったようだし。。
「……不思議なことに、前々世のきみも、俺のことを知っていたよね?」
「えっ」
「少し、今の俺とは違うようだったけど……」
(ま、まずい、ゲームをやっていたときの記憶、もしかして、転生術のときに、見られたり……とか、してたの?)
だとしたら、ゲームで闇堕ちラスボスだった自分の姿を、そして破滅していく姿を、ギルは見たというのだろうか。
肝が冷えて、呼吸が詰まる。
「……ねえ、メリル。俺、前々世でもきみと会っていたのに、俺、覚えてなかったのかな……」
「ええっと」
どう説明したものか、思いを巡らす。
ギルはなんだか悲しげだった。
「前々世でも、もしも俺たちが出会っていたら、それってもう運命じゃないかって思うんだ。それなのに、俺はなんにも覚えてなくて……」
「そんなこと気にしていたの?」
「うん、でも、もしも本当に俺がきみのことを忘れてしまっていたんだとしたら、ショックで」
「もう、おおげさね」
「今の言い方、懐かしいな。俺、きみにおおげさって言われるの好きなんだ」
妙なことを言いつつも、ギルの気持ちとしては真剣そのものなようだった。
「あなたと私は前々世では会ってないわ、ただ、私が前々世で過ごしていた世界にはこことは違って、文字や絵で物語を作る文化が発展していたの」
「きみの記憶のなかにあった俺は、その物語、ってこと?」
さすがに賢いギルは、ぼかして説明しても理解が早かった。
「そう。その物語で、ギルとよく似た人物が登場してたの。世界観はこの世界ととっても似てて……。でも、物語なの」
この説明でいいだろうかと迷いつつ、話していく。ズバリそのまま私が過去にプレイしていたゲームの世界がここで、あなたのそのゲームだとラスボスだったのです! とは言わないほうがいいだろう。
「そう、物語……」
「ええ。すっごいギルに似てた人がいたんだけど、でも、今のギルとは違う人生を送っていたし、そもそも物語の中の人だからギルとは別人。私はその物語を見てたから、あなたに似た人の記憶があるだけ。前々世じゃ私とあなたは会ってない。オーケー?」
「ああ、だいたいはわかったかな」
ギルは眉をひそめつつも、頷いてくれた。
「こことは違う世界がある、って言ってもあまりビックリしないのね?」
「転生術を研究しているなかで、そういう別次元の世界があるってことも学んだよ。時としてその魂が世界間を行き来してしまう事故があることも。メリルはそうだったんだね」
「……そ、そう……みたいね……」
おもわずちょっとヒュッと息を呑む。思っていた以上に、転生術は核心に迫っていた。
「だからメリルは……昔から、他の人と比べて雰囲気が違ったんだね」
「そう? 私、前世の時は前々世の記憶って残ってなかったし、思い出せてもなくって。本気でメリル・フォートサイトだと思って過ごしていたけれど」
……いや、思い出してみると、だいぶというかかなり、原作のメリルとはかけ離れていたキャラになってましたが……。まあ、それはそれ。無自覚とはいえ、ギルの闇堕ちも救っていたし、よかった。
「あともうひとつ聞いていい? きみって、その俺によく似たキャラクター……? のこと、好きだったんじゃない」
「へっ!?」
「いや、とてもきみの感情がこもっているように見えたから。転生術できみの魂を扱うときに」
「……」
わかりきってることだけど、転生術、おそろしやだ。
「ええ、私、そのキャラのことは大好きだった。物語の中ではかわいそうな目にあっていたけれど……なんとか救われる道はないかな、ってずっと考えていた」
「……そっか」
ギルはなんだか嬉しそうにも悲しそうにも見える曖昧な微笑みを浮かべた。
「俺は姉さまに救われてたよ。暗闇しかない人生で初めて見た光だった」
ギルは青い瞳を煌めかせて、私を見る。
「昔のこと、教えてくれてありがとう。数年来のモヤモヤが晴れたよ」
「数年……って、あ、そうか、転生術を使ったのは十六年前……だから……」
その時からずっと気にしていたのか。
せっかく頭がいいんだから、もう少し益になることに脳の容量を割いてほしい。
「俺に似ているキャラクターのことを救いたい、って思っていてくれていたのも嬉しかったな。でも、前世で俺を救ってくれたのは別にそのキャラクターと俺を重ねたわけじゃないんだろう? きみはそのときは昔のことは覚えてなかったわけだし」
「う、うん。たまにフラッシュバックというか、デジャビュっていうのかしら、そういう感覚を覚えることはあったけど、記憶としては覚えてなくて……」
ちゃんと「あのラスボスギルフォードだ!」と気がついていたらもう少し立ち振る舞いに気をつけていた、と思う。
あの時の私はただただひたすら「弟かわいい! かわいがる!」しかなかった。
「……ねえ、メリル。どうしても俺じゃダメ? 俺のことは好きになれない?」
ねだるように、ギルは小首を傾げて私に問うた。
「……ええ。だって、あなたは私にとって、義弟だし、義父だもの」
記憶を取り戻した今では、義姉も義娘も胸を張ってそうだ、とは言い難かったが、でも、間違いなくメリルはそういう人生を歩んできていた。それを今更、ギルと恋愛関係になれる気はしなかった。
ギルのことは好きだ。なんなら、前々世のときは、一番好きなキャラクターだった。どうにか幸せになってほしいと願っていた。だけれど、今は違う。
義弟としてギルを愛して、義父としてギルを愛していた人生を歩んできた私に、ギルをそういう目で見るのはひどく背徳的に感じられた。
「一生かけてもダメ?」
「わからない、いつかその日がくるかもしれないけど、少なくとも今の私には無理よ」
彼を見上げながら、言葉を続ける。
「それに、私、あなた以外の人のことを好きになるかもしれない。そうしたら、私、その人と結婚してこの家を出ていくわ」
ハッとギルの目が見開く。
(いままでギルが私にしてきてくれたことを考えたらこんなこと言うのはひどいけど、でも、なあなあにするよりはずっといいはずよ)
罪悪感を覚えてしまう自分に喝を入れて、キッとギルを睨むように見つめ返す。
「本気で言ってる?」
「もちろん。前世の記憶とあなたと一緒に暮らしてきたおかげで魔術の知識はあるし、希少な闇魔法の魔力も持っているし、もしも一人きりでも、ここから出て行っても暮らしていける自信はあるわ」
「……フォートサイトの家系がここで途絶えてもいいの?」
「養子の私に家を出ていかれると困る、ってこと?」
「そうとも言える、俺はきみ以外とまぐわう気がないしね」
ギルはハッキリと言い切る。
なんて返したらいいんだろうと迷っていると、ギルは小さくため息をつき、頭を振った。
「もしもこの生できみと愛し合えなかったのなら、次にまた頑張るよ」
「……は?」
そして、こう何気なく呟いたのだ。
「俺も転生して、きみもまた転生させる。そして次こそ、きみに好きになってもらえるようにする」
「何言ってるの、あなた」
「俺はきみを諦めない。いつかきみに好きになってもらうまで、俺はずっときみと一緒に人生をやり直す」
なにそれ。
あまりのことに、咄嗟に声が出なかった。
そんな勝手な事をどうして言えるんだ、どうしてそんな事をできてしまえるのだ。
「私のかわいいギル、顔をこっちに向けなさい」
姉として、ギルに命じる。
ギルは少し目をぱちくりとさせたけど、素直に応じた。私の背に併せて屈んだ彼の頬にめがけて、私は平手を打つ。
打った手がじんじんと痛んだ。目ににわかに涙がにじんだのは、その痛みからだろうか。
ギルは打たれた頬を驚いた様子で押さえていた。
戸惑いが混じった眼差しを睨み返し、毅然として言い放つ。
「私、そんなことする人のことは絶対に好きにならないから」
「メリル」
言っていて、涙がボロボロこぼれてきた。
ギルに対する失意、だろうか。信頼を裏切られたとでも思ったのか。自分でもなにがそんなに悲しいのかわからない。
でも、絶対にダメだ。自分の想いが成就するまで、魂を意のままに転生させ続けるだなんて、そんなの間違っている。
人の在り方として正しくない。
ああ、前世の私は、いわゆる異世界転生にありがちな救済ルートを失敗していたんだな、と思う。
もっとこの男の子に寄り添って、成長を見届けて、道を踏み外しそうになったときには導いてあげなくちゃいけなかった。そんなことを思うのはおこがましいかもしれない。だけど、転生なんて手段を行使するのに全く躊躇がない人になってしまうだなんて、たまたま世界の破滅が防げただけで、ギルフォード自身は全然救われていなかった。
ギルフォードの想いに応えるのなんて簡単なことだ。私がひとつ、頷けばそれだけでいい。
だけど、それは絶対にダメだと思う。
それは最後に行き着くバッドエンドだ。世界の誰からも気づかれないままそっと私たち二人だけで迎える幸せなバッドエンドだ。誰もそうとは気づかない、静かな不幸だ。
「……ごめん。俺、きみがなんでそんなに怒るのかもよくわかっていないんだ」
「そう」
ギルは馬鹿ではないので、さすがに今の状況を理解して、狼狽えていた。わからないけど、私が怒っていることはちゃんとわかっていた。
「ギル、私、あなたのそばにいられなくてごめんなさい。あっけなく、まだ幼かったのに死んでしまってごめんなさい」
「メリル」
「もっと、ずっとそばにいて、あなたのことを褒めたり、叱ったり、喧嘩したり、仲直りしながら過ごせてればよかった」
それで良い方に導けていたかは、わからない。
けれど、今みたいな歪み方はしていなかったんじゃないかな、と思う。
キッとギルの美しく整った顔を睨みつける。
「私が教えてあげる。あなたのその考え方は間違ってるって」
「……メリル」
「それまではそばにいるわよ、あなたが嫌がってもね」
睨んでいるわりには情けなく、目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。ギルが私に向かって手を伸ばしかけ、しかしすっと下ろす。
一度俯き、ギルは次に顔を上げたときには、私の目をしっかりと覗き込みながら口を開いた。
「ごめん、俺、なんできみが謝ってるのかも、なんで悔いているのかも、わかってない。だけど、きみに嫌われたままは嫌だよ」
「……」
「きみと結ばれなくても、転生術は使わない。それは諦める。だけど、俺、きみに好きになってもらうことはまだ諦めたくない」
あまりにもまっすぐな言葉と眼差しになんだか勝手に口元が笑ってくる。
最初から、見放す気はない。「ギル」と小さく名を呼べば、ギルはすぐに瞳を輝かせ反応を示した。
子犬のようなその顔が、かつての義弟の幼い表情を思い起こさせて、胸がギュッと締め付けられる。
「そうね。もしかしたら、それがわかるようになったなら、その時には私、あなたのことを好きになれるかも」
あくまで、かも、だけど。
FIN
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最後までおよみいただきありがとうございました!
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無自覚にラスボス義弟を闇堕ち回避させてた私、執着溺愛されて二度目の転生をさせられてました 三崎ちさ @misachi_sa
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