おまえもか……

「ごめーん、ついつい目の前だったもんで」

「しょうがないよ、私だって『おや?』ってなったんだし」


 ついムッとしちゃって態度おかしくなったけど、あの後お昼を過ごし終わったぐらいで気分はもう何とも無くなっていた。


 本当はあんなことで私はおかしくはならないはず。


 むしろ男子にとって私はエッチなことに対しては寛大な方だったと思うのだけど……咄嗟だったからか心の防御がなかったからか……いや、それ以上に茉優の江崎君に対してマウント取ったかのようなあのセクシーな微笑が腹立ったのかもしれない。


 茉優もそんなに悪い気で言ったわけじゃないと思うけど、美人顔だから少しの悪意が何倍にも見えてしまう。


 何にも江崎君が悪いことなんてないのに、『今日は自分の分は自分で払うから、喫茶店行こ』って私から誘った。学内での勉強だったらまた茉優が来ちゃうから。


 きっと独占欲……。


 そして本気で支払うつもりだったのに、またまたカフェラテをごちそうしてもらった。また押し負けてしまった。


 ――本当にいつもありがとう。そしてこんなつまらないことで嫉妬する私を許してね、ごめんなさい。



 甘いカフェラテを飲みながら今日の復習をしていけば、何となく心もゆったりとしてきて解れてくる。


 二人きりで簿記の総合問題を『こうかな?』『これかな?』と解いていれば『何であんなことでムカッとしちゃったんだろう、心が狭いなあ』とすら思えてきた。


 もうあと資格検定日まで三週間もない。


 学校側もここまで習ってきた総ざらいとしてバンバン総合問題を解く時間を入れてくる。


 総合問題は一問やるだけでかなりの時間を必要とする。


 喫茶店で一度の深い集中をして最後までやりきり、またその解いたすべてを答え合わせして、間違ったところは何かを考え直して、その後の江崎君から論点やテクニックを訊いて類題を少しやり直したら、もういい時間だ。


 そんな時に『ごめんなさい、僕いやらしい目で和井田さんの……そのお腹のところ見ていたことに注意してくれたんだよね』恥ずかしそうに、私に謝罪してきた。


 それで冒頭の『しょうがないよ、私だって『おや?』ってなったんだし』となった。


 ――もういいよ、そんなの。私の方がおかしかったよ。あんなつまらないことでムッと来ちゃうなんて。


 ――それにこんなことで自分が悪いことを注意してくれたと、善に解釈してくれているとか、どんだけ性格良いんだよ。


 ダメだ、この人は私にとって可愛すぎる。



 まだ半信半疑で信じきれてないけど、どうも最近やっぱり『江崎君は他の女性とあんまりコミュニケーションしたことがなくて、慣れていない』が本当に思えてきた。


 けどまだ信じているがちょっと値的に上になってきたぐらいではある。


 そして『江崎君が女子慣れしていない』のなら、むしろ男子慣れしている私の方が理解してあげないといけなかったのかなあって思う。本当は知っている。


 ――男の子はある程度そういうもんだってね。


 茉優は美人だし、見てもたかだかおへそなんだし。


 だから気にしないでって。私も気にしないからって。


 やっぱりそれができないのは、あまりにも気持ちが江崎君に行き過ぎていて余裕がないから無理だったんだと思う。


 自分たちの席の飲み終えたカップやソーサーを返却する所定の場所にトレイごと置いて、お店を出たところでいつも通り『ごちそうさまでした』と江崎君に丁寧に頭を下げた。


 こういうことはきっちりしておきたい。ケジメだし。それにこんなことぐらいしか気持ちを精一杯表すことができない。


 あ、それと、また何かアクティビティを考えようかなとは思う。もう簡単に飲み会とかでもいいなあ。


 本当に江崎君からは誘ってこない。この辺りも私にはびっくりポイントとそれまでの男たちとの質感の違いを感じる。


 今回は『そういう方向の』ではなくて、ちょっとしかできないけど今までのお礼でどこか、そんな高いところは無理だけどご飯をご馳走したいなあとは思っている。



 その時、背後から犬の鳴き声がした。


「うわっ」


 いつもと想定外だったし咄嗟だったので一瞬驚いたが、名前も知らない中型犬が私に向かってお尻ごと振るように尻尾を振っていた。


「角谷さんを見てめっちゃ尻尾振っているね」


 思わず江崎君もより一層にこやかになる。


 ――かわいい!


 多分この茶店の中にご主人様がいるのだろう。私は犬が大好きだ。


「よしよし……」


 しゃがんであげただけで犬は括られているリードの限界まで私の所に近づき顔や耳を舐めてくれた。


「ウハハハ、くすぐったい」


 好きだからもうちょっと近づく。そうしたらさらにじゃれついて、もうどういう体勢か訳が分からない状態になってくる。


「この子可愛いなあー」

「角谷さん、犬にもモテるんだね」

「私もワンちゃん大好きだから」


 一通りナデナデしてあげたところで、立ち上がり、ササッと毛がついたのを払った。


「さ、行きましょうか」

「うん、行こう」


 歩き出そうとしたその時──


 ――うん?


 ガシッと私の片足をグリップされてまた違う、その下辺りで何かがデニムに擦れる感触がしてきた。


 動き出すわけにもいかず、そのまま立ち止まって足の状況を見ると……



 犬が盛っていた。


 私の左足を前足でグリップしてへコヘコと腰を動かす先ほどのワンチャンが居る。


 ――おい……


「あ、ああ……角谷さん、確かに犬にモテるねえ」


 困り顔でコメントする江崎君。この腰使いは間違いなく男の子で、どうやら私に発情したらしい。


 なにがどうでどこがこの子をそんな気にさせたのかは知らないけど、今日の江崎君のこと、そして今までの男たちのことを照らし合わせてしまう。


 ――おまえもか。


 ※※


 ここからは阿須那視点で4話始まるのですが、そちらは別のショートストーリー、


 【短編4話完結】モブな私の、初恋の虹~必ず、また会える~

 https://kakuyomu.jp/works/16818622174673382310/episodes/16818792436109731834

 

 に飛んでいただければ、より次の話が分かりやすいかと思います。

 よろしくお願いいたします。

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