おへそが見えた、は事件です

「亜香里これいる?」

「え、なに?」


 和井田茉優が私のところに何やらお菓子を持ってきた。


 どこにでもある定番のチョコチップクッキーのシリーズだ。


 しかし日頃は肌色っぽいパッケージに赤の差し色なのに対して、これはなぜか黒と緑色だった。


「抹茶ガトーショコラ味」

「へぇーこんなシリーズが出ているんだ」


「前に亜香里、抹茶結構好きだって言ってたからさ、私も試してみようかと思って買って、休憩時間食べていたけどおいしかったよ」


「茉優、そうなんだ。ありがとう、いただきます」


「よかったらおすそ分けで、江崎君も食べてくださーい」


「ああ、ありがとう」



 多分だが、私はいつもの通り、実は『おまけ』だったような気もしないでもないが、まあ良いとして素直に感謝しよう。


 この頃になるともう私と和井田さんは下の名前で呼び合っていた。


 和井田さんの方から『もう、下の名前で呼び合わない?』って言ってくれて、私も断ることもなかったしそうなった。けどおそらく『将を射んと欲すれば先ず車を撃て』なんだと思う……。



 ――何か間違っている? よくあるじゃん、アクションもので敵が車で逃げて、敵にはピストルの弾当たらなくても、車を撃ったらボン!と爆発したりするあれ。


 だいたい合っているでしょ。そういうことよ。



 狙っているといえば狙っている気もするが、楽家君と仲良く話している事の方がよく見かける。


 もうそこまでは狙っていないのかな……とか思える時もある。


 朝は私の調べたことと感じたことでは、江崎君が早すぎるため、たまにしか茉優とは一緒にはならないみたいだ。


 茉優も朝の大切な睡眠時間を削ってまでも努力して江崎君をゲットしには行ってない。


 やっぱり若い時は睡眠>食べる>恋、だと思うし、それでこそ健全だ。


 けど朝、私が登校してきた時に教室で話していることは最近割とある。


 でもそのどれもが教科書や問題集を持ってきて教えてもらっている最中だった。で、ここからは推測だけど、私が来たからと言って茉優がそそくさと江崎君のところから居なくなるのも返っておかしい。


 だからその場にいて私も巻き込んで話をし出したと言ったところが今の成行きかと思う。



 話せば茉優はもっとイケイケかなあと思っていたけど、確かに過激な発言は割とするけど、良い家のお嬢様と思われるところが節々に出てくる。


 門限を気にしていたり、スカートの長さを親から注意される、とかだったり。



 ちなみに一つ問題が発生していた。世間的な問題ではない。


 私、個人的には大きな問題だ。私と茉優は当然のようにメッセージアプリのアドレスを交換したが、その時だ。


 『江崎君と交換していなかったよね。交換しよ』まるで針の穴を通してくるかのような隙ありの突き技で江崎君にスマホを突き出した。


(ちょっと! 関係あるー?)


 と言いたいところだが、そんなことは言えずに、江崎君は『ああ、いいよ』とだけ言って茉優の二次元コードを読み取っていた。


(いや、読み取らなくていいから……破棄して破棄)


『あ、来た来た。スタンプ入れておくね』

『うん、江崎君ありがとう!』


(キーッ! やられた! もう、江崎君、人が良すぎるよ!)


 それからというもの私は、

『江崎君、茉優から昨日こんなメッセージがきたんだけど、江崎君のところにも何かあった?』と超くだらない女友達同士がするメッセージのやりとりを出汁に、やりとりをしているか確認していたのだった。どうやらあんまりお互いにやりとりはしていないようだった。




「いいなあ、気にしないでこんなの食べれるのんって」


 ――ええっとこの子は……?


 名前を未だに覚えていない。茉優と学内でよく一緒に居る女子の一人だ。


「杏奈まだ大丈夫やって。食べたらええやん、余裕余裕」


「そういう涼葉は何よ、ほっそい身体して」


 確かに今、杏奈と呼ばれた子は生地が固い服を着ているから身体のラインが出ていないが顎や頬の肉付きの感じからしたら細くはない。けど太いかといわれたらそこまででもない。


 一方、涼葉と呼ばれた子は確かに細い。


 デニミニから見せる太ももの感じを見れば阿須那を思い出させる。



「嫌やあ、今年海行くかも知れへんねやろう? そしたら私絶対痩せなあかんし」


 何かこの女子たちで今年の夏、海に行く計画があるみたい。


 チラッとだけ聞こえてきた。私のところには回ってきていないけど、どう?って言われても正直あまり行きたくないし、お金の問題もあるから断るつもりでいる。


 中学高校の時だったら最上位にいればそれは自由な話だが、下に居るものは、あるいは中間ぐらいにいてそこから落ちたくないものは『断る』という判断をくだしにくかったと思う。


 私も江崎君も年齢がだいたいの子たちに比べたら少し上というのもあるし。


 基本的にはもう大人なのでクラスの中では独立している感じがする。


 私は大概は江崎君と一緒にいる、というか江崎君が横に居てくれるのがだいたいの学校内での日常。


 それでも私の気持ちとして『一緒に居たい』というのはあるけれど、高校生のときのグループのような引っ付き方とはまた違う。



 それは茉優も同じで、今ご飯を食べに行こうとしている二人は多分『そういう時に一緒する子たち』なんだと思う。


 だいたいご飯と、帰りに駅まで行く時と、オリエンテーションやグループワークをする時に席が近いから良く固まっている。


 勉強のことを聞きたいときはこれまた席がひとつ前の楽家君や、江崎君のところにまでやってくる。


 それが証拠に簿記の居残り勉強タイムの時は、楽家君と茉優は来るけど、あの二人は来ない。


 阿須那も大学の友達のことを『ご近所さん的に仲良し』と言ったが段々とそうなっていく。


 個が強くなってグループの顔色を見ないととかは無くなる。あれは小中高の幻のようなものだ。


 そして私がスクールカーストを舞台に調子乗り絶頂期だったそのスクールカーストもほとんど感じない。


 その代わり一体感はなく、我関せず。私と江崎君の関係は別だけど例えば前の子が明日からいなくなれば、何かあったのかな?とは思うけど、それ以上にはならない。


 合同で何かすることもなければ一丸となって何かの目標に向かうこともない。



「じゃあ、私たちはこれから外でランチしてくるわ……ああ、肩こった~」


 グイーッと茉優が私たちの席の前でのびをすると、ブラウスの裾から綺麗な白い肌と小さなおへそがチラリと除いた。


 茉優は他の二人と比べれば断然スタイルがいい。胸も白いギャザーブラウスの下から大きく張り出しているのが分かる。


 だから伸びしたときに生地が引っ張られて裾が飛び出してしまう。多分肩がこるのも筋量が少ない割には胸が大きいからだろう。


「あはは、江崎君におへそ見られたわ」

「あ、ごっ、ごめん」


「ううん、いいんよ。おへそぐらい。最近普通に出している洋服来ている子いっぱいいるし」


 その通りだ。最近普通に高校生がへそ出しルックを着ている。


 余裕ある女の微笑を江崎くんに投げかけて踵を返すと、


「じゃあ、行ってきまーす」


 茉優が再度振り返り、小さく私たちに手を振る。


「うん、行ってらっしゃい」


 私が茉優らに手を振り返す。


「いってきまーす」


 茉優のお友達二人も手を振ったり軽く会釈したりして三人一緒に出て行く。

 笑顔で送り出す。笑顔で。



 確か名前は増子さんと矢野さんだっけな……名前を覚えていない。


 特にあの二人は特徴がよく似ている。二人とも女子からしたら可愛らしいのだが、身長はともに同じぐらい。


 髪も二人揃って肩までぐらいの長さ、多分もうちょっと気持ち長くてちょっとぽっちゃりして唇がたらこっぽい子の苗字が増子さん、糸目で薄い唇細身の色白な子が矢野さんだと思う。




「はあ、急におへそがポロっと見えたりしたらびっくりするよね……あれ? 角谷さん?」


 私の異変を察したようだ。


「ふーん」


「ど、どうしたの? なんか目つき、顔つきが……変なんだけど」

「うん、お腹空いたから」


 多分私はいわゆるジト目で江崎くんを見ていた。


 お腹が原因には違いがないが自分の空腹ではなく、茉優のおへそである。私も見ていた。


 二人並んで茉優のキレイな肌と可愛いおへそを拝ませてもらった。だから私が見ていないところで江崎くんだけがこっそりと見たのではない。だけど、



 ――何よ、何見てんのよ?


 私が見るのと江崎くんが見るのじゃ意味が違うでしょ。


 私は見てもいいけど江崎くんは見たらダメなの! 分かる?


 全く男の子ってどうして女の人の肌、特に日頃隠れているところがチラ見えするのが好きなのかなあ?そんなにいいかあ?って思うわ。



 たかが茉優のおへそを見てただけ。私も見ていたし。


 目の前で女の子が何かした拍子に見えないはずの肌を露出させたら女子でも見る。


 でも江崎君が見るのは心がチクッとする。その後ジリリと心のどこかが焦げていくようだ。


「な……何か怒っている?」


 抑えきれない気持ちはあるのだけど、子供のように怒っていることを剥き出しにするわけにもいかない。


 だいたい茉優のおへそが見えて、それに対して自信ありげな態度を取られただけなのだから、私が彼に怒ることではない。


 それに今時へそ出しなんて普通なんだし……自分もそんな服着てたことあるし……けど……


 ――分かっている。分かっているのだけど……


「ううん、別に。今日はおいしいハンバーグ入れたんだ……」


 そう言ってお弁当の保冷バックから取り出して、今朝作ったお弁当と再会……


 ――あれ?


 蓋を開けてみたら、ハンバーグのかけらも入ってはおらず、その位置に鎮座していたであろう場所にはコロッケが居た。


「ハンバーグ……ないね」


 ――しまった! ハンバーグは明日にしたんだった。


 コロッケが量多すぎて今日はやめたんだった。ヤバい! チリチリ嫉妬の炎を燃やして焦っているのが丸分かりになってしまう。


(だ、だ、だから……!)


「あ……うん、おいしいハンバーグの予約……」

「ああ……あははは」


 誤魔化した。困り顔で笑う彼を尻目に、私の内面への関心を逸らすように私はおいしそうにコロッケほうばっていた。

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