朝だった。昨日までの日々が、彼を引きずる。それでも体は時間に合わせて勝手に動くから、こういった感情たちは放っておく。

「行ってきます」

ゲートを出てから忘れ物が不安になったが、彼女が大丈夫ぜんぶいれたと思うよと言うので信じて歩いた。

今日は、彼女と話す気分ではなかったから、見慣れた景色を目に入れながら脳死で、ただ彼女の存在感だけは感じながら登校した。

学校に着いて、教室に入ると、止まっていた時間がまとめて正面からぐるぐると吹きつけてくる気がした。教室を見ると、真ん中の席で固まって話している麗奈を見つけた。とりあえず目を逸らして、自分の席について、荷物を出す作業に没頭するふりをする。すると、彼女が隣の席に戻ってきたから、彼は抑揚を抑えて静かに、いつも彼女に話すように声をかけた。

「麗奈、久しぶり」

「日向!久しぶり!夏休みどうだった?」

「ずっと部活だったね。駅前のラーメン屋に友達とご飯食べ行ったくらいかな」

「あそこね!美味しいよね!」

「」

そこからの会話はまるで覚えていない。それは、現実が想像を蹴り殺したからだった。

そのあとは彼女とも話さなかった。話せなかった。どうしようかと思った。このままでは、僕の中の彼女が消える。僕は布団に潜り込んで、急いでペンを取り出した。

9月1日

今日は学校行ってきた。麗奈ちゃんと私が会うなんて、なんか変な気持ちだった。

私は、私自身のことを、豊野くんのなかに取り込まれた麗奈ちゃんだと思っていた。私は麗奈ちゃんだって、ずっと思ってた。もちろん全部だとは思ってない、だけど、私は、豊野くんは、麗奈ちゃんのことを誰よりも理解してくれてると思ってた。いや、違う。初めからわかってたはずだった。体内恋愛とでも言うべきこれが、異常なのはわかってた。わかってた。僕が、身もよじれるほど好きだったひとは この世に存在していなかった 僕が好きなのは、麗奈ではなかったのか?ああ彼女は僕の妄想のなかで一人歩きして、麗奈ではなくなった 僕が都合よく変えたんだ いや違う彼女は確かにいているんだそうたしかにいる僕の なかに


彼はペンを投げ捨てた。ペンは音もせず床に落ちた。窓から射し込む光の角度が変わって、外光だけに頼る彼の部屋を暗くする。それは、部屋にもともとあったなにかを奪っていくかのようだった。

もしかすると、陽が傾いて部屋が暗くなったのではなく、彼の目が光を捉えられなくなったのかもしれない。彼は、目をこすったりぎゅっと瞑ったりして確かめた。何度も何度も目を瞑って確かめた。だが、そこに彼女はもういなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

体内恋愛 太宰推さむ @rei_kurorokwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ