第5章 みんなで遊園地!?

あれから何日か経って、わたしは真白くんやさくらちゃん以外のクラスメイトとも喋れるようになっていた。

そんなある日の昼休みに、さくらちゃんがわたしのところを突撃してきた。

「れんげええ〜〜〜〜〜!!あのさ週末、暇!?」

「へっ?えっと、日曜日なら空いてるよ?」

「まじ!?ちょっとお願いしたいことがあるんだけど!」

さくらちゃんに、ちょっとこっちに来てと教室の隅の方に移動する。

そこにはもう一人女の子がいて。

「れんげ、こっちは実梨。話したことある?」

「藤枝実梨ですっ、急にごめんなさい」

「海堂れんげです、話したことないけどわかるよ。どうかしたの?」

わたしが首を傾げると、さくらちゃんは藤枝さんと三人で輪になるように立った。

「日曜日、一緒にゆうひランドに行ってほしいんだ!」

「ゆうひランドというのは…」

「ここらで一番近くて有名な遊園地。本当はもう一人違う子と行く予定だったんだけどその子が急に行けなくなっちゃって。よかったられんげに来てほしいんだ!」

さくらちゃんが「お願い!」と両手を合わせた。藤枝さんが肩を竦めている。

「行くのはいいけど、わたしじゃなくてその子の予定を待ってあげた方がいいんじゃ…」

「ううん、ダメなの。今週行くのに意味があるの」

さくらちゃんはきっぱりそう言うとキリッとした顔で続けた。

「その遊園地でね今コラボをやってるのよ。あたしはわかんないんだけど『アルガディロ冒険記』っていう小説でさ、知ってる?」

「知ってる。読んだことあるし、有名だよね」

(真白くんの部屋の本棚にもあったやつだ)

真白くんの部屋の本棚で見たのはまさしく『アルガディロ冒険記』だった。外国の児童文学が原作で、何カ国かで翻訳されている有名作品だ。日本語訳もあってわたしも読んだことがある。アニメにもなっていたし、実写映画化もしていたはず。

「それのコラボが日曜までなのよ、だから今週末いける人を探してるの」

「そういうことなら、ぜひ。わたしでいいなら」

「れんげがいいの!だってお願いしたいことがまだあってさ」

そこまで言うとさくらちゃんは周囲を気にして見回した後、ひっそりと声を潜めた。

「今回の遊園地に遊びに行く計画は、実梨が好きな人と仲良くなれるように近づけるっていう大事なミッションがあるのよ」

「えっ!」

びっくりして藤枝さんの方を見ると、顔を赤らめてさらに体を小さくした。

「ふ、藤枝さんの好きな人、わたしが知ってもいいの…?」

「あ、実梨でいいよ海堂さん」

「それならわたしもれんげって呼んでくれるとうれしいです」

実梨ちゃんと頷き合ってから、話を戻す。

「そもそも実梨とその人を近づける目的で遊園地行く約束してたんよ。だかられんげも手を貸してくれると助かる」

「ご、ごめんね、私のために…」

実梨ちゃんは申し訳なさそうに眉を八の字にする。ボブの髪の毛を顔に持ってきて赤い顔を隠した。これ以上ないくらい耳まで真っ赤になっていて、落ち着かない様子。

ここまでで喋っている感じだと、積極的に恋を前進させるタイプでもなさそうだし、どっちかというとわたしみたいにクラスでおとなしいタイプみたい。

「いいんだよ、協力するって言ったんだから」

「うん、わたしでいいなら力になるよ。できることがあればいいんだけど」

恋のお手伝いはしたことないので、どこまでできるかわからないけど、頼ってくれたのなら応えたい。さくらちゃんとわたし、両サイドから励ますと、実梨ちゃんは泣きそうな顔で笑ってくれた。

「ありがとう」

「実梨が自分から行くタイプじゃないうえに、相手が松本くんだから進展しなくてね」

「松本くん?」

「そ、松本良太くん。ほら、一番廊下側の席で本読んでる眼鏡の子」

さくらちゃんがチラッとそっちを目で見て、どの子か教えてくれる。

黒髪に細身で、眼鏡をかけたその子は、本に集中しているようだった。本を読んでいるからか、知的な雰囲気を感じる。

「友達は少数精鋭、女の子で仲良さそうな子は見当たらず、口数は少なく基本的に群れないタイプで、暇さえあれば本を読んでいる松本くんにお近づきになるのはやや難しいってところよ」

「それで、遊園地なの?」

「いえす!松本くんがその小説の大ファンなんだって。あ、これは真白情報ね」

へえ、松本くんの少数精鋭の中に真白くんもいるってことかな。

「なるほど、それで誘ったんだ」

「そういうこと。このコラボ期間じゃないとダメな理由はそれ」

さくらちゃんが三人でヒソヒソしていた輪を解くように、背筋を伸ばした。

「で、松本くんに安心してきてもらうために男があと二人行くことになっててね、女子の人数が足りないから、れんげにも来てほしいってわけですよ」

「わかった、実梨ちゃんよろしくね」

「こちらこそだよっ、ありがとうれんげちゃん」

実梨ちゃんはわしっとわたしの手を両手で掴んで、ホッとしたようにお礼を言ってくれた。その必死さを見てがんばろって思えて、わたしも実梨ちゃんの手を握り返した。

「そういえば、男の子たちは他に誰が行くの?」

「鈴木と真白だよ」

「呼んだ?」

「れんげちゃんに決まったの?やったね〜!」

さくらちゃんが教えてくれたそばから、鈴木くんと真白くんがわたしたちの輪にひょっこり顔を出した。

「そういう意味では呼んでない」

冷やかに鈴木くんをあしらおうとするさくらちゃんに、鈴木くんはなんにも気にせずニコニコを入ってきた。

「週末の話でしょ?もう一人のメンバーは海堂さんになったんだね、よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「鈴木を誘ったのはコミュ力おばけ要因だからね、ちゃんとやってよ〜」

「わかってるって」

さくらちゃんは誰にでも気軽に話すタイプだけど、鈴木くんへの気やすさを見る限り、かなり仲がいいのかも。

鈴木くんは真白くんとは違うキラキラタイプなので、正直まだ緊張するけどこれを機に仲良くなれたらいいな。それにもう一人が真白くんなのは心強い。

ちなみに今日の真白くんは、Tシャツにビスチェの重ね着とデニムのスカート合わせで、わたしが着ていそうな格好をしている。

わたしが真白くんの家に遊びに行って二人でファッションショーごっこをして以来、「カジュアルが楽すぎて着ちゃう」と言ってカジュアルよりの服の頻度も増えたみたい。

「真白、松本くんにうまいこと伝わってるよね?」

さくらちゃんが確認すると、真白くんはうんと頷いた。

「うん。『アルガディロ』を好きな子と行こうって話になったから、良太も一緒に行こうよってことにしてあるよ。作品とコラボってことでだいぶ乗り気だったし、これが藤枝さんとくっつけよう作戦だとは気付かれてないでしょ」

「あたしと鈴木はまじで作品のことはわかんないから、そっちのフォローは頼んだ」

さくらちゃんが親指を立てると、鈴木くんも真似するように親指を立てた。

「松本くんに勘づかれない方がいいのかな」

「いや〜当日はわかってもらいところだよねえ。実梨だって好きだって気付かれたいから今回頑張るんだもんね」

「う、うん。せめて松本くんと話せるようになりたい、です…!」

「オッケー、なら俺たちの頑張りも大事だな」

鈴木くんがクラス一モテ男の笑顔を発揮しながら、任せてと握り拳を作った。みんなに頼られる鈴木くんと誰とでも喋れるさくらちゃんに、松本くんと仲がいい真白くんがいるならなんとでもなるかも。

(わたしもアシストできるといいな)

みんなのやる気と仲間意識が膨らんできて、私たちは顔を見合わせて頷いていた。

「なんかがぜん楽しみになってきた〜!」

「みんなで遊園地ってだけでもう楽しみだよ」

「頑張ろうね!」

「よ、よろしくお願いします!」

一致団結していい雰囲気になった時に、さくらちゃんが何気なく一言言った。

「そうだ、真白。日曜は男でよろしくね」

(えっ)

びっくりしてわたしはさくらちゃんを見る。

真白くんはその日の朝に自分のなりたいに従って性別を決める。女の子の時も、男の子の時も、そうじゃない性別の時も、自分で選ぶ。そう教えてくれた。なのに─。

(それって他の人が決めていいことなの?)

思わず凝視して、次の真白くんの言葉を待っている自分がいた。

真白くんはなんて言うの?やっぱり断るのかな?だって、誰に何を言われても譲れないもののはずだし。そう思ったけど、実際は違った。

「わかった、男で行くね」

ドクンッと心臓が大きく跳ねて、目の前が暗くなった気がした。

わたしの鼓動が速くなる。

本当にいいの…?本当に他人が決めていいの、真白くん?


「うわああ〜〜〜〜ん、本当にいいの!?だって、それって、真白くんに決める権利があるんじゃあ…!!」

わたしは自分の部屋のベッドで抱き枕を抱えながら、どうしようもない気持ちに落ち着かなくてゴロゴロ回転しまくっていた。

さくらちゃんが真白くんに日曜日に男の子で来るように言って、真白くんはあっさり了承していた。真白くんがいいのならいいのかもしれない、そこまで気にすることじゃないのかもしれない。それでもわたしの中でモヤモヤした気持ちがなくならないままだった。

「だって、真白くんの大事なことのはずじゃ…」

ベッドの端っこで止まって、ぽつりと独り言を呟いた。

さくらちゃんは「男の真白にフォローを頼みたい」って言ってたし、真白くんも「良太と一緒にいるなら男の方が楽だね」ってあの後言っていた。だから本当にいいんだと思う、日曜日に男の子でも。

(でも、もし日曜日の真白くんが女の子の気分だったらどうするんだろう。もしそうだったら、真白くんはその日を楽しめるの?)

こんなに気になるなら訊いちゃえばよかったのに。みんなで一致団結して盛り上がってて、さくらちゃんに悪気はないし真白くんだっていいって言ってて、そこに水を差すようなことを言う勇気がなかった。

「わたしの意気地なし…」

自分で言っておいて、思った以上にダメージを受けた。ううう、と抱き枕に顔を埋めた。

わたしは、どうしたかったんだろう…。あの時、どんな結果だったら満足したんだろう。そもそも、わたしがモヤモヤする権利なんてないのに…。何も言えなかったくせに。

わたしは、真白くんが反対せずにすんなり受け入れたことに納得がいかなかっただけだ。真白くんにとって大事なものだと思っていたから、真白くんにもっと抗ってほしかった。

あんなに大事にしているものの選択権を許しちゃうの?って、心のどこかが叫んでいた。

(さくらちゃんと揉めてほしいわけでもないし、わたしがモヤモヤするってだけで。わたし、勝手だな…)

真白くんは自分の意思は押し通す人だ。よっぽどのことがないと曲げないのもなんとなくわかってきた。そこに憧れを持っていたからこそ、貫かない態度に勝手にがっかりしちゃったんだ、わたし。真白くんは何も悪くないのに。

(真白くんが押し通さなかったってことは、さくらちゃんと意見が合っただけなのかも。わたしが何か言わなくても、別にいいんだよたぶん)

ぷはっと抱き枕から顔を離して、自分の思いと向き合い続けられなくてそう結論づけた。

そうだよ、きっと大丈夫だよ、ね…?


結局、真白くんに意見も聞けずさくらちゃんにそれとなく提案することもできないまま、日曜日を迎えた。

(はああ〜〜〜、本当によかったのかな〜!?)

わたしは日曜日になるまで、押し込めた気持ちは晴れることはなかった。

(こんなことなら一言訊けばよかったのに〜〜。いくらでもチャンスはあったじゃん、もうわたしのバカあ〜〜)

心の中で自分に文句を言いながらトボトボ歩いているうちに待ち合わせの駅前に着いた。

わたしの気持ちとは裏腹に今日は晴天で、遊園地日和だ。

改札前に行くとさくらちゃんたちはもう着いていた。

「おはよう」

「あ、れんげ。おはよう」

「おはようございます、れんげちゃん」

さくらちゃんと実梨ちゃんのそばに駆け寄る。

「実梨ちゃんかわいいね。髪も今日はハーフアップなんだね」

「ねー、今日の実梨はかわいさアップよね!まあ、デートみたいなもんだもんね〜」

実梨ちゃんはパーカーに裾の広がりにくい素材のスカートでかわいさと動きやすさを兼ね備えた格好をしている。わたしに加勢してニマニマしているさくらちゃんがそう言うと、実梨ちゃんは顔をほんのり赤くして恥ずかしそうに頷いた。

「きょ、今日は頑張るって決めたからっ…!」

いつもだったらオドオドしていそうな実梨ちゃんの決意に、わたしとさくらちゃんは顔を見合わせた。

「そうだよね、頑張ろうね!」

「実梨が頑張るなら、あたしたちも協力し甲斐があるってもんよ!思い出つくろうね!」

「うん!」

女子三人に気合いが入ったところで、ちょうど男の子たちが到着した。

「おはよう、お待たせ」

「はよー」

「今日はよろしく」

「はよー。揃ったし、行きますか!」

それぞれに挨拶を交わして、みんなで改札をくぐっていく。

(やっぱり真白くん、今日は男の子なんだ…)

わたしは真白くんの次に改札を通って、後ろ姿を見つめていた。今日の真白くんはラガーシャツにカーゴのハーフパンツ、白ソックスにスニーカーだった。女の子の真白くんだったらスカートが多いから、今日は男の子なんだと思う。

(ほんとによかったのかな)

やっぱり気になってそっと真白くんの横に並んで、みんなに聞こえないくらいの小さな声で話しかけた。

「ねえ、真白くん」

「ん?どうしたの?」

小声で話すわたしを不思議そうに見る真白くんに、気持ちが負けないうちに訊いた。

「…今日、男の子でよかった?」

わたしは一方的に気まずい気持ちのまま訊くと、真白くんは一瞬目を丸くしたけどすぐに微笑んだ。

「もしかして気にしてくれた?大丈夫だよ、俺もいいって言ってたでしょ」

「そうだね、そうなんだけど…」

それでも真白くんの気持ちが百パーセント報われている気がしなくて、わたしは言葉に詰まった。

「へへ、ありがとう。れんげちゃんはおれの気持ちを考えてくれたんだね。うれしいよ」

真白くんはそう言ってくすくす笑った。

「さくらは逆に気を遣わないからあれはあれで楽だし大丈夫、心配しないで」

さくらは男相手だと雑だからね〜、と本当に気にしていないようだった。

(わたしの考えすぎ、だったのかな)

真白くんの笑顔が見られて、ここ何日もモヤモヤしていた気持ちが少しだけなくなった。

「真白くんがいいならいいんだ、余計なこと言ってごめんね」

「余計なことなんかじゃないよ。そうやって気にしてくれたのは、れんげちゃんだけだから、全然余計なことじゃない」

真白くんは笑った顔が真剣になってわたしの言ったことをそうじゃないと言ってくれた。

(そっか、無駄ではなかったんだ)

ようやく顔を上げられた気がした。

みんなの後に続いて、エスカレーターに乗って上の階のホームに向かう。

「それに前のおれだったらめちゃくちゃ文句言ってたと思うし」

「そうなの?」

「うん。春に移動教室があって、一泊二日は男で来なさいって学校に言われたんだよね」

「そうなんだ」

「ミヤちゃんは服装は自由でもいいって庇ってくれたんだけど。でも泊まる部屋は女の子と一緒にするわけにもいかないからその間はずっと男でいなさいって言われたのも、まあ言いたいことはわかるし」

「うん…」

「家では散々文句を言ったけど、それは従ったんだ。だからそういう時もあるってことは、おれもわかってる。今回はその練習みたいなもん、だから大丈夫」

「うん…」

真白くんは笑っているのに、わたしは笑えずにしゅんとする。

(性別を自由にするって、周りの理解がないと難しいんだ…。真白くんは真白くんのしたいようにしたいだけなのに)

また顔が下を向くと、わたしよりエスカレーターの一段上にいる真白くんがこっちを向いたかと思うと、わたしの頬に両手を当てて顔を上に向かせた。

「んっ」

ほっぺを優しく包んで、わたしの視界を真白くんにする。

「おれ今日れんげちゃんと遊園地楽しみにしてたんだよ、一緒に楽しもう?」

真白くんが真面目な顔をして言うから言葉と合っていない気がして、そしたらなんだかおかしくなって声を出しながら笑えていた。

「わたしも楽しみにしてた!」

「よろしい、今日は楽しもうね」

「うん!」


「おお〜!これはすごい…!クオリティが高い…!」

松本くんが目をキラキラさせて、とあるバッジを掲げた。わかりやすくテンションが上がるタイプではないみたいだけど、うれしそうなのはすごく伝わってくる。

遊園地に着くなりわたしたちは、松本くんを釣った今回の目当ての一つ『アルガディロ冒険記』のコラボであるスタンプラリーに参加した。

小説の冒頭で見つける宝の地図にそっくりな紙を受付でもらって、そこに書いてある謎解きをして、敷地内にあるスタンプを全部で十個集めてくるというものだった。

そしてみんなで協力して十個のスタンプを押した最初の紙を受付に持って行ったところ、完遂できた人だけがもらえる景品を受け取った。それが作品を知っている人なら誰もがわかる名シーンに欠かせない金塊から作ったバッジのレプリカだった。

『アルガディロ冒険記』の主人公のリックは、とある街で冒険家志望の女の子と出会うのだが、それが実はその国の王女様なのだ。リックは王女様の正体を知らないまま話をしているうちに、王女様は一緒に着いて行きたいと言う。でも自分の立場を捨てるほど無責任なことができなかった王女様は、その国の紋章が入ったバッジを最後にリックに手渡して、これを私だと思って連れて行ってほしいと言うのだ。リックはそれをいつも胸ポケットに入れておくと告げて二人は別れる。一番人気のシーンと言ってもいい名場面だ。

その金バッジのレプリカなので、ファンにはたまらない逸品だった。

しかも大ファンの松本くんが興奮するくらいにはよくできている。これには小説読破派のわたしも真白くんも実梨ちゃんもテンションが上がった。

「良太の言う通り、このクオリティはすごいわ、家に帰ったら絶対飾ろっ」

「ほんとに、すごいですっ。よくできてますね〜!」

「王女様のバッジってところが作品のことわかっていていい」

「今日、胸ポケットのある服を着てくればよかったね」

「うわ、いいねそれ。入れて持ち歩きたかった〜」

「僕は手に入れられただけでも満足」

四人で騒いでいると、さくらちゃんと鈴木くんが保護者のような目で見守っていた。

「よかったね〜」

「来て正解だったな。さて、そこのみんな〜、そろそろお昼にしないい?」

鈴木くんが先導するように声をかけてくれたことで、お昼ごはんにすることにした。

開園と同時に着いて、すぐにスタンプラリーに参加して夢中になって十個のスタンプを集めているうちに時間もお昼になっていた。

園内のフードコートで、それぞれ好きなものを注文して一つのテーブルに集まった。

「食べ終わったらどうする?」

「もち、遊びに行く!」

「まだ全然時間あるもんね、良太もまだ大丈夫でしょ?」

「大丈夫。スタンプラリーに付き合ってもらったし次は付き合う」

「おお、いいね。そう来なくっちゃ!」

遊園地のマップを広げてみんなでどこに乗りに行くかを相談する。

「ジェットコースター乗りたーい」

「おれも!」

「いいね、俺も行きたい」

「私は空中ブランコがいいな。えっと、松本くんはどこか行きたいところある?」

「そうだな、バイキングに行きたい」

「みんな意外と絶叫系なんだね、れんげちゃんは?」

「わたしは観覧車に乗りたいかな」

「おお、じゃあ観覧車は最後に乗ろうよ。なんせここは『ゆうひ遊園地』ですし」

「『観覧車から見る夕日がどこにも負けないほど綺麗』っていう謳い文句だからね」

「そうなんだ、それは見てみたい」

「じゃあ、観覧車は決まりだな」

鈴木くんが持ってきていたペンで地図に丸を書き込んでいく。

「あとは、定番で行くならお化け屋敷だね」

「いいじゃん、三チームに分かれてタイムでも競う?」

「それ面白そうじゃん、やろやろ」

さりげなく二人ペアになる提案がされて、いよいよ本格的に実梨ちゃんと松本くんを接近させる作戦が始まりそう。スタンプラリーでは松本くんがぐんぐん進んじゃって、うまいこといかなかったのもあってわたしたちサポート四人の頑張りどころでもある。

何気なく目配せをして話を進めていく。こういう話し合いも込みで楽しいな。

「よしっ、だいたいいいじゃない?食べ終わったら早速行こう〜」

ある程度目星のついた地図を見て、さくらちゃんが満足げに頷いた。もう食べ終わっていたわたしは先にトイレに行っておくことにした。

「トレイを片付けて、お手洗いに行ってくるね」

「れんげちゃん、おれも行く」

「オッケー、食べ終わってたら片付けとく〜」

「行ってらっしゃい」

真白くんと二人でトレイ返却口に向かった。

「いよいよ始まるね、実梨ちゃんと松本くんのこと」

「だね、午後こそ頑張ろう」

真白くんと終わったらトイレの前で待ち合わせと決めて一旦別れた。

(実梨ちゃん、松本くんに話しかけて頑張ってたな〜。わたしも二人が近くにいられるように気にしていよう)

トイレを終えて真白くんとの待ち合わせ場所に行くと、真白くんはもう待っていた。

「お待たせ、待たせちゃった?」

「ううん、大丈夫。さくらから連絡きてて、隣のゲームセンターにいるって」

今回のメンバーで自分のスマホを持っているのは、真白くんとさくらちゃんと鈴木くんなので何かあったらその三人で連絡を取り合ってもらうことになっていた。

「じゃあそっちに行こうか」

「そうしよう」

一回外に出て、隣の建物に入っているゲームセンターに入っていく。かなり広くて色んなゲームが置いてある。

(さくらちゃんたち、どこにいるんだろう?)

あたりをキョロキョロしていると、プリクラ機のある方からさくらちゃんの声がした。

「れんげー!こっちこっち!」

手を振っているさくらちゃんは何やら興奮気味で、真白くんと首を傾げながらみんなのいるところに行ってみた。

「ねえ、見てれんげ!これ、すごくない!?」

さくらちゃんが指差す先に、たくさんの衣装がかかっていた。

「これ、なあに?」

「コスプレの貸し衣装!これ着て園内回っていいんだって!」

目がらんらんとしているさくらちゃんは、どれにしよっかな〜と選び始めている。どうやらコスプレすることは決まったらしい。

「さくらちゃん、本当に着るの…?ちょっと恥ずかしいような」

「山田だけだよ、盛り上がってるの」

実梨ちゃんと鈴木くんは乗り気じゃないみたい。真白くんと松本くんはどうかな。

「えっいいじゃん。おれ着たーい」

「僕も興味ある」

(あ、乗り気だった。わたしも恥ずかしいけど、みんなで着るなら着てみたいな)

「れんげどうする?お揃い着る?」

「ふふ、さくらちゃん楽しそう。どんなのがあるの?」

もう着る気満々のさくらちゃんがドレスに手をかけて訊いてくれたのもあって、わたしも近づいて衣装を見てみる。ドレス、チャイナ服、メイド服、制服など、種類が多すぎて選ぶの迷っちゃうかも。

「じゃ、じゃあ、私もやろうかな」

「あれ、俺以外乗り気だな?しゃーない、やりますかー」

「イヤなら鈴木だけやらなくていいよー」

「そこまで言うならやったる!」

さくらちゃんの煽りにより鈴木くんも参戦してみんなでコスプレすることが決まった。

(どうしようかな。うわ、すごい、和装に軍服まである…、選べるかな〜。みんなは何にするんだろう?)

どれにするのかみんなの様子を見ると、お姫様の衣装を見ている真白くんが目に入った。

(あっ…真白くん、もしかして女の子の衣装が着たいのかな?)

今日は男の子でいる練習って言っていた。でもコスプレだったら着たいものがあるのかも。

(コスプレも真白くんは男の子の衣装を選ばなきゃダメなのかな…)

そのまま真白くんを見ていると、スカートの衣装をいくつか手に取った後全部を元に戻してため息を吐いた。たぶんみんなにはわからないくらいの小さいため息。わたしは見ていたから気づいただけで…。その後何もなかったように鈴木くんに近寄っていって、じゃれ合いながら衣装を決めようとしていた。

(どうしよう、このままでいいのかな)

今日は実梨ちゃんと松本くんがもっと仲良くなるための日。だから真白くんも自分の主張はしないままで今日来たんだ。だからこのまま真白くんが何もなかったみたいに、男物のコスプレを着るのがいいのかもしれない。でも、もし、もしそうじゃなかったら…!

(わたしまた何もしないの?)

グッと唇を噛んで考えた。真白くんはそんなこと望んでいないのかもしれない、わたしまた出しゃばるのかも。

(でも、真白くんにあんな顔をさせたままじゃやだよ!真白くんにだって今日を楽しんでほしいよ、だって楽しもうって約束したんだもんっ…!)

わたしはドキドキしながらみんなのいる方にもっと近づいていった。

わたしが真白くんに対して考えたことも余計なことじゃないって、他の誰でもない真白くんが言ってくれてから。今度こそ力になりたい!

(もう間違ってたら謝ろう、みんな雰囲気壊してごめんなさい!)

「あ、あの!」

わたしは思い切って声を上げた。緊張しすぎて声が上擦ったけど、勢いで言い切った。

「よかったら、男女逆転で衣装を着ませんか!?」

みんなからの言葉を待つ時間が果てしないほど長く感じて、気づいたら服の裾を握っていた。みんなからの返事がこない。

(あーあ、また余計なこと言ったのかも…)

早くも反省しかけると、さくらちゃんの第一声がした。

「いいじゃーん!めっちゃ楽しそう、ナイスだよれんげ!」

さくらちゃんがわたしの手を取って、楽しげに騒いだ。

(よかった…?真白くんは、どんな顔してる?)

さくらちゃんに掴まれた手をブンブン振られながら、真白くんの方を見ると目が合って、それから泣きそうな笑い顔が返ってきた。

(ああ、どっちだろう。真白くんの力になれたのかな)

ここから見る真白くんの顔じゃ、言い出したことがよかったのかどうかわからない。真白くんのところに行きたいと思った時、鈴木くんの反対意見が飛んだ。

「マジで?さすがにそれは…」

「こういうのは度胸だよ、鈴木」

「斬新でいいんじゃない?僕は興味あるよ」

「みんながいいなら、私も」

「また俺だけか!真白は?」

問いかけられた真白くんの方をみんな向いた。

「おれが着たらマジで一番かわいくなる自信あるよ!」

勝ち気な笑顔で言った真白くんに、みんなはそりゃそうだといった反応だった。

「真白に訊いた俺が間違ってたわ、さーてやろうかー」

「おおいいぞ、鈴木!話がわかるやつ!ねえねえ、どうせなら真白に選んでもらおうよ!逆転の衣装、何選んだらいいかわからんもん」

「それはいい案だね、僕のも頼む真白」

「私のもお願いできたうれしいです」

「俺のもよろしく」

「じゃあ、わたしのもお願いしていいかな、真白くん」

みんなで真白くんにお願いすると、真白くんがどんと胸を叩いた。

「まっかせて!」


「せーので、出ようね。行っくよ〜、せーの!」

さくらちゃんの声で、シャー!と試着室のカーテンが一斉に開いた。真白くんがそれぞれに選んだコスプレ衣装を着た全員が集合した。

「おお、いいじゃん!」

「すげえな…」

お互いの衣装をまじまじと見てしまう。すごい、コスプレってこんな感じなんだ!

「せっかく任せてもらったので、ペアになるように衣装を組んだよ〜」

ニッコニコの真白くんが解説してくれる。

「まずはおれとれんげちゃんね。韓国系の制服にしたよ、れんげちゃんの男装いい感じでしょ?」

わたしはピンクチェックのスラックスに同じ柄のネクタイの制服、真白くんはラインとリボンとスカートが全部同じピンクチェックのセーラー服。

「れんげちゃん、少女漫画の王子様みたい」

「わかる、れんげの男装は王子様系だったか」

実梨ちゃんとさくらちゃんが褒めてくれたのに照れて、へへと首を掻くと、「それ!まじ少女漫画!」と逆に盛り上がった。

「で、さくらと颯は執事服とメイド服ね。さくらはこの前おれの執事服に興奮してたからそれにしといた」

「最高。あたし真白を見てて、男装一回やってみたかったんだよ〜」

「…最初はまじかーって思ったけど悪くない?どう見えてる?」

くるくる回って鏡を見ているさくらちゃんに対して、鈴木くんは不安そうにしていた。

「鈴木くんは美人系なので、正直めちゃくちゃ似合っています!」

わたしが言い出しっぺだし、どんな姿でもみんなにいいねって言うつもりだったけど、そんなの関係なくとても似合っていてこちらが興奮してしまった。

「それはさすがに同意だわ。鈴木顔がいいもんね、メイド服まで似合うって何事よ」

「うん、私もいいと思います、かわいいですっ」

女子三人からの賛辞に鈴木くんの顔からは不安の色が消えて、まんざらでもなさそう。

「最後に藤枝さんが冒険者で、良太がお姫様。さっきのスタンプラリーで金バッジをゲットしたことだし、ここは『アルガディロ冒険記』に則ってみました!」

じゃーんと真白くんが両手を広げて、二人が注目を浴びるようにしてみせた。

「それでこの衣装なんだね、それはぴったりすぎる!」

真白くんの意図がわかって、わたしは思わず拍手をした。

「それを聞くとかなりよく思えるな」

「うん、これはうれしいです」

松本くんも実梨ちゃんも自分たちの衣装を見て、納得がいくようだった。

「ねえねえ、あれやってほしい。『アルガディロ』の王女様とのシーン」

「いいよ」

「へっ、いいんですか松本くん…!?」

今日でわかったことだけど、松本くんってクールと思いきやノリがいいんだね。

実梨ちゃんは戸惑っていたけど、松本くんがもうなりきって済ました顔をしていたのでやるしかなくて。実梨ちゃんは顔を赤くさせながら、手を差し出した。

「…お手をどうぞ、王女殿下」

「あら、ありがとう」

優雅に微笑んだ松本くんは完全に王女様で、スッと指先だけ実梨ちゃんの手に乗せた。

「…っ!」

実梨ちゃんはそこまで忠実再現されると思っていなかったみたいで、もっと顔が赤くなって固まった。

「なに〜っ、そんないいシーンがあるの!?映画でも観てみようかな!」

さくらちゃんがはしゃぎながらしっかりと二人の様子を写真を収めている、さすが。

「俺も観てみようかな」

「実写映画はコミカルシーンの再現度がいいからおすすめ」

「原作は長いから映画から入るのはいいと思う」

真白くんと松本くんはすぐさま勧めて親指を立てた。布教に抜かりない。

「よっしゃ、じゃあみんな完成ってことで!行きますか!」

「待って〜、さくらちゃん」

「ドレスって走りにくいんだな」

「走って転ぶなよ〜」

さくらちゃんの掛け声でみんなして園内へと駆け出ていく。わたしも後を追おうとした時、ツンと二の腕あたりを引っ張られた。振り返ると、少し俯いた真白くんがいた。

「真白くん?」

「ありがとう、れんげちゃん」

「ん?」

「おれがかわいいのを着たいの、お見通しだったんでしょ?」

(やっぱり、そうだったんだ)

真白くんが照れたみたいな笑い顔をしていたので、一気に心の中が晴れるようなうれしい気持ちがした。

「よかった、今度は合ってた」

つられて笑顔になると真白くんはもっと笑顔になって、わたしのおでことくっつく勢いで近づいてきた。

(えっ、わわわ)

「れんげちゃんはすごいね、また助けてくれた。ありがとう」

至近距離で見る真白くんは顔が整いすぎているし、近すぎてドキドキしてきた。

「えっと、真白くん…」

何を言っていいのかわからないくらいパニックになっていると、わたしたちを呼ぶ声がして意識が戻った。

「海堂さん、真白〜、置いてくよー」

「今行く!」

わたしが反応できずにいる中で鈴木くんの声に真白くんが返事をして、わたしの手を真白くんが握った。

「行こ、れんげちゃん!」

今までで一番いい顔をしている真白くんを見ているうちに、手を引かれて走っていた。

(真白くんが喜んでくれたのはいいけど、最後のはびっくりするから〜〜〜!!!)

とは直接言えずに、わたしは心の中で叫んだ。


どの乗り物に乗る時も、真白くんの衣装選びのおかげでペアがすんなり決まっていった。

「真白よくやった、ペアの理由付けが衣装で全部通ってよかったよ」

「それよ。おかげで松本くんの隣はずっと実梨だったし、途中からあたしたちが何にもしなくても二人で喋ってたもん」

「いい雰囲気だよね、二人」

「良太は紳士だからね〜、ああやって隣同士にすればうまくいく気はしてた」

夕方十六時に一番綺麗に夕日が見えるとのことで最後に観覧車に乗りにみんなで向かっていた。実梨ちゃんと松本くんの後ろをついていくように、四人でヒソヒソ話をしながら。

「最後はみんなで乗るだろ?」

松本くんが振り返って、みんなに意見を聞いた。

「そうだねー、最後くらい一緒に乗ろう〜」

「いいんじゃん?」

「決まりだね」

順番待ちをしてから、わたしたちはやってきた赤色のゴンドラに乗り込んだ。

「あっちの方いい感じに夕焼けじゃない?」

「上に着いたらもっと綺麗だろうね」

六人で膝を突き合わせていると、自然と今日一日の話をしたくなる。

「スタンプラリーから始まって楽しかったね」

「僕はジェットコースターが一番好きだった」

「お化け屋敷で競争したのもよかったろ」

「鈴木が猛ダッシュするから追いつくの大変だったんだよ」

「ゴーカートは大変でしたね、あちこちぶつかって」

「あれはあれで笑ったけどね」

ゆったりと進んでいく観覧車みたいに、ゆっくりした時間が流れて心地いい。みんなが今日楽しかったみたいでよかったな。わたしもすごく楽しかった。

「それにしてもスカートって大変なのな、スースーしてずっと気になる」

「冬のスカートの恐ろしさがわかるでしょ」

「新しい経験としてはよかった、なかなか面白かったよ」

「男装ってだけでドキドキしちゃいました、ズボンは履いたことあるはずなのに」

「ほんとだね、かっこよく着るって難しいんだね」

「はははっ、みんな最高に似合ってたよ」

みんな最初は自分の着ている衣装に慣れないようだったけど、一日着ているうちにすっかり気にならなくなっていた。誰も恥ずかしがることもなくなっていた。

「そうだ!写真撮ろうよ、六人で」

「んじゃ、もっと近寄って」

「上から撮る?」

「一番腕長い人頼んだ」

というわけで鈴木くんがスマホを構えて腕を伸ばした。

「山田もうちょい寄って、そう。いいね、撮るよー」

みんなで密集して一枚の写真に残るべくカメラの方を向く。

(なんか、いいなこういうの)

今日六人で遊べたこと、男女逆転の衣装を受け入れてもらったこと、真白くんの笑顔が見れたこと、実梨ちゃんと松本くんが仲良くなったこと、全部よかったな。

そう思ったら、カメラは関係なく笑みが零れていた。

「はい、チーズ」

カシャ。何枚か撮って、六人でスマホの画面を覗き込む。そこには夕焼けを背景に笑顔のみんなが写っている。

「盛れてるね〜、ありがと鈴木」

「改めて見ると、すごい格好してるのな俺ら」

「忘れなさそうでいいじゃないか」

「だな。あ、海堂さんたちにはプリントして今度渡すから安心して」

「ありがとう、鈴木くん」

そんなこんなで盛り上がっていると、頂上が近づいてきた。

「見て、あっちの夕日が綺麗」

真白くんが指差す方にはオレンジ色に染まる山と街並み、そしてまあるく溶けそうな夕日があって見惚れてしまう。

「夕日が綺麗な遊園地なだけあるね」

「うん、綺麗」

「最後に見れてよかった」

「わーん、帰りたくなーい」

「また来ようよ、みんなでさ」

「そうそう、また来たらいいよ」

さくらちゃんの名残惜しい声に真白くんと鈴木くんが優しい声で言う。

(そっか、『また』があるんだ…、そうなったら最高だな)

もっと仲良くなったみんなとの未来に少しだけ想いを馳せて、わたしは夕日を眺めながら今のみんなの顔を目に焼き付けた。


コスプレから私服に着替え終わると、お土産見ようよということになって、一回解散してそれぞれショップを見て回ることになった。わたしも一人になってぐるぐるしていた。ふらっと曲がってストラップやキーホルダーがずらりと並んでいる棚に来た。どんなのがあるんだろうと興味本位で見てみると、ゆうひ遊園地のマスコットキャラクターゆうひちゃんのグッズやら『アルガディロ冒険記』とのコラボグッズなんかが置いてある。

その中に『アルガディロ』に出てくる宝の地図に模したメタルキーホルダーを見つけた。しかも宝箱の鍵のチャーム付きで気になって手に取ってみる。鍵の真ん中にはガラスが埋め込まれていて、ガラスの色が何種類かある。

(せっかくだし自分用に買おうかも)

でも、無駄遣いかもとか思っちゃって、ほしいと思った気持ちへなへなしていく。

(今回はやめておこうかな)

そう思って元の場所に戻そうとした時、後ろから手が伸びてきてわたしが手に取ったものと同じものを取った。

(ああ、やっぱいいよねそのキーホルダー。あ、邪魔かな)

場所をあけようと横にずれようとしたら、聞き馴染みのある声がした。

「れんげちゃんはこれにするの?」

「あっ、真白くん」

振り返ると、手に取ったキーホルダーを顔の横に持っている真白くんがいた。

「いいなって思ったんだけど、買うか迷ってて」

「そうなの?今日来たなっていう記念になりそうでいいと思うけど」

「そうだよね。このガラスがオレンジだと、今日見た夕日みたいでいいなって思ってて」

「じゃあ、おれとお揃いにする?」

「え」

びっくりして大した反応もできずに声だけ漏れた。

(真白くんとお揃い…!?えええ、お揃いなら話が変わってくる!それならほしいよ!)

「おれはピンクかな、今日れんげちゃんと一緒にピンク着たし。色違いってどう?」

「真白くんとお揃いならほしい、ですっ!」

気持ちが前のめりになってなぜか敬語になっちゃったけど、言えた!

「おれも。れんげちゃんとお揃いほしいから、これにしようよ」

「うん!」

二人でオレンジとピンクを並べて、どちらともなく笑った。

わたしは真白くんに渡せずに引き出しにしまったヘアゴムのことを思い出した。

(ああ、そうだ。お揃いはもっと仲良くなってからの方がいいよねってあの時思って。仲良くなれたってことかな、願い叶っちゃったよ)

「れんげたちは何買うか決まった?」

買い物かごを持ったさくらちゃんとすれ違った。実梨ちゃんと松本くんはもう買い終えたみたいで、二人で端にあるベンチに座っているのが見える。鈴木くんはお会計中みたい。

わたしはキーホルダーに決めたよと言おうとしたら、真白くんが遮るように先に言った。

「ナイショ」

「え、なにそれ気になるじゃん」

「ダメダメ、れんげちゃんとの秘密だから」

真白くんは不敵にニコッと笑って見せると、何事もなかったかのようにレジの方に歩いていった。えっ、えっ、となりながらわたしも後をついていく。

「あ、ねえ真白くん、今のって」

背中に話しかけると肩越しに顔を振り返った真白くんが、口元に人差し指をそっと当ててふわりと微笑んだ。

「おれとれんげちゃんだけの思い出ね」

最後の最後に真白くんらしい自信たっぷりの笑顔に、ドキッとした。

(ううう、顔が良すぎるって自分でわかっててそんな表情してるんだろうな〜〜〜!わたしばっかりドギマギしてるよもう)

自分の意志に反して顔が赤くなっていくのに気づかれて、真白くんにおかしそうに笑われた、もう…!

でも、真白くんと二人だけの思い出に悪くないと思っている自分もいて、真白くんがからかうように笑っているのもまあいっかと思う。

(真白くんに振り回されるの、慣れてきたかも)

今のこの感じも意外と気に入っていたりする。

(筆箱にでもつけようかな、それも真白くんに後で訊いてみよう)

真白くんと一緒にこのキーホルダーをつけるところを想像してみると、思っていたよりもうれしくてわたしの足取りが軽くなった。真白くんも鼻歌を歌っているから、わたしとおんなじくらいうれしいといいな。

(早くつけたいな、このキーホルダー)

今日から大事なものに加わったキーホルダーをわたしはそっと握りしめた。


おばあちゃんへ

この前はお手紙ありがとう。元気ですか?イギリスのお土産もありがとう、お母さんたちと食べたよ。

新しい学校にやっと慣れてきたので返事を書くことにしました。

おばあちゃんの予想通り、転校してすぐのわたしは不安ばかりだったよ。でもね、今はもう大丈夫。さくらちゃんっていうなんでも話せる友達もできたし、真白くんっていうおばあちゃんみたいにかっこいい友達もできたんだ。特に真白くんがいつもわたしの想像を超えてきてすごいの。男の子だけど、男の子も女の子も両方やる人なの、上手く説明できないけどとにかく自分に嘘をつかないところがとってもかっこいいんだ。あ、でもいたずらっぽいところがあるから、おじいちゃんの方が似ているのかも。

おばあちゃんの言う通り、自分の気持ちに正直でもなんとかなるんだなって最近思います。真白くんを見ていると特にそう思うよ。

真白くんのおかげでわたしも自分のイヤなところばかり見るのをやめようって思えてきました、まだまだやっちゃうんだけどね。

この前みんなで遊園地に行ってきたの。鈴木くんが写真を印刷してくれたので、そのコピーを一緒に入れておくね。写真の横にみんなの名前も書いておくから、それ見てこの子なんだなって思ってね。みんなでコスプレもしたんだ。わたしこの写真大好きだから、おばあちゃんにも見てほしいです。

そうだ、春になったらお母さんとレンゲ畑を見に行こうねって話してたの。おばあちゃんも一緒に行こうね。

また手紙書きます。おばあちゃんも元気に過ごしてね。

                               れんげより




                                    了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真白ちゃんは女の子!? 有梨束 @arinashi00000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ