第4章 真白くんの名前の由来

「今日の宿題は、『自分の名前の由来を訊いてくる』です」

そう言って、ミヤちゃん先生は黒板に「自分の名前の由来」と大きく書いた。クラスのみんなの目がそれも面白そうとキラキラし始めた。

今日の国語の授業は、『由来を探そう』だった。

最初に由来の意味をみんなで調べるところから始まった。

由来は「物事の始まった原点や起源を指す言葉」で、言葉の語源も物事の起源も風習の始まりなんかもみんな由来があるってことがわかった。そこからが面白かった。

「じゃあ、班になっていろんなものの由来をタブレットで探してみましょう」

ミヤちゃん先生は近くの四、五人でグループを作るように言うと、授業用のタブレットを使って調べ学習をすることになった。

「いろんなものって例えばなんですかー?」

クラス委員の鈴木くんが手を挙げて質問した。うん、いろんなものってなんだろう。

「なんでもいいですよー。みんなが気になるものならなんでも。さっき調べた通り、言葉でも物事でも風習でも由来があるとわかったよね?身近なものには何か由来があるかもしれないってことです。それを調べてほしいなって思います」

クラスのみんなはイマイチわかんないって顔をしていた。するとミヤちゃん先生は補足するように説明した。

「そうだな〜、例えば『学校』の由来があるかもしれません。『先生』の由来もあるかも。普段気にしていないものの由来を知ったら興味を持つかもしれない、みんなの好きなものの由来を知れたらもっと好きなるかもしれません。そう思うと面白そうじゃない?」

うーん、と悩む子もいれば、やる気がなそうな子もいて、面倒臭いみたいな空気が流れた。そんな中、真白くんの目だけはキラキラしていた。

「はーい!じゃあ、サッカーとか戦隊ヒーローとかの由来を調べてもいいんですか?」

真白くんの発言にミヤちゃん先生がポンと手を打った。

「いいですよー。戦隊ヒーローは歴代にたくさんいるから、名前の由来がそれぞれありそうで楽しそうね!」

真白くんとミヤちゃん先生の会話で、どんなものを調べたらいいのかがわかったクラスのみんなのやる気が変わった。

「それでいいなら、スポーツなんてたくさん調べられるんじゃない?」

「国の由来もありそうじゃない?」

「好きなもの調べちゃおうぜ」

あちこちで案が出てくると、最後にミヤちゃん先生がにっこり笑って提案した。

「では、調べる時間は今から三十分にしまーす。一番数多く調べられた班には、来週の学活の時間をクラスレクリエーションにしようと思うので、何をやりたいか一つだけ決めていい権利を差し上げようと思います!」

ミヤちゃん先生からの挑戦で、おおお!と盛り上がって、みんなのやる気が一気に上がった。

「なんでもいいの?体育館借りてドッチボールでも?」

「いいよー、先生頑張って許可を取ってくるよ〜」

「うおお!それは負けられん!」

「ね、勝ったら何にする?」

「ミヤちゃん、約束守ってねー!」

「はいはーい。じゃあ始めるよ、よーいスタート」

そこからはどの班も手分けしてタブレットに齧り付いて調べた。わたしは真白くんと同じ班だったから、真白くんのやる気に押されて、まだあんまり喋ったことのない班の人たちともお互いに提案しあえた。

「おれ、戦隊ヒーローを調べるね。かなりあると思うよ」

真白くんが率先してそう言うと、班の子も頷いた。

「やっぱ、一つのジャンルで多そうなものを攻めた方が数を増やせるよね」

「そんなのすぐに浮かばないよ」

「お花の名前はどうかな?」

わたしは自分が花の名前だからそう言うと、それだ!と班の子みんなに指差された。

「それいい!絶対多いよ」

「でかした、海堂さん」

「なあなあ、オレ車好きだから車の名前を調べてもいい?」

「いいじゃん、任せた!」

そうやって数が多い勝負に真白くんをはじめとする班の子と一緒になって燃えているうちに自然と話せていた。今何個目とか、ここまで調べたよとか、協力する調べ物は楽しくてあっという間だった。

班対抗の勝負の結果は、鈴木くんのいる班が勝ちで、わたしたちの班は二位だった。

「あ〜あ、あとちょっとで勝てたな〜」

「惜しかったね」

鈴木くんたちの班とはかなりの接戦で、わたしたちがあと三つ調べられていたら勝っていたくらいの激戦だった。

(負けちゃったけど、みんなと一緒にできたの楽しかったな)

そろそろ授業が終わりそうというところで、ミヤちゃん先生が拍手をした。

「みんなお疲れ様でした〜!今まで知らなかった由来を先生も知れてすごく楽しかったです。そんな由来調べマスターたちに今日の宿題でーす」

宿題と聞いて、一斉に「ええええ」とブーイングだったけれど、ミヤちゃん先生は構わずニコニコしていた。

「まあまあそう言わずに。これはみんなにしか調べられないからさ。ということで今日の宿題は『自分の名前の由来を訊いてくる』です!」

自分の名前の由来…!それは気になるかも。わたしの名前はおばあちゃんがつけてくれたって聞いたことあるけど、由来までは知らない。

それはクラスの子も思ったみたいで、宿題よりも自分の名前の由来が気になっている様子で、ソワソワしていた。

「みんなの名前の由来を、明日の国語の授業で聞きたいと思います。みんな宿題やってきてねー」

はーい、と宿題だというのにちょっと盛り上がった。

「名前の由来か〜」

授業が終わった後に、隣の真白くんが呟いた。

「ねえねえ、れんげちゃん。おれのこともっと知りたいって言ってくれてたよね?」

「うん」

「じゃあ、明日の国語の授業、楽しみにしててね」

「何かあるの?」

「もっとおれのことがわかると思うよ」

真白くんはにんまり笑うと、それ以上は教えてくれなかった。


「でね、今日の宿題が自分の名前の由来を訊いてくるなんだ。わたしの名前っておばあちゃんがつけてくれたんだよね?」

「そうよ、私がぜひってお願いしたからね〜」

家に帰って早速お母さんに訊いてみると、そう答えが返ってきた。

「お母さんは、わたしの名前の由来を知ってる?」

「もちろん。朔さん─れんげのおばあちゃんがレンゲソウっていうお花が好きなのは知ってるでしょ?」

「うん。好きな花からつけたって前に言ってたよ」

「朔さんがレンゲソウを好きになった話は聞かなかった?」

「それは知らない。何か理由があるの?」

前のめりになって聞くと、お母さんはなぜかうれしそうにふふっと笑った。そして何かを思い出すようにして話を続けた。

「れんげに名前をつけてくれた時にね、朔さんが教えてくれたの。れんげが生まれてくるよりも前に亡くなったおじいちゃんが昔レンゲソウの花畑に連れて行ってくれたことがあったって。『ひまわりや薔薇じゃなくてレンゲソウよ、変でしょ?』って朔さんは怒ってたけどすごくうれしそうだった。その思い出のレンゲソウから名前を取ったんだって」

「おじいちゃんとの思い出だったんだ、レンゲソウって…」

写真だけでしか見たことのないおじいちゃんの顔を思い出す。その写真はおばあちゃんとのツーショットで、おばあちゃんはムスッとしていておじいちゃんは満面の笑みだった。

『あの人はね、いたずらや驚かせるのが好きだったのよ。だからこの写真もイタズラされた後に撮ったものだから私の顔がこんなに不機嫌なのよ』

おばあちゃんはその写真を見せながら、そう教えてくれた。

その時のおばあちゃんの顔がとっても優しい顔をしていたからよく覚えている。自分のことじゃないのに、なんだかうれしかった。

「レンゲソウの花言葉もピッタリだったって言ってたわね」

「レンゲソウに花言葉があるの?」

「ええ、『私の幸福』って意味よ。素敵でしょ?」

『私の幸福』…、おばあちゃんはそんな想いでわたしに名前をつけてくれたんだ。

「私もすぐに気に入ってね、れんげって名前にしたのよ。もちろんお父さんも気に入ってくれたしね」

お母さんは優しい目つきでわたしの方を向いた。

「懐かしいわ。あんなに小さかったのにねえ、もうこんなに大きくなっちゃって」

「…わたしチビのまんまだよ」

「ふふ、いいのよ小さくても大きくても」

お母さんはわたしの頬を撫でながらおかしそうに笑った。

なんか、わかんないけど泣きそう…。鼻の奥がツーンとして、慌ててズズっと鼻をすすった。泣いているところを見られてもいいけど、お母さんがもっと甘やかしてくれるのがわかっているからわたしなりに強がった。

(名前の由来を訊いてこんな気持ちになるとは思ってなかった)

こんなにジーンとくるなんてとんでもない宿題だ。ほっこりを通り越して心を揺さぶられているんだもん。

おばあちゃんの想いが伝わってくるようで、胸がいっぱいになる。

「…なんか、おばあちゃんに会いたくなってきた」

「わたしも朔さんに会いたくなっちゃった。今度この新しいお家にも招待しようか」

「うん!あとレンゲソウの花畑をわたしも見てみたいな」

「いいわね、春になったらみんなで見に行きましょう」

「やった〜!」

わたしは手を挙げて喜んだ。レンゲソウをお母さんとお父さんと、あとおばあちゃんと見に行けたらいいな。そしたら絶対うれしいもん!

「じゃあ、今のことをノートに書いちゃってくださ〜い」

お母さんに宿題をするように言われてわたしは素直に返事をした。


次の日学校に行くと、教室の中に人だかりができていた。

(なんだろう、遅くなりすぎちゃったかな?)

昨日は早く家を出たと思って、今日は昨日より遅めに家を出たのだけど、時計を見る限りまだ余裕の時間だった。

人だかりはわたしの席のところでできていて、なんとも入りづらい。

(わたし、なんかしちゃった…?)

一瞬不安になったけれど、どうやら違うみたいで、その人だかりの中心から楽しそうな声が上がった。

「ねえねえ、真白。もっとよく見せて!」

もう登校していた真白くんが囲まれているみたい。

真白くんに何かあったのかな。今のさくらちゃんの声だったような?

(そういえば、今日の真白くんはどっちなんだろう?)

自分の席でもあるし、みんなの邪魔にならないようにそっちに近づいてみる。

「やっばー!めっちゃいいよ、それ!いつもそれで来て!」

「いつもはやだよ、あとさくらうるさい」

さくらちゃんの興奮した声に真白くんが呆れるようにしていた。周りにいるみんなも興味津々のようで、全然動く気配がない。

(なんだろう、さすがに気になるな…)

ちょっと覗いてみようとした時に、パチッと真白くんと目が合った。

「れんげちゃん、おはよう!」

「あ、え、おはよう」

「れんげ、おはよ!ねえ、見てよこれすごくない!?」

一緒にいた子たちが、席ここだったねごめんね、と開けてくれたのもあって人だかりの中心、自分の席に難なくたどり着く。

そこにいたのは──。

「すごい、真白くん、なあにその格好!?」

わたしはあまり見ない格好にびっくりして、思わず言ってしまっていた。

「いいでしょ、これ」

そう言ってニヤッとした真白くんは、きちっとしたタキシードを着ていた。シャツにネクタイ、中にはベストまで着ていて、タイトなパンツはグレーにストライプ柄だった。上に着ている黒いジャケットは後ろの方の裾が長くて、なぜか白手袋までしている。

(なんかタキシードっていうより、執事さんみたい…)

「やっばくない?これ、執事服なんだって!」

さくらちゃんが真白くんの腕をバシバシ叩きながら、浮き立っている。真白くんはそれをウザそうにしながら、ジャケットの襟を持って正してみせた。

「本当に執事服なんだ…」

「正式には燕尾服っていうらしいよ、ほら裾が長いでしょ?」

真白くんは言いながら、上半身を捻って後ろの裾を見せてくれた。

「で、せっかくだから執事のコスプレみたいにしてきたんだ〜。どう、よくない?」

真白くんはくるりとその場で一周すると、執事さんみたいに一礼した。すると、周りからおおお…!という声が上がった。

(だからみんなここに集まってたのか〜)

うん、これは見ちゃう、見に来ちゃう。

「真白くんにすごい似合ってる、いい…!」

思ったままを呟くと、真白くんは満足げに頷いた。

「今日は執事さんの気分だったの?」

「まあ、そんなとこ。一回やってみたかったんだよね」

「真白、なってない!執事ならもっと丁寧に喋って!やり直し!」

さくらちゃんが声を荒げて遮ると、映画監督みたいに指導が始まった。

「もっと柔らかく喋る方がいい、あと仕草も優雅にして」

「えー」

「真白、女と男じゃ態度も喋り方も変えてるじゃんっ!今日だけやらないなんて手抜きすぎ!」

「さくら、本気すぎ…」

真白くんがやや引きながら白い目でさくらちゃんを見た。そんなのお構いなしでさくらちゃんは熱かった。

「いつもこだわってるのは真白の方じゃん。ねえねえ、やってよ、お嬢様ってやつう!」

さくらちゃんは拳を握って鼻息荒く言った。さくらちゃんの熱に動かされて、真白くんを囲んでいる何人かが「やってやって」と言い始めた。

「さくらちゃん、執事さんが好きなの?」

「いやっ、そこまで興味なかったけど、この服はいい!あたし燕尾服が好きっぽい!そしてやるならちゃんとやってほしい!」

興奮気味のさくらちゃんに真白くんも押されている。

(なるほど…?でも、確かにここまで来たら執事に扮するところまで見てみたい気も…)

思わずじっと真白くんを見ると、真白くんは頭をガシガシ掻いた。

「しょうがないなあ、着てきたのはおれだしな」

ひとつため息をついた後、真白くんはキリッと真面目な顔になった。

周りにいたわたしたちはゴクリを固唾を呑んだ。

すると、真白くんはふわっと笑ってみせた後、胸に手を当てて優雅にお辞儀をした。

「何かご用でしょうか、お嬢様?」

それがあまりにも今日の格好とマッチしていて、うわああ、と拍手が起こった。わたしも真白くんのあまりの綺麗さに拍手をしていた。

「いい…!最高、真白っ!明日もそれで学校来て!」

「いやだよ」

きゃあきゃあ騒ぐさくらちゃんに、執事の仮面があっさり取れた真白くんがすかさずツッコんだ。

(す、すごい…!真白くんってどっちかというと王子様やお姫様みたいなのに、執事さんまで似合うなんて!)

ぼーっと見つめていると、真白くんがいたずら顔で覗き込んできた。

「れんげお嬢様も、お気に召しましたか?」

「ふぇっ?あ、いや、違うのっ。真白くんってなんでも似合うんだなって思って!」

不意打ちの真白執事にびっくりして、変な声が出た。ブンブン首を振って、なんだか言い訳めいたことを口走っていた。

そんなわたしを見て、真白くんはうれしそうにニヤニヤ笑っていた。

「やっぱ、おれなんでも似合っちゃうんだよねー」

「真白ちがーう!素に戻らないで!」

「もうさくらはうるさーい」

さくらちゃんと真白くんがぎゃあぎゃあ言い合いになって、周りからは笑いが起こった。

(び、びっくりした…、真白くんってば近いんだもん)

わたしは顔が赤くなっているのがバレないように、手でパタパタしてみた。

(真白くんってすごいなあ、自分の『なりたい』にはまっすぐなんだ)

真白くんの自分の気持ちを貫く姿勢は、とても眩しく見える。

真白くんっていつもピカピカと光っているような人で、今日は一段とピカピカだ。そんな執事真白は、一日中注目の的になるのは言わずもがなだった。

隣の席なのでわたしもまあまあみんなの視界に入って落ち着かなかったのは、真白くんにはナイショの話だったり…。


「じゃあ、みんな宿題をやってきたと思うので発表してもらいます!発表したい人〜!」

国語の時間になって、早速自分の名前の由来を発表することになった。

(自分の名前の由来を知れたのはよかったけど、発表するとなるとちょっとな…)

みんなの前で発表というのはどうも苦手だ。前の学校でもなるべく避けていた。転校初日の自己紹介だってわたしの中ではものすごく頑張った方だ。

(全員当てられる方式かなあ…そしたらせめて自分で順番を選んだ方がいいかな)

昨日やってきた宿題のノートを握りしめて、改めて読み返してみる。

(変なところはない、よね…?当てられてもスムーズに読めるように練習しとこう、『わたしの名前の由来は…』)

自分で書いてきた文章を頭の中で読もうとした時に、隣から腕をツンツンされた。

「真白くん…?」

「れんげちゃん、昨日おれが言ったこと覚えてる?」

執事真白くんは、小声で話しかけてきた。

「うん、覚えてるよ。国語の授業を楽しみにしててって」

「じゃあ、次おれ発表するから聞いててね」

執事の格好だからか、笑顔に迫力が増している気がする。わたしはうんうんと頷いた。

(さくらちゃんじゃないけど、この格好の真白くんはかっこいいじゃ収まらないな…)

わたしには燕尾服にも執事にも熱狂する気持ちはないけれど、真白くんと執事といい組み合わせはキラキラに見える。真白くんはなんでも似合うって言ってたけど、自分に似合うものを選ぶのが上手なんだなあ。

(こういうのなんて言うんだっけ、自己プロデュース?)

ついまじまじと真白くんを見てしまう。そのうち一人目の発表が終わって、次の発表者に真白くんが手を挙げた。

「次、言いたい人〜」

「はい!」

「じゃあ執事さんよろしくお願いします」

先生にも当たり前のように執事認定されている真白くんが立ち上がった。

(…ミヤちゃん先生ってノリがいいんだろうな)

わたしだったら、そんなのいいの!?と思っちゃいそうなところを、ミヤちゃん先生もさくらちゃんたちも、好奇な目で見ないことの方が圧倒的に多い。否定も肯定もせず、そのままをそのままで見る。そんな力がみんなにはあると感じる。

(どうやったら、そんなふうに偏見なく見れるんだろう。わたしは人の目ばっかり気になっちゃって、人のやることも気になっちゃうし…)

今だって、自分が当てられなければいい、注目しないでやり過ごせる方法はないかと思うっている。その一方で、やってみたかったという理由だけで人の目なんか一ミリも気にせずに、自分の思いのままに執事服を着てくる真白くんがいて。

(わたし、なんかダサいな…)

そんな執事真白くんは堂々とその場に立って、さっき見せてくれた時みたいに優雅にお辞儀をしてみせた。おおお、と盛り上がる声と、クスクス楽しそうに笑い声が漏れて、真白くんは一気に注目された。

わたしも真白くんを見上げて、真白くんの言葉を待った。

「おれが生まれた日はその年の初雪が降った日だったそうです。お母さんは灰色の空から少しだけ降ってくる白い雪を見ながらおれが生まれてくるのを待ってました。お母さんはよく『真白は生まれてくる前からやんちゃだったのよ』と言います。それは、予定より早く生まれそうになって緊急で入院してハラハラさせられたからだと言います。結局は大丈夫だったこともあって、無事に生きててくれればそれで十分と思ったそうです。そんなことがあった後に生まれてきたおれは体重が少なくて、NICUという集中治療室に運ばれました。その時にお母さんはもう一度無事に生きててくれればなんでもいいと思ったと言っていました。それで病室で見ていた初雪を思い出して『真白』と名前をつけることに決めました。真白という名前には、『真っ白な人生は始まったばかり。生きてさえいれば、君は何者にでもなれる』という意味を込めて付けたそうです。それがおれの名前の由来です」

一呼吸置いた後、まっすぐ前を向いていたはずの真白くんがわたしの方に目線を向けて言葉を続けた。

「おれは自分の名前が気に入っています!『何者にでもなれる』という意味はまさにおれだと思うからです。以上、発表を終わります!」

間があってから、ドッと笑いが起こってクラス内でウケた。

「それは真白に合ってるよ!」

「意味を聞くと真白っぽいわ」

「男に女で、今日は執事だもんな!」

やあやあどうもどうもと、真白くんは左、正面、右と恭しく礼をしてみせた。執事さんよりマジシャンみたい。レディースアンドジェントルメンって言いそう。

「素敵な発表をありがとう、執事さん。佐伯さんに拍手〜」

ミヤちゃん先生の声かけにみんなが拍手して、真白くんは達成感のある顔で席に着いた。

隣の真白くんに拍手を送ると、ありがとうと微笑んだ。

(真白くん、すごいな。発表も率先してやるし、自分の意見も言えるし、真白くんは本当に何者にでもなれるんだろうな)

それに『真白』の名前に込めた想いがわかって、また少し近づけた気がする。

真白くんはわたしと正反対なことばかりだ。

みんなに人気者だし、男女関係なく仲がいいし、言いたいことははっきり言えるし、性別を決めつけないし、自分のなりたいがしっかりあるし、自由だし。

わたしはダメなところばっかりで、隣にいると眩しいけど、でも真白くんのいいなって思うところを心からいいなって思う。

素直に感心してしまうし、こんなに意志が強い人、今までに出会ったことがない。

全然違うからこそ、わたしは真白くんともっと仲良くなってみたいと思うんだ。理由はわからないけど気になるんだ。真白くんの知らなかったことをまた一つ知れて、うれしい気持ちがしてくる。

それから名前の由来は発表したい人だけがして、残りの時間は違う授業が進んだ。だから手を挙げることのなかったわたしは、当然発表しないままだった。

休み時間になって真白くんがすぐに話しかけてきた。

「どうだった、おれの名前の由来」

したり顔の真白くんに体ごと近づけるようにして話した。

「真白くんにぴったりだと思った!何者にでもなれるし、何者にでもなる真白くんそのものみたいっ。すごい素敵だなって思った!」

つい力説すると、真白くんは楽しげに頷いた。

「そうでしょ?おれ、宿題で出される前から自分の名前の意味、知っていたんだよね」

「そうなんだ」

「そう。で、れんげちゃんならなんて言ってくれるか気になってさ」

「わたし?」

「うん、れんげちゃんなら『いいね』って言ってくれそうな気がしたんだよね。思ってたより褒められてうれしい」

優しい顔でニコニコする真白くんは、こっちを向いたまま頬杖をついた。

「れんげちゃんっておれのこと知ろうとしてくれるし、知った後もいいように考えてくれるからさ。なんかいっぱい自分の話したくなっちゃう」

真白くんの指摘に、いまいちピンとこなくて首を傾げて聞き返す。

「わたし、そんなことしてる?」

「してるよ。性別の話だってバカにしなかっただけじゃなくて、自分のフツーを変えたらいいって言ったり。この格好も似合ってるって言うし、名前も褒めてくれたし」

真白くんが一つ一つ思い出すように言うのを見て、胸の中にストンとあったかいものが落ちた感じがした。

(わたし自信がないし、人の目ばっかり気になって、緊張しいで、って自分の好きじゃないところばかり見ていたけど、真白くんはわたしのいいところを見てくれてたんだ)

真白くんに言われたことがじわじわと胸から体全身に広がっていくようで、指先まであったかくなったみたいだった。

「ふふっ、だって本当のことだよ?真白くんがすごいから、わたしもそう言えるんだよ」「イヤなやつはおれのことイヤなふうに言うよ、変わってるって遠ざけるやつもいるし。れんげちゃんはそうじゃないよ」

「そっか、ありがとう」

思っていたよりも真白くんによく思われいることがわかって、ふわふわした気持ちになってくる。

「おれのこと、ちょっとは知れた?」

「うん!」

「じゃあ、今度はれんげちゃんのこと教えて。名前の由来、授業で聞けなかったからさ」

真白くんはわたしと目を合わすようにして尋ねてきた。

わたしのことを知りたいって思ってくれる、そのこと自体がうれしい。

「えっとね、わたしの名前はおばあちゃんがつけてくれたんだ。わたしがすごく大好きなおばあちゃんで、そのおばあちゃんがレンゲソウってお花が好きなの」

「やっぱり、花の名前なんだ?」

「そうみたい。それで昔おじいちゃんがおばあちゃんをデートで連れて行ったのがレンゲソウの花畑だったんだって。その思い出から名前をつけてくれたんだ」

「えーっ、いいじゃんロマンチック!」

「ね、わたしもそう思う。あと、レンゲソウの花言葉もよかったって」

「花言葉?」

わたしは昨日のお母さんの言葉を思い出していくうちに、自然と口元が緩んだ。

「うん、『私の幸福』っていう花言葉なんだって」

自分から「わたしは『私の幸福』って意味です」って言っていることに後から照れてきて、なんとなく真白くんから目を逸らした。

(なんか、今更だけど恥ずかしいこと言った、かな…?授業中に発表しなくてよかった〜!)

照れてそわそわしていると、真白くんの表情が緩んだのがわかった。

「なんだ、れんげちゃんもれんげちゃんにぴったりじゃん」

おばあちゃんがつけてくれて自分の名前を、実は気に入っていた。かわいらしい名前が自分には合っていないような気がしていて今まで言えなかったけど、本当は自分の名前が好き。だからピッタリと言われてうれしいに決まってる…!

「へへ、ありがとう。わたしも自分の名前、好きだからうれしい」

「れんげの名前、かわいいよね。あたしはさくらだから、もう一捻りほしかったよね〜」

真白くんと二人で話しているところに、ぬるっとさくらちゃんが入ってきた。

「目の保養を見に来ただけだから気にしないで。その燕尾服は今日しか見れないからね」

さくらちゃんは真白くんの前の席の子が今はいないのでそこに座って真白くんの方に向いてガン見し始めた。

「さくら、目が怖いよ…」

「さくらちゃんって名前もかわいいよ?」

真白くんが冷めた目をさくらちゃんに返して、わたしは名前の話の続きをした。

「ありがとう〜。なんか『さくら』か『みどり』で迷って、さくらになったらしいよ」

「『みどり』より合ってていいじゃん」

「それはあたしもそう思う」

得意げに言ってのけるさくらちゃんに真白くんがやれやれと大袈裟に首を振ってみせた。

「なんだかんだ気に入ってんじゃん」

「気に入っていないとは言っていない」

「ふはっ」

二人のやりとりがおかしくてつい笑っちゃう。

さくらちゃんはちょっと真面目な顔になると、人差し指を立ててくるっと回した。

「でもさ、れんげはわかってくれると思うんだけど、漢字の名前は地味に憧れない?」

「あっ、わかる!わたし、漢字だったらこの字なのかな〜って考えたことある」

「わかるー!」

「えー、ひらがなの方がかわいいじゃん。ひらがなの方が優しくて柔らかくてれんげちゃんに合ってるよ、絶対!」

「えっ、あ、ありがとう」

「おーいこらあたしは?」

「さくらはなんでもいいかな」

「なんだとー」

拳を挙げて講義をするさくらちゃんに、どうどうと手で制する真白くん。

そっか、ひらがなの方がわたしに合ってるのか。真白くんはわたしの気づいていないわたしをたくさん教えてくれるなあ。

おばあちゃんがつけてくれた名前がもっと大事なものに思えてきた。

「さくらちゃんはどの字でもかわいいのは変わらないよ」

わたしが二人の冗談のケンカの合間にそう言うと、さくらちゃんにぎゅーっと抱きつかれた。

「れんげはいい子だねー、もう大好きっ」

「あっ、さくらばっかりずるい!」

「えへへ」

その後はなぜか真白くんとさくらちゃんとでわたしの取り合いになって、休み時間が終わるまで繰り広げられた。


さくらちゃんは今日は塾があるからと言って、下校時間になるとすぐに帰っていった。一緒に帰れたらよかったけど、猛スピードについていく自信がなかったのでやめておいた。

さくらちゃんは塾の他に学校のバスケットクラブに入っていると言っていたから、足が速そうでどのみち追いつけなかったと思う。ちなみにわたしは運動は苦手。体育の評価で『もう少し頑張りましょう』をもらうくらいには向いていない。

今日もゆっくり支度をして、一人で教室を出た。

(そういえば、放課後になってから真白くんを見かけてないな。もう帰ったのかな)

さくらちゃんを自分の席で見送った後、のんびり自分のペースでいたから真白くんがいなくなっていることに気づかなかった。

(バイバイ言えなかったなあ)

何の気なしに歩いていくと、数人の男の子たちの集団が廊下で固まっていた。見たことないし、たぶん他のクラスの子だと思う。

そのまま横を通り過ぎようとした時に会話が聞こえてきた。

「あいつ今日はコスプレだったらしいぜ」

「うわやってんな」

「目立ちたいだけでイタイよな」

えっ…?それって、もしかしなくても真白くんのこと?

背筋がヒヤッとして、鼓動が速くなっていく。

(なんで、そんなふうに言うの…?)

歩いていた足も重くなってスピードが遅くなっていく。

そりゃあ、真白くんはみんなと違うことをしていると思う。わたしもびっくりしたし。

でも、真白くんのいないところでそんな言い方は違うんじゃないかな…。

(だけど、わたしにできることなんてないし…)

このまま聞かなかったにして、帰るしかないのかな。やだな、わたし、ずるいな。真白くんが聞いたらイヤだと思うかもしれないこと、黙って聞いているだけしかできないなんて。

わたしは唇をギュッと固く結んだ。

(こうやって、自分のイヤなところをまたするのかな、わたしイヤなやつだな…)

『イヤなやつはおれのことイヤなふうに言うよ、変わってるって遠ざけるやつもいるし』

ああ、真白くんが言っていたことはこういうことだったんだ…。真白くんは自分が全員に受け入れられているわけじゃなことをよくわかっているんだ。

それでも、いつだって自分の『なりたい』に嘘をつかないんだ。

(かっこいいな、真白くんは)

だからあんなに眩しく見えたのかも。わたしと違いすぎるから、眩しくて、羨ましくて、わたしは真白くんと仲良くなってみたかったのかも。

完全に立ち止まって、廊下に立ち尽くしてしまう。

聞きたくないのに、その子たちの声がやけに大きく聞こえてくる。

「だって女の格好もしてくんじゃん、あれやめてほしいよな。迷惑だって気づかねーの?」

「──っ」

わたしが泣きそうだ。真白くんが悪く言われるのはイヤ、それに対してイヤだと思っているのに何もできない自分はもっとイヤ…!

(わたしが何か言ってもこじれるだけかも…、余計なことかも…、真白くんはそんなこと望んでないかも…。でも、でもっ!)

このままじゃイヤだ!

わたしは震える手をギュッと爪が食い込むほど握りしめて、小さく息を吐いた。そのまま気持ちが切れる前に今来た道を戻った。一歩ずつ、その子たちのそばに近づいていく。

ドクッ、ドクッ、ドクッ──。

初日の自己紹介の比にならないほど、心臓がうるさかった。

「あ、あの…!」

緊張で乾いた口でうまく声が出なかったけど、いきなり話しかけたのもあって、集団の男の子たちはわたしの方を向いた。

「なに?」

一人に冷たく言い放たれて、早くも心が折れそうになる。

(ああ、やっぱりわたしがでしゃばるんじゃなかったかな…。この人たちにはこの人たちのフツーがあるよね、きっと)

それでも、真白くんの友達として、友達の味方をわたしはしたいよ。

「あの、真白くんのことを言ってるんだとしたら、真白くんに悪気はないんだと思うんです…」

言葉を一つ一つ考えながら、何とか伝えていく。

「はあ?なに、あんたに関係なくない?」

「…関係ないです、でも、真白くんは別に目立ちたいとか、迷惑をかけたくて、好きな服を着てるわけじゃないんです」

いつの間にかTシャツの裾を力いっぱい握りしめていた。頭が真っ白になっていく。怖い、本当は誰かに反論なんてしたくない、おとなしくしている方がわたしらしいよ。目立つのも困る。

(さくらちゃんならもっとうまく言えるのかな…)

さくらちゃんが男の子たちに負けることなく言い返すところが容易に想像できて余計に泣きそうになる。息を吸って、はあーっと大きく吐いた。

「真白くんのフツーを否定しないでほしいんです」

「だから、あんた関係ないじゃん。勝手に話を聞いて口出してくるのキモいんだけど」

言葉がグサッと刺さって苦しい。

「だいたい変な格好してるやつを気持ち悪いって言ってるだけだから。文句があるなら、そんな格好してる方に言えばいいじゃん」

もうわけわかんなくなって、でもすっごくムカついて、泣きたくて、わたしは強めに言葉を出していた。

「真白くんは、ただ自分の好きな格好をしているだけです…!それこそ誰かに気持ち悪いなんて言われる筋合いないですっ!」

涙目になりながらそう言うと、面倒くさそうに盛大なため息を吐かれて詰め寄られた。

「だーかーらー、お前に関係ねえーって──、あっ」

詰め寄ってきた男の子は苛立ちながら何かを言いかけた。

それから強張った顔をして、ずるりと一歩後ずさった。

「あ、いやっ、その」

「…?」

急にしどろもどろになって、言葉を詰まらせる様子はさっきまでの剣幕と全然違くて。他の子たちも顔が青くなっていって、戸惑っている。

(どうしたんだろう…?)

不思議に思って、もう一度声をかけようとした時、後ろから鋭い声が飛んできた。

「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃん」

「!」

聞いたことのある声に慌てて振り返ると、そこには真白くんが立っていた。

「真白くん…」

「キミらが文句言いたいのはこの子じゃなくて、おれでしょ? はい、どーぞ」

真白くんは堂々とした態度で、ほれほれと手で言うように促した。さりげなくわたしの前に立ってくれながら。

「いや、俺らは別に…」

「直接おれが聞いてやるって言ってんじゃん、早く言いなよ」

(…真白くんが、めちゃくちゃ煽ってる!)

陰口を言っていたのがどっちかわからないくらい、真白くんが悪い顔をしていた。獲物を見つけた狩人ってこんな感じで追い詰めていくのかな…。男の子たちの方がおどおどし始めちゃったよ…。

「なんだよ、言わないの?本人に堂々と言えないことをコソコソ言ってるなんてそっちの方がよっぽどダサいんじゃない?」

最後の真白くんからのカウンターが決まって、男の子たちはとんでもなく気まずそうになった。

「…っ!」

「な、なんもねーよ」

「行こうぜ…!」

あっという間に形勢逆転して、男の子たちはパタパタと逃げていく。

「あっ、おい、れんげちゃんに謝ってから行けよ!」

逃げていく背中に真白くんの怒った声が飛んだけど、そんなのはお構いなしにいなくなってしまった。

お、終わった…、結局わたし何もできなかったけど…。危うく真白くんと男の子たちのケンカになりかねなかったけど、とりあえず終わってよかった、でいいのかな?

前に立ってくれた真白くんを見上げて、緊張の糸が切れた。わたしが泣かずに済んでよかったな。

「あの、真白くんありがとう…。あと、ごめんね」

こっちに振り返った真白くんにわたしは申し訳なくなりながら呟いた。

「なんでれんげちゃんが謝るの?」

「わたし、余計なことしたかなって」

しゅんとして俯いた。つま先を見つめる。

(わたしがでしゃばるところじゃなかったし、それにわたしのせいでもっと真白くんを悪く言われちゃうかもしれないし…)

俯いたままでいると、真白くんがわたしの頭にポンっと軽く触れた。

おそるおそる顔を上げると、目が合った。

「そんなことない、うれしかった。おれのこと庇ってくれたんだよね、ありがとう」

そこには本当にうれしそうに微笑んでいる真白くんがいて、やっと息ができた気がした。血の巡りが元に戻ったみたいに、体の強張りが取れていく。

(あ、わたし、相当緊張してたんだ…)

だんだん落ち着いてくると、とろけるような笑顔を見せている真白くんが心臓に悪いことに気づいた。

(今日の真白くんは執事さんだった…!笑顔と相まってキラキラ度がすごいの忘れてた!)

違う意味でドキドキしてきたけれど、とにかく真白くんの迷惑になってないならよかった。ずっとニコニコしている真白くんが、わたしの方を見ながら弾んだ声で言った。

「れんげちゃんああいうこと苦手そうなのに、おれのためにしてくれたのが余計なことなわけないよ」

「あ、それは真白くんが」

「おれが?」

「『れんげちゃんはそうじゃない』って言ってくれていたから、真白くんが思ってくれたわたしでいたいなって思って」

そう、真白くんが言ってくれたんだ。『イヤなこと言うやつおれのことイヤなふうに言う、れんげちゃんはそうじゃない』って言ってくれたから、応えたかったんだ。

へへへ、と照れ笑いで誤魔化すと、真白くんは少し驚いた顔をした後に、やっぱり心臓に悪い笑顔をした。

「やっぱおれ、れんげちゃん大好きだわ」

「へ?」

ニコーッと整った顔がクシャッとなるくらい微笑んだ真白くんがこう言った。

「ねえ、れんげちゃん。よかったら、今からおれの家来ない?」


「お、おじゃましまーす」

「親は仕事でいないから緊張しなくて大丈夫だよ。あ、姉さんはいるかもだけど」

真白くんにお呼ばれして、あのまま真白くんのお家に来ていた。

「真白くん、お姉さんがいるの?」

「そう、大学生の姉さんが一人。今日は早く帰ってくる日だったかも」

靴を脱いで先に家に上がった真白くんは、「あっ」と何か気づいたようにしてわたしの方に振り返った。そしてゆっくりお辞儀をすると、ニッと口の端をあげた。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

執事モードを思い出した真白くんは、ヒラッと手のひらをわたしに差し出した。

「ふふふ、そうだ執事さんだったね。おじゃまします」

真白くんは満足したのか頷いて、執事モードを解いた。

「おれの部屋二階だからこっち」

案内してくれる真白くんと二階に上がって、一番最初の部屋のドアを開ける。

「どうぞ」

招き入れてくれる真白くんの横を通って、先に部屋の中に入っていく。

「うわあっ、すごい。右と左で全然違うんだね…!」

入っていった先には、部屋を半分にして置かれているものが分かれていた。右側がドレッサーや洋服などが溢れていて、ぱっと見ピンクや白に見える。左側は本棚があって、その上に戦隊ヒーローの人形やアニメのグッズなんかもあって、あとサッカーボールがある。よく見るとサインボールみたい。色味はどちらかというと壁紙も含めて水色っぽい。

「そう、分けた方が面白いかと思って今はこんな感じにしてる」

「すごい、真白くんの好きなものだらけなんだね。お部屋が宝箱みたい…!」

どこを見ても、ものがたくさんあって気になる。わたしの部屋にないものばかり。

思わずキョロキョロしていると、真白くんはくすくす笑いながらランドセルを下ろした。

「ランドセルはテキトーに置いてね。飲み物持ってくるよ、お茶でいい?」

「う、うん!ありがとう」

「部屋の中は好きに見てていいから。ちょっと待っててね」

真白くんは部屋を出ていくとすぐに階段を降りる音がした。真白くんのランドセルの横にわたしもランドセルを置いた。

(見ていいんだ、失礼します…)

部屋をまじまじ見るのはいいのかと一瞬ためらったけど、気になってしまってドレッサーに近づいてみた。ドレッサーなんてはじめて見た。

白を基調としたドレッサーはクラシカルなシンプルなデザインに猫脚で、三面鏡がついている。引き出しがいくつかあって、どれも金色のリボン型の取っ手がついている。ドレッサーの上にはメイク道具やマニキュアの瓶が並べられている。

「お姫様のドレッサーだ…」

うっとり見ていると、後ろから声がかかった。

「いいでしょ、それ。去年の誕生日プレゼントにねだったんだ」

ガラスのコップにお茶を入れたものを二つ、部屋の真ん中にある折り畳みの机の上に置いている真白くんがいた。

「真白くんはかわいいものが好きなんだね」

「そうだね、これはかなり姫系だけど。甘いテイストのものはかなり好き。れんげちゃんも似合いそうだよね」

「えっ、わたしにはちょっとかわいすぎるかな」

「そう?似合うと思うよ」

「かわいすぎるけど、でもちょっと憧れるかも…」

似合っていると言われると悪気はしない、たぶん真白くんの方が似合うとは思うけど。あまりにもかわいらしいデザインなので、なんだか照れてしまう。

ドレッサーの横にある、ハンガーラックには主にワンピースがかかっている。はじめて会った時に着ていた水色のジャンパースカートもかかっていた。

「こっちはお洋服なんだね」

「うん、かわいいから見えるようにしてあるんだ。他のはクローゼットの中にあるよ」

「こっち側はおしゃれ仕様なんだね」

「そう、SNSで見たかわいい部屋を真似して作ったんだ」

そう言われると、画像を切り取ったみたいにかわいく仕上がっている部屋に見える。

「反対側も見ていい?」

「もちろん」

今度は本棚に近づいていく。本棚の後ろは壁が一面だけ水色になっている。本棚には図鑑や小説、漫画、あとファッション雑誌が並んでいる。

(真白くんって本も読むんだ、多趣味なんだな)

わたしも読んだことのある人気の冒険もの小説の背表紙を見つけて、そっと指で撫でてみた。本以外には、ストームグラスの地球儀が飾ってあったり、ゲーム機やテーブルゲームも置いてある。

(あとはヒーローのグッズが多いかな。わたしは見たことないけどそういえば国語の授業でもヒーローの由来を調べてたもんなあ、好きなんだね)

グッズの横に綺麗に置いてあるサッカーボールが目に入る。

「真白くん、サッカーが好きなの?」

「好き!スポーツはだいたい好きだけどサッカーが一番かな。おれ、サッカー上手いよ」

「真白くんはスポーツ得意そうだよね。じゃあクラブには入ってる?さくらちゃんが学校内にクラブがいくつかあるって教えてくれたんだけど」

「ああ、サッカークラブはあるけどおれは入ってない。女子の気分の時とクラブの日が被ったらややこしいことになるから入らないことにしてる。まあ、颯にはずっと誘われてるんだけど」

なるほど、そういうところにも関係してくるのか。真白くんは自由にしているようで、わたしにはわからない制限が意外とあるんだな。

「真白くん、一つ訊いてもいい?」

「いいよ」

少し踏み込んだことを訊きたくなって聞かれたくないことかもしれないし、前置きを言ってみた。真白くんはなんのためらいもなくすぐにいいよと言った。

「男の子と女の子を両方やりたくなったのは、小さい頃からだったの?」

「んー、どっちもやってやるって思ったのは小学校に上がってからだね。でもその前からかわいいものも好きだったし、あと姉さんが着ているワンピースが羨ましくて着たくて着てたんだよね」

「そうなんだ」

「写真見る?小さい時から気にせずなんでも着てたから」

「えっ、見てみたい!」

真白くんは本棚の一番下からアルバムを取り出すと、机で見ようと誘ってくれた。わたしはお茶をもらいながら、アルバムがめくられるのを目で追った。

「最初にワンピースを着たのは〜、…あった、これだよ」

そこには小さい真白くんがブカブカのワンピースを服の上から被っている写真だった。

「か、かわいい〜!」

(かわいい!かわいすぎる!顔が真白くんすぎる!ちっちゃい頃からかわいい〜!)

頭の中がかわいいで埋め尽くされそうなくらい、かわいいしか出てこない。

大きい目、白い肌、三歳くらいだろうか。女の子の格好をしたら確実に女の子に間違われそうなところは今よりもずっと強いけど、とても真白くんだった。

「これは姉さんの服を勝手に着た時だから、服のサイズ合ってないけどかなり満足したのは覚えてる」

「着てみたかったの?」

「というか、なんで俺にも同じのがないの?って不満だった。姉さんは着ていいのにおれにはないのなんでって思ってて。おれも着たいって言ったら、すぐに買ってくれたんだよね」

そう言いながらページをめくって、真白くんはもう一枚の写真を指差した。

「これこれ、はじめておれだけのワンピースを買ってもらった時の」

クリーム色に大きいひまわりの柄が入っているかわいいらしいワンピースだった。そこに写っている小さい真白くんは両手でピースを作っていて、今にも「これおれのなんだ」と自慢してくるようなかわいらしい表情だった。

「で、こっちは姉さんとお揃いのスカート」

その隣の写真には、プリーツのミニスカートを着た小さい真白くんと、同じスカートを履いた真白くんよりも随分大きいお姉さんが写っている。

「この真白くんもかわいい」

「ありがと。こんな感じで女の子のものだからって意識がおれの中でなかったんだよね」

スカートを履いている真白くん、Tシャツ短パンの真白くん、甚平を着ている真白くん。ペラペラと他のページを見せてもらっても、ワンピースだったり、パーカーだったりを着ている、ただフツーの真白くんがいるだけだった。

もしこれが男の子のアルバムだと思って見たら、真白くんのことを何にも知らずに見ていたら、わたしは怪訝な顔をしてしまったのかな。さっきの男の子たちみたいに、イヤなこと言っちゃったのかな。

でも、今はそうじゃない。わたし、真白くんのこと知れてよかったな。

「何を着ていても真白くんだね」

写真から目を上げて真白くんの方を向くと、真白くんの目が細くなった。

「そりゃあね!」

その笑顔が見られるわたしでよかった。

「この頃は男女の区別がよくわかってなかったんだよ。小学校に上がった時に、人が持っている感覚と違うんだなってわかったことがあって」

「うん」

「おれ、入学式はパンツスタイルのスーツで行ったんだよ。あ、今日みたいなフォーマルな服でさ」

確かこのアルバムだったと思うんだよね〜、と真白くんがページをいくつかめくっていくと入学式の写真が出てきた。校門のところに飾ってある『祝 入学式』と書かれた立て看板の横にきっちり立っている真白くん。水色のシャツに蝶ネクタイ、チャコール色の上下のスーツ、パンツはショートタイプのものだった。

「あ、これこれ。髪も伸ばしてなかったし、周りは男の子だと思ったんだよね」

うん、わたしも言われなかったら男の子だと思っていたと思うからわかる。

「で、次の日着て行ったのがセーラー襟のフリフリの真っ白なワンピースで」

真白くんの含みのある言い方で、続きを聞かなくても何が起こったのか見当がつく。

「そしたらクラスのやつに、変なのって言われたんだよね。男のくせにそんなもの着るなんてって言われて、ムカついて。それまではそこまで言ってくる人もいなかったし」

「うん」

「だから一番先に言ってきたやつをとりあえず殴ったんだよね」

「えっ!?」

それは思っていた展開と違う!えっ、殴ったの?真白くんが???

(わたしに優しくしてくれる真白くんからはあんまり想像できない…、いや、さっきの男の子たちのことは煽っていたな…?)

「そこから揉めてさ、かなり怒られた。でもおれ、自分でも違和感を感じたことがあったんだよそこで」

「女の子の服を着ていることに?」

「ううん、とびきりかわいい格好をしている自分と喧嘩っ早い自分とが一緒になるのは、おれのなりたい自分じゃないって思ったんだ」

「なりたい自分…」

「あのセーラー襟のワンピースが似合うような穏やか女の子がいい、喧嘩したらそれに気づいた。女の子は穏やかだろってことじゃなくて、おれの中になりたい女子像があって、それが『穏やかで優しい女の子』だったんだよ」

真白くんは真剣な目で自分の気持ちを教えてくれた。

「なりたい女子像と、なりたい男子像があって、男だから女の服着るなって言われたことで、そんなこと関係なくどっちもやりたい自分がいるってわかったんだ」

真白くんの綺麗な目の奥にギラっとした熱みたいなものを感じた。

「だから、さっきのれんげちゃんの質問に答えるなら、関係なく服は着てたけど明確に両方やるって決めたのはそいつと喧嘩した時でーす!」

最後はおちゃらけたように言ったけど、真白くんの本気の思いはわたしの胸にグッと入ってきた。

(やっぱり真白くんはかっこいいよ)

「なんか…」

「うん」

「真白くんっておばあちゃんみたい」

「えっ!おばあちゃん!?」

素っ頓狂な声をあげた真白くんに、わたしの方が慌てた。

「あ、ちが、そういう意味じゃなくて…!言い方間違えた!違うの、わたしのおばあちゃんみたいだなって思って!」

必死に弁解して、顔の前でブンブンと両手を振った。

(いくらおばあちゃんみたいと思っても、もう少し考えてから発言してよわたし〜!)

顔から火が出そうだ、ううう。

「れんげちゃんのおばあちゃん?名前をつけてくれたっていう」

「うん、そう。うちのおばあちゃんも自分のやりたいこと全部やるし、自分に嘘つかないし、いつも堂々としてて。どんな相手でも自分の気持ちを伝えるのが上手で、かっこいいんだあ。だから真白くんとおばあちゃん、似てるなって」

そうだ、このまっすぐで眩しい感じはおばあちゃんに似てるんだ。自分で言って気がついた。おばあちゃんと真白くんを会わせたら、なんだかすごいことになりそう。

真白くんは目をパチパチさせた後、ふわっと笑った。

「れんげちゃんはおばあちゃんがほんとに好きなんだね」

「うん、だいすき。自慢のおばあちゃん。…真白くんが最初の日に綺麗だねって言ってくれたこの目もね、おばあちゃん譲りなんだ」

「そうなの?」

「うん、おばあちゃん日本とイギリスのハーフなの。それで、目だけ色素が薄めなの」

「それでそんなにキラキラした色してるんだ。光が当たると色が変わっていいな〜って思ってたんだよ。カラコンじゃないわけだ」

真白くんがわたしの目を覗き込むようにして、もう一度じっくり見てくる。

「やっぱり、すごく綺麗」

そのまま至近距離で微笑まれた。真白くんは自分の顔がいいってわかっているんだろうか、その笑顔は反則だと思うのですが!

ちょっとドキマギしながら、わたしはあの時に咄嗟に言えなかったことを言う。

「おばあちゃん譲りの目、わたし気に入ってて、だからあの時そう言ってくれてすごくうれしかったんだ」

「そっか」

「そうなの、だからありがとう」

おばあちゃんみたいにかっこよくなれない自分の、唯一おばあちゃんと似ているところ。それを真白くんに綺麗だねって言われて、わたしうれしかったんだ。それも今気づいた。

真白くんは何かを考えた後、急に立ち上がった。

「やっぱりれんげちゃんもかわいいの似合うと思うんだよね!」

「へ?」

(突然なんだろう?)

真白くんの意図がわからなくて首を傾げていると、ずんと顔を近づけられた。

「こんな綺麗な作り物じゃない目を持ってるんだよ!元がかわいいし、れんげちゃんにかわいい服を着せたい!おれが!」

唐突にそう言い始めて、すごくやる気に満ちた真白くんがそこにいた。メラメラと燃えているのがわかる。あっ、これきっと止められないやつだ…。

わたしがそう気づくのが先だったか、真白くんが動いたのが先だったか、そこから真白くんからの最初の日みたいな質問攻めが始まった。

「かわいい系は着ない?好きじゃない?甘い服も似合うよ絶対!甘辛はいける?そういえばシンプルな方が好きだって言ってたっけ、学校に着てくるのはカジュアルなものが多いもんね。そうするとフェミニンカジュアルはどう?あっ、バレエコアは?れんげちゃんの雰囲気にも合うし!いっそロリータみたいなのも着てほしいけどっ!れんげちゃんは服を選ぶ時は何で決めてるの?」

ほぼ早口でいっぺんに訊かれて半分くらい何を言っているのかわからなかったし、勢いがすごくて思わず後ろに体がのけぞった。

「え…っと、カジュアルの方が落ち着くのでそういうのを着てます…?」

わたしは困惑したまま、詰め寄ってくる真白くんに疑問形で答えていた。果たして訊かれたことにこれで合っているのか、というか何を訊かれたっけ。

「じゃあ、ふわふわかわいい系が嫌いなわけじゃない?レースとかリボンとかさ」

「あっ、そういうのはハードルが高くて…。かわいすぎるとわたしでいいのかなって気がして」

「いいに決まってる!!!」

今までにないくらい力強く言い切られて、ビクッとする。

いつになく真剣な顔で真白くんがわたしを見つめる。目の奥がさっきよりも燃えていた。

「いいに決まってるよ、好きなのを着たらいいんだよ!おれ、見て?どう見ても好きなのばっかり着てるでしょ!?それでいいんだよ!」

それは説得力がありすぎる。でも、だからわたしも着るというのは勇気がいるというか…。

「む、昔お母さんが買ってきてくれたことがあって着たんだけど、かわいすぎるのは恥ずかしくなっちゃうから、なるべく無難なものを着るようになって」

真白くんはこんな言い訳を聞きたいわけじゃないだろうけど、わたしからそんな言葉が出ていっちゃう。

(呆れられたかな…)

こんなに熱量高く話す真白くんの熱を冷ますようなことを言ってしまった気がして、しおしおと一人で沈みそうになる。

「だからカジュアルミックス系統が多いんだね。もう一回訊くけど、嫌いではない?」

真白くんは何も気にすることなく、わたしに訊いてくれた。

(あ、またわたし、一人で勝手に落ち込んだ…)

真白くんに何か言われたわけでもないのに。ほんとに、こういうところがイヤなんだ。

(落ち込んでる場合じゃない)

わたしはかぶりを振って、真白くんに少しでも伝わるように言葉を紡いでいく。真白くんに、届くように。

「嫌いじゃない、嫌いではないよ。自分が着るところが想像できないだけで」

真白くんの目を見つめ返した。すると、真白くんはニヤリと不敵に笑った。

(あ、これたぶん真白くんの本当の笑顔だ)

そんなこと思っている頃には遅く、真白くんのスイッチは入っていた。

「よっしゃ!そうとなったら着てほしいものがいっぱいあるんだ!おれの服だけどいい?」

目をキラキラさせながら大興奮の真白くんをわたしが止められるわけもなく、でも内心ちょっとだけワクワクもしていて、わたしはコクリと頷いた。真白くんはそれはもううれしそうにニヤニヤした顔が隠せていない。すぐにハンガーラックのそばに駆け寄ると、あーでもないこーでもないとコーディネートを組むのが始まった。

そのうち一つのジャンパースカートを真白くんは手に取った。それははじめて会った時に真白くんが着ていた水色に小さい花柄のものだった。

「れんげちゃんのいつものテイストだと、これとTシャツなんかの組み合わせだと思うけど、どうせならめちゃくちゃガーリーなの着てほしいよねっ」

真白くんは一人でそう言って、クローゼットを開けた。たくさんある服の中から取り出されたのは同じく淡い水色のフリルたっぷりな柔らか素材のビックカラーブラウスだった。

「これにこれだね!似てる色の組み合わせだし、甘くていいよっ」

鼻息荒く楽しそうにしている真白くんは、そのままわたしに両方当てて見せると、うん!と力強く頷いた。

「これにしよう!れんげちゃんこれ着てみてっ!」

ひええ、間違いなくそれはかわいすぎる…!

(やっぱり気が引けるよ〜!でも、真白くんがせっかく選んでくれたもの、着てみたい気持ちもあるし。それに、このジャンパースカートかわいいなって思ってたんだよね。ここで引いたら、いつもと同じだよね…)

「わたしに、似合うかな…」

わたしは不安が拭えなくて、ぼそっと呟いた。真白くんはわたしの顔を覗き込んだ。

「大丈夫、俺の見立てに間違いないよ」

自信ありまくりの真白くんを見ていたら、悩んでいた気持ちが萎んでいった。

(そうだよ。わたしじゃなくて真白くんが選んでくれたものだもん、大丈夫だよ)

なんだか真白くんの自信を分けてもらえた気がした。

「き、着てみる。笑わないでね…?」

最後に念を押すと真白くんはおかしそうに笑ってから真面目な顔になって「絶対笑わない」と言った。


「どうー?れんげちゃん着れた?」

真白くんの部屋の外から真白くんが尋ねてくる。

「き、着れたよ」

ドキドキしてくる、ほんとにほんとにほんとに大丈夫かな!?

やっぱりなしにしたい気持ちをなんとか宥めて、真白くんに返事をすると「入るねー」と声がしてドアが開いた。

(ううう、やっぱり似合ってないって言われたら心折れる…)

真白くんの顔を見られなくて俯いていると、すっごく弾んだ声がした。

「やっっっっば!めっちゃいいじゃん、れんげちゃんお姫様みたいだよ!かわいい!この組み合わせが似合っちゃうのか〜、やっぱ、俺の見立て最高だな」

「へ、変じゃない?」

「変じゃないよ。自分で見てないの?こんなにかわいいのに」

「勇気でなくて…」

「ほらこっちこっち。自分で見た方がいいよ、これでもかと言うほど似合ってるから!」

それはお世辞が過ぎると思っていると、真白くんに手を引かれて姿見の前に連れて行かれた。意を決して鏡の中の自分を見てみると、自分で思っているよりも似合っているわたしがいた。いつもだったらしない格好をしているわたしにとても照れるけど、でも─。

「ほんとだ、変じゃない」

「むしろ似合ってるって。あとはカチューシャかな〜」

そう言ってドレッサーの引き出しからパールのカチューシャを取り出すと、わたしの頭にそっとつけた。

「これに白ソックスにバレエシューズだったら、おれ的には完璧」

わたしの肩に手を置いて鏡を覗き込む真白くんは、大仕事を終えたみたいな達成感満載の顔をしていた。

「ふふふ、真白くんはスタイリストさんだったんだね」

真白くんの顔を見たら、緊張していた気持ちも緩んで笑っていた。

(真白くんがうれしそうだから、なんかそれでいいかも)

「いいねスタイリスト!俺裏方の仕事に興味あるんだっ、スタイリストもいいかも」

「真白くんならモデルさんにもなれそうだよ」

「んー、おれ目立つけど目立ちたがりってわけでもないからな〜」

(そっか、真白くんも目立ちたい側じゃないんだ)

やけにそのことがストンと胸に落ちた。

(真白くんとは正反対って思ってたけど、似てるところもあるのかな)

そんなことを思っていると、真白くんはハンガーラックから別のワンピースを手に取ってきた。これまたかわいいらしいガーリーテイストのものを。

「よし、じゃあ次これね!」

「ええっ」

「あ、その前に写真撮ろ!なんなら俺も似たような服を着て双子コーデみたいにする?」

真白くんのスタイリストさん役はそこで終わることなく、その後もたくさんのお洋服を試しに着ることとなった。次から次へと目まぐるしくて、真白くんについていくのに大変だったけど、普段着ないテイストの服を着ていくのは素直に楽しかった。

真白くんのスマホの中には、とびきりかわいくした真白くんとのツーショットもバッチリ残った。


「送って行かなくて平気?」

「うん、そこまで遅くなってないし」

「そう。今日はありがとう、めちゃくちゃ楽しかった〜、れんげちゃんは着せ甲斐あっておれの手止まんなかったもん」

「真白くん、目が輝いてたもんね」

真白くんの部屋から一階へ降りていくと、ちょうど誰かお家の人が帰ってきた。

「姉さん、おかえりー」

「ただいま〜、あれ?友達?」

そこにはすごく綺麗な女の人がいた。

(ふわああ、真白くんのお姉さんなだけあるっ、美人さんすぎる…!)

迫力満点の美人さんに圧倒されていると、真白くんがわたしを紹介してくれた。

「そ、れんげちゃん、かわいいっしょ?」

「あっ、海堂れんげです!おじゃましていました!」

慌ててペコリと頭を下げると、お姉さんは目尻を下げて微笑んだ。

「あら〜おもてなししなくてごめんねえ〜。友達連れてくるってわかってたらケーキでも買ってきたのに」

「い、いえっ、突然おじゃましちゃったので…!」

敬語が合っているか不安になりながらそう言うと、お姉さんはいたずらっぽい笑みに変わった。

(あ、真白くんとおんなじ顔だ)

「かわいいね〜。真白、あんたこんなかわいい子と友達なのずるくな〜い?ちゃんと仲良くしてもらいなよ〜」

「余計なこと言わなくていいからー」

ムッとした真白くんが幼く見えて、真白くんって弟なんだなと実感した。

「というか家にまで友達を連れてくるの珍しい。最近じゃ颯くんも連れてこないのに」

「えっ、そうなの?」

「姉さんうるさい黙ってて」

ムキになって怒る真白くんをあしらうように笑っているお姉さんを見て、やっぱり真白くんのお姉さんだと思った。

(颯くんって、鈴木くんだよね?お家に呼んでくれるの珍しいことだった)

「へへ、ありがとう真白くん。うれしい」

にへらと顔が緩むと、真白くんは一瞬顔が赤くなったように見えた。頭をガシガシ掻いてからいつもの顔で笑ってくれたのでたぶん気のせいかな。

「うん、こちらこそ」

「あら〜〜、甘酸っぱい〜。れんげちゃんまたいつでも遊びにきてね!待ってるから!」

「姉さんまじ黙ってて」

「あ、はい、ありがとうございました。おじゃましました!」

もう一度頭を下げると、ニヤニヤした顔のお姉さんが手を振って見送ってくれた。

「やっぱ、そこの通りまで送ってくる」

真白くんはそう言ってわたしと一緒に家を出ると、大きい通りまで送ってくれた。

「じゃあ、また明日」

「うん、ありがとう真白くん。また明日ね」

お互い手を振って別れて、わたしは自分の通学路に戻った。

(あ〜、楽しかったなあ〜!真白くんともっと仲良くなれた気がする!)

おばあちゃんに今日のことも教えたいなと思いながらわたしは帰っていった。


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