第3章 わたしのフツーと真白くんのフツー

(今日こそ、真白ちゃんと話す!というか話しかける…!がんばれわたし!)

そう心の中で意気込みながら、通学路をもくもくと歩いていた。

九月とはいえまだ暑い。もうちょっと薄着にしてくればよかったかな、真白ちゃんは今日どっちなんだろう。

ワンピースの真白ちゃんと、Tシャツの真白ちゃんは見た。

(さくらちゃんが服の話が合うって言ってたし真白ちゃんもこだわりあるんだろうな〜)

昨日の男の子の真白ちゃんを見て、女の子というよりはすごく中性的なんだと思ったからどっちの格好してても正直似合いそう。実際ワンピースはすごく似合ってたし。

今日もワンピース?それとも昨日みたいに動きやすそうな格好かな?と、勝手に真白ちゃんの服装予想をしている間にバス通りまで来た。何人かの小学生が信号待ちをしている後ろにつく。

この信号待ちをしている中にさくらちゃんはいないみたいだった。

(約束したわけじゃないけど、一緒に行けたらうれしいのにな。今度訊いてみようかな)

信号が青に変わって、ぞろぞろとみんなが動き出す。時間に余裕を持って家を出てきたので急ぐ必要もないしゆっくりついていく。この時間に小学生はそんなに多くないみたい。

(みんなどれくらいの時間に出てるんだろう、早すぎなのかな)

信号を渡ってもうすぐ公園の横に出る。そこまで行くと他の道の人とも合流した。みんなが学校の方へと流れていく中で、一人動かずに公園の前で待っている人がいた。

(誰かと待ち合わせかな?)

公園は通学路の分岐点だから、待ち合わせ場所にはうってつけみたい。

近づいていくうちにふとその人の顔を見ると─。

「あれ、真白ちゃん!?」

「れんげちゃん!よかった、会えた」

誰かと待ち合わせしてそうな人は、真白ちゃんだった。

「おはよう真白ちゃん、あっ…真白くん」

「ふふ、呼び方はどっちでもいいよ。おはよう」

ニコニコ笑っている真白ちゃんの今日の格好は、ゲームシャツにデニムパンツでシャツインをして着ている。今日は男の子の方なのかな。黒ベルトで全体的にしまっているように見える。そしてその格好もとんでもなく似合っている。

「呼び方どっちでもいいの?」

じゃあ、今日は男の子みたいだし、『真白くん』かな。

「うん、どっちで呼ばれても違和感ないし、最初に説明しなかったおれが悪いし」

今日は『おれ』なんだ。最初に会った日は確か『私』だった。

「で、朝イチに説明するって言ったからね。れんげちゃんを待ってたんだ、先に行っちゃってなくてよかった」

「えっ、わたしのこと待っててくれたの?」

「うん、学校だと他のやつに邪魔されそうじゃん?行きの道ならゆっくり話せるかなって」

そっか、真白ちゃんも気にしてくれてたんだ。

「そうなんだ、ありがとう」

「いや〜、昨日はごめんね。意味不明だったでしょ?」

「びっくりはした」

「だよね、朝会った時めっちゃ驚いてたもん」

行こっか、とわたしたちは登校の集団に入っていくように通学路に戻った。

「わたし、真白くんのこと女の子だと思っちゃってたから」

「最初に会った時のおれ女の子だったもんね。おれ、かわいかったでしょ?」

「すっっっごく」

かわいいかと訊かれたら、そんなのかわいかったに決まっている。こんな美少女見たことないと思ったんだから。思わず真剣に返すと真白くんは弾けるように笑った。

「はははっ、ありがとう。そこまで言われると素直にうれしいわ」

「モデルさんかと思うくらいかわいい子が隣の席でどうしようかと思ってたよ」

「ふふ、れんげちゃんはいいよね、おれのこと変な目で見ないよね」

変な目…?というのは真白くんのことをよく思って見ない人がいるってことだよね?

わたしも不思議そうに見ちゃってると思うけど、それとは違うのかな。

「おれさ、自分で言っちゃうけどかわいいのも似合うんだよね。似合うから着ていいじゃんって思うんだけど、みんなはそうじゃないんだって」

さっきよりも真面目な顔をして真白くんは言った。

「あと、男とか女とか分けられるのが好きじゃないんだ。もっと小さい頃から不思議だった。おれだってフリフリしたドレスが着たいし、おままごともしたかったし、シール集めもしたいし、コスメだって好きだし。サッカーもやりたいし、戦隊モノだって大好きだし。かわいいもかっこいいも両方なりたいし」

「うん」

「男としてかっこいいを目指してるし、女の子の服を着てかわいいもなる。おれは男だけど別にいつもサッカーしていたいわけじゃないし、女子と混ざって女の子をやりたい時だってあるんだ。だからどっちもやる、どっちかだけを選ぶなんておれはしない」

「男の子になりたい日も、女の子になりたい日もあるっていうのはそういうこと?」

わたしがそのまま疑問を口にすると、ふっ、とどこか寂しそうに真白くんは微笑んだ。

「誰かから訊いた?」

「さくらちゃんがそう教えてくれたの」

「さくらか、さくらはいいやつだよね。あとさくらもおれにフツーにしてくれるうちの一人、れんげちゃんと一緒」

「フツー…」

真白くんの言う『普通』が引っかかって、私も小さい声で繰り返した。

フツー…、普通ってなんだろう。真白くんのことをどんなふうに見ると普通なの?どう見たら普通じゃなくなるの?

確かに真白くんは他の人の人と違うことをしているかもしれないけど…。

(だって、それがきっと、真白くんの『普通』だよね?)

隣を歩く真白くんの方を見た。

「わたし、うまく言えないんだけど…」

頭の中がごちゃごちゃしたままだったけど、いつもみたいに言葉を整理してからじゃなくて喋り始めていた。わたしは真白くんに早くこのなんとも言えない気持ちを伝えなきゃいけない気がして。

「わたし女の子だけど、でも女の子だから女らしくしたいわけじゃない、と思う。女子だけど手先は不器用だし、フリフリよりもシンプルな服が好きだし、お父さんと一緒に観るサッカー中継も好きだよ?だからね、えっと、何が言いたいかと言うと…」

(う、うまく言えていない!)

真白くんの普通ならそれがフツーじゃないの?って言いたいんだけど、それってどう言ったら伝わるのかな。あれ?っていうか、真白くんはフツーがどうとか気にしてない…?わたしまた先走った!?勢いで喋っちゃったけど、こういうことじゃなかったかも〜!

「あの、その、わたしは男の子になりたいわけじゃないけど、女の子だから女の子をやってるんじゃないと思うの!わたしは自分が女の子の方がフツーなのっ。だから、真白くんのフツーが男の子も女の子もどっちもってだけだと思うの」

「うん」

うまくまとまっていない言葉だったけど、真白くんは笑ったりせずにただ聞いてくれて。

「真白くんはただいつも通りで、今日だってフツーの真白くんだよね?今日が女の子でもフツーの真白くんなんだと思うんだけど、違うかな?」

わたしは立ち止まって、真白くんをまっすぐに見た。

真白くんはわたしを振り返るようにして足を止めた。

「ううん、違わない。それがおれのフツー」

「そうだよね?よかった、合ってた…!」

わたしが理解した真白くんで合っているみたいで、安心した。ほっと息をついて、真白くんの横に並んでまた歩き出す。

真白くんはただ、男の子の自分も女の子の自分も嘘をつかずにしているだけなんだ。どっちかが本当の真白くんなんじゃなくて、どっちもで真白くんなんだ。

「真白くんのフツーが両方なら、わたしもそれがフツーになればいいだけなんじゃないかな。真白ちゃんも真白くんも、真白くんなんだもんね」

そう自分で口にしていくうちに、だんだんとその考え方が馴染んできた。

(そうだよ、真白くんは真白くんなんだよ。わたしのフツーと違うからって、それが間違いなんてことないはずだもん)

わたしは性別を行き来しないけど、わたしがしないってだけで。

一人で納得していると真白くんの方がちょっとだけ驚いた顔をしていた。でもすぐにおかしそうに笑った。声をこらえるようにくつくつ笑っている。

「ま、真白くん…?」

変なこと言ったかな?伝わんなかったかな。なんか言葉がめちゃくちゃだったし、わたしも言いたいことが自分でもわからないまま喋ってたし。しかも真白くんが話している内容と微妙にズレたような…?あああもっと頭の中で整理してから話せばよかった、もう遅いけど〜!それはそうと、全然笑いが収まらない真白くんは笑い上戸なのかな。

「はーっ、おかしいっ。おれのことを知ろうとしてくれたかと思ったら、急にれんげちゃんのフツーを変えたらいいなんて言うんだもん。れんげちゃん面白すぎる」

「お、面白い!?」

「うん、最高にいいやつだねってこと」

真白くんの笑顔は何回か見たことあったけど、今は見たことがないくらい晴れた笑顔をしていた。なんか、ひまわりみたいに眩しい笑顔だった。

「思っていた以上にいいね、れんげちゃんって。おれ大好きになっちゃった」

「へっ」

だ、だだだ大好き!?

思いがけない単語が飛び出て、変な声が出た。

(今、大好きって言われた!?それは、えっと、真白くんのことをフツーに見るからってことだよね?クラスの子も、さくらちゃんだって鈴木くんだって、フツーに見ていたと思うけど…)

昨日のクラスメイトの様子を思い返してみても、真白くんを遠ざけたり、よそよそしくしている人はいなかった。みんな、フツーなんじゃないのかな。

「おれ、朝起きた時の気分でその日は性別を決めるんだよね」

「じゃあ、今日の気分は男の子だった、で合ってるかな?」

「うん、合ってるよ。まあ、男でも女でもおれはおれなだけで性別はどっちでもいいんだけど。それはそれで周りは混乱するらしいよ」

「どうして?」

「男か女かはっきり決めてほしいんじゃない?男のつもりでワンピース着てたり、女のつもりでサッカーに混じったりすると困らせるから、服と性別は合わせるようにしてる」

「そうなんだ」

「親が学校側に許可をもらってくれたからできていることなんだ。そうじゃなかったら、おれはずっと男のままいるしかないんだと思う。そうなっても従ってないと思うけど」

「そうなの?」

「おれが好きなようにするのは自由だと思う。トイレとか体育の着替えとかは男の方に行くっていうのは守るし」

そっか、わたしそこまでちゃんと考えられてなかったな。トイレや体育の着替えが「今日は女の子だから」って理由で一緒になるのは困る人もいるよね。わたしも真白くんが男の子だってわかった今、そこが一緒になるのは恥ずかしいな…。

やりたいからやるだけじゃ、ダメなのかも。

「男の子と女の子の両立って簡単じゃないんだね」

「まあね、でも楽しいよ。何よりこれがおれだしね」

不適な笑みを浮かべる真白くんが、なんだか真白くんらしいと思った。まだまだ全然真白くんのことを知ったばかりだけど、その笑顔は真白くんに合っている。

真白くんは男の子。自分の意思でその日の性別を選んで過ごしている。それを真白くんの口から教えてもらえた。それだけで昨日までのモヤモヤした気持ちがなくなっていた。

「男の子でも、女の子でも、真白くんともっと仲良くなれたらいいなって思うの。真白くんのこともっと知りたい」

最初に話しかけてくれた真白ちゃんは優しくて、かわいくて、あったかくて、そしてわたしのことをいいと言ってくれた。今目の前にいる真白くんも、やっぱりわたしをいいと言ってくれた。どっちの真白くんでも仲良くなってみたいと思う気持ちは変わらなかった。

「おれも。もっとれんげちゃんと仲良くなりたい、もっと教えてれんげちゃんのことも」

「うん!」

真白くんと二人して笑った顔を見せ合った。


「おはよー」

「おはよう」

真白くんと二人で教室のドアをくぐると、さくらちゃんが近寄ってきた。

「おはよー、れんげ、真白。なに、二人で来たの?」

「そう、途中で会ったから」

真白くんが自分の席にランドセルを置きながら答える。わたしもその隣の席にランドセルを置く。

「えー何それずるーい。もうれんげと仲良くなったん?」

「そーう、いいだろ」

真白くんとさくらちゃんのやりとりを見ていたら、真白くんにわしっと肩を組まれた。

「ねー、れんげちゃん」

「う、うん!たくさん話せたよ」

ち、近い!でも仲良くなったって思われてるのはうれしい…!

こんな至近距離に顔があるのは、さすがに緊張します真白くん…!

「うーん、そうやって二人並んでると絵になるね。真白が女の子の日に写真撮りたいわ」

「男の時でも撮れよ、絵になるだろ」

「えー、女子真白の方が映えるよー。真白が女子の時にプリクラ撮りに行こうよ」

「それはあり」

真白くんとさくらちゃんの話が盛り上がっていって、わたしは話に出たプリクラを撮りに行く時のことを想像する。

写真写りがいい真白くん、プリクラ盛り機能にも負けない真白くん、顔の角度が完璧な真白くん、結局なんでもかわいくなってしまう真白くん。

(真白くんとプリクラってなんか相性良さそうだな〜)

さくらちゃんもスタイルがいいから、写真写りはいいのかもしれない。

(わたしだけチビだから背伸びしないとかな)

「ね、れんげ。今度撮りに行こうね」

「うん、行きたい」

その時、ちょっと遠くにいる男子群から声が上がった。

「おーい、真白―!サッカーしに行こうぜー」

「おれ、今日バスケの気分!」

ちょっと行ってくるわ、と言って真白くんはすぐに男の子たちのところに行くと校庭に出て行った。

「よかったね、真白と話せたみたいだね」

「うん、さくらちゃんのおかげ」

「あたし?」

「うん、昨日さくらちゃんと話してやっぱり友達がいるのいいなって。だから真白くんとも話そうって思えたから、さくらちゃんのおかげ。ありがとう」

「え〜、れんげがかわいい〜。そういうことなら、どういたしまして」

さくらちゃんの言葉に、へへへ、とわたしは照れ笑いをした。


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