第2章 さくらちゃんと急接近
どのくらいそのままでいたかわからないけれど、不意に肩をポンと叩かれた。
「ひゃい!?」
「あ、ごめんね〜!そんなに驚かせるつもりはなかったんだけど」
振り返ると、ポニーテールの女の子が立っていた。星型のヘアアクセがラメでキラキラしている。猫目で人懐っこそうな笑顔で話しかけてきた。
「い、いえっ、わたしこそ大きい声出しちゃって」
「ううん。あたし、山田さくら。昨日から海堂さんのこと気になってて、今が話しかけるチャンスかなって思って」
「え、わたしに?」
「うん!名前がね、同じ花の名前だ〜って思って」
そう言って屈託なく笑う山田さんに、ちょっとだけ気が緩む。
「ほんとだ、花の名前同士だね」
「でしょ〜!」
山田さんの明るい声と表情に、だんだんと気持ちが落ち着いてくる。
(よくわからなかったけど、説明してくれるって言ってたし…。真白…ちゃん、でいいのかな?説明してくれるって言うんだから、何か事情があるのかもしれないし。うん。山田さんが声をかけてくれなかったら一人でぐるぐるしてるだけだったかも)
山田さんのおかげで、今は真白ちゃんに対してできることもないし後でにしようという気になった。
「ね、海堂さん。朝の会まで時間あるし、よかったら学校の中回らない?案内するよ」
「いいの?それは助かりますっ。昨日の今日だから学校の中がまだわからなくて」
「決まり〜!行こ行こっ」
「うん!」
山田さんに背中を押されるままに教室を後にした。
「こっちが体育館への渡り廊下でしょ〜、でこっちが保健室。向かいは図書室ね、昼休みは出入り自由だよ」
山田さんは四階から下へと順に校内を案内してくれた。
「ここはよく使うよ」とか「ここはあたしも入ったことないからわかんないや」と気さくに教えてくれたのもあって、緊張せずに一緒に回ることができた。
山田さんは明るくて話しやすい人みたい。学校を回りながら、何気なく話を振ってくれたりわたしの前の学校の話を聞いてくれたり。相手に緊張させずに話す人なんだな〜。
学校内の全部を覚えられたかはわからないけれど、教えてもらう前よりは安心できた。やっぱり転校生としては心細かったんだな、わたし。あとは、正直に言うなら、山田さんに案内してもらっている最中も真白ちゃんのことが気になってしょうがなかったけど…。
「あっ、ちょうどうちのクラスの男子たちがサッカーやってるよ」
ほら、と言って山田さんは窓から校庭を指差した。
山田さんの指の先をわたしも一緒になって見る。何人かの男の子たちがサッカーをしている中に、鈴木くんもいたし、わたしの隣の席にいた真白ちゃんと思われる子もいた。
(サッカーをしているところを見ると、ますます男の子みたい…)
今見ると男の子にしか見えない真白ちゃん(?)を目で追っていく。
「真白はやっぱサッカー上手いよな〜」
サッカーは白熱しているみたいで、ボールの奪い合いになっている。そこに真白ちゃんと思われる男の子がカットインして、ボールをヒョイっと浮かして突破していった。
(う〜ん、改めて見るとさっきの子は男の子に見えるなあ。昨日の真白ちゃんは女の子に見えてたのにな〜)
「ね、真白のこと、びっくりしたでしょ?あたしも最初知った時は驚いたもんね〜」
山田さんが何気に真白ちゃんの話題に進んでくれた。
「あ、えっと、わたしまだどういうことか説明されてないからよくわかってなくて…」
「えっ!何も聞いてない?」
「うん、後で説明するからって」
山田さんはびっくりしたようにわたしの方を向くと、口をあんぐりさせた。しばらくそれで止まっていたかと思うと、大きい声を出した。
「なあああにやってんだあいつ〜!自分が好きにするのは全然賛成だけど、言うべきことを言いなさいよー!」
山田さんは、あああと頭を抱えたかと思うと、わたしの肩をガシッと掴んだ。
「じゃあ学校案内どころじゃなかったよね、そんなことより気になることあったよね!?ごめんね!あたしが知ってる範囲なら答えるよ!何が知りたい!?」
自分事ように親身になってくれる山田さんにうれしくなった。あと、真白ちゃんはあのままで通常通りなんだということが山田さんの言動からわかって、両方の意味で気が抜けて笑ってしまった。
「ありがとう、真白…くん、はいつもあんな感じなんだね?」
ふふふと笑いながらお礼を言うと、山田さんは必死な形相から困惑顔になって、最後にはいたずらっぽい笑みに変わっていった。
「海堂さんはおとなしそうに見えて、意外と肝が据わっているタイプだな?いいね、あたしそういうの大好き」
「いや、驚いてたよ?でも山田さんの話もそうだし、鈴木くんの様子もそうだけど、誰も真白くんに驚いていなかったから。五年二組ではいつものことなのかなって思って」
最初はよくわからなかったけど、山田さんと校内を回っているうちに冷静になったのもあってクラス内の様子を思い返せていた。驚いていたのはわたしだけで、クラスにいた人たちはなんにも驚いていなかった。何事もないように過ごしていた。
つまりみんなにとっては、いつもの光景ということだ。
山田さんがびっくりしたでしょ?と訊いてくれたのだって、みんなのいつもに馴染めていないわたしへの気遣いだったはずだ。
「そうね、あたしたち的にはいつも通りの真白だね。でも何も聞いていない割には、受け入れ具合すごいよ海堂さん」
「んー、わからないことだらけで、何を訊いていいのかもわからないかも」
「あー、確かに?」
山田さんは何か考え事をした後に、窓から腕を出してビシッと校庭の方を指差した。
「あいつ、佐伯真白。男。本人的にも男だと思っている、これは本人に確認済み。でも日によって性別を変えたいから変えたいままに生きている自由人」
「性別を変えたい、自由人…」
「めっっっちゃ短くするとこんな感じ、伝わる?」
「なんとなく?」
山田さんの簡潔な説明にわかった口ぶりをしながら首を傾げてしまった。
とりあえず、真白ちゃんは真白くんだったんだ。そっか、男の子だったんだ…。昨日は全然わからなかった。もしかしてわたしの真白ちゃん呼びって違う方がよかったのかな、悪いことしたかなあ。あと、性別を変えたいってなんだろう、日替わりなの?
「性別を変えたいっていうのは、どういうことなんだろう」
「真白曰く、『俺は男だけど女の子が羨ましいと思う日も女の子になりたいって思う日もある』ってことらしいよ。そうやって聞くと気持ちはわからんでもないね」
「山田さんも、男の子になりたい日があるの?」
「んー、男だったらよかったのにって思うことはあるかな。制服のスカートの人を見かけるとさ、夏はいいけど冬は男子の方がいいじゃんって思うし」
「それはわたしも思ったことある!真白…くんもそういう感じなのかな」
「たぶんね。思っているだけじゃなくて実際に行動しているところが突き抜けてるなって感じよね」
山田さんは「それが佐伯真白という自由人なのよ」と笑った。真白くんという人がちょっとだけわかって、わからないからくるモヤモヤが薄まるように減っていく。
(あ、そっか。昨日クラスの子が言ってたのはそういうことだったんだ…!)
「昨日クラスの子が『真白は真白というジャンル』って言っていたのは、そういう意味だったんだね」
「おお〜、上手いねその表現。真白は真白以外で表せないもんね」
にかっと笑った山田さんを見て、わたしも思わず笑ってしまった。
「まあ、詳しいことは真白に聞いてみて。あたしも後で言っとくよ」
「ありがとう」
山田さんの言葉に安心しながら、校庭にいる今日は男の子の真白ちゃんをもう一度見た。
(真白ちゃんの口から教えてもらえたらいいな)
「次、行こうか」
「うん、お願いします!」
今ので距離が縮まった気がする山田さんの後を、わたしはついていった。
(結局、真白ちゃんと話せないまま放課後になっちゃった…)
一人ポツンと残った教室でため息が出た。
(いやっ、真白ちゃんは何度も話そうとしてくれてたんだけど)
そう、真白ちゃんが話したがらなかったわけではなくて、わたしと真白ちゃんのタイミングが今日はものの見事に合わなくて…。
あの後、朝の会になってもなぜか真白ちゃんだけ戻ってこなかった。一時間目が始まりそうな時に滑り込んできたかと思うと、ひじに大きい絆創膏が貼られていた。すぐに一時間目の号令がかかったので、ノートの端っこに『ひじ、大丈夫?』と書いて見せると『スライディング失敗しただけ、大丈夫』と書いた返事がきて、それっきり。一時間目の授業の後は移動教室で話す時間もなくて。
中休みはすぐに真白ちゃんがクラスの男の子に囲まれて、「真白〜、スライディング失敗したんだって?」「うるせえー、今それどころじゃなくて」「今日は男の日じゃん、俺らと遊べよ〜」「れんげちゃんに話があるんだよ」という会話はかろうじて聞こえていたけど、結局周りの子に連れていかれてた。
三時間目終わりの休み時間はわたしの方がクラスの子に囲まれちゃって、真白ちゃんが入ってこようとしても他の女の子とたちに追い返されてて。
昼休みは真白ちゃんは美化委員の仕事があったらしく見かけなかったし、掃除の時間はお互い場所が違って、五時間目は体育だったからその後の休み時間は着替えで終わった。
帰りの会が終わってようやく放課後になった瞬間、わたしと真白ちゃんはこれでもかと勢いで同時に顔を見合わせた。あまりにも息ぴったりにお互いの方を向いて、やっと話ができると二人して気が緩んだ瞬間、「海堂さんごめんね〜」と新井先生がわたしを呼んだ。
なんでも取りに来てほしいものがあるのと、前の学校の授業の進み具合とすり合わせをしたいから時間があったら残ってほしいという話で。
わたしが、わかりましたと答えると、隣の真白ちゃんが完全に力抜けたのがわかった。
わたしは先生にそのまま職員室に来るように言われたので「どれくらいかかるかわからないから、先帰っててね?」と真白ちゃんに言うと、真白ちゃんも「わかった、話は明日絶対する!朝イチでするから」と言ってくれてそこで今日はお別れした。
明日にすることにしたけど、こんなに合わないことってあるんだね…。
それでわたしは今、先生との用事が終わってランドセルを取りに教室に戻ってきたところ。かなり遅くなったからやっぱり真白ちゃんには先に帰ってもらって正解だった。
(遅くなって待たせちゃうところだった)
ランドセルを背負って、空っぽの教室を後にした。
(それにしてもあまりにも真白ちゃんとは話せなかったなあ。結局呼び名は何がいいのか訊けなかったし。真白ちゃんは人気者なんだなあ)
今日一日を振り返りながら下駄箱で靴に履き替えて、校舎の外に出ていく。
真白ちゃんと話すタイミングを探って真白ちゃんを目でよく追いかけた一日になったけど、真白ちゃんのそばにはいつも誰かがいた。
昨日は女の子と一緒にいるみたいだったけど、今日は男の子たちが周りにたくさんいた。クラスの子達もそれが当たり前みたいにしていた。
真白ちゃんは言葉遣いや振る舞い方が昨日の女の子の時と全然違っていて、それにびっくりした。わたしだけが一人不思議がっていた。はじめての状況に結局混乱したし、みんなの様子に頭も追いつかないままだった。
(わたしがおかしかったのかな。前の学校では真白ちゃんみたいな友達いなかったからなあ)
前の学校の子を思い返してみても、性別を行き来している子はいなかった。
(ううん、わたしが知らなかっただけで性別に悩む子はいたのかも。山田さんだって、男だったらいいのにって思うことあるって言ってた。わたしだってその気持ち、わからなくない)
前に家庭科の授業で作った縫い物がぐちゃぐちゃになっちゃった時に、先生に「女の子だからもっと器用な方が将来役に立ったかもしれないわね」と言われたことがあって、すごくモヤッとしたことがあった。
なんとも言えない気持ちがして、胸の真ん中辺りが苦くなった。女の子はみんな手先が器用じゃなきゃいけないのかなって、だったらわたしダメなんだなって悲しかった。
そのことをおばあちゃん宛の手紙に書いたら、『手先の器用さでれんげの価値は決まりません。例えば女の子で、こどもで、イギリスと日本のハーフの私の孫でというのは、れんげのパーツであって、れんげの全てではないのよ。だから女なんだからという時代に合わない言葉はスルーでいいと思うわ』と返事がきて、代わりに怒ってくれたみたいでうれしかったのを思い出す。
(女の子だから縫い物が上手になるわけでもないし、男の子が縫い物が得意だっていいはずだし、あの時おばあちゃんのおかげでそう思えたんだよね)
だから、男の子だからってワンピースを着ちゃダメなんてことはなかったのかも。
わたしが知らないだけで、そういう子はいるのかもしれない。
(とにかく決めつけはよくないよね…?わたしだって決めつけられたらモヤッとするもん)
でも、今のまま真白ちゃんが説明してくれても、わたしの中でうまく整理できてなかったから、どうしていいのかわかんなかったかも。そう思うと、一旦一人で考える時間があってよかったのかも。逆に何か余計なこと言ってしまってたかもしれないし。
(タイミングが合わなくて、逆によかった?なんて)
ふふっと笑みが零れた。混乱したままのわたしではなくて、頭の中を整理した後のわたしの方が真白ちゃんの話をちゃんと聞ける気がする。明日が少し楽しみになってきた。
顔を上げると、学校周辺の一軒家密集地を抜けて大きい通りに面した公園まで来ていた。
この公園は学校からまっすぐ来たところにあって、ここから生徒の帰り道が分岐していくので、大体の生徒が毎日の登下校で通るところだ。わたしはここから斜め左の方に家がある。真白ちゃんや山田さんはどっち方面なんだろう。
信号を渡って向かい側に伸びているバス通りの方に歩いていくと横道から人が出てきた。
「あれ、海堂さんじゃん!」
「山田さん!」
バス通りの広い道に出てきたのは、今日学校の中を案内してくれた山田さんだった。
「今帰り?」
「うん、新井先生が前の学校との授業の進み具合を見てくれてて」
「あ〜、ミヤちゃんは転校生に手厚いタイプよねえ」
山田さんがそう言った時に足元からかわいらしい「ワンッ」という声がした。山田さんと話しながらも、わたしの目はさっきからそちらに釘付けだった。
「か、かわいい〜!山田さん家の子?柴犬だよね?」
「そうだよ〜、海堂さんも犬すき?」
「うん!動物はなんでも好きなのっ!名前はなんて言うの?」
「大福だよ、モチモチしてるでしょ?」
「名前までかわいいんだね〜。大福ちゃんはじめまして。あの、触ってもいいかな?」
「うん、元気だけど人見知りはしないから大丈夫だと思う」
「ありがとう!」
山田さんの許可をもらって、すぐに大福ちゃんの前にしゃがみ込んだ。目が合う、つぶらな瞳、たまらん。かわいい。ハッハッと言いながらも逃げずにそこにいてくれる。
「大福ちゃん、撫でてもいいかな」
大福ちゃんの前に自分の手を差し出して様子を見る。すると鼻を近づかせて、手から匂いを嗅がれた。しばらくそのままにしていたら、大福ちゃんが手のひらに擦り寄ってきた。
(かわいい〜〜、きゅんとする…!)
はわわ〜、となりながらニヤけている顔で大福ちゃんに笑ってみせた。目の前に出している手をスライドさせて大福ちゃんの体の横を撫でてみた。そのまま首周りを撫でると、抵抗することともなく撫でさせてくれた。目を細めて黒目がなくなっていく表情もかわいい!本当に人見知りしない性格みたい、むしろもっと撫でろって感じでかわいい!
「海堂さん慣れてるね、犬飼ってるの?」
「ううん、飼ってはないけど昔おばあちゃんの家にゴールデンレトリバーがいて、よく遊んでもらってたんだ」
「それでか、手つきが自然だもん」
大福ちゃんを撫でくりまわしていくうちに、どんどん心が満たされていく。昨日は転校初日で緊張していたし、今日はドタバタで、その疲れが癒されていく。あ〜かわいい。
(おばあちゃんの家のロキはどっちかというとかっこよくて、お兄さんだったなあ。大福ちゃんはかわいい系。どっちもよい、やっぱり動物はなんでもかわいいな〜)
大福ちゃんの少したるんだお肉にも手が慣れてきて、ますます気持ちいい。どうしよう、ずっと撫でさせてほしい。
「ねえねえ海堂さん、これから暇?大福の散歩に行くところなんだけど、よかったら一緒に行かない?」
「えっ、いいの!?」
「このまま川沿いまで行ってぐるっと回ってくるコースなんだ。それでもいいなら」
「ぜひ!」
食い気味で返事をすると、山田さんがカラッと笑った。
「決まりっ、行こう!」
「えっ、じゃあ山田さんも転校生だったの!?」
「そう〜、四年生の春にこの街に来たから今で一年半くらいかな」
川沿いまできたわたしたちは大福ちゃんのペースに合わせてゆっくり歩いていた。大福ちゃんの散歩に一緒に行かせてもらいながら山田さんと話しているうちに、山田さんも元転校生だったことを教えてくれた。
「それもあって海堂さんのこと気になったんだよね〜。ほら、転校生って馴染むまで大変じゃん?」
そう言って山田さんがにかっと笑った。
(だから今日話しかけてくれたのかな。学校案内も、転校生の知恵だったのかも)
転校生のわたしに親切だった理由がわかって、胸の辺りがじんわりしてくる。
「今の学校で三つ目なんだ、だから海堂さんの役にも立てるかなって」
「すごい、転校生のプロだね」
「そうなの。まあ、うちのクラスはいい奴ばっかだし、ミヤちゃんだから大丈夫だとは思うんだ。あたしが去年転校してきた時もミヤちゃんが担任だったの。ミヤちゃんって放っておいてもくれるし気にしてもくれるからやりやすいんだよね」
「確かに、ほどよく声をかけてくれるよね」
「そうそう。転校生ってことで特別扱いされるとそれはそれで困っちゃうから、ミヤちゃんぐらいがあたしは好き」
自分だけ特別扱いされたら申し訳ないし、正直気まずい。先生に気にかけてもらっても目立つし。転校生ってだけで目立つから、ミヤちゃん先生の接し方はわたしもありがたい。
「だから、なんかあったらミヤちゃんに相談していいと思う、もちろんあたしでもいいし!」
「うれしい、ありがとう」
わたしがお礼を言うと山田さんが、「当然っ」と笑ってくれた。うれしいな、わたし一人で頑張らなきゃって思ってたから。こうやって先に転校生だった人の話を聞けるのは、心強い。山田さんが話しかけてくれて本当によかったな。
うれしくなって、気持ちと同じで顔が前を向くと、歩く大福ちゃんの後ろ姿が目に入ってくる。おしりがフリフリ動いていてかわいい。
(転校してきたってことはわたしと同じように真白ちゃんと対面したってことかな?どうだったんだろ、気になる…)
真白ちゃんのことが、自然と気になってくる。
「あの、山田さんが転校してきた時も、真白…くんって今と同じだった?」
おそるおそる訊いてみると、あっけらかんとした声が返ってきた。
「そうだよー、あたしが初日に会った時は男だったね。すぐ仲良くなったよ」
「そうなの?」
「うん、真白とは趣味が合うんだよね。服とか、かわいいものとか。転校してきて次の日の女の子の真白と話が盛り上がっちゃってさ」
「へえ〜。二人とも服装がおしゃれだもんね」
「ほんと?ありがとっ。あたしも真白もこだわり強いタイプだからね」
山田さんの今日の服装はハーフジップのシャツにボックスプリーツのミニスカートで、元気で明るい山田さんにぴったりな格好をしている。そういえば昨日の真白ちゃんのワンピースもかわいかったな。
「それに、男だろうと女だろうと真白とは話が合うからさ、あたしはどっちでもあんまり気にならないんだよね〜」
「そうなんだね」
そっか、確かに話しやすい山田さんと気さくな真白ちゃんは話が合いそうかも。いいな、わたしも真白ちゃんと仲良くなりたいな。でもまだ真白ちゃんの話だって聞けていない。友達ってそんなすぐになれない、よね…。
「…わたしも仲良くなれるかな」
昨日一番に声をかけてくれた真白ちゃん。わたしの目が綺麗だと言ってくれた真白ちゃん。ちゃんと説明するからと言ってくれた真白ちゃん。
(まだ何にも始まってない、これからだよきっと)
一人で頭の中で自分を励ましていると、山田さんが背中を押してくれた。
「なれるよ、海堂さんなら!」
「へっ?… あ、わたし声に出てた?」
「うん、出てた」
「わ、そんなつもりじゃなかったんだけど…」
(は、恥ずかしいっ!心の中で言ったつもりだったのに!!つい、真白ちゃんのことが気になって…、これじゃあ背中を押してくれって言ってるようなもんじゃない!?山田さんに余計なことさせちゃったかな?)
思わず両手で顔を抑えると、山田さんが声を出して笑った。
「いいじゃん、ついでにあたしとも仲良くなってよ!ねっ、れんげ」
とびきりいい笑顔で山田さんがわたしの方を向いた。今、名前で呼んでくれた…!
「うん、こちらこそ。…さくらちゃん!」
「ワンッ!」
思い切って名前で呼ぶと大福ちゃんが返事をして、わたしたちは思わず顔を見合わせた。
「ぷっははは、大福にじゃないよ〜」
「あはは、大福ちゃんもよろしくね!」
わたしたちの笑い声がこだまして、そこに大福ちゃんが「ワンワンッ」言うのが面白くて、わたしとさくらちゃんはしばらく笑いが止まらなかった。
「じゃあまた明日ね、れんげ」
「うんまた明日。大福ちゃんもまたね」
さくらちゃんと大福ちゃんとの散歩はあっという間で、もう少し長く一緒にいたかったくらいだった。わたしは一人になったので、今度こそ自分の家に向かった。
(さくらちゃんとたくさん話せた、友達になれたよ…!)
今のわたしは友達と呼べる人ができて舞い上がりそうだった。こんなに早く新しい学校でも友達ができるなんて、さくらちゃんのおかげだ。わたしのことだから、ウジウジしてクラスに馴染むのさえ時間がかかるんじゃないかって自分で心配してたくらいなのに!
学校から出てきた時は真白ちゃんのことが気になってばかりだったけど、今はなんだかすっきりしている。さくらちゃんとたくさん話したし、真白ちゃんとは明日こそ話せばいいって思えたから。
(さくらちゃんと途中で会えてよかったな)
なんだか鼻歌を歌いたいくらい気分がよくて、ランドセルの肩ベルトをギュッと握って走り出す。
(おばあちゃんにも早く報告したいな)
新しい学校でも友達ができたよって言いたい。さくらちゃんと、あともう一人仲良くしたい子がいるんだって。
(あっでも真白ちゃんのことがもっとわかってから、おばあちゃんに返事を書こうかな)
そうだ、そうしよう。おばあちゃんならどんな友達ができても絶対喜んでくれる。せっかくなら真白ちゃんのことも書きたい。早くいい報告をするためにも、わたしももっと真白ちゃんとも、他の子とも話してみよう。
昨日までは友達ができるか心配だったけど、さくらちゃんと友達になれたからずっと心が軽い。心配ばかりじゃなくて、自分からも動かないとだね。
(明日学校に着いたら、まずは真白ちゃんに話しかけに行こう!)
そもそも今日、真白ちゃんの周りに人がいつもいてそこに入っていく勇気がなくて見ているだけだった。でも、自分から話しかけに行ったらまた違ったのかもしれない。本当は話せたのかもしれない。ちょっと緊張するけど、でも大丈夫!
真白ちゃんが話すって言ってくれたし、もしダメでもさくらちゃんに真白ちゃんに話しかけにいくタイミングを聞いてみたらいいよね。
自分でも不思議なくらい前向きになっているのがわかって、なんかくすぐったい。
足取り軽く走っていると、わたしが住んでいるアパートが見えてきた。新しいお家は二階建てのアパートだ。外観が茶色で統一されていて、アパートの周りを囲む背の低い木ともよく合っている。アパート全体で見た時に、物語に出てくる洋館みたい見えてかわいい。
二階に上がって、一番手前がわたしの家。
ピーンポーン。
インターフォンを鳴らすとすぐにお母さんが出た。
「はい」
「ただいま」
「あら、ちょっと待っててね」
そう言ってインターフォンを切ると、そんなにしないうちに玄関のドアが開いた。
「おかえり、れんげ。遅かったのね?」
出迎えてくれたお母さんは、夕飯の支度をしていたみたいでエプロンをつけていた。わたしは玄関で靴を脱ぎながら返事をする。
「うん、居残りしてたのと、あと友達と途中で会ってね。犬の散歩に一緒に行かせてもらってたんだ」
「あら、お友達できたの?」
「うんっ、山田さくらちゃんって子。さくらちゃんも転校生だったから、わたしのこと気にしてくれたの」
「あら〜、よかったね〜れんげ。友達できるかなって夏休みの間は心配してたもんね〜」
「うん!」
わたしのふにゃふにゃになった笑顔にお母さんは目を細めてわたしの頬を撫でた。
「いいお友達ができたのね、お母さんもうれしい」
「なんでいい友達ってわかるの?」
「れんげの顔にそう書いてあるもの」
お母さんがわたしの頭をポンポンと撫でた。
そんなに喜んでるってわかるのかな、わたしってわかりやすい?
「お父さん今日帰り早いんだって、夕飯一緒に食べようね」
「うん、じゃあそれまで宿題してくる」
手を洗ってから、リビングを通り抜けたところにある自分の部屋に行った。ランドセルを机の上に置いて、中身を出していく。
「今日の宿題は音読で、あっこれお母さんに渡す手紙だ。後で渡しておこう。あとはー」
今出しておきたい宿題やノートなんかを出しているうちに、ランドセルの中で何かが手に当たった。なんだろうと思ってそのまま取り出してみる。
「あっ、これ…」
(真白ちゃんにプレゼントしようとしてやめたヘアゴムだ!)
すっかり忘れていた。なんとなく気まずい。
昨日自分で紙包装に包んだそれを開けて、そのままヘアゴムを机の上に出してみる。
コロン…。
「やっぱり、真白ちゃんに似合いそうなんだよなあ…」
ヘアゴムをつまんで顔の前に持ってくる。わたしが今しているものと全く同じこのヘアゴムを使っている真白ちゃんを想像しちゃう、わたしより似合うと思う。
「真白ちゃんのことがもっとわかったら、堂々とこれも渡せたりするのかな」
持ったままの未使用のヘアゴムを、昨日まで入っていた引き出しにそっと戻した。
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