第1章 隣の席は女の子
わたし、海堂れんげ、小学五年生。実は今、とっても緊張しているところなの。どうしてかというと、今日はわたしの転校初日の日だからなんだっ!
お父さんの仕事の都合で夏休みに間に、家族三人でこの街に引っ越してきた。前の学校の友達ともお別れして、今日から通うこの学校で一から友達を作るのかと思うと、不安で心配になってくる。
ただでさえわたしは緊張しいだし、すぐに友達ができるようなタイプでもないから、引っ越しが決まってからもずっと不安だった。友達できるかな、新しい学校に馴染めるのかなってそわそわして。夏休みの間はそのことはなるべく考えないようにしてたけど…。
(うう〜、心臓がバクバクいってるよ〜!)
この学校での新しいクラスである五年二組の担任の先生、新井美弥子先生の後ろをついて行きながらもおどおどしてしまう。学校というのはどこも似たような造りなのか、前の学校と似たような廊下を歩いているので不思議とはじめましてな感じはしない。
でも今は正直それどころじゃないの!緊張しすぎて耳の裏側からも心臓と同じ音がしてくる。ドクッ、ドクッ、と脈を打てば打つほど、自分の心音が周りの音をかき消していく。
(ク、クラスのみんなにはどうやって紹介されるんだろう…、やっぱりみんなの前で紹介されちゃうのかな。注目されるのはやだな、ひっそりしてたいよ)
目立つのがあまり好きではないから、今から転校生として紹介されるのが目立つ行為そのものすぎて、気分が重くなる。正直逃げ出したい。仕方のないことけど、苦手なものはやっぱり苦手なんだよ〜!しかもみんなの前に立つとかだったら、余計に緊張する…。ううう、なんでわたし転校生なんだろう。
「海堂さん、緊張してるかしら?」
新井先生が振り向いてわたしの様子を確認してくる。
「はい、少し…」
「そうよね、もし何か困ったことがあったらすぐに言ってね。まあ、うちのクラスは個性的な子たちばかりだから大丈夫だとは思うんだけどねえ」
「そう、なんですか…」
「何より、海堂さんは海堂さんのままでいいからね。あくまでも自分のペースでいきましょう!」
にこやかに笑いながら、新井先生はパチリとわたしにウインクをしてみせた。どうやら新井先生はお茶目な人みたいだ。わたしの緊張をほぐそうとしてくれたのかな。その気遣いに、少しだけ緊張が緩む。心臓はバクバクうるさいけどね。
そういえば、おばあちゃんからの手紙にも書いてあったっけ。『れんげはれんげらしくって』。わたしらしくって何かわからないけど不安に思っているばっかりじゃ友達だってできないよね。転校生ってことを今から変えられるわけじゃないし。よし…わたしがんばるね、おばあちゃん!
「さあ、ここの教室よ。改めて、今日からよろしくね海堂さん」
「は、はい…!」
新井先生はニコッと笑ってから、教室のドアを開けた。
どうか転校生として無事に乗り越えられますように!友達もできるといいな…。
「はい、今日からこのクラスに転校してきた海堂れんげさんです」
新井先生が黒板にわたしの名前を書いていく。その間、わたしはクラス中からの視線を浴びながら教室の前に突っ立っていた。
(ど、どうしよう〜〜〜。やっぱり緊張するよ〜!こういう時って何を言ったらいいのかな?名前を言って終わり?お母さんのスマホを借りて調べてくればよかった〜!)
ひええ、と怯えた声を出しそうになるのをどうにか堪えながら、必死で頭の中で自己紹介の言葉を考えてみる。とはいっても、みんなの注目の的になっているこの状況でほぼ頭真っ白だけど。
転校生として目立つのはわかっていたから、せめて浮かない格好をしようと思って、昨日寝る前に今日の服装のことは一生懸命考えてきたんだ。新しい学校の子はどんな格好の子が多いのかなとか、どんな格好だったら変って思われないかなとか、あれこれいろんなシチュエーションを予想してみたりして。
それで今着ているカーキ色の襟付き半袖トップスと同じカーキ色の膝上スカートのセットアップにしてきた。これなら無難でかわいいし、かわいすぎないからいいかなと思って。
服装を考えるのに時間がかかったし、決まったらそれで安心して、自己紹介で何を言うのかをすっかり忘れていた。
(あー、服よりも自己紹介を考えてくるべきだった…!)
後悔してももう遅い。
「じゃあ、海堂さん。自己紹介をお願いしてもいいかしら」
(うわ、すぐきちゃった!)
あわあわしているうちに、新井先生に名前を呼ばれてしまった。や、やるしかない…!
わたしはスカートをギュッと握りしめた。
「海堂れんげです。お父さんの仕事の都合でこの街に引っ越してきました、よろしくお願いします…!」
緊張しすぎて早口で捲し立てた気がする。
(ど、どうだったかな…、もうなるようになれ〜…)
クラスの反応が怖くてどんどん弱気になっちゃって、不安から逃げるようにガバッと頭を下げてお辞儀をするとパチパチと拍手の音が聞こえてきた。おそるおそる顔をあげるとクラスの何人かが拍手をしていて、つられて拍手の音が大きくなっていった。
(よ、よかった…、自己紹介大丈夫だったみたい)
クラスの様子が思っていたよりも歓迎ムードで、ホッとして小さく息をついた。
「よっ、転校生!」
「初っ端からダル絡みするなー」
クラスの誰かの声で笑いが起こって、たちまち和やかな空気になった。
(うう、自分のことを言われているみたいで恥ずかしいな…)
男の子たちを中心にやいのやいのと盛り上がり出すと、新井先生が声を上げた。
「はいはい、音頭ありがとう〜。海堂さんの紹介はこのくらいにしましょうかね、わからないことも多いと思うからみんなで声をかけてあげてねー」
「はーい」
クラスメイトを見渡すと、ニコニコ視線を向けてくれる子や、興味ありげにこっちを向いている子、全然関係なさそうにしている子といろいろいるけれど、ひとまず受け入れられたみたい。わたしが勝手に緊張しすぎていただけかも。
「じゃあ、海堂さんの席は真ん中の列の一番後ろね」
「は、はいっ」
教えてもらった席に行くために、列と列の間を歩いていく。横を通り過ぎる時にチラッと人に見られるけれど、前に立っていた時と違ってそこまで注目されてないみたい。ようやく転校生としての仕事が一段落したみたい。
(お、終わった〜!自己紹介も噛まずに言えたし、変なことも言ってないし、とりあえずいいよねっ。よくがんばったよわたし〜!)
自分で自分のことを心の中でめいいっぱい褒めている間に自分の席へと辿り着いた。一番後ろの席はわたしとその右隣の人だけみたい。
(隣の席は女の子かな?挨拶しておいた方がいいかな)
「一時間目は始業式なので、その前に朝の会をしますよ〜」
隣の子になんて声をかけようか考える前に、新井先生の朗らかな声がして、わたしはそっと自分の席に着いた。
(朝の会の最中に話しかけない方がいいよね)
そんなことを考えながら、隣の席の子をこっそり見てびっくりする。
(えっ、美人さんだ。隣の席の子が美少女すぎる…!)
思わず見惚れてしまうくらい、顔立ちが整った子だった。ぱっちりとした瞳、緩やかに上がるまつ毛、横から見るとスッとした鼻、ちゅるんとした唇、そしてそのどれもがバランスがいい。こんな美少女見たことない、モデルさんとか芸能関係の子なのかな。
(なんて声をかけたらいい?もういっそ話しかけなくていい?でも隣の席だし挨拶しないのは失礼だよね?)
あまりの美人具合に解けたはずの緊張がぶり返した。なんかさっきとは違うドキドキがするよ。
(す、すごい、かわいすぎる。お化粧もしてるのかな、なんか一人だけキラキラしてるみたい。…新井先生ごめんなさい、全然話が入ってきません…!)
隣の席の子が気になって気になって、先生が喋っていることが全然届いてこないし、その間も隣の子を横目でチラチラ見てしまう。
色白の肌に黒髪がよく映えているし、天使の輪っかが艶々としていて、触らなくても髪がサラサラだとわかる。ショートヘアもよく似合っている。
ふんわりとした白いボウタイブラウスに、よく見ると細かい花柄のジャンパースカートが品よく見えてかわいい。水色のジャンパースカートだからか、とても清潔感があって、清楚さをより引き立てている。なんというか、もう、お人形さんみたいだ。
(だめだ、余計なことばっかり考えちゃう。話すタイミングは今じゃないし、始業式の後にでも挨拶しよう…。名前を言ってよろしくねで大丈夫だよね、たぶん)
そうしてその子から目を逸らそうとした時、それまでこちらを見ていなかったその子の方がこちらをチラッと見た。
「…っ!」
パチッと目が合って、まさか目が合うとは思っていなかったから、びっくりして声をあげそうになった。大きな瞳がわたしの目を捉える。綺麗なうるっとした黒目にわたしの姿が映っているのがわかった。
「それって、カラコン?」
急に小声で話しかけられて、それが隣の美少女から自分に向けてのものだと気づくのに時間がかかった。
「え?」
訊かれたことをすぐに理解できなくてパチパチと瞬きをすると、そんなわたしの様子を見て美少女はふんわりと微笑んだ。
(へっ?か、かわいい〜!笑い方までかわいい。美少女ってすごい…)
わたしは美少女と目を合わせたまま、その子がかわいいなってことしか考えられなくなってたけど、美少女の方は違ったみたい。
わたしの瞳を覗くようにして、わたしの目を軽く指差した。
「あなたの瞳の色がとっても綺麗だから」
「綺麗…?」
「うん、すごく綺麗な色。黒目じゃなくて薄い茶色だからカラコンかなって思って」
自分の目が褒められていることに気づいて、顔がじわあっと赤くなった。うれしいような、こそばゆいような。さっきからずっと目だけを見られていることにもっと顔が赤くなりそうになった。
わたしは首を振って、小声で返した。
「ううん、カラコンじゃないよ。生まれつき目の色が薄いんだ」
「そうなんだ。裸眼でそんな素敵な色なんていいね、羨ましいかも」
「あ、ありがとう」
照れくさかったけどからかうわけでもなく真正面からそう言ってくれたので素直にお礼を言った。こんなふうに言われなかったら、全然そんなことないよとか言っちゃいそうだ。
「海堂さんだったよね。私は佐伯真白、よろしくね」
「うん、海堂れんげです。佐伯さん、よろしくお願いします」
「真白でいいよ」
「じゃあ、真白ちゃんって呼んでもいいかな…?」
「…うん、もちろん!」
真白ちゃんは一瞬間を置いてから、にっこり花が咲くように笑って頷いた。
か、かわいい〜。ん?でもなんか一瞬困ってたような…、変なこと言っちゃったかな。
「わたしのこともよかったられんげって呼んでくれたらうれしい、です」
「わかった、れんげちゃんだね。名前までかわいいんだね」
さらりとかわいいと言われたので今度こそ顔は真っ赤になったし、顔だけじゃ足らずに耳まで赤くなった。
(な、なんだろう。かわいい子にかわいいって言われたからかな、ドキッとした…)
赤くさせた顔のわたしに、真白ちゃんがニコニコ微笑んでいる間に朝の会は終わった。始業式のためにすぐに体育館に行くようにと言われて、真白ちゃんとの話もそこで一旦終わったのだった。
「海堂さんっていつこっちに引っ越してきたの?」
「兄弟はいる?」
「前の学校では何が流行ってた?」
放課後になった途端、わたしはクラスメイトの何人かに囲まれていた。始業式で短縮授業なのもあって誰かから話しかけられるタイミングもなく、のんびり自分のペースで過ごしていたら放課後一気に人がやってきた。
「あ、えっと」
矢継ぎ早に質問されて、とっさにうまく言葉が出てこない。ど、どうしよう。
席の周りに来たみんなに注目されていて、早く答えなきゃと焦ってきちゃう。なんかテレビでたまに見る囲み取材みたい。
(こんなに注目されると緊張するよ〜…。ううう、転校生ってみんなこれを乗り越えているの?それともクラスの子が好奇心旺盛なだけ?積極的に話しかけてくれるのは助かるけど、グイグイこられるのはちょっと困っちゃうかも〜)
でも友達を作るチャンスではあるよね…!誰かに何か反応してもらえたらいいなと、訊かれたことにひとつひとつに答えられるように一生懸命答えを探していく。
「引っ越して来たのは夏休みの真ん中くらいの時で、兄弟はいません。あと、えと、なんだったっけ」
何を質問されたかわからなくなって目を泳がせていたら、隣からくすくすと鈴が鳴るような声が聞こえた。
「いっせいに質問したられんげちゃんも困るよ、ほどほどにしてあげなよ〜」
隣の席でおかしそうに笑いながら、真白ちゃんが助け舟を出してくれた。上品に笑う姿はやっぱりかわいくて、本の中に出てきそうなお嬢様みたいだった。
(今のはわたしを助けてくれたんだよね、ありがとう真白ちゃん〜!)
うるうるした目で真白ちゃんの方を見て、ありもしないテレパシーを送ってみる。そしたら真白ちゃんと目が合って、ニコッと笑ってくれた。テレパシー届いたかもしれない。
「なんだよ真白〜、もう仲良くなったの?」
「まあね」
真白ちゃんが得意げに言うから今度はわたしがふふっと笑ってしまった。仲良くなったと思ってくれているならうれしい。真白ちゃんともっと話してみたいな。
「じゃあもうクラスの話は聞いた?うちのクラスの学級委員は鈴木くんで、一番の変わり者は真白で、ミヤちゃんは今年で三十三歳」
「ちょっとぉー、変わり者ってなにさ。もっと言い方あるじゃん」
真白ちゃんがプクーッと頬を膨らませた。その仕草もかわいい。
(真白ちゃんが変わり者?ただのかわいい女の子にしか見えないけど…)
不思議に思って、首を傾げた。
「真白は真白というジャンルだからね」
「そそ。あ、鈴木くんっていうのは、あそこの集団の中にいる短髪のイケメンね。何かあったら頼るといいよ」
「鈴木颯は優男だから。うちのクラスの王子様だしね」
「そりゃあ学年で一、二を争うモテ男ですし」
「真白が鈴木くんと仲良いから、今度紹介してもらうといいよ」
あっという間に鈴木颯くんっていう子の話になって、真白ちゃんのことを訊くタイミングを逃してしまった。変わり者ってどういうことだろう。まあ、これから仲良くなっていけばわかるかな。
(短髪のイケメン…、あの子かな。確かにかっこいいかも、真白ちゃんと並んだら美男美女で絵になりそう)
『ミヤちゃん』はたぶん新井先生のことだろう、ミヤちゃんっていう愛称で呼ばれているところが想像できる。
「颯じゃなくても、何かあったら私が力になるから大丈夫だよ」
真白ちゃんがわたしの手を取るとほんの少しだけ握りしめて笑った。
やっぱりかわいい。そしてうれしい、真白ちゃんのその言葉がうれしい。今朝までずっと不安だったけどこの学校でもやっていけそうな気がしてくる。
真白ちゃんに大丈夫って言ってもらえたんだもん、きっと大丈夫!今の真白ちゃんに後光が差していたら仏様のように見えたと思う。それぐらい心強い一言だった。
「ありがとう、すっごくうれしい」
あまりにもうれしくて、へへへと泣きそうな笑みを浮かべると、真白ちゃんがグッと顔を近づけてきた。
「やっぱりれんげちゃんってかわいい。メイクしている感じもないし、かといって何もしてない感じもしないし、目の色が綺麗だからかな?何か秘訣でもある?」
「ふぇ?」
「こら美容オタク、そんなに顔近づけて迫るな」
「あはは、真白の癖だから海堂さんも困ったらスルーで大丈夫よ」
近くの子が真白ちゃんの顔をグググと手のひらで押して、わたしから離そうとした。
顔を押し除けられてもかわいいのがすごい。
「んもー」って真白ちゃんがプンスカしてるけど、ほんとにスルーでいいのかな。
周りの子がやれやれと呆れていて、その呆れ具合を見る限りいつもこんな感じなのかも。真白ちゃんが変わり者って美容熱心なとこなのかな。よくわからなくて、何も言えずに様子見しちゃう。
そんな真白ちゃんはグワっと目に力が入ったかと思うと、なぜか熱弁が始まった。
「だって、かわいいと思わない?最初に自己紹介してた時から気になってたの!顔がかわいい系統だけど、服は甘すぎない格好で似合ってるし、小柄だけど手足は長めでバランスもいいし、瞳の色はカラコンかと思うほど綺麗で。近くで見るとほんのり違う色も混ざってて、この透明感が強い瞳だから儚くも見えて。見てっ!とってもかわいいの!」
真白ちゃんの穏やかな口調がやや早まった状態でこれでもかというほど容姿を褒められたので、わたしはもっとどうしていいのかわからなくなった。びっくりしてツッコむ暇もなかった。いや、ツッコんでよかったのかな…?
「うう…」
真白ちゃんに手を握られているので、顔を覆うこともできない。
(絶対さっき目を褒められた時より、顔が赤くなってるよ…)
赤くなった顔を隠したくても、真白ちゃんの手を無理矢理振り解くわけにもいかずそのまま硬直していく。
「海堂さんがかわいいのは見たらわかるから」
(違うの、そうじゃなくて、誰か止めて〜〜)
居た堪れなくて体を縮こませたけど、真白ちゃんがとびきりうれしそうに笑ってくれるから、なんかもういいか。
その後も真白ちゃんから、どこで服を買っているのかとか、普段のスキンケアは何を使ってるのかとかいっぱい訊かれて、その度に誰かのツッコミが入って笑いが絶えなかった。ちょっとだけクラスに溶け込めたかもしれない。
(真白ちゃんが隣の席でよかった。もっと仲良くなりたいな。友達ってこんなふうになっていくのかな。おばあちゃんの言うようにそんなに心配しなくても大丈夫だったのかも)
おばあちゃん、わたしなんとかやっていけそうです!
次の日、わたしは早めに登校していた。真白ちゃんはまだ来ていないみたいだった。
ランドセルから教科書とノートと筆箱を出して、机にしまう。
昨日あの後、真白ちゃんにヘアゴムまでかわいいと言われて、他にもたくさんとにかく褒められた。真白ちゃんは褒め上手なのかもしれない。
それで真白ちゃんにも同じヘアゴムが似合いそうだなと思って、あることを思いついた。
わたしでもなんとかやっていけそうなことに安心したのもあるし、正直舞い上がっていたのもある。
わたしは教科書とは別に小さい紙包装のものをそっと取り出した。周りに見られないようにコソッと、ランドセルから全部が出ないくらいに。
(昨日は真白ちゃんにも似合うかもって思って、思わず持って来ちゃったけど…)
この包装の中に、わたしが今日もつけているヘアゴムと同じものを入れてきた。
このヘアゴム自体は四つで一セットで売られていたものだったから、普段使わない二本は未使用でとっておいてあった。だからその分を真白ちゃんにプレゼントしようって、昨日の時点では思っていた。
真白ちゃんがヘアゴムもかわいいねって言ってくれた時に、同じものをあげたら喜んでくれるかもって思ったんだ。お揃いになったらうれしいなって、でも…。
(冷静になってみると、わたしやりすぎじゃない!?完全に浮かれてた〜〜恥ずかしい…!昨日はそれがいいと思ったの!真白ちゃんの黒髪にも似合うだろうなって!)
一人で誰かに言い訳するみたいに、頭の中で弁明が止まらない。違うんです〜、良かれと思ってだったんです〜〜!!!
(でも、よくよく考えたら真白ちゃんはショートヘアだし使えない?というか、会って二日でお揃いとか重たいかもしれないっ…。わあああだめだ、やっぱりなしにしよう!そうしよう!真白ちゃんにほしいとも言われてないんだし、出しゃばるところだった…!)
一人で頭をブンブン振って脳内会議もかき消した。サッと紙包装をランドセルの奥の方に戻して、何食わぬ顔で教室の後ろの棚にランドセルをしまった。
はああ、顔赤くなってないといいな。
席に戻る時に、チラッとランドセルの方を見てみた。
(いつか、もっと仲良くなれた時に、何かお揃いのものが持てたらいいな)
そんな時が来るように、もっと真白ちゃんと仲良くなろう。
そんなことを思っていると、隣の席に荷物が置かれた音がした。
「あっ、おはよう。真白、ちゃ…」
わたしは振り返って真白ちゃんに声をかけようとして止まった。だってそこにいたのは真白ちゃんじゃなかったから。そこに立っていたのは──。
(男の子…?)
真白ちゃんの席にやや雑めに荷物を置いたのは、なぜだか男の子だった。
大きめの目に、勝ち気そうな顔つき。黒いTシャツに、ベージュのハーフパンツといった今すぐにでも運動ができそうなラフな格好で。どちらかというと中性的な顔立ちだけど、見るからに男の子だった。
「す、すみません!人違いでした…!」
わたしは早口で謝って頭を下げた。それからぐるんと百八十度反対側を向いた。
(違う人だった〜!席を間違えちゃったのかな…?いや、そもそもわたしが席を間違えたとか!?)
慌てて自分の机を確認するけど、どう見てもわたしの席っぽい…。どういうこと?真白ちゃんの席に男の子???
よくわからなくて大混乱しているとくすくすと聞き覚えのある声がした。前に聞いた時とは違って、意地悪な含みのある笑い方だったけど、確かに聞いたことある声で…。
わたしはそーっと目を逸らした方をもう一度見た。なんだか秘密を暴くみたいでドキドキまでしてきて、見てはいけないと言われながら覗いちゃった鶴の恩返しってこんな気分だったのかな。おそるおそる見ると、わたしが人違いをした男の子がおかしそうに笑いを堪えていた。でも全然堪え切れていなくて、ふふっと声が漏れた。やっぱりこの声って…。
「ごめんね、混乱させたよね」
その男の子は笑いすぎて出た涙を拭いながら、わたしの方を見つめてきた。
パチッと目が合う。吸い込まれそうなほどに綺麗な黒目で、その目にもやっぱり見覚えがあった。ドキッとして心臓が速くなった。
どういうことだろう…、頭の中でうまく結びつかない。
ぼーっとその男の子を見ているしかなくて、男の子の方が手を伸ばしてきたことにも気づかなかった。その時だった。
「おーい、真白っ!サッカーしに行こうぜ!」
人違いをした男の子に肩を組むようにして、別の男の子がやってきた。
(この人確か昨日みんなが言ってた鈴木くんだ。…というか今、この男の子のこと『真白』って呼んでた、よね?)
一瞬、意味がわからなかったけど、まじまじと目が合った男の子を見た。昨日、隣の席で仲良くなってくれた真白ちゃんも、同じ黒髪黒目で、同じくらいのショートヘアで、かわいくて、でも目の前の男の子はどちらかというと中性的な男の子の顔で…、でも真白ちゃんにとっても似ていて…。
あれ。もしかして、真白ちゃんって──。
「あれ?転校生ちゃんと話してるとこだった?」
「そうだよ」
鈴木くんを引っ剥がすようにしながら、その男の子は答えた。それを笑いながら受け流す鈴木くんと目が合った。
「あ、海堂れんげです」
「鈴木颯です。クラス委員だから何かあってもなくても気軽に声かけてね」
「は、はい」
「よろしくね、海堂さん。というわけで真白を借りてってもいいかな?真白が一緒にサッカーやってくれるのは男の時だけだからさ、今日を逃せないんだよね」
「へっ?あっはい、どうぞ…?」
「ありがとう!よし、真白行こうぜ」
「ちょ、おれはいいって言ってないんだけど〜!?」
鈴木くんにグイグイ引っ張られて連れて行かれていくその男の子は、はっきりとわたしに向かって声を上げた。
「れんげちゃんごめん、後で説明するから〜!」
鈴木くんと行ってしまった後ろ姿を、わたしはただ呆然と見ているしかなかった。
……………えっと。
あの男の子、ずっと真白って呼ばれてたよね?それにわたしのことれんげちゃんって呼んだよね?「男の時」って意味深なこと、鈴木くん言ってたよね…、後で説明するって…何!?今説明求む!!!
ええええええええええええええ、真白ちゃんって何者なの〜〜〜!!
おばあちゃん、わたしやっぱりやっていけないかもしれません…!
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